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Memory


「おれはオオカミらしく、一人で弾き語りをする!」
愛機のギターを肩に掛け、巨体をネコのように背を丸めてゆっくりと教室から出て行く一人のオオカミ男子。
オオカミらしい鋭い瞳の光りの割に、ヒツジのような柔らかい動作なのは気にしない。教室の扉を潜るには少し背が高すぎる。
頭をすぼめてのそのそと教室を出るさまは、クラスメイトたちにはもはや見慣れたものであった。
彼の名は、張本丈。佳望学園高等部、趣味はギター演奏と甘味の店探し。

午前中の授業を終えて、生徒たちもひと段落。自由な時間を過ごすのも、またこれも自由だ。
窓からそそぐ穏やかな太陽の光りを背にして、二羽のウサギが張本丈についてのどうでもいい会話をしていた。
「りんごちゃん、張本っていつもああなの?『一人がいい』だなんて」
「さあ?どうだろう。そう言えばこの間、ネットの動画で『神業のギターソロ』を見たって言ってたから、きっと影響されてるのかも?」
「ふーん。やっぱり男子はガキだ!男子って精神年齢は中学で頭打ちなんだから!ウチの愚弟と同じだよっ」
長い耳を掻きながらウサギの因幡リオは、クラスメイトの星野りんごから張本の近状を掻い摘む。

お年頃の男子とは、彼らの身長が伸びるときと同じようでもある。

ぐんぐんと外の世界に伸びていくと同時に、ちょっとの痛みが付いてくる。膝が痛い、くるぶしが痛い。そして心も痛い。
痛いことだけが目立ち、通り抜けるだけの人から指差されて嘲笑の的になる。それでも、彼らは空へと伸び続ける。
オトナになれば分かるけど、オトナじゃないから分からない。だからと言って子ども扱いだとへそを曲げるぞ。
そんな扱うことが難しいお年頃、高校男子なら誰しもが己の身に感じていないか。
「i-pod?さすが吹奏楽部のエースだっ。りんごちゃん、何聴いているの?」
「うん。今度、定期演奏会でやる曲のリズムを覚えてるの」
長い耳から伸びた白いコードに繋がったイヤホンからは、微かにテンポを刻むだけの単調な音が聞こえていた。

窓越しに張本を指差している因幡もまた、オトナから見れば笑いもの。風紀委員長と言う肩書きもなんのその。
「張本ってば、あんなところにいるよ。へへ」
「リオったら!」
教室の窓の外には、張本が渡り廊下でギターを一人で弾き語りをしていた。指を諌める風も冷たいというのに、一人で弦を鳴らす。
気分転換にリズムを刻むだけの音から、お気に入りのガールズバンドへとりんごは曲を変えたが、音量調整が間に合わない。
南無三、指が間に合わない。音が漏れたことは許して欲しい。 
「りんごちゃん、午後の授業はいきなり化学だよお。この間の抜き打ちはズタボロだったしへこむよお。
はづきちのバーカバーカ、恋人とクリスマス前にケンカしろ。授業があるんだったら、現国がいいなあ、はせやん優しいし……」
「はいはい」
急に大きくなったi-podの音に気をとられて、リオの愚痴をまともに聞いていなかったりんごは、適当に聞いている振りをした。
そんな寒さと陽だまりだけが支配する、師走の押し迫った学園のひととき。

一人って、自由。
一人って、孤独。
一人って、……。
ギターを相棒にした張本丈は、自慢の指捌きを誰それに見せようと考えることもせず、ひたすら演奏していた。
自分の世界に入りたいがために、目をつぶってギターを鳴らすのは、もはや彼にとって慣れたこと。
おれはオオカミだ。一人でいることは、オオカミだったら平気なはず。『一匹狼』って言葉はウソつかない。
彼を支えていたのは、たった三文字の言葉のみ。たかが三文字、されど三文字。遠吠えにも似た歌声が中庭に響く。

(たまには、こうして一人きりになるのもいいな)
おれを癒してくれるのは、上品なチーズケーキとアコースティックな弦の音。
ウチに帰れば中二の弟と、初等部の妹が待ち構えている。それに一家の長であるオヤジも夜には帰ってくるだろう。
長男のつらい所は、弟と妹の世話だ。妹とは大分年が離れているからかケンカは滅多にすることは無いが、いちばんのやっかいは弟だ。
この間、冷蔵庫に備蓄していたおれのナタデココを勝手に食べやがった。はっきりと『丈』とマジックで書いていたのに、
残り一つを食べやがった。挙句の果てに「食い物のことで争うとは、罰当たり者!」と揃ってオヤジにどやされる始末。
そうだ。オヤジこそがいちばんの難敵でありラスボスだろう。群れで生きるケモノの宿命なのか、それとも最後の継承者か。
戦前のオヤジをそのまま21世紀に持ち越したような、威風堂々、典型的絶対主義のオヤジに反発するようにおれはギターを手に取ったのだ。
おれはどこの家でもオヤジはそうなんだと思っていたが、このようなオヤジはオオカミの家だけだと知ったのは、初等部の半ばの頃。

張本の回想に重なり、彼がギターを勤めるバンド「ルーズビート」のオリジナル曲『Day After』を奏でる。淡くも切ない失恋の詩。
「……聴いてくれてありがとう!」
閉じた目を開けないまま、誰にも聞こえないように俯いて呟いた張本の言葉は、誰に対してなのか。
聴いてくれたやつなんているもんか。口では明るく、心では後ろ向きの張本は、弦と共にした己の指を労わりながら、手を膝に下ろす。
たった一人の演奏会。体育館いっぱいにしたいとか言わないから、一人でもいい。おれの歌を聴いてくれ。
でもおれのギターなんか所詮は素人の腕だから、と折れそうな心を支えていたときのこと。どこかから手を打つ音がする。

「犬上?」
「……」
まぶたを開けると白い毛並みのイヌの少年、犬上ヒカルが手を叩きながら花壇に腰掛けていた。傍らに文庫本が転がっている。
本を持っていたはずのヒカルの手は、白い毛並みのぞく胸元の位置で張本だけにと喝采を送る。
何のことは無い。ヒカルは昼休みの間、静かな外で本を読んでいた。張本が演奏をはじめた途端、張本の前にやって来た。
心打つものがあったのか、ヒカルはいつしか本を捲る手を止めて、張本の奏でる音色に全てをを許していたのだった。

しかし、ヒカルは口数が少ないうえに不器用だ。ところが、イヌの少年らしく素直な所を張本は目の当たりにする。
「犬上さあ、よせよ。尻尾ぐらい止めろよ」
「……」
止められるものなら、とっくに止めてるよ。と言いたげに、ヒカルは膝を抱えて座っていた。
前に垂れた髪の毛が張本の顔色の邪魔をする。もっとも、毛並みで隠された顔のことだ。
「張本さ。続けてよ」
「……」
「よせよ。尻尾ぐらい止めたら?」
同じイヌ科のケモノのことだ。尻尾との付き合いは分かっちゃいる、だけどコイツはなかなか言うことを聞かない。
そんなときは、楽器に打ち込め。音を楽しめ。風に歌を任せて、いたずらになびかせればいい。

再び張本は弦を指先で押さえると、2曲目としてアップテンポの曲をヒカルのために演奏を始めた。
たった一人で演奏することなんぞ滅多に無いからな。ましてや、客前なんぞ。と張本がAメロを歌い終えるとき、
背後からリズムに合わせるように軽快な太鼓の音がしてくる。耳にするだけで心弾む、駆け足のような軽快な音。
曲がサビに掛かる頃には、張本の耳にどこかで聴いたような、音捌きだと感じ始めた。気が緩んだのかトチるが、気にしない。

横目で張本が音の方に振り向くと、さっきまで教室にいた星野りんごが、わざわざ音楽室から持ってきた
コンガを前に張本の曲に合わせて鳴らしているではないか。ウサギの手の平は優しい音を鳴らす。
そう。りんごは、張本たちとバンド「ルーズビート」のドラムとして参加しているし、吹奏楽部でもその腕は発揮されている。
軽快な音の打楽器を張本のために合わせて、りんごはヒカルと張本のために飛び入り参加してきたのだ。
まるで腕の良い料理人が包丁を裁くように、りんごもコンガの上で手をさばく。空を筒抜ける音が渡り廊下に響く。

「……星野」
「二人で演奏(やる)って、いつもと違ってなんだかいいよね。張本くん」
りんごのように頬を赤らめたりんごは、少し恥ずかしそうだった。
あまり音楽については詳しくないヒカルなのだが、思わぬ飛び入り参加のセッションに心震わせ尻尾を振った。

「張本、尻尾が」
「い、犬上っ。お、おれはな、一匹狼なんだから……。それにお前だって」
「へえ。一匹狼でも尻尾はキチンと振るんだあ」
「うるさいっ。星野」
尻尾は口ほどにものを言う。そんな言葉を張本に今聞かせても、嘘っぱちだと付き返されるだろう。
照れ隠しなのか、言葉で返すより音で返す方が早いと張本は、ピックを振り上げて3曲目のスタンバイ。
りんごも合わせてコンガの上に手を置いていたのは、言うまでも無いことだろう。
「星野。この間、ヨハンが授業で弾いてた曲をやるぞっ」

ヨハンが選んだその曲とは、白い雲と澄み切った空が似合う明るい応援ソング。
聴いているだけで、悲しいこと辛いことを笑い飛ばして『思い出』に変えてしまうような、青空のような曲。
「大空部を応援する為に、ぼくが全身全霊を込めて鍵盤に魂を込めるよ!」とヨハンは後姿のまま言ったと言う。
空を自由に舞う、鳥類たちが結成した大空部。この曲は、彼らにぴったりの曲だとヨハンは言う。

ヒカルと共に手を打ちたい。りんごと共に身体を動かしたい。そして張本と共に歌詞を楽しみたい……。
誰もがその場に居れば、きっとそう思うだろう。いつしかヒカルとりんごも張本の歌声に合わせていたのだから。
彼らの曲がサビに差し掛かった頃、軽快なリズムが彼らに続いてきた。あらびきな演奏ながら、リズムについていこうとしている。
無論、技術なんか今はいい。音を無二の友人として迎え入れようじゃないか。その友人とはいったい誰だ。
(因幡?真面目のまー子が?)

どこからか持ってきたのか、りんごとさっきまで張本の噂話をしていた因幡リオが、タンバリンを鳴らしながら、
にこにこ顔でりんごの側で身体を揺らしているのであった。因幡がこんな顔をするのは、ネットで話題のアニメを見終えたとき以来。
クラスメイトのモエやハルカと学校の帰り道にカラオケに行っても、歌える曲が少なく盛り上げ係に徹していたリオ。
そのときの賜物かどうかは知らないが、タンバリンの響きはただの素人のものでは無く光るものが垣間見える。
ウサギのダンスに合わせて、リオのスカートが揺れる。上履きも仲間はずれにされたくなかったのか、一緒にリズムを刻んでいる。

曲後半、りんごのソロパート。よく言えば一人舞台、それでも楽しみながらりんごはコンガの力を信じていた。
ヒカルも張本もリオも……、自分の持ち場を続けながらりんごのコンガさばきに目が奪われる。

ポン、ポン、ポコン、ポン……。
ポン、ポン、ポコン、ポン……。
ポン、ポン、ポコン、ポン……。

りんごのソロが終わると、一堂翼広げて青空を飛ぶが如く、最高潮のサビ部分の歌声を合わせていた。
外の空気が気持ちいい。それぞれ手を繋いで、まだまだ冷たい空を毛並みで感じようじゃないか。
こんな澄み切った青空、大空部の面々に独り占めするなんてもったいないと思わないか。
白い雲も味方をしたいのか、手は貸さないがのんびり彼らを眺めていた。そして、張本の独奏で曲は終わった。
……余韻が渡り廊下を包み込む。誰もが息を飲んでいる。

そして、沈黙の後に待っていたのは、彼らの歓喜。

ヒカルは、照れくさそうに張本、りんご、リオの三人に『いちファン』としての言葉を送った。不器用ながら純粋な言葉。
「楽しかった……」
「張本くんさ!もっときみは評価されるべきだよ!才能ってヤツは無駄遣いするためのものだからねっ!」
リオなりの張本への言葉。不器用ながら、伝えたい言葉を放り投げたリオは、張本の目をまともに見られなかった。
「因幡さ。それ、誉めてるの?」
「う、うるさいなっ。犬上!わたしは、張本の才能を買ってるんだよっ!犬上なんか……」
手持ちのタンバリンでヒカルの尻尾を攻撃するたびに、転がるような音色が一緒に響く。
ヒカルはヒカルでくすりと笑い、側で聞いていたりんごは「リオって、言葉に詰まるとすぐそれだ」と頭を掻いている。
師走の風は張本だけに目線が集まることが気に食わないのか、リオのスカートをいたずらに捲った。
ニーソックスから覗くリオの毛並みが眩しい。

「おれ、オオカミなんだぞ?群れることなんか……」
「『大好き』なんでしょ?りんごちゃんも犬上もそう思うっしょ?寂しいとウサギは……もう!どこにもいっちゃらめぇぇ!」
(こういうセリフは、いったいどこで覚えてくるのだろう)
文庫本を拾い上げポケットに入れたヒカルは、柔らかい頬の毛並みを張本の胸にぶつけているリオを見て無言の吹き出しを作った。
ふと、張本とリオ、それにりんごの三人を見て浮かぶ一つの企み。ヒカルの唐突な言葉に、三人は声を揃える。

「みんな上手いね。三人でユニット組んだら?」
視線は全てヒカルに注がれていた。
ご冗談を!と、と言うようにも、なるほど!と、言うようにも取れる答えを三人は返す。
「もうすぐ吹奏楽部の演奏会があるしね」
「わ、わたしは音楽の才能なんかないんだからねっ!芸能の神・バッカスから見放された女だよっ」
本気なのか謙遜なのかは分からないが、リオはやんわりとリオ流にヒカルの提案を遠慮した。
が、ギターをケースにしまいながら張本は、リオの音楽センスの輝きを感じ取っていたことを打ち明けた。
「いやいや。おれの耳に狂いがなければ、因幡はけっこう筋がいいと思うよ」
「む、むっはーーーー?!」

わたくし因幡リオは、いらない子なんかじゃありません。「ボカロの作品で鍛えられました!」と自信満々に答えることなんか出来ないけれど、
今まで神曲をうpして頂いた職人さんに、ありがとう!と言いたいっ。人から評価されることで、少しリオは自信を付けたのだった。
「張本のお墨付きじゃないの。いい経験になったね、リオ」
「そうね!思い出だ!記憶だ!メモリーなのね!犬上に張本っ!わかるよねっ」
青い空がいつもよりも青く見える。昼休み終了前5分の鐘の音さえもきょうは清々しい。
だが、リオは風紀委員長。本分を忘れているわけじゃない。

「はいはい!お休みはここまでっ」
メガネを光らせて、授業の体勢に戻った真面目のまー子は、タンバリンを振りながら三人と共に教室に戻る。
自分から号令をかけておいてなんだが、リオはこのあとの科目のことを思い出すと、すこしブルーとなってしまう。
「あーあ。いよいよ、次は化学の授業かあ。はづきちの小テスト、容赦ないし」
はづきちだって、好きで小テストはしていない。ただ、化学のこととなると、止まらないだけだ。
りんごのためにコンガを運んであげているヒカルが、リオのか細い声に尻尾を向ける。
「お昼休みあとの授業は確か、現国だったような……」
「とんだ記憶違いだった!!」
そう言いながら、リオはスカートを揺らす。


おしまい。