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2月3日の子ネコたち


「鬼はー外!福はー内!」
「にゃっ!!」
「これこれ。豆まきの豆をはじくヤツがいるかい」
「ご、ごめんなさい!おとうさん!」
ネコの生まれもっての慣わしはとても素直。目の前を通り過ぎた父親の投げる大豆に、思わずネコパンチをする子ネコは、
白い毛並みの髪を照れくさそうに撫でながら頬を赤らめていた。かけ始めたメガネが大人びているが、中身は子ネコのままだ。
今夜は節分。静かな夜は、掛け声と共にまだまだ続く。月明かりが優しい如月。

一通り父親が豆をまき終わると、子ネコの頭を撫でながら、枡に残った大豆を見せる。
「いいかい?歳の数だけ豆を食べるんだよ。今年も健康でありますようにって」
「へー。そしたら、えっとお。わたしは、8つ!8つだね」
「そう。ひとつ……」
幼い子ネコは一つずつ大豆を摘みながら、まだまだ小さな口に放り投げた。
一粒目。
奥歯に豆の感触が伝わる。口いっぱいに大豆の甘さが広がり、味覚を刺激する。
「ふたつ……」
子ネコは、迷わず二粒目。
心地よい硬さと甘さの織り成す大地の恵みを感じながら、子ネコの頬はほころんだ。
そして、三粒
隣の部屋から、電話の鳴る音がする。「はいはい、少々お待ちください」と、母親の声が耳に届く。
四粒……八粒目。
「おとうさん!わたし、歳の数だけ食べたよ!」
「ははは。お父さんはまだまだ食べなきゃだな!」
「お父さん、お電話よー」
子ネコの母親が黒電話の受話器を持って、父親を呼んでいる。父親は残った豆を子ネコに渡して、そっと部屋を後にした。
「おとうさん!ちゃんと歳の数だけ食べなきゃ!!」
手の平を空にした子ネコは、来年は今年より一粒多く食べられることを心待ちにして、節分の夜を過ごした……。

―――子ネコはすくすくと育ち、恋をして、恋に破れて、大人になって。
「白先生!節分は歳の数だけ、豆を食べるんですよね!」
「ああ」
「白先生!節分は歳の数だけ、豆を食べるんですよね!ですよね!」
「あ、ああ。分かった」
「先生の分、取っておきましょうか?いち、にい、さん……」
「因幡、自分で数えるからお前は帰れ」
「はーい。職員室で委員会の資料のコピーしてきまーす」
遠くで初等部の生徒が豆まきをしている声を聞きながら、佳望学園の保健室でネコの保健医・白先生は、静かにウサギの因幡リオに声で爪を立てた。
身の危険を感じたリオが保健室から脱出すると、部屋に残された白先生、サイフォンからコーヒーを注ぎながら
遠い日を思い出して静かに尻尾を揺らしていた。マグカップからの温もりと父親の暖かさを蘇らせながら。

「……因幡ったら」
そう言えば、最近はコーヒーばかり飲んでいる。
子ネコを過ぎて、大人になって、コーヒーの味を覚えた白は、その日から毎日のようにコーヒーを味わっている。
誰に教わったか覚えていないが、自分が大人になった頃から飲んでいるのは間違いない。
甘酸っぱい十代を過ぎて、鮮やかな二十代を経験し、煮詰めすぎたコーヒーのような三十代。
コーヒーの苦さが歳を重ねるに連れて心地良い。
「きょうは、ちょっと濃いな」
湯気が長年連れ添ったメガネを白く染める。
白先生は、お気に入りのマグカップを机に置くと、保健室を後にして初等部の生徒の声のする廊下へと歩き始めた。

「おにはー、そとニャ!」
「わーい!しし座流星群みたいだよお!」
「ふくはー、うちニャ!!」
初等部の子ネコ・コレッタが元気よくまいた豆の隙間を縫うように、タヌキの百武そら先生が小柄な身体で走り抜ける。
鬼のお面を着けたそら先生は、子どもたちに混じって節分を楽しんでいたのだ。
「ほら、節分の鬼はこうやって逃げ回るんだよ、コレッタ」
「だって……目の前に豆が飛んできたら『にゃっ!』ってなるニャ!」
「コレッタは、お子ちゃまだか豆を手ではじいちゃうニャね!」
「お、お子ちゃまじゃないニャ!クロ!」

大人しくその光景をじっと見ていた白先生、抱きしめてあげたいほど愛しい初等部の子どもたちを目の前に頬を緩ませていた。
クラスメイトの子ネコのクロから尻尾を引っ張られているコレッタは、片腕で枡を抱えて豆まきを始めた。
「おにはー、そとニャ!」
「にゃ!!はっ!?」
白先生の足元には、白先生の手によってはじかれた大豆が幾ばくか転がっていた。
笑いを堪えて口に手を当てながら、子ギツネの二葉葉狐が、豊かな尻尾を揺らして白先生に近づいて注意した。
「白せんせー。豆を手ではじいちゃあかん!コレッタちゃんと同じことしとるねんね!」
「白先生の、こっどもー!ニャ」
「う、うるさいな!クロ!」
しまった。いい大人としたことが。わたしは子ネコなんかじゃないんだぞ。白先生は頬を一層赤らめる。
すると、職員室のコードレスホンを持って、遠くからリオが白先生を呼び出してきた。

「白センセー。お電話です」
「今行く!!でかした!」
「はあ」
この場を早く立ち去りたかった白先生は、ほんのちょっと子ネコに戻れたことに、小さな喜びを隠しきれなかった。
コーヒーの苦さがまだ口に残る。


おしまい。