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朝日新聞2006年10月15日
【補助線】 増税論議先送りを読み解く (編集委員 西井泰之)

税の「歴史認識問題」



 「歴史認識問題」で頓挫したアジア外交立て直しに安倍首相が中国、韓国を訪問した10月の連休、東京・奥多摩をサイクリングする谷垣禎一・前財務相の姿があった。

 「消費税率10%」を掲げて敗れた自民党総裁選をこう振り返る。「政治オンチといわれたが、財源もいわず、あれもこれもやりますでは、不正直。国民も何かを求めるなら負担がいる。そこを率直に語って、財政は自分の財布だとわかってもらうのが政治の芸なのだが・・・・・・」

 結局、増税論議は、来年夏の参院選以降に先送りだ。ドイツでは、付加価値税率引き上げを公約し総選挙で勝った新首相のもとで増税法案が可決され、スウェーデン総選挙も高福祉維持の負担のあり方が争点になった。選挙で税論議を回避する「美しい国」の異質さを改めて思う。

 増税の試みは、国民からのしっぺ返しの歴史だ。一般消費税導入を掲げた大平内閣は総選挙で大敗。中曽根内閣が目指した売上税も、衆参同日選挙期間中に大型間接税は導入しないとした「うそ公約」がもとで廃案に。減税とセットでようやく消費税を実現した竹下内閣は短命だった。

 政治や政府と国民の相互不信の元をたどれば、税の「歴史認識問題」がある。年貢の頃から、税は「お上」に収奪されるものだった。「泣く子と地頭には勝てぬ」の意識、面従腹背が、形を変えて、負担を回避する一方で、財政を「他人の財布」のように考える感覚を生んだ。

 明治の時代。「民権」派の先達、福沢諭吉は欧米の租税思想を紹介し、人々の生活や安全を政府が守る代価として「百姓町人より年貢運上を出して、政府の勝手方を賄わんと取極めたり。是即ち政府と人民との約束なり」(「学問のすゝめ」)と、「税は約束」と説いた。

 だが天皇主権の立憲国家をめざした「国権」派の伊藤博文は、「納税は・・・臣民の国家に対する義務」「民約のの主義は千里の誤り」と反論。自ら起草した明治憲法、さらに新憲法でも「税は義務」とされた。国民の側も自然増収下の財政の大盤振る舞いが長く続いた中で、何のために税を払うのかという意識をあいまいにしてきた。

 諭吉の時代から130年あまり。自前の「負担の思想」をどう作り上げていくのか。「国民は嫌な話に耳をふさがず、財政を自分の問題と考えなければ」と昨年総選挙で負担を訴え敗れた民主党の岡田克也元代表。「増税は政治家や官僚が特権を切り自ら血を流し、首相が国民に真摯に訴えて、ようやくできるかどうかの難題だ」と国民福祉税が頓挫した細川内閣の官房長官、武村正義元蔵相はいう。

 新政権に、もう1つの「歴史認識問題」を解決する覚悟はあるのだろうか。