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雨の日もフラグ


「うっわー……傘差してたのに靴下までグショグショだ」
「こんな土砂降り久しぶりだね。梅雨に入ったって実感するよ」
 膝下をぐっしょり濡らしながらも商店街のアーケードへと辿り着いた俺と雅人は、傘を畳んで一息つく。
 今朝から降り続けていた雨は、ぽつぽつと長時間続くだけの小雨だったのだが、俺達が学校から帰る途中、突如として土砂降りへと変じたのだ。
 いくら傘を差していても大きな雨粒は地面に降り注ぐたびに跳ね、制服の膝下を濡らし、靴へと染み込み、その中の靴下さえも水浸しにしていた。
 この状態の靴を玄関に放置してしまうと、鼻の敏感な狼の皆さんから翌朝苦情が来るのだ。
 だが、俺は毛皮が無いだけマシだろう。雅人の方が全身の毛皮がじっとりと湿り、非常に居心地の悪そうな表情を浮かべている。
「今アーケードから出てもまた塗れるし、小雨に戻るまで時間つぶさね?」
「うん。そうしよう。またあの土砂降りの中へ飛び込む気にはなれないや」
 一歩踏み出すたびに、ぐじゅぅ、と濡れた感触が靴の中から伝わってくる。
 俺も雅人に負けず劣らず居心地の悪そうな表情を浮かべながら提案した。雅人も同意する。
 俺達はすぐに互いの財布の中を確認し合うと、その軍資金に見合った店を探して、アーケードの中をぶらついた。
 軍資金は、俺の財布に1000円、雅人の財布に1300円。ファーストフード店のセットぐらいなら充分に足りる。
 となると、俺達が目指すのはただ一点。30メートル先に見える、『M』の文字の看板を掲げた二つの店だ。
 アーケード中央の交差点には、二つの大手のファーストフード店が対立するように向かい合わせに店を開いていた。
「雅人はどっち行くつもりだ?」
「僕は特にこだわり無いし、康太に合わせるかな。
強いて言えば、同じ料金で多く食べたい……かも」
「ああ、俺と同じだな」
 雅人は顎を右手の人差し指で掻きながら、思案顔で答えるが、それほど考え込むところでもないだろう。
 近くで接していると分かるが、雅人は基本的に根の優しい良い奴だけど、底抜けに神経が図太いかと思えば、時にどうでもいい事に深く考え込んだりと、少し変わったところがある。
 おっとりして物静かな印象に反して、友達として付き合っていて、あまり退屈をしない。
 俺達は、黄色い『M』を掲げた店へと向けて、好きなバーガー談議に花を咲かせながら進んでいく。
 他愛も無い会話を続けながら、店の入り口は目の前と迫った時に、不意に女性の声が俺達を呼び止めた。
「あら、雅人君」
 透き通った良く響く声だ。雅人と同じように声のした方を見つめると、人間のお姉さんが立っていた。
 金髪に染めたパーマをかけたロングヘアーに、露出が多く背中や胸のラインを強調した服装、ブランド物のバッグに綺麗なアクセサリーと、随分派手な格好をした人だ。
 明るい色をした化粧は、素材の良さを引き立てていて、何だか凄い美人だ。
 帰宅部で読書家。趣味はテレビゲームに映画鑑賞という、地味な男子の代名詞のような生活を送る雅人と、一体どんな接点があるのか不思議なほどである。
「知り合いか?」
「うん。うちのお得意様のトモエさん」
 俺がそう尋ねると、雅人がすぐに説明してくれる。するとトモエさんは苦笑交じりに話しながら、こちらへと歩み寄ってきた。
「こーら。オフの時まで源氏名じゃ堅苦しいわよ」
「あ、すみませんユミさん……。今日こちらにいらしてるのは、やっぱり?」
「堅苦しいから敬語もいらないってーのー。
で、こっちに来た訳だけどそのとーり。いつも通り即転売してOKだから」
 少々置いてきぼりをくらってしまったが、二人の会話を聞いていると、大体ユミさんがどういう人か分かってきた。
 アーケードを抜けて信号3つほど先に行くと、雅人のじいちゃんが営む質屋がある。
 こじんまりして目立たない店だけど、雅人曰く常連さんが多いそうで、食べていく事には困らないらしい。
 そして派手な格好をして源氏名があって美人がユミさんが、見たところ二十代前半の歳なのに、質屋のお得意様だというのだから、一つしか思い浮かばない。
 もっとも、それを堂々と言うきにもなれないのだが。そんな風に考えていると、笑顔で雅人と話していたユミさんが、不意に俺の方を向く。
「君は……雅人君の友達?」
「あ、はい。雅人のクラスメイトの康太です」
「うんうん……。いいねぇ、青春時代の友情!
中卒から速攻キャバ嬢になって6年以上も代わり映えしない日々を送ってきたきた身にしたら、
君達高校生が羨ましくて堪んないわよもう」
「ゆ、ユミさん、あんまりそう言う話するもんじゃないですって……!」
「いいのよいいのよ。ほら、これお近づきの印にどう? 雅人君とこれからも仲良くしてあげてね」
「えっ、えっ?」
 ユミさんは思った以上に随分とさばさばした性格で、身の上に何も負い目を感じている様子もなく快活に笑っている。
 かと思うと、ブランド物のポーチから箱に入った腕時計を取り出して俺に差し出してくる。
「30万円するんだって。馬鹿よねー。キャバ嬢に貢いでも転売されるだけなのに」
「さ、さんじゅ……!?」
 俺が30万円の腕時計に眼を奪われている側で、雅人は複雑な表情で頭を抱えていた。
 おっとりしていて、物事にあまり動じない雅人が、こうも焦ったりする姿もあまり見れる光景ではないな。
「ユミさん、人前でそう言う冗談は……!」
「冗談なんかじゃないわよー。純粋に二人の青春を祈って!」
 雅人が慌てるほど、ユミさんは熟練した男のあしらい方を見せて雅人をおちょくっていく。
 見ているこっちが同情したくなってくるが、案外と雅人もまんざらではなさそうに見える。
 雅人は途中からツッコミを入れることにも疲れたのか、大きな溜め息を吐いて、俺へと愚痴をこぼした。
「ユミさんもだけど、貢物を転売しにキャバ嬢さんが結構来るんだよ。
だけどみんな僕を子供扱いして面白そうにからかってさー……」
 心底疲れた様子で雅人がぼやく。確かに来る人来る人におちょくられ手玉に取られていては、雅人も疲れるだろう。
 温厚なこいつの事だから、多少のからかいやおちょくりはスルー出来ても、相手は男を手玉に取ることで生計を立てている女性だ。健全な男子高校生が対峙するには分が悪すぎる。
「ま、まあさ、好意的な感じだしいいんじゃないか。雅人がいるから店に来てくれるかもしれないだろ」
「そうよー。仕事柄オヤジやチャラ男ばっか相手にしなきゃなんないからさー。
雅人君みたいな真面目な年下の男の子と接する機会がないのよね。私も雅人君をからかうの楽しみにしてるし」
「もう……ユミさんに康太まで……ハァ…」
 悩むな雅人。真面目で気が優しくて太めで、おまえは弄られキャラの星の元生まれている。俺は哀れむような視線を雅人へと向けながら、心の中で呟いた。
 弄ってくれる相手が綺麗なお姉さんなだけでも儲けもんだろう。俺だって伊織さんが男だったら速攻で陸上部を退部している。
 俺は軽く笑いながら、雅人の方をポンッと叩いて、「頑張れよ」と呟いた。女性に振り回される苦労を知っている奴がこんなに身近にいたとは、友達として共感できる部分が増えたというものだ。
「あはは、康太君、私だってちゃんと気を使って弄るわ。雅人君に嫌われたら困るもの」
「じゃ、じゃあやめてくださいって!」
 ユミさんは、少し背伸びをして雅人の耳に手を伸ばし、楽しそうに弄くっている。女性にしては長身だがが、熊らしく大柄な雅人ほどではない。
 雅人は分かり易すぎる反応をして毛皮を逆立てながら照れるが、言葉の割りに強引にユミさんの手を振り払ったりはしない。
 まあでも、こんな人通りの多い場所でそれは、確かに恥ずかしいかもしれない。俺は、一歩だけ後ろに下がり、この二人とは関係ありませんよ、と言う振りをしてみる。
 雅人が“逃げるつもりなのか”と恨めしそうな視線を投げかけてきたが、俺の関与するところではない。
「ゆ、ユミさん……、もうやめてぇ……」
「ふふ、可愛いー。びっくりするぐらい純なんだから」
 いや、純も何も、男子高校生と言うのはそんなものです。普段イケイケ装ってる奴だって、実際に美人のお姉さんにおちょくられたら、今の雅人みたくなっちゃうものです。
 嘘だと思うなら塚本君辺りをおちょくってみてください。確実に物凄い勢いで慌てだして混乱し始めるはずですから。
 強調された胸の谷間を雅人の背に押し付け、純な青年を弄びながら、ユミさんはとても楽しそうに笑っている。
 やがて雅人も、いつまでもここにいたって、果て無きおちょくりがあるだけだと気付いたらしい、大きな溜め息をついて、心の底から疲れた様子を顔に出すと、ユミさんを連れて、商店街の向こうへと歩いていく。
 俺も、そんな二人を邪魔する気はないので、少々雅人を不憫に思いながらも、笑顔で手を振って二人を見送った。
 さあ、買い食いも未遂に終わって金も余ったし、晩飯のおかずでも買って帰るか。
 ああいうのを見せられた後だと、一人の下校が妙に寂しく感じる。いつのまにやら雲間も晴れて、夕焼けに照らされる商店街を、俺は買い物袋を片手に、一人立ち去るのだった。


続く