首塚の亡霊(下永谷)


その昔、柏尾川のまわりが、まだ広い湿地だったころのお話です。
下永谷の村にある本城山から、夜になると苦しそうな、悲しそうな、すすりなく声が聞こえてくる、といううわさ話がひろがっていました。
「本城山に、ゆうれいがでるんだって。知っているか」

神社の境内で遊んでいた男の子が、話はじめました。
「夜になると悲しそうな声が、毎日毎日、村のはしっこのほうまで聞こえるんだって」
「知ってる、知ってる。かどのじいちゃんは、山で何か動くものをみてから、熱をだして、ねこんでるんだってさ」

男の子たちの話を、そばで聞いていた小さな女の子が、泣きだしそうな顔で言いました。
「あの声は、ふくろうのなき声を、だれかが聞きまちがえただけだって、かあちゃんがいってたよ」
村の子どもたちは、日が西の山にしずむころになると、いそいで家にかえるのでした。
家の木戸を固くしめ、まっくらな家の中で耳をふさいで、じつと、みんなのかえってくるのをまっていました。

このうわさ話は、いつまでもおさまることなく、村の人たちは、どうしていいのか困りはてていました。
ちょうどそんな時、この村を通りかかった念仏の行者に、首塚の供養をしてもらいました。けれども、声はまだ聞こえるのです。
そこで、江戸から有名な霊厳上人をまねいて、法要をしてもらいました。そうすると、それいらい、声がなくなったということです。

戦国の時代、この山には、北条氏直のとりでがありました。山は平戸川と永谷川が二重の堀となり、広い湿田にかこまれていました。このとりでをめぐつて、たくさんの人々が戦いをしました。
北条氏は、多くの敵の首を切り、みせしめにしたのです。そして、そのあとに首を集めて塚に埋めたのでした。その時に殺されてしまった人たちの、悲しく苦しい思い出が、村の人たちの間に、このような話として伝えられたのかもしれません。