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観音会に配られた「観音会に想う」(片岡山 観音院 萬善寺)より、観音会のいわれについて。

「梅雨明けとともに、急に暑さが訪れてきて今年も当寺の観音会が勤められます。この法要は大字上中を中心に近隣の夏祭りとして古くから親しまれ、夏のひと夜の風情をこよなく味わうことができます。
 この観音会のご本尊は「聖観世音菩薩」です。この仏さまについて、当寺の縁起や村人の語り伝えによりますと、誠に不思議なご縁があります。
 昔、元禄年問に頓求円佐上人が河内国(現大阪府)より、この地に旅され大宇上中中東方のほとりで休まれていたところ、田んぼの中より光明が輝き現れたので、上人は誠に奇瑞なことだと翌朝、村人とともにそこを掘ることにしました。そうすると土の中から現れたのが観音菩薩でした。上人と信心深い村人は「観音さまが田んぼの中に在わすのは勿体ない」と当時の萬善庵に安置されました。その後、「観音様」がお出ましになった場所を「観音堤」というようになりました。また、日を重ねて「観音様」への信仰が厚くなり、堂宇を増建し観音院と号し、円佐上人も当院に住持し、日夜念仏に精進され宝永三年十二月十八日(1706)往生されました。(上人の石塔は当寺の墓所に祭られ供養されていて寺の史実にをも証されています)そのため、この「観音様」は萬善寺再興の仏さまとしてだけでなく、村人の帰依が厚い「観音様」として親しまれ信仰されて今日に至っています。 観音会のお勤めは、この円佐上人の命日でもあり、観世音菩薩のご当日十八日の逮夜(前日)にちなみ十七日となったのでしょう。昔は農家がほとんどでしたから、半夏生(はんげっしょう)の後の休養日として休みました。夜には門前の道筋に夜店も多くならび、堂前には俵の形をした石が置かれていて、若者達はその石をかついで力比べをしたとも語り継がれています。現在は交通規制もあり、出店も境内の中に入ってしまい、アセチレンのガス燈も電灯となり風情も変わってきました。」