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触角一筆一発触発


 数学の授業中だった。
 みょーんみょーん。
 みょーんみょーん。

「…………」

 卓は耐えていた。
 この、みょーんみょーん、の原因ははっきりしている。彼の背後に席を構える寒がり鎌
田の触角が、鎌田が机に向かってうつむくとみょんみょんしなって、卓の後ろ頭にチクチ
クこつこつ当たるのだ。
 触角と呼ばれるくらいだから、鎌田自身もなにかに当たっているのに気付いて居るはず
だが、集中して物書きしていたりするとどうでも良くなるらしい。
 注意してもよいが、この触角がチクチク刺さるということは、鎌田がちゃんとノートを
取っている事を表わす。ノートの端っこに飛行機の落書きをしていた卓には、なんとなく
後ろめたい気持ちから注意をするのが憚られた。
 結局卓はこちらで取りうる対処として頭を横に逸らしたり、イスから尻をずらして体勢
を変えたりして耐え続けた。
 みょんみょん。
 みょーんみょーん。
 みょーんみょんみょーんみょんみょーん。
 頭を逸らせど体勢を変えど、鎌田の触角は追うように卓の頭を小突く。

「……………ちっ」

 思わず舌打ち。
 よく考えれば、虫の触角は無意識に行く先の障害物を察知したりするためのものだから、
避けども避けども障害物としての卓を探知するために探って来るのだ。卓はイライラしな
がら小さな追いかけっこを静かに続けた。
 卓がもぞもぞしながら前を向くと、教壇のサン先生と目が合った。

「御堂、さっきから何もぞもぞしてんのさ?僕の授業より楽しい事してるの?」
「えっ、あ、いや、その」
「違うなら授業聞いてたよねー?僕背が低いでしょ、だから教壇から教えるの大変なんだ
ー。板書するにも踏み台移動しなきゃなんないしー。そこで、僕の授業なんか上の空で理
解できちゃう御堂くん。この問題解いてくれるっかなー。ヒントはラプラス変換!はい、
黒板でやってみよー!」
「ら、ラプラス……?」

 さっきまで微分をやっていたのになぜ突然ポケモ○?!
 卓は黒板前で30秒ほど棒立ちisデンジャラス。生徒全員がシーンと静まり返っている。
サン先生は意地悪そうにニヤニヤ。何か書かないと終わりが見えない無間地獄が続くよう
に思えたので、卓は仕方無くネッシーみたいな生物を描いた。

「こ、こんな奴……でしたよ、ね?」
「あは!さすがだね御堂!ユーモアがあるよ!」
「あ、これ正解なんですか?」

 サン先生の目がジトッと細められる。

「違うに決まってんじゃん。もう席戻って良いよ、授業聞いてね」
「……さーせん」

 しょんぼり戻った席では、鎌田のみょんみょんが卓をイライラさせる方向で元気づけた。

「うーん、なんか違うんだよな……」

 卓がみょんみょんに耐えていると、ノートを書いているはずの鎌田が何か呟き始めた。
そして触角ではなく、鎌田のイガイガした手が卓の肩を後ろから叩いた。

「ちょっと聞きたいんだけど、御堂って漢字得意?」
「いや、得意じゃねぇな」
「とうろう拳の“ろう”が知りたいんだけど」
「わかんねー……携帯で調べりゃわかるだろうけど俺さっき叱られたし」
「あ、そうだったね。携帯で調べてみるわ、ありがと」

 みょんみょんに携帯のカチカチが加わる。
 みょんみょんカチカチみょんカチカチ。
 卓は思った。
 数学の時間に、漢字の練習?
 サン先生が踏み台を移動し板書をしているスキに、後ろの鎌田のノートを覗く。
 ノートには鎌田が仲間で組んでる悪グループの名の“カマロ”と、それに付けた当て字
の案がびっしり書かれていた。鹿馬呂、鎌ロ、鎌髏、カマ路……。
 そして今、“鹿馬螂”が大きく追記された。
 こいつは俺がみょんみょんを我慢してる間じゅうこんな下らない落書きヲ……!!?

「おっと、先生こっち向くぞ。前見て、前」
「あ、ああ……」

 卓は鎌田に促されて前を向いた。
 みょんみょん。
 みょーんみょーん。
 みょーんみょんみょーんみょんみょーん。
 ブチッ。卓の脳内に、自らの堪忍袋が裂破した音が響いた。

「うぅるああああ!!!気が散るんだよおおお!!!!!触角がよおおおお!!!!」
「うわ!どうしたんだよ御堂!」
「お前の触角がぁぁぁあ!」

 後に鎌卓の乱(かまたくのらん)として語り継がれる授業中断に到る大喧嘩となったとかな
らなかったとか。