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御堂家傷害未遂事件


「ただいま―……って、あれ?」

色々あってようやく家に帰りついた俺を待っていたのは、不気味なまでに静まり返った玄関であった。
何時もならば、足音で俺が帰ってきた事に気付いた義母さんが出迎えてくれる筈なのだが、それが無い。
無論、何かをしているのならば、それなりの生活音がしていてもおかしくないのだが、今回はそれすらも無いのだ。
そして、親父も義母さんも出掛けている、にしてもおかしい話だ。
何せ、玄関の鍵は掛かってなかったし、更に言えば二人が出掛ける際に何時も履いている靴もそのまま置いてあった。
……これは二人に何かあった、としか思えないだろう。

「……まさか、強盗?」

―――最悪の予想が俺の脳裏を過ぎる。
そう言えば朝、学校へ行く前に見たテレビニュースで、ここの近くの質屋が強盗に襲われたとか言っていたような……。
まさか、その強盗が俺の家にも来たと言うのだろうか?
……有り得る話だ、俺の親父はそれなりに有名な小説家。結構稼いでいると思われても仕方ないだろう。
恐らく、何かしらの情報で親父の事を知った強盗が、次のターゲットに親父を選んで……。

「何をバカな事を! くそっ、そんな事あってたまるか……!」

浮かんでいた想像を振り切る様に乱暴に頭を振った後、俺は意を決して家の中を進み始める。
もし、何かが出ても直ぐに対応できる様に、心の準備をした上で。

「……なんだ? この匂い……?」

家の廊下を進み始めた所で、俺は鼻腔に嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
何と言うか、線香などとは違う種類の香を焚いた様な、甘ったるい物が混じった匂い。
はて、この匂いは一体……? 義母さんが焚いた物なのだろうか?
嗅ぎ慣れぬ香の薫りに妙な物を感じつつも、俺は慎重に居間の方へと歩を進める。

「ん……あれは……?」

そして、居間に到着した所で、俺はソファとソファの間に転がる奇妙な物に気が付いた。
電気が点いてないから良く分からないが、それはまるで大きなボロ雑巾の様にも―――って、

「親父!?」

それはボロ雑巾ではなく、床へ力無く倒れ伏している親父だった!
全身の灰色の毛並みがヨレヨレになっている上に、着ている服もボロボロになっているからそう見えたのだろう。
むろんの事、俺は慌てて倒れている親父へ駆け寄り、身体をゆさゆさと揺り動かしながら呼び掛ける。

「おい、親父! 一体如何したんだ!? 何があったんだ?!」
「……す、卓…か?」

揺り動かされた事で意識を取り戻したのか、
親父は目をゆっくりと開き、弱弱しく尻尾を揺らしながら何処か億劫そうに口を開く。

「ああ、そうだよ、俺だよ! 親父、一体何があったんだ!?」
「……と、利枝が……」
「え? 義母さんが如何したんだ? おい、親父!?」
「…………」

しかし、俺の呼びかけも虚しく、親父は其処まで言った所で力尽きたらしく、揺らしていた尻尾をパタリと倒した。
見た所、規則正しく呼吸をしている所から、ただ単に気を失っただけで大した事は無さそうだが……。
しかし、親父がここまで衰弱するなんて、一体、親父の身に何があったんだ? それに義母さんの身に何が……?
と、俺が様々な事に対して思考を巡らせていたその矢先―――

ごと、ごとん!

「――――!?」

唐突に2階から響く物音、俺は咄嗟に身構えた。
音が聞えた位置から見て、音の出元はどうやら俺の部屋からの様である。まさかとは思うが……。
再び、嫌な想像が脳裏を過ぎる。―――くそっ、そんな事、あって欲しくは無いぞ!

「親父、俺はこれから二階に行って来る。だから其処で大人しくしてくれよ!」

長ソファのクッションの上に寝かせた親父へそれだけを言うと、俺は急ぐ様に二階へと向かう。
どうか、頼むから俺の想像通りの事態にはならないでくれよ! と、様々な存在に対して祈りながら。

自室へ到着した俺の前で、再び響く物音。
音の度合いからして、如何考えても部屋の中で人が暴れている様にしか聞えない!

「ちっ、間に合え――いや、まて」

俺は慌ててドアを蹴破ろうとして――その寸前で思い止まり、蹴り出そうとした足を止めた。
もし、ここでドアを蹴破ったら、その音で犯人を刺激してしまって事態を最悪な方向へ向けてしまう可能性がある。
ましてや、相手はあの親父を気絶するまでに追いやっている犯人だ。行動は慎重さを要する。
ここは先ず、犯人に気付かれない様に静かに、かつゆっくりとドアを開けて部屋の状況を確認するとしよう。
……本当は今直ぐにも部屋に飛び込みたい所だが、義母さんの為を思うならここは我慢だ!

「……」

ドアノブへ手を掛けて、慎重に手に力を掛ける。
どうやら鍵は掛かってなかったらしく、ドアノブを捻ると同時に小さな金属音が響き、ドアがゆっくりと開いて行く。
その開いた隙間へ覗き込むように、俺は物音が鳴り続ける自室の状況を確認し始め――

バタン

それを見た俺は何も言わず、ドアをそっと静かに閉めた。
……えっと、この場合、義母さんが犯人に乱暴されていた方がまだマシだったかもしれない。
いや、まあ、確かに乱暴されている方もかなり大事言っちゃあ大事なのだが、、
少なくとも、先ほど俺が目にした物に比べれば、そのショックの度合いはまだ少ない筈だ。
―――俺が見た物、それは義母さんが犯人に乱暴されている姿、では無く

「ああ、卓ちゃんの匂い、もう嗅いでいるだけで身体が火照ってきちゃう! あぁぁ、卓ちゃぁぁん!」

抱き枕の様に俺のベットの掛け布団へ抱き付き、恍惚とした表情で床をゴロゴロと転がる義母さんの姿だった。
しかも、その時の義母さんの格好は、薄手のネグリジェ一枚だけと言う何ともあられもない姿。
自室でそんな物を目にしてしまったら、何も言わずにドアをそっと閉めたくなるだろ、普通は!
――って、もしあの時、俺が思い止まらずそのままドアを蹴破ってたら、一体如何なってた事か?
……正直言って、考えたくも無い。

……その後、意識を取り戻した親父の証言により、
義母さんの痴態の原因が、先程から焚かれているお香による物だと判明。
どうやら、そのお香には、人間には大した影響が無い代わり、
嗅覚に優れるケモノには、ある本能を暴走させる効果を発揮するという、はた迷惑な効果があるそうで、
その事を知った俺が直ぐ様、台所で焚かれていた原因であるお香を処分した上で部屋の換気を行うと、
それから程無くして、義母さんは正気を取り戻したのだった。

その後、義母さんに聞く所によると、お香を焚き始めてからの記憶が無いらしく、
その上、親父自身もまた、その間の事を決して喋ろうとはせず、
結局、そのお香によって暴走した義母さんはあの時、親父へ何をやったのか、
そして何故、俺が発見した時には親父が憔悴しきっていたのかは、最後まで判明しなかったのだった……。

―――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――