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(概要)
 香芝市の前身、香芝町は四か村が合併して出来ていますが、市の南北で文化が異なります。その一つの例として當麻練渡と法隆寺会式があげられます。

(四か村合併について)
 香芝市の前身、香芝町は昭和31年3月13日に、五位堂村・下田村・二上村・志都美村の四か村が合併して出来たのですが、この経緯については「石器のふるさと香芝」をご覧下さい。

(當麻練渡と法隆寺会式について)
 さて、この旧四か村の内旧五位堂村・旧下田村・旧二上村の人々は、當麻寺の初夏の行事、當麻練渡(聖衆来迎練供養会式)に参拝し、一方旧志都美村の人々は法隆寺の春の行事、法隆寺会式に参拝したものでした。この當麻練渡と法隆寺会式の地域の境界ですが、厳密には旧下田村と旧志都美村との最終の行政上の線引きではなく、竹田川で分かれていたようです。香芝市はかつて農村地域でしたので、田んぼに入れる水(水利)の違いによりこのような文化の違いがあるようです。すなわち竹田川以南の土地の水利は二上山に由来するのですが、以北の土地では聖徳太子が築いたとされる分川池に由来していたからだといわれています。

(その他の文化の違いについて)
 竹田川以北の地域にある墓地では、お盆の墓参りの日が墓地ごとに定められていて、その定められた日の早朝に一斉に墓参りをしますが、以南の土地ではそのような風習はありません。

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