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やさしい味


 雪が降っている。はらりと舞っては、音もなく白く積み重なって行く。
校庭で雪合戦をしているクラスメイトを教室から見下ろしながら、ルイカ・セトクレアセアは溜息をついた。
外の騒がしさを締め出すように、長い房毛の付いた耳をぺたんと折り曲げ、パーカーのフードを被る。
心の内では静かに後悔の念が渦巻いていた。

――腹が減った。

 昼休みも終盤、他のクラスメイトは皆昼食を済ませて思い思いの時間を過ごしているというのに、
ルイカの腹はただ一人だけ、空腹を訴えていた。
原因は家に忘れた財布である。
ルイカは弁当派ではない。
前の学校では弁当を持参していたが、いつの間にかゴミ箱に投げ入れられていたり、
中に異物を混入されたりする事がしばしばあったため、ルイカは弁当を持ってくるのをやめた。
母親がまたそれについて何も言えない様子だったのも、嫌だった。
それ以来昼食は購買で済ましている。
食堂は他人が大勢いるため、あまり好きではなかった。

(畜生、何で俺がこんな目に……)

 空腹を誤魔化すように、机に頭から突っ伏す。
暇つぶしの為の本などは持ってきてはいないし、済ますべき課題も無いはずだ。
昼飯がないのは辛いが、ルイカはそれ以上に、このことがクラスメイトに知られるのを嫌悪していた。
あと何分で昼休みが終わるのか確認しようと、顔を上げたときだった。
「あ、あの、ルイカ君……。お財布、忘れたの?」
 目の前に白い毛皮の少女がいた。
長い耳を伏せがちにしながら、おずおずとルイカに話しかけてくる。
同じクラスの星野りんごだった。
「あぁ!?」
 苛立ちからか、思わず声を荒げてしまった。
それを受けて、りんごの態度はさらに物怖じする。
「ご、ごめんなさい……!いつもルイカ君購買のパン食べてるのに今日は何も食べてないみたいだから……」
 ルイカの心配も空しく、事は既に見抜かれているようだった。
それも、一番知られたくないお節介な人間に。
ルイカは強がり、舌打ちをする。
「別に……メシ一つ抜かしたからって何なんだよ。死ぬ訳じゃあねえし。第一星野には関係ねーだろ」
「だめだよ、ルイカ君!お昼ご飯ちゃんと食べないと午後の授業大変だし、体にもよくないよ!」
 気の弱い彼女のことだ、適当にあしらっておけばすごすごと退散するだろうと思っていたが、
ルイカの予想に反しりんごは反論してきた。
意外な反応に戸惑っていると、りんごは箱を差し出してきた。
漆塗りで黒光りしており、かなり大きめだ。30センチ四方で高さ20センチといったところか。
「……何だ、これ」
「……お弁当、余ったから」
「は!?」
 女子一人分の弁当箱にしては大きすぎる。
ルイカは何度かこの箱を見たことがあるが、それは大勢で食べる際に用いるものであり、
決して少女が昼食用の弁当箱として日常的に使用するものではない。
「お前、これ一人で食べてんのか!?」
「ううん、作ったのは私一人だけど、お料理の練習も兼ねてると、よくこのぐらいの量になっちゃうの。
いつもは男の子みんなに食べてもらってるんだけど、今日はみんな雪合戦で外に行っちゃったから……」
 りんごがはにかみながら答える。
その大きさにルイカはしばし圧倒されていたが、やがて気を取り直して、
「……いらねぇ」
 と呟いた。
弁当は魅力的だったが、まだ誰かの世話にはなるよりはマシ、という思いの方が強かった。
「でも、そのままだとおなか減って……」
「だから、いらねぇって言って……」
 言いかけたところで、りんごの後ろから、刺さるような視線が投げかけられているのを感じ取った。
礼野翔子が、食わなければここから投げ落とすと言わんばかりの目で睨んでいるのだ。
「……頂きます」
「本当?ありがとう!」
 渋々重箱を受け取ると、りんごは目を輝かせながら礼を言い、翔子たちの元へ戻っていった。
どちらかと言えば礼を言うべきなのはこちらではないのか、と思いながらもルイカは重箱の蓋を開けた。
唐揚げ、出汁巻き卵、豚の生姜焼き、筑前煮、と典型的で庶民的なおかずではあったが、
(どれも見たことはあるが食ったことは無い料理ばかりだ)
ルイカにはほとんど馴染みのない料理であった。
出汁巻き卵を箸で口の中に運ぶと、ほんのり甘くも塩辛い、優しい味がした。
怪我をした左手が、少しだけ痛んだ、気がした。


おわり