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第5部 巨砲吼ゆ編 第2話「アイゼンバーンラフェッテ」

2006年12月29日 放送

概要



アイゼンバーンラフェッテ

ドイツ語で「列車砲架」のこと。
レールの上を走る台車上に砲身を支持し照準をつけるための駐退機や仰角機構もろもろの総称。

1853年

時期的に見てクリミア戦争のこととも思えるが、この時期鉄道網は英国外では普及していなかったので、1850年代にイギリスのある人物がパンフレット「National Defense」で提案した装甲列車の構想を指していると思われる。

クルップ社

当時は戦車や砲などを製造していた、ドイツの重工業企業。
現在(2006年)のティッセンクルップ社は、鉄鋼・造船・重機産業などを抱える世界有数のメガコーポレーションである。

17cm列車砲サミュエル 21cm列車砲ペーターアダベルト 38cm列車砲マックス

いずれもドイツが第一次大戦中に開発した列車砲。
17cm、21cm砲は巡洋艦、38cm砲は戦艦の主砲と同等で、38cm砲弾では砲弾重量は800kg近くに達し、一発で地上に巨大なクレーターを築く威力がある。

ヴェルダン

第一次世界大戦における主要な戦いの一つであるドイツとフランスのヴェルダンの戦い(1916年)のこと
2000万発以上の砲弾が消費され毒ガスも使用された9ヶ月にわたるこの激戦は、両軍合わせて70万人近い死傷者を出した第一次大戦最大の戦いとなった。

ダンケルク

ベルギー国境近くのフランスの港湾都市
第一次大戦においてはスイス国境から北海まで続く長大な西部戦線の最北端となり、ベルギー国内からのドイツ軍による砲撃を受けた。
第二次大戦のフランス戦において、ここから英軍が脱出に成功した[ダンケルクの奇跡」で有名。

パリ砲

第一次大戦時にドイツ軍がパリ砲撃のために開発した超長射程列車砲。
口径210mm、砲身長は28m。
あまりに長い砲身が自重でたわむため、砲身中央部に支柱が立てられそこからケーブルでつり橋のように砲身を支える構造になっていた。
最大射程は130kmに達したといわれるが、発射に当たっては地球自転によって発生するコリオリの力も考慮に入れなければならず、弾着のばらつきが大きいため命中率も高いものではなかった。
また重量を軽減するために砲身厚は薄くなっていたので、60発も撃つと砲身内は磨耗して口径は30mm近く広がり、砲身の寿命も極端に短いものだった。

再軍備宣言

1935年3月にヒトラーが行ったヴェルサイユ条約における軍備制限条項の一方的破棄宣言。
これを機に条約によって上限10万人と制限されていた兵員数の大幅増強、義務兵役制の復活、参謀本部の復活、軍用機、潜水艦、戦車など禁止されていた兵器の製造開発など、ドイツの再軍備が公然と行われることとなった。

心理的衝迫力

調べがつかなかったが綴りは上記のとおりと思われる。
火砲による砲撃は爆風や飛散する弾片、降り注ぐ多量の土砂といった直接的な殺傷効果だけではなく、爆音や爆煙による感覚面での衝撃、砲弾の落下が目に見えないことから次は自分の所に落ちてくるかもしれないという心理的な恐怖感を与える効果を持つ。
第一次大戦において砲撃を受けた後、肉体的な負傷を蒙らなかったにも関わらず戦意の喪失、あるいは精神に異常をきたし、緊張症やチック症状、ヒステリー症状などを起こす兵士が続出し、「シェルショック(戦闘神経症}」という名で知られるようになった。

戦場において煙草をすう

多くの軍隊では煙草は緊張を和らげる嗜好品として糧食と共に配給され、若い兵士たちの多くは軍隊生活で喫煙を覚えた。
また戦場においては常に不足していたため、煙草が一種の通貨として部隊内で流通したり、補給路の途上で闇物資として民間に横流しされるケースも多かった。

38cm列車砲 ジークフリード

作中で説明されているとおり、戦艦(ビスマルク級)の主砲を流用して開発された列車砲。
砲身長20m、車体も含めた重量394t、最大射程約56km。

80cm列車砲 グスタフ

80cmカノン砲を備えた、巨大列車砲の1号機。
1941年に製造された要塞攻略用の兵器であり、諸元については作中参照。
「グスタフ」の名前は当時のクルップ会長から取ったとされるが、ドイツのフォネティックコード(アルファベット1文字に固有の呼び名をつけること)における「G」でもある。

80cm列車砲 ドーラ

80cm列車砲2号機。
性能については、グスタフと同じ。
「ドーラ」の名前は開発者の妻から取ったとされるが、ドイツのフォネティックコード(アルファベット1文字に固有の呼び名をつけること)における「D」でもある。

「砲兵士官のくせに耳のいい奴だ」

常に爆音にさらされる砲兵にとって難聴は職業病のようなものである。

面罵

面と向かってののしること。

88mm高射砲

アハトアハトのこと
Flak 18/36/37 88mm砲。アハトアハトはドイツ語で88。
第二次世界大戦にドイツで使用された高射砲で最大射程は約2km。
対空砲として開発された88mm砲であったが、同時に優れた対戦車砲としての能力も有している。
長い射程と正確な砲撃で絶大な威力を発揮し、第二次世界大戦では、ヨーロッパにおける東西戦線及び北アフリカ戦線で使用された。
汎用性は高く、対地、対空などさまざまな用途に使用できる多用途砲として絶大な威力を発揮した。
野戦において約1.5km先の100mm以上の装甲板を貫徹する能力を有する

独特な発射音から、ドイツ軍将兵はその音を聞くと「アハト・アハトだ!」と沸いたという。

「噂では開発中の重戦車の主砲に転換中」

ソ連軍のT-34戦車に対抗するために、VI号戦車ティーガーの主砲として88mm高射砲を対戦車砲として戦車に搭載した。

艦隊現存主義

艦隊はそこに存在している限り、たとえ出撃しなくても敵はそれに備えてその数倍の戦力を控置せざるを得ず、それだけで敵戦力の積極的な運用を阻むことができるという考え方。
第一次および第二次世界大戦において常に米英よりも少ない海軍戦力しか保有できなかったドイツ海軍はこの戦術を取り続けたが、その一方で艦隊兵員の練度と士気の低下、動かない艦隊に対する国民の無理解といった問題が発生する。
第一次大戦ではユトランド海戦後ドイツ海軍はこの戦術をとったが、1919年に出された艦隊出撃命令に水兵が反抗して反乱を起こし、これが革命と戦争の終結に繋がった。
第二次大戦においてもめぼしい戦果を挙げられないドイツ海軍に対し、激怒したヒトラーによって水上艦の解体と兵員の陸上兵力への転用命令が出され、海軍首脳とシュペーア軍需大臣のとりなしによって危うく撤回される事件が起きている。

デーニッツ

カール・デーニッツ
ドイツ海軍の軍人。最終階級は元帥。
ヒトラー死後の大統領を務めた。
潜水艦作戦の第一人者で戦史研究家からは『海のロンメル』と評価された。
ドイツ海軍の潜水艦隊司令としてUボート作戦を指揮。
群狼作戦というUボートが協同して敵輸送船団を攻撃する通商破壊戦術にてイギリスを苦しめた。

メッサーシュミット

メッサーシュミットBf109
第二次世界大戦におけるナチスドイツ空軍の主力戦闘機。Me 109とも呼ばれる。
Bfはメッサーシュミット社の旧社名「バイエルン航空機製造会社」の略。
メッサーシュミットMe262は生産開始が1944年なので、この場合はBf109の方。
単葉・全金属・引込脚など、当時の標準形態を備えたドイツ初の単座戦闘機。
列強各国機に対抗できなかった旧型機に替わり、急遽スペイン動乱に投入されてデビュー、以後、第二次大戦終了まで実質的な主力戦闘機の座を保った。
新人には難しい操縦も、慣れると良好な飛行特性・性能で多くのパイロットに信頼され愛された。

フォッケウルフ

フォッケウルフFw190
メッサーシュミットBf109とならんで第二次世界大戦におけるドイツ空軍の主力を担った単発のレシプロ戦闘機。
主力戦闘機メッサーシュミットBf109は高性能ではあったものの、操縦が難しかったため着陸事故が急増していた。
その為にバックアップ用の機体として開発された。
空戦性能のみならず、パイロットには操縦しやすく、最前線でも容易に修理が可能、さらに大量生産しやすい構造という、まさに理想的な兵器であった。
このため改良が続けられ、初期のA型と最後に作られたD9型では別物にしか見えないくらい形状が変化している。
設計者は天才と名高いクルト・タンク博士で、実質的にはFw190の最終形態であるTa-152はレシプロ戦闘機の極限といえる性能を持っていた。

ハインケル

エルンスト・ハインケル博士によって設立されたハインケル航空機製造会社。
第二次世界大戦中にドイツ空軍のために爆撃機を始め数多くの航空機を製造した。
世界初の試作ジェット戦闘機He-280、射出座席を備えた夜間戦闘機He-219「ウーフー」など先進的な航空機を作ったが、ハインケル博士と空軍首脳部の折合いが悪かったため、試作や少数生産にとどまったものが多かった。

ユンカース

ヒューゴー・ユンカースが設立したドイツの航空機・エンジンメーカー。
第二次世界大戦中、ルフトヴァッフェにJu 87 シュトゥーカなどの軍用機を供給したことで知られる。

3号

Ⅲ号戦車
きたるべき戦車戦術を考慮して主力戦車とすべく製造した中戦車である。
開戦当初は数がそろわなかったが、対フランス戦時にはその数も増え、独ソ戦の頃には主力戦車となる。
しかしソ連のT-34には50mm砲は力不足であった。
史実では大戦後半には主力としては用いられず、代わってシャーシを流用して砲塔を廃して長砲身の75mm砲を搭載した三号突撃砲が生産されるようになった

4号

Ⅳ号戦車
本来は敵の陣地を攻略する為に短砲身24口径75mm砲が搭載されたが、ソビエト連邦軍のT-34戦車に対抗するべく、F型の生産途中から長砲身43口径75mm砲(後に48口径75mm砲)が搭載された。
Ⅲ号戦車に比べより大口径の主砲を収容する余裕のあるIV号戦車は、軍が求めるさまざまな要求に応じることが出来た。
そのため軍馬と呼ばれ、多種多様な派生型を生み出すこととなった。

「戦車のラインを変更するには莫大な費用がかかる」

戦車に限らず工業製品の製造ラインの変更には工場建屋の建設。クレーン、冶具などの工作機械の更新、製造用資材の調達、工員の教育など膨大な資源と時間を要する。
さらに変更作業中はその施設を使えないため、短期的には製造量の減少を招く。
このため史実でも主力戦車となるはずだったV号戦車パンターの増産は遅々として進まず、戦前に開発されたIV号戦車は大戦末期に至るまで改造を重ねて生産が行われた。

ロケット砲

ロケット弾を撃ち出す兵器のこと。
火薬の燃焼ガスを噴出すことによって推進するロケット弾は通常の火砲に比べて命中精度は低いが複雑で重量のかさむ反動軽減機構が不要なため、発射装置の多連装化が容易である。
このため簡単な発射装置を並べて一度に大量にロケットを撃ち出し、目標となる地域を広範囲に叩く面制圧に向いている。
ドイツ軍のネーベルヴェルファーやソ連軍のカチューシャが有名。

無反動砲

砲弾を撃ち出すと同時に、後方に火薬の燃焼ガスの放出やカウンターマスの射出を行うことで反動を軽減する火砲。
駐退機や駐鋤などの重くて複雑な機構が不要なために火砲全体の重量を軽くすることができる。
しかし初速が遅いため、榴弾砲や速度関係なく効果を発揮する成形炸薬を使用した対戦車砲などとして使用されている。
史実で大戦後期にドイツ軍が使用したパンツァーファウストは無反動砲の一種で一人で構えて発射が可能だが、発射筒の後端から高熱の火薬ガスが放出されるため、後方20m以内にいるとこのガスを浴びる危険性があった・

高低圧砲

砲弾を撃ち出す装薬を収めた薬室と砲弾の間に低圧室という小空間を設けた火砲。
装薬の燃焼ガスは低圧室内に導かれそこで圧力が下がるために砲身に過大な圧力がかからず、砲身の厚さを薄くしてその重量を軽減でき、しかも砲弾の初速は低下しないというメリットがある。
史実ではドイツ軍は大戦後半に対戦車砲として実用化したほか、高低圧砲二門を搭載したルッチャーという小型駆逐戦車の開発も行われていた。

無旋条砲

滑腔砲(スムースボア)ともいう。
砲身内にらせん状のみぞ(ライフリング)を切らない火砲のこと。
ライフリングが磨耗しないため寿命が長く、溝と砲弾の隙間からガスが漏出しないというメリットがあった。
しかしその一方ライフリングによって砲弾に回転が与えられないためジャイロ効果が発生せず、弾道が安定しないというデメリットもある。
このため砲弾に小翼をつけるなどの必要がある。
現在の戦車砲はほぼ全て無旋条で、発射直後に分離脱落するサボに包まれた小翼付のダーツ状の高速飛翔体撃ち出すタイプとなっている。

ラムジェット推進砲

おそらくはRAP弾(ロケット補助推進弾)の一種であるラムジェット弾のこと。
構造が簡単で高速時に最大推力を出すラムジェットエンジンを砲弾に組み込み、その推力によって200km近い射程距離を持つ。

ラインメタル

ドイツを代表する火砲メーカー、ラインメタル・ボルジヒ社のこと
戦後も存続し、ラインメタル社が開発した120mm滑腔砲は西欧の戦車砲のスタンダードとなっている。

ハインケル111

He111爆撃機
第二次世界大戦前から大戦終了までドイツ空軍が使用していたレシプロ双発爆撃機。
大戦を通じて使用された主力機で、使い勝手の良さから多くの派生機が誕生した。
大戦当初は主力機として活躍したが、爆弾の大型化に伴い速度が低下し、また防御力も低かったため、イギリス戦では大損害を被った。

ウラルボマー

ドイツ空軍のヴァルター・ヴェーファー将軍が提唱していた長距離爆撃機の通称。
ドイツ国内から発進してロシアのウラル山脈東方の工業地帯を爆撃する能力が求められた。
四発爆撃機のユンカースJu-89、ドルニエDo-17が試作されたが、ヴェーファー将軍が飛行機事故で死亡後、地上部隊を支援する戦術空軍をめざすドイツ空軍内にこの構想を支持するものはなく、ゲーリングによって開発計画はキャンセルされた。
この後ドイツ空軍は爆弾搭載量も航続距離も短い双発爆撃機で英国に爆撃を仕掛け、大損害をこうむることとなる。

ドゥーエ

第一次大戦中のイタリア陸軍軍人ジュリオ・ドゥーエ少将
開戦と同時に大量の爆撃機によって敵の都市や産業施設を爆撃し、その戦争遂行能力を奪うことによって勝利するという爆撃機万能論を提唱した。
航空戦力が勝利の鍵を握るというこの思想は戦間期の西欧諸国の航空部隊の軍人たちに広く支持され、英仏は長距離爆撃機の開発に力を入れた。

ミッチェル

第一次大戦時のアメリカ陸軍軍人ウィリアム・”ビリー”・ミッチェル准将
第一次大戦時に航空部隊を指揮してドイツ軍に爆撃を行った経験から、戦後に次代は戦艦ではなく爆撃機が戦争の勝敗を決すると主張。
実際に爆撃により退役戦艦を撃沈してみせた。
また1920年代には日本軍による真珠湾攻撃の可能性を指摘している。
その後海軍の飛行船墜落事故に関して軍を批判する発言を行ったことから処罰され、早期退役を余儀なくされた。
しかし後にその先見性は認められ、彼の名は東京を初空襲した双発爆撃機B-25「ミッチェル」に名づけられることとなった。

クラウゼヴィッツ

プロイセン王国の軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780-1831)の戦争論 (クラウゼヴィッツ)のこと。
近代国民国家における戦争の本質を鋭く突いた古典的名著。
「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」

急降下爆撃・水平爆撃

爆撃は通常、地表に水平に飛行しながら目標へ向けて爆弾を投弾する水平爆撃で行うが、急降下爆撃では目標に対して急降下しつつ投弾して爆撃を行う。

水平爆撃の場合、低空飛行で爆撃すると敵の対空砲火などによる攻撃で撃墜されたり、進路が狂って爆撃に失敗する可能性がある。高高度から爆撃を行なう場合には、地上などの固定された目標に対しても命中率は高くなく、まして艦船など移動する目標に対しては投弾から着弾までの時間が長くなり目標に退避する時間の余裕を与えるため命中率が極めて低くなるものである。

それに対し、急降下爆撃の場合、降下する機体のベクトルと爆弾の落下するベクトルが近いために命中率を高めることが可能となる。

史実でもドイツと日本への爆撃では初期には高空からの水平・精密爆撃が行われたが効果ははかばかしくなく、米陸軍のルメイ少将、英空軍のハリス中将は都市部への低空無差別爆撃を実行し、東京やドレスデンに代表される惨禍を日独にもたらした。
この無差別爆撃による都市破壊が戦争の趨勢に大きな影響を与えたかどうかは今なお議論の対象となっている。

新鋭の四発重爆

史実では1942年頃から配備が始まったイギリス空軍のアブロ・ランカスターのことと思われる。
それまでのイギリス空軍の双発・四発爆撃機に比して格段に優れた速度、爆弾搭載量を持っていたが、エッフェンブルクが作中で語っているように、ドイツへの爆撃作戦では対空砲火と戦闘機の迎撃により数万人の戦死者を出している。

マンシュタイン

エーリッヒ・フォン・マンシュタイン
ドイツの第二次世界大戦中の陸軍元帥であり、最も有能な戦略家の一人。
この時点では上級大将でセヴァストポリを攻略する第11軍司令官。