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初等部、夏の始まり


 夏の日差しがジリジリと照り付ける正午ごろ、大場犬太は下校するべく校門から伸びる
下り坂を歩いていた。

「お、重いぃぃ……」

 そして、半ば苦悶していた。
 彼を小学生然とした外観たらしめる小学生の象徴“ランドセル”が重すぎるからだ。
 無限の未来と夢が詰まっているから、ではない。
 犬太のパンパンのランドセルには、休み前に怠けたツケが、大量の荷物となって詰まっ
ていた。
 本来の容量を超えて詰め込まれたプリントと教科書の山はなおも大量にランドセルから
溢れ、中に納まらなかった分をランドセルの垂れでムリヤリ巻き止めてある。
 ランドセルの厚さを絞めるためのベルトにはソプラノリコーダーが刺さっており、交通
安全の黄色手帳をぶら下げるはずのキーホルダーには体育着袋が縛り付けてある。
 右手には絵の具セット、左手には裁縫セット。
 首から下げたエコバックには、習字セットと夏休み帳と夏休みのしおりが、これでもか
と言うほどぐちゃぐちゃに突っ込まれている。
 ミーンミーンミーンジワジワジワジー。
 見た目ばかり涼しげで実感の涼しさが伴わない木漏れ日を形作る街路樹の松に取り付く
蝉さえも、犬太を嘲笑うかのようだ。
 蝉に悪意は無かったが、通りすがった級友には悪意、あるいは悪戯心が満ちていた。

「ニャハハハ、荷物が歩いてるニャ!」
「犬太……おまえはホントに“大場カ”野郎だニャ」

 ミケが笑って、クロが呆れる。
 彼女らは学期末になる以前からロッカーに無駄な物を置いていなかったから、ランドセ
ルには夏休み帳だけがパタパタと鳴っていた。

「うるさいっての!僕は明日できる事は明日に回して遊ぶのっ!荷物無いなら手伝え!」
「やなこったニャ。やーい、駄犬太ー」
「くっそぅ!いちいち腹の立つヤツ!」

 いつもならここまで言われればクロにとっ組みかかる犬太だが、今日に限っては合計十
キロ超の荷物に押さえ付けられている。焼けたアスファルトに足の裏を熱されて足踏みす
るだけでも、あっちへふらふらこっちへふらふらする状態だった。
 ハタから見れば単なるケンカだが、ミケはちょっと違う事が気になった。

(クロが、大場のこと、ケンタって呼んだニャ。そんな仲良かったかニャ?)

 行商人みたいな犬太とそれを茶化すクロから3歩遅れて、小首をかしげるミケ。
 クロと犬太には、人に言えない秘密がある。
 それは犬太の姉、狗音と、クロの姉、美琴に関することであり、二人の間に何かがある
わけではなかった。姉らのことについて相談しあうために、二人で会うことが多かったか
ら、ちょっと馴々しく呼び合うようになってしまっただけだったのだが……。

(なんか、あの二人怪しいニャ)

 二人の秘密はミケに壮大な勘違いをさせてしまったようだ。

 ミケ猫ホームズがむむむとうなる背後から、ゴーーっと何かが駆け抜けた。

「こ、こわいニャ~! 止めて欲しいニャ~!」
「そらあかんわ!こっからの坂がいっちゃん楽しいねんから!めざせアイルトンセナ!」
「あはは!走行中にセナは縁起悪いよ!」

 サン先生の手押し荷台(浅井カー)が坂を突っ切る。先頭に泣きっ面のコレッタが座り、
その後ろに楽しげな葉狐が膝立ち、最後尾に舵を取るサン先生が立っている。

「どうだいコレッタ、速いだろう僕の愛車!」
「とーめーてー!」
「ほんま、なんべん乗っても楽しいで!」
「そーだろー!楽しいだろー!」
「とめろニャー!」

 ゴーー……。手押し台車は騒音を立てながらノンストップ。
 坂を駆け抜ける浅井カーを見送り、クロとミケは顔を見合わせる。

「なんか面白そうじゃなかったかニャ?」とクロ。
「まだ追いつくかもニャ。走るニャ!」とミケ。

 さっきまで何をしていたのかも忘れて、クロもミケも駆け出した。
 残されたのは犬太一人。

「ま、待ってよぅ。待ってよぉぉう!」

 七月後半。
 夏休みは始まったばかりである。