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夜は出ちゃうかも?~林間学校の夜~


「食らえ!『の』の字・そば殻枕弾幕!」
「そんな攻撃は痛くもないわあ!ぐっ…」
純白の枕の弾道を顔面で受け止め、断末魔を上げるイヌが一人。その横では戦友の仇を討たんと、援護射撃の狙いを定めるネコ。
戦いの場はとある旅館の一室。夜も更けて、草木の眠りを目覚めさせんと、彼らは枕を投げ続ける。
敵陣目掛けて狙いを定める彼の研ぎ澄まされた瞳の底では、冷たい炎を燃やしながら、名誉の討ち死にを覚悟していた。
「カーッカッカ!お前らこわっぱの枕ごときで、この猪田を討ち取ろうとはかたわら痛いわ!」
隙を突いて猪田の横っ面に枕がめり込む。高い位置からの射撃は、想像以上の破壊力を持ち合わせていた。
ぐらりとメガネをずらしながら、柔らかい布団の大地に膝付く猪田を帆崎の肩に乗ったサン・スーシが尻尾を振りながら見下ろしていた。

「いのりん、お前の負けだー!!」
そう。帆崎から枕が投げられると見せかけて、陰からひょいと帆崎の肩に飛び乗ったサン・スーシがさらに帆崎の腕より高い位置から
枕を投げつける。重力が味方した枕は加速度を増し、巨体の猪田を打ち倒すには十分の威力を持っていた。

肩車されたサン・スーシと、帆崎が勝利の雄叫びを上げる頃、猪田は一人で布団の上を泳いでいた。
ぴょんと猪田の背中に飛び降りたサン・スーシ。「ぎゃ」と声を上げると、猪田はむくりと立ち上がり、
メガネをかけ直して布団の上にあぐらをかいた。戦いの激しさを物語るように、蛍光灯のひもが揺れていた。
「ふう。さすがにこの歳になると、ちょっと動いただけで足にきますな」
「同じく。いてて、足がつりそうだよ」
帆崎も同じく布団の上にふくらはぎをかばいながら座り込み、ルルからのメールの返信をしている。
そして、一人サン・スーシは、枕を抱きながら子犬のように部屋を右から左に転がっていた。

「よーし、10分休戦だ!でも、あんまり騒ぐと『お怒り美王ちゃん』が来るからなあ」
その日の午前、昼ドラごっこで騒がせたお陰で、お怒り美王ちゃんのスイッチをオンにしてしまったことを思い出す。
いつものことと思いながらも、アマテラス女神さまの逆鱗にはなるべく触れたくない。と言うより、触れちゃいけない。
「『あなたたち、オトナの自覚はあるのですか?教師が深夜に暴れまわるとは』ってね」
「サン先生!似てる!」
林間学校も夜を向かえ、生徒たちを寝かせた男子教員たちは日中『昼ドラ』ごっこで、英美王から絞られたことを思い出していた。
この部屋で戦いが出来るのは、女性教員がお風呂を楽しんでいる時間だけ。だが、ここで終えるのは心残り。
このまま、つつがなく林間学校を終えたいもの、折角の思い出作りも大事だと、彼らの意見は一致していたのだ。
「…それがですね、あるんですよ。決戦の地に相応しいバトルフィールドが」
帆崎の一言で、全員の尻尾が止まる。
密かに想う人を打ち明けるかのように、ひそひそと帆崎は二人に耳打ちをする。
「下見の時に見つけたんですがね、本館の海辺に近い奥まった所にお誂えの部屋があるんですよ。
しかも、今回の林間学校では使われてない部屋ですので、女性教師陣には見つからないって言う寸法ですよ」
「でかした!ザッキー!天下の分け目・関ケ原はそこだ!行くぞ!」
サン・スーシは猪田に枕を叩きつけながら外に声が漏れないように叫んだのだった。
猪田はもう少し休ませてくれと頭を下げながら水筒を取り出して、奥さま特製の減肥茶を口にした。

とき同じして、所は男子生徒の間。こちらも同じく尻尾が振り切れんばかりの枕投げ戦が繰り広げられていたあとだった。
さすがに迫力重視の教員同士の枕投げにはかなわないが、あらびきながら男子生徒の戦いも負けず劣らず白熱したものと見える。

夏の夜や 兵どもの 夢のあと。

と、誰かが詠ったかどうかは知らないが、卓は布団で大の字になり、鎌田は簀巻きにされて、香取は丸くなり、利里はいつもと変わらず。
そして、ヒカルは部屋の隅で張り切りすぎたのか、息を切らしてうつ伏せになって転がっていた。
「よーし、10分休戦だ!でも、あんまり騒ぐと、いのりんが見回りに来るからな」
いちばん元気な利里が水筒の飲み物を口にしながら、これからの戦いへと兜の緒を締め直す。
「美味いから」と、飲み物を香取に勧めたが、丁重にお断りをされた。相変わらず、ヒカルはごろんと布団に包まっていた。
「……」
「犬上は休むのかい?」
「うん…」
バッグから取り出した文庫本を片手にすっくとヒカルは立ち上がり、クラスメイトの声を聞きながら部屋を後にした。

もしかして、ちょっと悪いことしているのかな、深夜徘徊なんて良くないよな、と尻尾を引かれる思いで真夜中の旅館の廊下を歩く。
みしっ、みしっと音を立てる床に気を使いながら、のんびりと一人で本を読める部屋への階段を登っていった。
いくら肉球があっても、年代ものの廊下にはかなわない。音を立てずにゆっくり歩く。その行き先とは、
今回の林間学校では使われていない二階の一室。そんな場所がある、と泊瀬谷から聞いていたヒカルだった。
屋敷の奥まった海に近い薄暗い、遠くから波の声がやさしく響く、誰も来ることのない和室があるのだという。

(本をゆっくり読むには、ここがいちばん)
ここなら生徒も教師も来るはずがない、とヒカルはふすまに手を掛けるが何者かが既に部屋にいる気配を察知した。
もしや、教師の誰かが?いや、この部屋の存在自体知られてないから、誰かが来ることはない筈なのに…。
ヒカルは自分の尻尾が自然と隠れていることに気付かない。

恐る恐るふすまを開けて、薄暗い部屋を覗くと一人のうさぎが座り込んでいた。ヒカルの気配は未だ察知しておらず、
うさぎの手元は仄かに光を発している。壁のスイッチでヒカルが部屋の灯を点けると、うさぎのメガネは光に反射した。
「因幡?」
「なによ!」
声にならない声で返事を返したのは、真面目のまー子の風紀委員長・因幡リオ。
素早く携帯を隠しリオは体を丸める。彼女は、子どもの悪事が明らかになったときの慌て方と同じだ。
リオの長い耳からは、イヤホンが伸びて携帯に繋がっているのが見える。リオのメガネがずり落ちているのは、心を乱している証拠。
「見た?」
「何?」
「言っておくけど、あんたも同罪だよ。こんな時間に徘徊するなんてね」
風紀指導のように声を上げるリオをよそに、ヒカルは部屋に入る。ふすまを閉めるとリオの背後に周った。

「因幡さ、何やってるの」
「…お、音楽を聴いてるんだよ!ほら!みんなの邪魔にならないように、離れた部屋でこっそり聴いてるんだからさ!
イヤホンの音漏れって意外と邪魔になるし、耳の良いイヌっ子なんかビンカンだからね、みんなのために気を使ってるの!
別にやましいことがあって、わざわざこんなところに来たんじゃないんだからね!もう、犬上のバカ!バカ!」
何時になく饒舌なリオを訝しく思いながら、ヒカルは彼女と背中を合わせながら体育座りをした。
一方、リオはリオで音量を下げて携帯の画面をヒカルに見られないようにかばいながら背中を丸める。
ハーフパンツに飾り気のないTシャツ姿のリオは、背後のヒカルを気にしながら『若頭』シリーズのスピンオフ、
『次期頭首は虚弱男子』を小さな画面で鑑賞していた。リオは、どうしてもリアルタイムで鑑賞したいというファン心理に素直である。
(もう!犬上のおかげでアイツの虚弱なところを見逃しちゃったじゃん。DVDが出たら、ゆっくり堪能してやる…)

携帯の液晶画面に、色鮮やかな絵が踊る。ワンセグのおかげで、このような場所でも深夜アニメを鑑賞できるなんて、
リオが初めてテレビを理解したころから考えれば、夢のようなお話ではないか。そんな恩恵を授かりながら画面に食入る。
ヒカルは静かに人気推理小説『片耳ジョン』を捲り出す。しばらく自分だけの空間に入り込むリオに、ぼそりとヒカルは話しかけた。
「あのさ、因幡。知ってる?ここさあ、出るんだって」
「何が?」
「…化けネコ」

―――じりじりと日差しが照りつける葉月のある日のこと。暦は『林間学校がもうすぐ来るぜ』と知らせていた。
「ヒカルくん!あの旅館、出るんだってね?」
浮き足立った泊瀬谷は、怖がらせようとしているのかどうかはともかく、目を輝かせながら図書室帰りのヒカルを捕まえて、
子供同士が話すように笑いながら声をかけた。夏休みの学園はもちろん人は少ない。しかし、暇をつぶそうと開放された図書室に、
活字に飢えた生徒たちが集うのは毎年のこと。もちろん、ヒカルもその一人だった。片手に『片耳ジョン』を手にしている。
「…何がですか」
「あのね、子ネコの化けネコがね…」
ヒカルは本を手に、落ち着きを見せながらピクンと尻尾を跳ね上げるが、対称的に泊瀬谷は
自分の周りに花咲かせていた。気苦労の多いオトナから夢見る乙女になってもいいんじゃない?と、ちょっと言い訳。

その横を両手に紙の束を抱えた風紀委員長・因幡リオが通りかかる。
ヒカルが重そうだからと代わりに持ってあげようとすると、リオはやんわりと断った。
「先生、林間学校のしおりが刷り上りました」
「ありがとね。因幡さん、こんな雑用頼んでごめんね」
「いいんです。先生が喜んでいただければ!」
ヒカルは何か裏でもあるんじゃないかとリオのメガネの底を訝しく思ったが、そこはスルーしよう。
重い紙の束を抱えて、去ってゆくリオの後姿を見ながら泊瀬谷は続けた。
「聞いた話なんだけどね。あの旅館は…夜になると、子ネコが化けて出るんだよねー」
「うそ…」
「ふふふ。旅館の隅っこのある部屋ではね、もー!ヒカルくん、怖いね!」
ぽんぽんっとヒカルの背中を嬉しそうに叩く泊瀬谷。一人ではしゃぐ泊瀬谷の姿はヒカルより年下に見えた。

―――そうなのだ。泊瀬谷の噂話をヒカルは気にしていたのだ。学園で泊瀬谷から聞いたその噂話をリオにこと細かく話した。
もちろんリオも通りがかりの際、長い耳でちょろっと聞いているので大体のことは分かっている。
そのせいか、非常に冷静な答えがヒカルに帰ってきた。いつもの委員長の顔をして、淡々と語るリオの声は大人びている。
「泊瀬谷先生の言うことなんか嘘っぱちだよ。だって、泊瀬谷先生ってウソつくキャラじゃないじゃない。
なのに、ニコニコしながらそういうことを言い出すなんて、『ウソついてますよ。イエーイ』って言ってるのと同じだよ。
稀代の悪童サン・スーシならともかく、何か思惑があってそんな見破り易いウソをついたんだよ。犬上は純粋だね」
「……」
「…だからさ、仕返ししない?」
携帯を折りたたみながら、リオが後ろを振り返ると尻尾を揺らすヒカルの姿があった。
同じくヒカルも本を閉じる。

「わたしたちで作ってみようよ?その『化けネコ』」
リオの唐突な提案に、ヒカルはページを捲る手を止めた。
相変わらず、背中合わせで会話する二人。それでも夜空は回り続け、刻々と儚い夜を削り取る。
そう、うさぎがにんじんをかじるように、貴重な夜は細くなる。今夜がまた来るとすれば、それは本の中のお話か、
物書きの妄想意外にしかありえない。リオは「犬上が化けネコを見た!」って言えば、泊瀬谷なんぞコロッと騙されると言う。
自由気ままに妄想を膨らませろ。物語は夜に生まれるというではないか。今夜はきっと何かが起こる。
口火を切ったのはリオであった。

「その子は真っ白なんだ。夜中でも見つけてもらえるように。さびしがり屋さんだからさ。
そして、お人形さんのように長ーいみどりの黒髪が伸びてるんだよね、きっと」
「そうかあ。こんなお旅館に取り付いてるんだから、きっと和服が似合うんだろうな」
「…犬上、話しが分かるじゃん。働き者で、ちょっとケーキとか紅茶とかに憧れてるから、エプロン着けてるんだよ。
ほら、メイドさんみたいなフリフリがついたかわいいヤツ!和服にエプロンって、ちょっと萌…ほら、かわいいじゃん?」
「それに、ネコだから家に付くのが好きなんだろう。それでもって、人見知り」
「そうそう!大人ぶったヤツらにはけっして姿を見せないんだよ」
居もしないし、これからも存在しないキャラクターを膨らませながら、リオとヒカルは背中越しに話を弾ませる。
今まで見せなかったように、今後一切ヒカルはこんな話をクラスメイトとすることなんかないんだろう。
リオだってそう思っているに違いない。だからこそ、二人は星の巡りを忘れ続ける。
夜空の白鳥も呆れて飛び去ってしまうんじゃないか、と言うぐらいに。

「犬上って、面白いじゃん」
「……」
「誉めてるのに。少しは喜べ!」
再びリオは携帯を開き、ワンセグの灯を付けた。深夜アニメはとっくに終わっている。
その代わりに、画面ではサルの大物お笑い芸人が体を張って海に飛び込む、という深夜独特のくだらない番組が流れていた。
「すごい…、この番組。ホントに21世紀?」
ヒカルはリオの肩越しに、リオのワンセグ画面を覗き込む。
リオの無造作ショートの香りが、ヒカルの鼻腔をくすぐる。
ほのかにリオの息遣いがヒカルには感じ取ることが出来た。
「…因幡さ、シャンプー変えた?」
「う、うん。よく分かったね」
「学校のときと、違う香りがした」
眉は吊り上げるが、この日一日誰も気付いてくれなかったことだけにリオは少しだけ嬉しくなった。
例え、相手が人嫌いのヒカルだったことでも。自分が『女の子』だと言うことを気付かせてくれるのは、悪い気はしない。
だが、ヒカルは同い年位の女の子にはなびかない。犬上ヒカルとは、そんな子。

「犬上ってさ、好きな子とかいるの?…ほら!犬上って、あんまりそういうこと話さないからさ!…言っておくけど、
これは女の子としての興味だからさ、わたしが犬上のことに興味があるんじゃないんだからね!勘違いすんなよ」
空には満月が浮かんでいた。月夜の光はケモノを狂わせる、そんなインチキなんか言い始めたヤツは誰だ。
少なくともこの部屋の二人は、五感を通じて感じていたのだろう。それでも、ヒカルは口を開くことはなかった。

「で、因幡は好きな男子っているの?」
「…うっ」
三次元なんか興味はございません、二次元の…なんて、言えるわけが無い。いくら無口なヒカルに言っても、
リオのクラスでの立ち位置を大いに揺るがす、世紀の大発言になることは彼女自身が知っている。
が、何も言い返さないことは、ヒカルにどう取られるのか分からないと思い、何か一言返すリオ。すると、その声と同時に。
「何?今の音」
下の階から大きな音がする。誰もいないはずの部屋から音がする。柱に響くような、畳が揺れるような重い音。
ぱたりと再び携帯を閉じるリオは、メガネを指でつんと直しながら声を低くした。
「まったく、林間学校だからって…子どもなの?ガキなの?」
「…違うと思う」
「バカー?そんなこと言ってるんじゃないの!」
真下の部屋もヒカルとリオがいる部屋と同じく、誰も使っていないはずだった。なのに、誰かがその部屋を使って
闇夜の静けさを突き破ろうとしている。それに構わず、ヒカルは文庫本を再び開いた。
リオは音の出場所の畳の下を睨みながら、風紀委員として覚醒し始めた。

「どこかの班が暴れてるね…。どうやってここを見つけたんだろう!ちょっと注意してくる!」
「……」
「こんなところで暴れられたら、わたしの地位が危ういの!」
部屋を飛び出したリオは真下の部屋に駆けつける。風紀委員の血が騒ぐ。
残されたヒカルは畳にイヌミミを当てて、真下の部屋の状況を聞き分ける、が…聞き覚えのある声が届き尻尾を丸める。
利里?鎌田?いや…、そんなヤツらではない。彼らよりも年上で、地位も名誉も財産もある三人の『元』男の子。
通り過ぎた足音が再び下から聞こえ、畳を通じてふすまが開く音が聞こえる。リオの怒声がヒカルの部屋まで届く。
「うるさいわね!!どうして風紀を乱してわたしを困らせようとするの!?大人しく出来ないなら…あ」
力なくリオの声がしぼむところまではっきりとヒカルは耳にした。
「…疲れるなあ」
ヒカルはしばらく横になった。

一晩空けて、新鮮な潮風薫るあたらしい朝。旅館の中庭には教師陣がぽつぽつと散らばり、思い思いに朝の光を浴びていた。
中でも猪田、帆崎、サン・スーシの三名は爽やかな日差しを眩しく感じていたことだろう。
「先生たち、よく眠れましたか」
「え、ええ…英先生。昨夜はぐっすり眠れましたよ」
晴れた青空が彼らの腫れた眼に染みる。夜中、いい大人が暴れまくるとすれば、翌日に己の身ふりかかるものが想像がつくではないか。
男性教員三人組が恐れているのは、昨晩行われた戦いが英先生の耳に入ることと、筋肉痛が時空を超えて襲ってくることだ。

そんな中、いち早く起きだした生徒がいた。彼は白い尻尾を眠たげに揺らしながら中庭にやって来る。その名はヒカル。
毛並みを見るとそんなに色つややかではなく、それを見た泊瀬谷はちょっと心配になった。
「おはようございます」
「おお、ヒカルくん。起床にはまだまだ時間があるのに?」
猪田の問いに頷き、まだまだ眠い目を擦っていた。
ヒカルが自分の部屋に帰ったとき、深夜の枕投げバトルロワイヤル・第二ラウンドはとっくに終結しており、
班のみなは布団の配列を無視してぐっすりと眠りについていたのだ。寝場所を失ったヒカルは部屋の隅に体育座りをして
うつらうつらと日差しが再びここに戻ってくるときを待っていたとのだと申す。
しかし、そんなことをヒカルは一言も教師陣にはしゃべらない。「よく眠れました」と、清々しい朝のようなうそをつく。
『元』男の子の三人は、疲れた身体を少しでも休めようと旅館の縁側で腰を下ろした。

「ヒカルくん、ほら!もしかして…会っちゃったのかな?へへへ」
泊瀬谷の子どものような企みの結末をヒカルに打ち明けるときが来た。泊瀬谷の足音が言わずとも物申す。
ヒカルを中庭の隅にある生垣に連れて、洗い立ての髪の毛の香りをふわりと散らしながら耳打ちする。
「ヒカルくん、実はね…化けネコなんて…」
「ぼく、見ました」
泊瀬谷の眼が天の太陽よりも丸くなった。
「真っ白で、和服を着てましてね、白いエプロンの長ーいみどりの黒髪の…」
淡々と語るヒカルの口調はうそのことさえも、本物にしてしまうのか。泊瀬谷は尻尾を逆立ててヒカルの話を聞いていた。
昨晩、リオと一緒に作り上げた嘘っぱちの『化けネコ』。
泊瀬谷の期待を裏切って、居もしない化けネコに泊瀬谷はすんなり化かされてしまう。
「そ、そうね!先生も、聞いていたんだよ…ね?」

ぽつぽつと生徒たちが中庭に集まり出した。この日初めのスケジュール・ラジオ体操の時間である。
猪田が眠そうな顔をして「昨晩は良く眠れましたか?」とあいさつをする。あたらしい朝が始まる。
テンションだけは人一倍高いAMラジオから、体操の曲が流れ出すといっせいに生徒たちは体を動かす。
長い尻尾の種族は、音楽に合わせて尻尾が揺れていた。体操の途中、リオが隣のヒカルに話しかける。
「ねえ、うまくいった?昨晩のこと!」
「……」
「ねえ!」
リオは何度も何度も繰り返す。ヒカルは腕を体操のリズムに合わせて振り切る。それでもリオは繰り返す…。
しかし、余りにもしつこいリオに呆れたのか、面倒くさそうにヒカルが呟いた言葉は、
「言ってない」。

ヒカルの予期せぬ返答にリオは大きく跳ねながら眉を吊り上げる。もちろん、ヒカルの言葉は嘘っぱちの中の大嘘だ。
昨夜の時間を返せ、あんなに乗り気だったのに何故だ。と、ヒカルからコロッと騙されたのはリオだった。
「体操終わったら、泊瀬谷先生を騙しに行くね!いい?」
朝の体操を終えた生徒たちがぞろぞろと旅館に戻るなか、リオに引きずられながらヒカルは再び泊瀬谷のもとに来た。
深刻そうな顔つきの演技をしながら、リオはヒカルの肩を叩いて昨夜のウソ話を泊瀬谷に聞かせようとした。
泊瀬谷の側には英先生が長いスカートを朝の風にのせて揺らしていた。そこに興味津々と輪に入り込んだのは、
ご存知年中夏休み男・サン・スーシ。彼の尻尾は陽気に振り切れていた、このときまでは…。

「先生、聞いてください。わたし、見たんです。昨晩、お手洗いに行こうと思って廊下を歩いていたら…」
ところが、リオの話しを聞いて慌てふためくヤツがいる。挙動不審な眼の動きをして、リオのシャツの裾を引っ張るヤツがいる。
リオの話を勝手に勘違いしているヤツがいる。そして、英先生の目前で正座する自分の姿を思い浮かべているヤツがいる。
風紀を乱すものを許さない真面目のまー子のリオが、英先生をひっ捕まえて話すことだ。
話が進むに連れてリオのシャツはヤツの手で伸びきっている。遠くでこそこそと逃げ出しているのは、帆崎、猪田。
(サン先生、早く楽になれ!)
(今なら英先生に土下座しても遅くないぞ!)
口パクながら、リオのシャツを未だ掴んでいるサン先生に向かって両者は自首を勧める。
「遠くから誰もいない部屋なのに、音がして『夜中なのに、誰か遊んでるのかなあ』って思ってですね」
泊瀬谷の尻尾が膨れ上がり、サン・スーシは目を泳がせる。
「そこでわたしがその部屋のふすまを開けたら…」
額の汗腺が最高潮を迎えるサン・スーシだった。


おしまい。