北条実時とうなぎの井戸 (上永谷)


 鎌倉時代に、称名寺や、金沢文庫を建てた、有名な武将、北条実時にまつわるお話です。
 その実時が、建治二年(1276)の5月に重い病にかかりました。海に近い暖かい金沢の地で、懸命に療養を続けていましたが、病いは少しも良くならず、重くなるばかりでした。
 実時は、なかなか良くならない病いをなおすため、日頃信仰している、紀伊の国(和歌山県)の那智山の如意輪観音に、願をかけることとし、家来に命じました。
 家来が、那智山にこもり懸命にお祈りをしていると、その願が明ける7日に、実時の夢の中に観音さまが、お姿を現わし、
「今度の病いはお前の運命なのです。だから、どんなによい薬を飲んでも、良くはならない。だが、日頃のお前の信仰に報いるために、よい薬を与えよう。ここから西北の方向、2里(約8キロメートル)ほど離れた所に、古井戸がある。その井戸の水を飲めば、たちまち良くなる。また、井戸には頭に模様のある、うなぎがいる」
 といって、お姿は消えました。
 夢からさめた実時は、急いで観音さまの言われた井戸を見つけて、水を持ってくるように家来に命じました。
 家来は、お告げのあった場所を探しましたが、あたり一面、草や木が生い茂り、人に聞こうにも家もなく、ほとほと困っていると、年老いた村人が現われ、井戸のある場所を、教えてくれました。
 草むらを押し分けてみると、古井戸があり確かに、頭に斑点のあるうなぎが泳いでいます。急いで水を汲み、老人に礼を言おうとすると、その姿は、煙のように消えていました。
 その後、不思議な古井戸は、「うなぎの井戸」と呼ばれ、病いになやむ人たちを助けましたが、実時の死後、いつの間にか、うなぎの姿は消えてしまったと、伝えられています。
 いまもその井戸は、古くから人々に「かねさわ道」と呼ばれている、関のバス停近くに、ひっそりと残されています。
 その井戸は、実時と共に時代の移りかわりを、じっと見まもっていることでしょう。