春日神社のおこり  (日野)



 日野の中心にある春日神社には、こんなお話が伝わっています。
 むかし、京都に住む貴族で、藤原成実という人が、仁和寺に、お参りに出かけました。
 そこへ、見ず知らずの老人が、寄ってきて、わざと手にした草履を落とすのです。成実は、気味悪く思いましたが、拾って、ていねいに渡すと、老人は、かすかな笑みを浮かべ、
「あなたの深い信仰心と、素直な心に感動しています。この神像を贈りますから、祈り続けるように。きつと、十年後には、大国の長官になれるでしょう。忘れずに」
 と言ったかと思うと、姿が消えたのです。
 手中の神像は、紫の冠に、剣をさした小さな木製の像でした。

 成実は、最初、信じがたい思いでしたが、ふと、これは、藤原氏の祖先の霊である春日大明神の変身であると感じとり、大切に持ち帰り、祈りつづけました。
 予言どおり、十年後、成実は武蔵国の国守になり、国中を調べ歩くとちゅう、日野の里で、こんなうわさ話を耳にしました。
 不思議な僧が、杖でこの地を掘ったら、水が湧いてきました。この水を飲むと病が治るというのです。
 成実は、この僧こそ、自分の信仰する地蔵像の化身であり、この霊水の地は、春日大明神をまつるのに、ふさわしい場所と直感しました。
 さっそく、神社を造り、神像を納めさせたのです。ここを最初は、穂井神社といっていましたが、後に、納めてある神像の名前から、春日神社と呼ぶようになりました。

 平安時代に造られた古いやしろは、何度か、戦火に会い、いまの建物は、江戸時代に造り替えられていますが、この社殿の彫刻は、それは見ごとなものです。日野の里を今も見守っていてくれますし、建物の社殿の外壁の右側の中ほどには、虎と牡丹の花の彫刻、奥側には虎と老人、女性の像、社殿の左側には虎と牡丹、奥側には、老人と母子、また頭上の天井見上げると、竜の頭の彫刻が彫られています。
 権現造りの社殿を、山の上から見ると、拝殿と本殿の屋根の棟が二重に重なり、神社の森と調和し、日野の里にきわだっています。







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