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スレ7>>264-270 父の届け物 前編

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silvervine222

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父の届け物


彼がそれに気付いたのは、日課であり稼業でもある執筆作業の手を止めて小用に出た時の事。
トイレを出て、ふと目に止まったのはリビングのテーブルの上に置かれた、人間の頭ほどの大きさの布製の袋。
気になって中を開けてみると、中には高校生の物と思しき体操服が入っていた。
その持ち主を確めようと体操服の上着を取り出し、スンと匂いをひと嗅ぎ。

「……卓のか」

鼻腔に感じた汗の僅かな残り香から、
体操服の持ち主はつい数時間ほど前の朝、慌しく学校へと向かった息子の物だと分かった。
その際、体操服の胸に学年と共に持ち主の名前がマジックで大きく書かれているのを今更見つけたのはご愛嬌である。

……そう言えば、朝、息子はハンストを起こした目覚まし時計の所為で寝坊し、かなり慌てて登校の準備をしていた。
恐らく、その際に息子はこの体操服を持っていくのを忘れてしまったのだろう。
どうやら、妻のそそっかしい所は息子にも受け継がれている様だ、と彼は思った。

「……行くか」

本来の彼ならば、ここは大切な物を忘れた息子の責任、と知らない振りをしていた所だが、
この日は珍しく、彼は偶には困っている息子を助けてやろうと考え、ゆらりと尻尾を振って直ぐに行動へと移す事にした。

『――年A組の御堂 卓君。至急、職員室まで来てください。もう一度繰り返します……』
「ありゃ?……呼び出し? ちぇっ、後1歩でミラルーツが討伐できる良い所だってのに……」

スピーカーの周りをキンキンと響かせて聞えてきたのは、凛とした声をした放送委員による呼び出し。
昼休み、何時もの屋上で携帯ゲームを楽しんでいた呼び出された当人である卓は舌打ち一つ漏らすと、
画面の中で瀕死になっている純白の邪龍へ向けて、討伐が先延ばしになって残念とばかりの眼差しを送りつつ、
携帯ゲーム機をスリープモードへと切り替えてポケットへと押し込み、足早に昇降口へと向かった。

「しっかし、今直ぐに職員室に来いって……一体何の用なんだ?」

職員室へと向う道すがら、卓は当然の疑問を口に漏らす。
ひょっして、以前にやったアレがいのりん辺りにバレてしまったのだろうか?
いや、ひょっとすると、口には言えないあの事がバレてしまったのかもしれない。
いやいや、まさかとは思うが、あの秘密が……!。
ひとたび頭の中で悪い想像がゴロゴロと転がり出すと、
まるで雪達磨の様に悪い想像の上に悪い想像が折り重なって、精神的な余裕をずんずんと押し潰していく。
ああ、クソ。人間というのは如何も悪い想像ばかりしてしまう生き物らしい。つくづく人間で居るのが嫌になる。
コレがヨハン辺りの能天気なイヌであれば、もっと前向きで楽しい想像が出来るかも知れないのに。
そう考えている所為か、自然と行きたくないなぁと言う心の足枷が嵌り、卓の歩みを自然と重くする。

『御堂 卓君、今直ぐ、直ちに職員室まで来てください! もう一度繰り返します…』

しかし、幾ら足が重くなろうとも、職務を全うしようとする放送委員はスピーカー越しに卓を急かしてくる。
ハイハイ、分かってるからそんなにキンキンと大きな声で呼ばないでくれよ、他の生徒の迷惑だ。
只でさえ校内全域への呼び出しで耳が痛いんだからさ。もう少し声のトーンを低めてくれ。
しかし、そんな卓の願いも虚しく、保険委員並に空気の読めない放送委員は三度目の放送で更に声のトーンをあげた。

『…年A組の御堂 卓君! 直ちに早く職員室に来てください!』
「…ひょっとすると、あの甲高い声の質から見て、放送委員の人は保険委員の親戚辺りか?」

と、一旦静かになったスピーカーに向けて卓は独り言をポツリ。
間違い無い、あの空気の読めなさは保険委員と同じだ。声がやたらと大きいのも同じじゃないか。
などと勝手な想像している内に、卓は職員室の前へと到着した。

「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか、だな……」

未だに頭の中をドロドロと渦巻く悪い想像の所為か、
何時もならば何て事の無い職員室への入り口の引き戸でさえも、まるでダンジョンの入り口の様な威圧感を感じさせる。
しかし、ダンジョンに入る場合ならば、例え鬼や蛇が出たとしても逃げれば済む話。
けど、今の状況は逃げる事を許してくれるとは思えない。

「この場合、鬼よりも恐い英先生が尻尾を怒りに打ち震わせて待っているかもな……おお恐っ」

卓は小等部の頃から佳望学園の悪ガキとして有名だった事もあって、英先生の恐さは身に染みて分かっていた。
もし彼女の怒りを買ったら最後、それこそ足腰が立たなくなるまで説教を食らうのを覚悟しなければならない。
それは経験者だからこそ分かる恐さ。これが真面目のまー子の委員長では、その恐さの一欠けらも分からない事だろう。
最悪、いのりんとのダブルパンチを食らう事も予測に入れておくべきだろうか? 毛皮の無い背筋に流れる冷たい汗。
しかし、だからと言って何時までも職員室の前で禅問答をやっている訳にも行かず、
卓は唾を思いっきり飲みこんで意を決すると、静かに職員室の引き戸をゆっくりと開いた。

そんな卓の懸念とは余所にして、
冷房が程よく効いた職員室は昼休み特有の、気だるくゆったりとした空気に包まれていた。
職員室にいる教師の殆どは既に食事を終わらせた後らしく、満腹後に現れる睡魔が容赦無く教師達を眠りへと誘う。
頬杖をついた獅子宮先生はくぁ、と眠たげに欠伸一つ。帆崎先生に至っては既にうつらうつらと舟を漕いでいたりする。
そんな職員室の片隅の喫煙スペースのソファで、イヌの子の様に尻尾をばたばたと振っているのはサン・スーシ。
どうやら、睡魔は他の教師を眠りに誘えはしても、彼に対してだけは力が及ばなかったらしい。

「へぇ、卓君のお父さんって小説家をやってるんだー」
「…ああ」

サン先生の向かいのソファでゆらり、と尻尾を揺らすのは、先っぽの無い片耳が特徴の灰色の毛並みの狼の男性。
彼は口に咥えたパイプから煙をプカリと吹かしつつ、はしゃぐサン先生の質問に静かかつ言葉少なに答える。
サン先生とは余りにも対照的な彼、御堂 謙太郎は血の繋がらない息子が忘れて行った体操服を届けるべく、
愛車の旧式ベスパに跨って佳望学園まで来たのだが、来て早々運が悪いというか何と言うか、
彼が息子を探し始める間も無く、大きな耳で逸早くベスパのエンジン音を聞きつけたサン先生に捕まってしまったのだ。

「で、どんな小説を書いているの? ビビーとか、ズババーンなSF物?」
「…推理小説」
「へー、推理小説かぁー……ねえ、ひょっとしてさ、御堂さんって『片耳のジョン』の作者だとか?」
「……」

余りにもピンポイントなサン先生の質問に、謙太郎はほんの一瞬、それも僅かに獣耳をピクリと動かして黙りこくる。
普通のケモノならば見過ごしてしまうだろう彼の些細な変化、しかし、それを見逃さないサン先生は流石と言うか。
何故、サン先生はこんな事を聞いたかと言うと、実の所、以前に漫画本でも借りようかと図書室に行った際、
ふと、目を向けた図書室の隅に居たのは、卓とヒカルという普段では絶対に見られない取り合わせの二人。
そんな彼らがこそこそと何かを話しているのが気になって、サン先生がこっそりと聞き耳を立ててみたら、
卓が自分の父親が『片耳のジョン』の作者である事を匂わせる話をしている所だった。

――無論、こんな美味しいネタを聞き逃すサン先生ではない。
何時か卓の父、謙太郎と会う機会があれば、この事を聞いてみようと目論んでいたのである。
そしてその機会は余りにも早く訪れた訳で。聞いてみれば思ってた通りの反応が返って来た。
サン先生は心の中で『計画通り』と悪戯っ子の笑みを浮かべた。

「って事は…まさかとは思うけど、君が池上 祐一先生かな? かな?」
「……」

更に駄目押しとばかりの質問をぶつけるサン先生。
けど、謙太郎はゆっくりと視線を逸らし、パイプの灰を灰皿へ落としつつ沈黙を返すだけ。
しかし、その反応だけでも、サン先生の予想を確信へと至らせるには充分過ぎた。
まるで獲物をロックオンしたかの様に、キラリと光るサン先生の眼鏡。

「うわっ、って事は凄い有名人じゃないか。ぼくも読んでるよ『片耳のジョン』!
ねえねえ、次に書く奴は如何言う風な内容にするつもりなの? ジョンのモデルってやっぱり自分?
ジョンに想いを寄せているお姉さんの念願って何時か叶うの? ねえねえ(ry」

謙太郎がしまったと自分の迂闊さに気付いた時には、既に遅かりし倉之助、
彼が有名人だと確信したサン先生が目をランランと輝かせ、その上尻尾を大回転させて、
それこそミニガンかアヴェンジャーもかくやの質問の高密度弾幕を謙太郎へ浴びせ掛ける。
対する謙太郎は尻尾をくるりと股の間に隠し、サン先生の質問の砲撃を沈黙の盾で耐え凌ぐしか出来ない。
彼にとって、サン先生のような騒がしい上に興味本位で動くケモノはもっとも苦手な相手だった。
幾ら此方が沈黙を守り通そうとも、相手はそれに構う事無く無遠慮に質問の槍を突き刺してくる。
それこそ彼に対する興味が尽きるまで。恐らく十分もしないうちに音を上げるのは謙太郎の方であろう。
しかも彼はなまじ口下手な物だから、上手く話を切り上げてサン先生から逃げるなんて到底出来る筈も無く、
今の謙太郎に出来る事といえば、早くこの時間が過ぎ去ってくれと心の内で願うしか他が無かった。

「サン先生、それに親父……こんな所でなにやってんだよ?」
「!?」

掛かった声に耳と尻尾をピンと立てた謙太郎が振り向き見れば、
其処に立っていたのは、今しがた職員室に到着したであろう息子の卓の姿。
この時ばかりは、謙太郎の目には卓の背中に後光が差して見えた事であろう。
その逆に、サン先生は卓の姿を見るやピクニック前日の雨雲を見るような目で至極残念そうに、

「ちぇー、思ったより早く来ちゃったかー。来るまでもう少し時間が掛かるかと思ったのになぁ」
「……? 俺を呼んだのはサン先生か?」
「まあ、そうなんだけどね。
お父さんは卓君に何かの用事があるのかなーって思って、ぼくが放送部へ放送する様に頼んだんだ。
…と言っても、お父さんから詳しい事はまだ聞いてないけどね?」

余りのあっけらかんとしたサン先生の答えに、思わず呆れてヲイヲイと呟く卓。
それを余所に謙太郎はと言うと、無表情ながらも尻尾だけはソファがボフボフと音を立てる位に動いていた。
彼の尻尾の動きに気付いたかどうか、卓は怪訝な表情を浮べて謙太郎へ問い掛ける。

「じゃあ親父、俺へ何の用でわざわざ学校まで…―――っておい、何すんだよ親父!?」
「……」

卓の質問に答える事無く、謙太郎は無表情のままやおら席を立つと、卓の手を掴みぐいぐいと引っ張り始める。
義父の突然の行動の意図が掴めず、困惑する卓は謙太郎に引っ張られる形で二人共々職員室の外へ姿を消した。
そんな形であれよあれよと言うまに喫煙スペースに独り取り残されたサン先生は、暫しキョトンとした後、
はとある事に気付いて尻尾をピンと跳ね上げて、声を上げる。

「ああっ!! サイン貰う前に逃げられたぁっ!?」

喫煙スペースで独り喚いているサン先生が、帆崎先生の不興と獅子宮先生の怒りを買ったその頃。
息子のお陰で上手い事逃げ遂せた謙太郎は二度三度、目と耳と鼻で周囲を確認し、小さく安堵の息を漏らす。
良かった、あの小さな質問機関砲教師は追い掛けてきていない様だ。これで一安心、やれやれだ。
彼の安心した気持ちを表してか尻尾もゆらりと動く。

「親父…出不精なアンタが学校まで来るなんて、一体如何言う風の吹き回しだ? 
つか、訳も言わずにいきなり俺を連れ出すなんて何がしたいんだよ?」
「ん……」

訳の分からぬまま廊下に連れ出された卓が、不機嫌な表情を浮べるのもごもっともな事である。
何せ昼休みを満喫している最中にいきなり職員室へ呼び出され、
それで職員室に到着するや、何の用かも聞けぬままに謙太郎に連れ出されたのだ。
学生にとって、昼休みと言うのは空腹を満たすと同時に残暑が厳しい教室の中での授業で荒み切った心を癒す潤いの時間。
それをくだらない用事で邪魔されたとあっては、卓が不機嫌になってしまうのも無理も無い。
無論、謙太郎は直ぐにその呼び出した理由を説明しようと、体操服の入った袋を探し始めたその矢先。
誰かの上げた「あっ」と言う素っ頓狂な声が二人の鼓膜を叩いた。

「其処に居るのはいけg…ケホン、謙太郎さんと卓君?」

一瞬、謙太郎の事をペンネームで呼びそうになり、咳払いで誤魔化した声の主は犬上 ヒカル。
その両手にかなり重たそうに抱えていたのは、恐らく何かの教材の入ってると思しきダンボール箱。
ヒカルは思わぬ所で憧れの人に会った事で興奮したのか、白い尻尾をブルンブルンと回転させていた。

「おう、ヒカルじゃないか……所でなんだそのダンボール箱?」
「ああ。これ? ちょっとね……」

卓に指差されたダンボール箱に、ヒカルは尻尾揺らして少しだけ照れ笑い。
この時、卓は何となく、彼がこのダンボール箱を持っている理由がつかめてきた。
そしてその想像通り、ヒカルがわざわざ重いダンボール箱を持つに至ったその理由の人がやってきた。

「ヒカルくん、いきなり立ち止まってどうしたの?」

ヒカルと同じく両手にダンボール箱を重たそうに抱えてやってきたのは泊瀬谷先生。
大方、重そうな荷物に尻尾をくねらせている泊瀬谷先生をたまたま見かけたヒカルは、
泊瀬谷先生に良い所を見せようと、その荷物の半分を持つとか言い出したのだろう。
そんなヒカルの頑張りを卓は微笑ましく感じた。おいおい、少し足がふらついているぜ、ヒカル。無理するなよ?
そう思っていると泊瀬谷先生も御堂親子に気付いたらしく、ダンボール箱の横からひょこっと顔を覗かせて

「あら? 御堂くんにえっと……」

言いかけた所で面識の無い狼人の男性が居る事に気付いた泊瀬谷先生は、思わず匂いで確認しようと鼻を寄せる。
だが、彼女の鼻腔に感じるのは胸に抱えたダンボール箱の乾いた匂い。
そういやわたしはダンボールを抱えたままだったんだと、泊瀬谷先生は少し自分を恥かしく思い、尻尾をくねらせた。
しかし、幸いにして卓は泊瀬谷先生の様子には気付かなかったらしく、

「ああ、この人は俺の親父の謙太郎。…って、たしか、先生は今まで親父と顔を合わせた事無かったろ?
この親父、三者面談の時も家庭訪問の時も執筆が忙しいって理由で部屋に篭りっきりだったからさ…。
基本的に恥かしがり屋なんだよ、このケモノ」
「そうだったの……」

何処か謙太郎に対する呆れの混じった卓の紹介に、
泊瀬谷先生は何処か納得といった感じに返した後、直ぐ様表情を営業スマイルへ切りかえると、
煙の立たないパイプを咥え直す謙太郎へ挨拶する。

「えっと、担任の泊瀬谷です。はじめまして、御堂君のお父さん」
「…………」

しかし、挨拶されたと言うのに、謙太郎はどう言う訳かぷいと泊瀬谷先生からそっぽを向いてしまった。
その態度に泊瀬谷先生は一瞬、嫌われたのかと思ったのだが、直ぐに彼が恥かしがり屋だと卓が言ってた事を思い出し、
どうもこの人は初めて会った息子の担任教師を前に緊張しているんだ、と心の内で納得した。
実際の所、その通りなのだからある意味分かりやすいと言うか何と言うか。


「あ、あの…先生……」
「どうしたの? ヒカルくん?」

唐突にヒカルに話しかけられ、泊瀬谷先生は足をふらつかせながらも彼の方へ振り向く。

「ちょ、ちょっと指が…痺れてきた……」

見れば、ダンボール箱を抱えるヒカルの手がプルプルと震えている。
どうやら泊瀬谷先生が御堂父子と話している間中、ヒカルはずっと重力との孤独な戦いを続けていたようだ。
この戦いは文系の彼には相当堪えたらしく、良く見れば白い尻尾も手に合わせてプルプルと震えていたりする。
それに気付いて、いけない、と狼狽した泊瀬谷先生は急げとばかりにヒカルへ言う。

「ひ、ヒカル君。職員室まであともう少しだから頑張って!」
「う、うん…もう少しだけ、頑張ってみる…卓君と謙太郎さん、それじゃ」

泊瀬谷先生と共にヨタヨタとその場を去っていくヒカルの尻尾を、
卓は頑張れよと心の中でエールを送りつつ見送り。謙太郎はやっと去っていったかと溜息を漏らしつつ見送る。
……実の所、謙太郎が2番目に苦手とする物は、泊瀬谷先生の様な年下の女性だったりするのを、卓は知らない。

「で、本当の所は如何なんだよ?」
「……何が?」

泊瀬谷先生とヒカルの二人が去っていった後。
ぼんやりと佇む謙太郎の横の卓が、謙太郎へジト目を向けながら問い掛ける。
しかし、質問の意味が掴めなかった謙太郎は不思議そうに首を傾げた。
むろんの事、そんな謙太郎に対し、卓はわざとらしいくらいの大きな溜息を付いて

「いや、『何が?』じゃなくて、親父は何をしに学校に来たんだって事だよ」
「ああ」

卓の呆れ混じりな再度の問い掛けによって、
ようやく自分が今、やるべき事を思い出した謙太郎は直ぐ様、卓へ体操服を渡すべく尻尾を揺らしながら探し始め――

「……しまった」

ここで謙太郎は初めて、自分が持って来るべき体操服を持っていない事に気が付いた。
そう言えば、ベスパから降りた直後に遭遇したあの小さな質問機関砲教師に気を取られてしまい
そのままベスパのハンドルに体操服の袋を掛けたまま置いてきてしまったような気がする。
唐突に風が止んだ旗の様にぱたと動きを止める謙太郎の尻尾。その変化に卓は気付き、怪訝な表情を浮べて問い掛ける。

「親父、如何したんだよ? いきなり尻尾なんか垂らしちゃって……」
「……バイクに置いて来た」
「は? …何をだよ?」
「お前の忘れ物」
「をひ……」

余りの謙太郎のドジっぷりに、思わず額に手を当ててうめく卓。
どうやら、謙太郎もまた、妻の利枝に似てそそっかしい所があるようで……。
そう、精神的な痛みを頭に感じつつ、卓は大きく溜息を漏らす。

「んじゃ、昼休み終わる前にとっとと取りに行くぞ……ったく」
「うむ」

若干の呆れ混じりに言って歩き出す卓に、
謙太郎は親の後を追う子イヌの様に、尻尾を揺らしながら歩き出すのだった。

――――――――――――――――――続く――――――――――――――――――

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