狐の話(下永谷・日野・笹下)


山深かったこのあたりには、狐にまつわる話がたくさんありますが、なぜか、狐の化けた恐ろしい姿を見た、という者はいないのです。

むかし、下永谷は寂しい村で、時には狐火が見えることもあったそうです。
ある晩、一人のお百姓さんが神明社からの帰り、真っ暗な村の道を歩いていました。ふと見ると、杉の木のてっぺんの、さらにもっと上の方で、ぼうっと青い火が燃えているのです。
しばらくして、火の玉が音もなくスーッと流れたのです。するとこんどは、近くのやぶの中で、カサッカサッと何物かがつけてくる音がします。お百姓さんが夢中で家に走り込んだ時、田んぼの方でドポーンと大きな音がしました。翌日、山に登ると、狐の巣らしい横穴がいくつも見つかったそうです。

日野にも、こんな話があります。
ある時、村のたき木取りの男が、日暮れの帰り道を急いでいました。
ところが、その日に限って、いつまでたっても村にたどりつけないのです。山の中はどんどん暗くなり、男は途方に暮れて、木の古株に腰をおろし、懐からタバコとマッチを取り出して、シュツと火をつけました。
すると、一瞬、パアッと光がきらめいたかと思うと、あっけにとられている男の前に、見慣れたいつもの道がはっきりと浮かび上がってきたそうです。

笹下の女の人の話です。
ある時、連れと一緒に、野庭の山へたき木取りに出かけました。一生懸命たき木の束を作っていたのですが、そのうち、連れの姿が見えなくなりました。木の枝をパチンパチンと折る音や、なたでポーンと割る音は響いてくるのに、どこにいるのかわからないのです。
「こりや、きつねのやつに化かされた」
とつさに女の人はしゃがみこんで、じっとしていました。男の人がそんなとき、おしっこをしたり、タバコを一服したりしてやりすごすことを思いだしたからです。いっときもすると、無事、連れの姿が見えてきたそうです。

そんなことで、村の女の人が山に入るときには、狐に化かされないようにと、必ずだんなさんと一緒に行くようになったそうです。