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佳望甘味連合


 それは、まさしく「箱」だった。
 ワゴンの上には、一辺が50センチはあろうかという立方体が乗っていた。
表面はチョコレートでコーティングされているのか真っ黒で、店内の明かりを鈍く反射している。
「お待たせ致しました。こちらが連峰特製『パンドラ』でございます」
 猫のウェイトレスは苦労してそれをテーブルへ載せると、そそくさとカウンターへと戻っていった。
日曜日であるためか、店内はそこそこの人で賑わっている。
「これが……噂の新作のパンドラ……。すごい威圧感だわ……」
 テーブル席に座っている朱美が呟く。
今まで幾度も連峰のスイーツマウンテンシリーズを攻略してきた朱美だったが、さすがにこのケーキには圧倒されたようだ。
「さすがにこれを一人で食べるのは、俺にゃあ無理だな」
 そう言うのは朱美の隣に腰掛けている卓、ではなく、張本丈であった。
当の卓はというと、二人の後方、店の隅の席からこっそりとその様子を睨んでいた。
隣には利里も一緒だ。
「卓ー。なんでこんなこそこそと観察してるんだ?直接なにやってるか聞けばいいだろー?」
「シッ、静かにしろ!それじゃああんまり意味がないんだ」
 卓が利里を制した。
注文を聞きにきたウェイトレスに、慌てた勢いで頼んでしまった連峰特製ブレンドのコーヒーはすでにぬるくなっている。

「よーし、じゃ利里、俺があいつを引き付けるから罠を頼む」
「分かったぞー。失敗になるから死なないでくれよなー」
 話は数日前に遡る。
 夏季休暇が終わってから一ヶ月経ち、そろそろ衣替えか、と人々が感じる頃合。
卓と利里は数学の宿題のことも忘れ、御堂家でテレビゲームで遊んでいた。
いつもならばもう一人、蝙蝠の少女もいる筈なのだが、ここには見えず。
二人とも夢中になってコントローラを操作しながら、その少女について語る。
「それにしても朱美、最近付き合い悪いよな。一緒に遊ぼうっつっても『ごめん、用事があるから』って……」
「あー、朱美なー。この間男の人と一緒にケーキ屋に入るとこを見たぞー」
「おっと、喰らうところだった。ふーん、男の人とケーキ屋ねぇ。
……うん?男と、ケーキ屋……だと!?そ、それは本当か!?」
 思わず声を荒げる卓。
画面内では油断した卓のキャラクタが敵の攻撃をもろに喰らっていた。
「おぉー。なんか同い年くらいで、背が高くて、ルパンさんせーの次元みたいに目元が隠れた狼の男だったぞ」
「なん……だと……?ま、まさか……そんな……」
「おーい、卓死んじゃったじゃないかー。最初からやり直しだぞー」
利里の言葉に卓は放心状態となる。
手はふるふると震え、コントローラーが零れ落ちる。
ゲームの音楽と利里の声が、卓の鼓膜に虚ろに響いた。

「しかし何故朱美が張本と一緒にいるんだ……?」
 場面は戻って、連峰店内。
丈が、今まさに、パンドラにケーキナイフを入刀しようというところだった。
小柄な朱美の横に立ったためか、ただでさえ大きな丈の体が、さらに巨大化したような錯覚を感じさせた。
卓はその光景に、なぜか違和感を覚えた。
その朱美と丈がここにいる理由と、違和感の正体とを模索する。
「何故って、そりゃあデートとかじゃ」
「なななな何言ってるんだ!!そんなことがあるわけ」
 慌てて利里の言葉を止めたところで、あたりが暗くなったのに卓は気づいた。
何事かと思い見上げると、すぐそこには丈が立っていた。
「おめーら……何処の回し者だ?こそこそあとをつけるなんざいい度胸してるじゃねーか」
 2メートル近い背丈は、目の前に置かれると圧倒的な威圧感を放っていた。
蛇に睨まれた蛙、とまではいかないものの、修学旅行へ行った中学生が生まれて初めて奈良の東大寺の大仏を見たときに生じる、それに似たものを卓は肌で感じた。
「いや、これは、そのですね……」
「おー、なんだか卓がな、朱美の動向を探るっていって後をつけて」
「利里!余計なこと言うな!」
「探るってことはやっぱりおめーらスパイじゃねーか!」
「卓君!それに利里君も!二人してどうしたの」
 丈を追って着たのか、朱美が駆けつけて騒ぎに加わる。
「なんだ、飛澤。知り合いか」
「なんで卓君も利里君もここにいるの?」
「あ、朱美……。これは、あれだ。連峰の新作を……」
「何言ってるんだー、卓。最近の朱美が何やってるかわかんないから調べに来たんだろー」
「利里ォ!お前、何ばらしてんだ!」
 卓が叫ぶが、時すでに遅しと言ったところ。
狼狽える卓をよそに、真相を知った朱美は顔を赤らめ、説明する。
「な、なんだ卓くん……。そんなことだったの……。これにはちゃんと理由があるのよ」
「「理由?」」
「それについては、俺から説明しよう」
 話を聞いていた丈が、やれやれといった感じでカードケースを取り出す。
「飛沢の知り合いとは知らず、なんか迷惑かけちまったみたいだな。
とりあえず、自己紹介と行こう。私はこういう者でございます」
 畏まった様子で懐からケースを手に取り名刺を2枚取りだし、それぞれ卓と利里に手渡した。
卓が怪しげに目を通すと、「佳望甘味連合諜報 佳望忍術同好会会長 張本丈」と記されていた。
忍術同好会というのも非常に気になったが、とりあえずは甘味連合について聞くことにした。
「甘味連盟ってのは、一体なんなんだ……」
 その言葉を耳にして、丈の瞳が一瞬きらりと光り、朱美の顔には翳りが生じたように見えた。

「よくぞ聞いてくれました!ハイ、飛澤。なんだかんだ」
「ちょ、ちょっと待って張本君。本当にアレ、やるの?」
「やるの。こういうのにはキメ台詞がつき物なんだから」
「でも高校生にまでなってそれは……」
「結成した時、決めただろ?やるの!」
 丈に押し迫られ、やがて朱美は意を決したように、叫んだ。
「な……なんだかんだと聞かれたら……」
「答えてあげるが世の情け!」丈が続く。
 突然の出来事に呆気にとられる卓と利里のよこで、なおも駆け引きは続く。
「甘味の破壊を……防ぐため」顔を赤らめながら朱美。
「お菓子の平和を守るため!」ケーキナイフを掲げながら丈。
「あ、愛と真実の味を貫く……」言葉を詰まらせながら朱美。
「スイーツ&クリーミィな高校生!」椅子に足を掛けながら丈。
「あ……朱美……!」恥ずかしそうに。
「丈!」ポーズをとりながら。
「……佳望を駆ける甘味連合の二人には」朱美。
「ホワイトロール、白いお菓子が待ってるぜ!」丈。
「なーんて、にゃ!」百武。

「うおーすごいなー、なんかアニメみたいだぞー」
「……あれ、百武先生いたんですか」
 活劇に感心する利里の横で、卓は意外な人物の登場に目を丸めた。
「私は最初からいましたよ?テーブルの向こう側でしたけれども」
 そういいながら百武は鼻先でケーキの先を示した。
そこで卓は違和感の正体に気づいた。
テーブル席を利用するとき、二人の場合通常ならば隣同士ではなく、向かい合って座る。
あのとき朱美と丈が隣合っていたのは、向かいに百武がいた為だったのだ。
当の本人は大柄な丈とケーキとで、丁度卓たちの席からは見えなかったようだ。
「で、なぜ百武先生と、なんだっけ。スイーツ団だっけ?」
「「甘味連合!」」丈と百武が訂正する。
「ああ、そうそう、甘味連合が何で連峰にいるんだ?」
「そりゃあ簡単な話だ。新聞部が秋の特別企画で佳望周辺のグルメマップを作成することになった。
んで、甘い物好きの百武先生と俺のところに依頼が来て、量が多いからついでに飛沢も誘ったというわけ」
「わけです」
 卓の問いに、丈がすらすらと答え、百武が賛同する。
「張本君のお菓子好きはすごいのよ。
ここら辺のお店のメニュー全部制覇していて、屋台の出没する時刻なんかもデータに取っているみたい」
「新聞部から他の生徒にばれないように、というお触れを頂いたので秘密裏に行動していたんですよ?」
  朱美の補足が入り、得意げに鼻を鳴らす丈。百武が不満そうに頬を膨らます。
「なんだ……そういうことだったのか……。俺はてっきり……っと!」
 そこまで言って、卓はあわてて口を噤む。
「てっきり、なに?」
「なんなんですかー?てっきり?」
「?」
 丈と百武の追求が入る。二人とも意地の悪い笑みを浮かべている。飛沢は質問の意図を掴めず、困惑気味。
「ほれほれ、てっきりなんなんだ?」
「なんなんだー?」
「や、やめてくれ!本当になんでもないから!」
「そんなことより、ケーキの中身はどうなってるんだ?早く見てみたいぞ」
 利里の言葉で3人とも当初の目的を思い出した。
連峰新商品、パンドラのリサーチ。
常連はおろか、店員にさえその材料は知られていないという。
「せっかくなんだし、みんなでどんなケーキか食べてみますか」
「賛成です!」
 百武の意見に4人は頷く。
丈はパンドラ専用のケーキナイフを手に取り、その黒く輝く立方体に刃を入れた。

「ふーん、そんなことがあったんだ」
 香取家にて、ピックを肉球のついた手の内で転がす丈に向かい、ギターの弦を張りながら透。
「ていうかさ、丈。まだ決めゼリフ言うの、やめてないんだ」
「おうとも。あったほうが断然カッコいいからな」
「それはないと思うけどな……」
 あきれながら透は、ギターのよけいな弦をニッパーで切り取る。
はらりと落ちた弦を拾うと、何かを期待するような丈が目に入った。
目が隠れていても、顔に書いてある。
「……なに、その顔」
「聞きたくないのか?『パンドラ』の中身」
「別に。そんなの聞いても聞かなくても生活には大して支障ないしね」
「なんだよ、つまらん奴だな。もっと興味持ってくれよー」
「昔からそうだったじゃん、僕は」
 文句を言う丈を後目に、透はギターのチューニングを始めた。
ピアノとギターと五線譜が並ぶ部屋に、か細くCコードが響く。
連峰特製、パンドラ。中身は依然謎のままである。


おわり