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スレ8>>67-74 慢心の代償

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silvervine222

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慢心の代償


どんよりとした曇り空の下、其処にあるのは骸(むくろ)の山。
しかし、それは生物の物ではなく、金属と樹脂で構成された機械の骸。
古いオイルのすえた臭いが漂う其処は、国道沿いにあるジャンク屋裏手のジャンク置き場。
積み上げられた車のフレームは骸骨の様にも見え、地に染み付いたオイルは血液を思わせ、
その上に並べられた錆まみれのエンジンは打ち棄てられた臓(はらわた)の如く。
其処はまさしく機械の墓場と言っても良い場所と言えた。

そんな機械の墓場の一角でうずたかく積まれた小さな機械部品の山。
命を、意識を持たぬ筈のそれが、まるで身じろぎをする様に2度3度、もそもそと左右に揺れる。
やがて山の頂上辺りのクラッチの為れの果てが、重力に従って転がり落ちると同時に、機械の山が弾け飛んだ。

「いぃぃぃぃぃぃぃやっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

機械の山の中から出てきたのは、オイルまみれのモーターを両手に掲げ、奇声に近い歓喜の声を上げる惣一の姿。
古いオイルで黒く汚れた彼の表情は如何言う訳か喜びに満ち溢れていた。

「ジャンク屋のオジさんの情報をアテに探しに探して一週間! 遂に見つけたネオジム磁石式の高性能モーター!
こいつを見つけるまでどれだけ苦労した事か……っとと、ああ、この重みでさえも嬉しく感じる」

喜びの余りモーターへ頬摺りしようとして、その重量で思わずよろめく惣一。
しかし、今の彼にとってはその重みでさえも望みの物を見つけ出した実感でしかなく、
自分の服が古いオイル塗れで見るも無残な有様だったとしても、何ら気にならなかったのであった。

「こいつさえ……こいつさえあれば、ブルースカイは飛べる!」

そう、この時の惣一は幼馴染との『自作飛行機で空を飛ぶ』と言う約束を果す為、
自作飛行機『ブルースカイ』の製作の重要な要となるモーターを見つけ出した所である。
図書委員に変な目で見られながらも、『ブルースカイ』の動力にこのモーターが一番向いていると検討をつけるのに約一週間。
そして、方々駆けずり回って情報を集め、目的のモーターが眠っているであろうこのジャンク屋を探り出すのに更に一週間。
更に、毎日の様にジャンク屋に通いつめて、ジャンク屋の店主と親しい関係になるまで約二週間。
最後に、泥とオイルまみれになりながら、山と積み上げられたジャンクの山の中から目的の物を見つけ出すまで1ヶ月。
と、ここに至るまで相当な苦労を強いられた事もあって、発見した時の惣一の喜びはまさにひとしおであった。

「さて、と。暗くなる前にこいつを早く部室に持ちかえらないとな……」

言って、惣一は抱えていたモーターをベンじいから借りたリアカーの荷台へよっこらせと載せる。
一見、小柄で力が無さそうに見える惣一ではあるが、実は祖父に鍛えられていた事もあって意外に力持ちだったりする。
しかし、その事を知っている者は惣一の家族と幼馴染の空子だけしか居ないのだが……。

「おう、惣いっちゃん! その様子からすると目的の物は見つかったって所かい?」

モーターを載せたリアカーを引き始めた惣一に声を掛けたのは、
レンチ片手の作業着姿の毛皮の所々に白い物が混じる初老のブチハイエナの男性。
彼はこのジャンク屋の店主で、ここ通いつめてた惣一とはもう顔なじみと言っても良い関係の人である。

「うん、オジさんの言っていた通りだったよ。これで『ブルースカイⅧ(エイト)』を飛ばせるぜ」
「おお、そいつは良かった! こいつももう一度役に立てると喜ぶ事だろうな!」

言って、リアカーに載せられたモーターを撫でつつ豪快にがはは、と笑って尻尾を揺らす主人。
と、そこで惣一はある事に思い当たり、少し不安混じりに主人へ問う。

「所でさ……オジさん、このモーターの代金は……」
「ああ、それだったら同じ重さの鉄屑と同じ代金で構わんよ!」
「え? それで良いの!?」

惣一が驚くのも無理もない。このモーターは本来ならば、高校生の小遣いではとても手が届かない位の価値の物なのである。
しかし、それが同じ重量の鉄屑と同じ価格で良いと言うのだ。これはまさに破格といっても良い値段であった。
店主は荷台に乗せられたモーターを撫でながら朗らかに笑う。

「どうせこいつも使い道がなかったら、他の鉄屑と同じく錆に埋もれるだけだったろうしな。
だったら、使ってくれる人に買って行ってもらう方が、こいつにとって幸せってモンだろう?」
「サンキュっ、オジさん!」

惣一は喜びの声を上げて、主人の薄汚れた毛皮に飛び付いたのであった。

「いや、モーターが見つかって良かった良かった。おまけに思ったよりも安く済んで本当にオジさん様々だよ」

暫く後、モーターの代金の支払いを済ませた惣一は、気分良くジャンク屋の出口へと向かっていた。
今の良い気分の為か、心なし手に感じるリアカーの重みも何処か心地良く感じる。
ひょっとすれば、無意識の内に鼻歌を吹いているかもしれない。歩む足取りも軽く感じる。
まあ、兎に角言えば、今の惣一はハッピーな気分であった。

「後は、こいつを『ブルースカイⅧ』に組み込んで、飛行試験を行うだ……」

しかし、ある物を目にした惣一は、自分の言葉が窄んで行くと同時に、ハッピーな気分が消し飛ぶのを確かに感じた。
惣一が目にしたある物、それは……

「おっかしいなぁ……前見た時には、確かにここに良さげなモーターがあった筈なのに……」

白い毛皮や衣服をオイルで汚れさせながらも、それを一切気にする事なくジャンクを物色する兎の男性の姿。
学園で何時も見る白衣こそは着てはいない物の、掛けている眼鏡と長い垂れ耳は見間違い様がない。
そう、其処に居たのはモーター(磁石)マニアの化け学もとい科学教師、跳月 十五だった。

「マズイ……もし、これがはづきちに見つかったら大変な事に……」

惣一は自分の背に嫌な汗が流れるのを感じていた。
恐らく、跳月先生は惣一と同じ目的でこのジャンク屋に訪れたのだろう。それは彼の漏らしていた独り言でも明らかである。
しかし、その跳月先生の求めている物は今、惣一の引くリアカーに載せられている。
つまり今の状況は、跳月先生の獲物を目の前で惣一が掻っ攫っていくような物。

其処でもし、跳月先生が惣一 ――いや、リアカーに載せられたモーターに気が付いたら如何なるか……。
多分、いや、絶対に跳月先生は惣一へ詰め寄る事だろう。何せ、跳月先生はモーター(磁石)狂で有名なのだ。
恐らく生徒相手であっても、この教師は形振り構わずに来る筈だ。最悪、モーターを取り上げられる事になるやも知れない。

「くわばらくわばら……見つかる前に退避退避っと……」

取り敢えず、惣一は跳月先生に気付かれる前に、彼の死角になる位置へ退避する事に決めた。
幸い、堆く(うずたかく)積み上げられた廃車のお陰で隠れる場所に苦労する事はない。
耳の良い兎族に気付かれない様、静かに、そして慎重にリアカーを押して積み上げられた廃車の陰へと隠れる。

「……ふぅ……ここに隠れればもう大丈夫かな?」

程無くして、惣一は跳月先生からは完全に死角になる位置に隠れる事が出来た。
後は、そのままじっと息を潜めて、跳月先生が探すのを諦めて帰るのを待つだけである。
隠れる事に成功したのに安心したか、惣一は思わず安堵の溜息を漏らす。

「おーい、惣いっちゃーん! 悪いけどモーターの代金間違ってたー!」

――その直後。ジャンク屋の主人の無遠慮なまでのダミ声が惣一の背を叩いた。
思わず振りかえってみれば、ジャンク屋の主人が手と尻尾を振りながらこちらへ駆け寄る所。
当然、惣一は大いに慌てふためき、手をばたつかせながら、

「ちょwwwwオジさん! 今はちょっと静かに……」
「……? 何を慌ててるんだい? ほら、そんな事より多く貰ってた分の百円」

しかし、惣一の事情なんぞ知る由も無い主人は、何時もの様に肉球に握っていた百円を惣一へ手渡そうとする。

「いや、だから、今は少し声を小さく……いや、もう良いです」

無論、惣一は主人に事情を知らせようと努力する物の、結局は素直に百円を受け取らざる得なかった。

「んじゃ、また何か入り用だったらここに来てくれよな!」
「……」

言って、豪快に笑いながら事務所へと去って行くジャンク屋の主人。
それを前に、惣一はただ苦笑いを浮かべて見送るだけだった。
……彼がそうなってしまうのも無理も無かった。

「…………」

そう、気まずそうに振り向いた惣一の視線の先には、にこやかな笑顔を浮べる跳月先生が立っていたからだ。
しかし、表情が笑顔だからと言って、今の跳月先生の心も笑っている訳ではないのは確かだ。
何せ、オイルで薄汚れた惣一の格好とリアカーに載せられたモーターを見れば、
惣一が先生の獲物を掻っ攫った事は一目瞭然。これで憤慨するなという方が無理だろう。
そして、跳月先生は笑顔を崩さぬまま、惣一と目を合わせる様に中腰になって問い掛ける。

「さて、惣一君。こそこそと僕から隠れていた様だけど、一体如何言う事か説明してくれないかな?」
「………」

聞かなくても分かってるだろうに。と言う跳月先生に対する文句を喉元に留め、惣一は沈黙を守り通す。
苦労して折角手に入れたモーター、それをここで奪われる訳にはいかない。惣一は運命と闘う事を決心した。
そして、惣一は跳月先生に視線を合わせないようにそっぽ向いて、わざとらしい丁寧口調で突き放す様に答える。

「はづきちには関係ない事でしょう?」
「そうは行かないなぁ。生徒がこんな場所でオイルまみれになって何やってたのか気になるじゃないか。教師として」

と、言う跳月先生のその目線は、明らかにリアカーの荷台のモーターへ向けられていた。
……如何見ても狙いがモーターなのがバレバレです。ありがとうございました。

「俺は部活で必要な部品を探しに来てただけ。別にはづきちが気にする程の事じゃないですよ」
「へぇ、部品かぁ。それ、どんな物か先生に見せてくれないかな?」

飽くまでも白々しい態度で迫る跳月先生に、惣一は心の内で若干イラッ、とくる物を感じた。
しかし、それを表に出す事無く、惣一は飽くまで平静を装って跳月先生へ返す。

「駄目です。はづきちに見せたら折角の部品を分解されそうですから」
「ははは、惣一君ったら嫌だなぁ。君は僕の事をそう見ているのかい?」
「はい。そう見えます」

笑顔できっぱりと断言する惣一。一瞬だけ跳月先生の笑顔が引き攣り、垂れ耳が揺れる。
しかし、跳月先生は何とか心の内で感情の平衡を保てたらしく、口の端を若干引き攣らせながらも言い返す。

「生憎だけど、それは誤解と言っても良いよ惣一君。
確かに僕は、科学的好奇心を向けた対象を隅々まで調べたくなる事もある。
だけど、幾ら何でも人の物まで分解するとか言う真似だけはしないよ?」
「でも、この前、いのりんの新しい携帯を分解しようとしたって話を聞きましたよ?」
「それはバイブレーションモーターが気になっただけの事、それに未遂だからやってはいないよ?」
「未遂でも、やろうとした事は確かですよね?」
「でも未遂は未遂だ。やっていない事には変わりは無い」

飽くまで笑顔を崩さず、論戦し合う二人。
この時、跳月先生も惣一も、互いに1歩も引く気が無い事を改めて認識した。

「…………」
「…………」

そして沈黙、睨み合う訳でもなく、ただ、二人はお互いににこやかな表情を浮かべて沈黙しているだけ。
しかし、見る人が見れば、二人の視線の間にバチバチと電撃が走っているのが見えたのかもしれない。
曇天の下のジャンク置き場に異様な空気が満ちる中、先に動いたのは惣一だった。

「兎に角、もう時間も遅いのですので話はまた後で、と言う事で。それじゃ”先生”、さようなら!」
「あ! ちょっと惣一君!?」

妙な敬語で言うだけ言って話を無理やり切り上げ、踵を返した惣一はリアカーを引いてそそくさとジャンク屋の出口へ向かう。
ここで押し問答した所で何ら得られる物はない。それどころか逆にモーターを取り上げられる危険性が増すだけ。
そう心中で賢明な判断を下した惣一は、ニンジンならぬモーターに飢えたウサギから逃げる事に決めた。

「待ちたまえ、惣一君!」

後で跳月先生が何か叫んでいるが当然、無視。

「そのモーター、君一人で組みつける事が出来る思ってるのかい!?」
「え?―――ぐへっ」

しかし、次に言った言葉で惣一は思わず足を止めてしまい、
そのまま引っ張られた事で勢いのついたリアカーに押し倒され、前のめりに地面に突っ伏した。
そして、数秒ほどの間を置いて、土とオイルまみれの惣一がリアカーの下から這い出る様にふらふらと立ち上がり、聞く。

「…そ…それ、如何言う意味だ?」
「ふふ、君が持って帰ろうとしているモーターはね、三相交流を用いた永久磁石同期電動機と言ってね
ラジコンとかに使われている直流モーターと違って、組み付けが難しい上に動かすには専用の機器も必要なんだ。
そう、僕みたいな専門的な知識を持っている技術者じゃないと、とてもじゃないけど動かす事すら難しいだろうね?」
「…………」

やたらと自慢気に言って、掛けているメガネをくい、と人差し指の先で持ち上げて見せる跳月先生。
惣一はただ、何も言わず夕日を照り返すメガネを睨みつけるしか出来ない。

それも当然だった、何せ、跳月先生に言われるこの時まで、
惣一は自分が手に入れたこのモーターの事を高性能なモーター位にしか考えていなかったのだ。
ましてや、組み付けに専門的な技術が必要であるなんて、それこそ知る由すらなかったのだ。
悔しいが、跳月先生の言っている事は事実だった。

「……だから、このモーターを俺が持って帰っても無駄になる、と言いたいのか。先生」
「まあ、しいて言えばそうなるだろうね」

再び、キラリと夕日を照り返す跳月先生のメガネ。揺れる垂れ耳もヒクヒクと動く鼻も何処か自慢気に見える。
自然と、跳月先生を見る惣一の眼差しは睨み付けるような物へと変わって行く。ぐぬぬと声を漏らしていたかもしれない。
しかし、それに気付いているのか気付いていないのか、跳月先生は先程とは打って変わって明るい調子で言う。

「其処で提案なんだが、僕がそのモーターの組み付けを手伝ってやろうと思うんだが、如何だい?」
「……はぁ?」

余りにも唐突な提案に、思わず目を点にして間の抜けた声を漏らす惣一。

「君がこのままモーターを持って帰っても、君の腕では使う事は出来ない。
そして、同時に僕はモーターを触る事も出来ない。これではお互いにメリットは何にもない訳だね?」
「ああ、そうだな」
「けど、君が僕の提案を飲めば、僕の技術によって君はこのモーターを使う事が出来る様になる。
そして同時に、僕も思う存分このモーターを触る事が出来る。そう、お互いにメリットがある訳だ」
「…………」

惣一は考える。
……はづきちの言っている事が事実か如何かは、その時になってみないと分からないだろう。
ひょっとすれば。モーターを手に入れたいが為に、その場で考えついた虚言と言う可能性もある。

しかし、万が一、はづきちの言っている事が事実だったとすると、
知識も何にもない俺一人では、このモーターの組み付けに相当苦労する事になるだろう。
まあ、ベンじいの手を借りればひょっとすれば出来るかもしれないが、彼が何時も手を貸してくれるとは限らないのだ。
そうなると、下手すれば何時まで経っても『ブルースカイⅧ』が完成しない可能性すらありうる。最悪、モーターを壊す可能性も。
そうなってしまったら、アイツとの約束も守れないまま、そしてアイツはずっと飛べないままになるかもしれない。
……暫く考えた末、惣一は苦渋の決断を下す事にした。

「……分かった。先生の提案、飲む事にするよ」
「本当かい!? いやぁ、惣一君も話が分かるね」
「――ただしだ!」
「――…っ?」

惣一の了承の言葉に、思わず垂れ耳をぴくりと若干動かして喜びの声を上げる跳月先生。
しかし、その喜びの声を遮って、惣一はピシィと跳月先生の鼻先へひとさし指を突き付ける。
当然、いきなり指先を突きつけられた跳月先生は言葉を止めざるを得ず、驚いた様に鼻をヒクヒクさせた。
そのまま暫く互いに静止した後、惣一は念を押す様に声を低くして言う。

「分解するのだけは、本気で止めてくれよ?」

跳月先生は、きょとんとした表情を浮べ、垂れ耳を揺らして頷くだけだった。


その後、跳月先生を伴ってモーターを部室へ持ち帰った惣一は、
跳月先生の協力の元、『ブルースカイⅧ』へのモーターの組み付け作業を行った。
途中、『ブルースカイ』に使う太陽電池に興味を示した跳月先生が、「何枚か分けて欲しい」と惣一へせがんだり、
説明を聞き間違えた惣一が回路を組み間違え、危うくショートを起こしかけて跳月先生を慌てさせたり、
徹夜作業で眠りそうになった惣一を、跳月先生がウサギ式キックで文字通り叩き起こしたり、
その後で睡魔に負けそうになった跳月先生の垂れ耳を、惣一がお返しとばかりに思いっきり引っ張り上げて起こしたり、
と、様々な紆余曲折を経てモーターの組み付けは完了。試運転の後、試験飛行は後日行われる事となった。

その後、『ブルースカイⅧ』は飛行試験を行うも飛行失敗、墜落して翼が折れる事故を起こすが
直ぐに惣一の手によって、折れた翼の修復及び徹底的な改修が行われ、『ブルースカイⅨ』へ生まれ変わる。
そして、『ブルースカイⅨ』は念願の初飛行に成功し(若干の問題はあった物の)、惣一は幼馴染との約束を果す事になった。

それから時もたって……。

                 ※ ※ ※


1年近くの歳月を経た今、『ブルースカイ』シリーズも初飛行に成功したⅨ(9番目)から代を重ねてⅩⅡ(12番目)。
Ⅸでは何処か危なげだった飛行も、今やⅩⅡでは限定的ながらもアクロバティックな飛行も行える性能を持つに至った。
そして今日、惣一らはまだ建造中である新型『ブルースカイ』に使用する新型モーターの性能評価の為
本来使われているモーターから新型モーターへ換装した『ブルースカイ』ⅩⅡを駆り、空を吹く一陣の風となっていた。

「空は西高東低、雲一つ無く風も穏やか。やっぱりこう言う日は空を飛ぶに限るな」

蒼く晴れ渡った空には邪魔する物は何も無く、遠く美山連峰の純白の頂上まではっきりと見通せる。
それはまるで、空を往く者にしか分からない絶景を一人占めしたような感覚。惣一はこの光景が好きだった。
しかしこの時だけは、周囲に広がる大パノラマを楽しんでいるのは惣一一人ではなかった。

「確かにね、今日のこの日は寒冷前線も日本海上へ離れてるから、風も少なく寒さも穏やかになってると言って良い。
とは言え、モーターの性能のデータを取る点に於いては、もう少し外乱があった方が良いとは僕は思うんだけどね」

吹き付ける風に垂れ耳を棚引かせ、眼鏡の代わりにゴーグルを光らせるのは、『ブルースカイ』の後部座席に座る跳月先生。
何故、跳月先生が搭乗しているかと言うと、本来なら部員の鈴鹿がデットウェイトとして搭乗する予定であったのだが、
この日は生憎、当の鈴鹿が親戚の法事に参加して不在の為、急遽代役として彼が選ばれ、いや名乗りをあげたのである。
……尚、この二人の会話は、後でモーターの駆動音が激しく響く中でも会話が出来る様、インカムを介して行われている。

「生憎だけど、今日の飛行試験で確かめるのは、この新型モーターで飛行機をどれくらい飛ばせるかを確かめるだけで。
はづきちの言う外乱だかなんだかを確かめるのは、今製作中の『ブルースカイ』ⅩⅣ本体が完成してからの事だって」
「ああ、そう言えばそうだったね。…確か、その『ブルースカイ』ⅩⅣはようやくフレームが出来た所なんだって? 惣一君」
「まぁな、今はまだこれから胴体フレームの前部と尾部を繋ぎ合わせるってとこだから、はづきちの出番も当分先になるな」
「…僕の出番が当分先って、どう言う事だい?」

惣一の何気ない一言に、キラリと輝く跳月先生の眼鏡…ではなくゴーグル。

「いや、バッテリーとかモーターの電装関係の作業はまだ後の事だから、そう言う意味で言ったんだけど……?」
「ああ、そう言う意味か、まあ、確かに僕が居なければ君達の飛行機は完成しないからね。
いや、むしろ君達の飛行機は僕が居てこそようやく完成するといっても過言ではない訳だ」
「…………」

いや、確かにあんたの言ってる通り、電装系の取り付け作業が出来なかったら『ブルースカイ』は完成しないけど、
流石に自分が居なければってのはちょっと言い過ぎなんじゃね? 別に電装系の作業はベンじいでも出来る訳なんだし。
そう、様々な反論が頭の中で思い浮かぶが、流石に相手が教師である上に一応恩人である以上、惣一は黙るしか他がない。
しかし、惣一が反論しない事を良い事に、跳月先生は上機嫌な調子で続ける。

「いや、それどころか、君の飛行機がこうやって飛べるのも、すべては僕の技術があるからこそなんだよね。
まあ、其処を惣一君には少しでも良いから、僕に感謝して貰いたいと常々思うんだよ」
「…………」

その瞬間、惣一の頭の中で何かがカチーンと音を立てた。
……ほほぅ、言うに事欠いて、すべて自分の技術のお陰と言いやがりますかこの垂れ耳ウサギは?
この『ブルースカイ』の設計の約9割を行い、更にそれに伴う部品の発注と加工もやってたのは誰だと思ってるんだ?
まあ、建造はベンじいや白頭、鈴鹿さんに手伝ってもらったりしてたけど……。

……だが、それでも惣一は反論をしなかった。
しかし、惣一が我慢強いと言う訳ではない。ただ、言葉の代わりに行動で示す事にしただけで。

「そうだ、先生。俺、ちょっと良いことを思いついたんですよ」
「…え? いきなりどうしたんだい、惣一君」

この時、跳月先生はぞわりと背筋の毛が逆立つ物を感じた。
何せ、さっきまでタメ口だった惣一が急に敬語口調に、しかも自分の事をはづきちではなく『先生』と呼び出したのだ。
後部座席からでは前の惣一が如何言う表情しているのか分からないが、恐らく、これまでにないイイ笑顔をしているのだろう。
だが、今更それに気付いたとしても今は空の上、しかも身体が『ブルースカイ』の座席にベルトで固定されてて逃れる筈も無い。
跳月先生は今になって、自分が不用意な発言をしてしまった事を激しく後悔した。しかし、もう時既に遅し、である

「せっかく先生が性能の良いモーターをつけてくれた事ですし、
それに今日は天気も良いですから、ここは『ブルースカイ』の運動性能のテストをしようと思うんですよ」
「え? 運動性能って……まさか!?」

もし惣一の言っている事が正しいのならば、多分、これからやろうとしている事は……!
脳裏に過る激しく嫌な予想に、頭からざぁっ、と血の気が引く音が聞こえる。マズイ、早く謝らなければ!

「い、いや。そ、惣一君、僕が悪かった、さっきの発言は取りk――――」

しかし、跳月先生が謝罪の言葉を言い切る間も無く、惣一は操縦桿とスロットルを握る手に力を込める。
複雑に可動する主翼と方向舵、唸りを増すモーター、反転する視界、無秩序に身体と垂れ耳を振りまわす遠心力と重力!

「そぉれ! 先ずは大宙返りニ回転! そして更に錐揉み3回てぇーん!」
「ちょ、やめくぁwせdrftgyふじこlp; !!」

……かくて、冬の空に跳月先生の叫び声が、何処までも木霊するのであった。


結局、このアクロバット飛行によって、当然の事ながら跳月先生は見事に気を失い。
その事で惣一は空子に3時間ほど説教される事となるのだった。

―――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――
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