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要とかなめ


「ひやぁー助かった助かった」
「保健室送りがけっこう出たな……」
「あれ? ライダーは?」
「ライダーも保健室」
「まじか」

 鹿と馬は、いつもと同じ静かな教室で昼食をとる。
開け放たれた窓から吹き込む風に踊るカーテン。
読書をする者。宿題に着手するもの。昼寝をする者。携帯をいじる者。
こういう何気ない時間が幸せなのかもしれないと鹿は思った。
調理実習の戦慄を乗り越えたいまだから言える。 平和だ。

「噂によると俺とおなじ名前の奴がいるらしいぜ、どっかのクラスに」
「くるすちゃん?」
「かなめだよ、来栖は苗字だから」
「おまえ、かなめって言うのか」
「ん、意外と知られてない」
「ライダーの名前知ってっか? 2ちゃんねるの管理人と同じなんだぜ」
「違うだろ、それはひろゆき。ライダーはゆきひろ」

 得意げに間違える馬に呆れつつ、鹿は先端が少し欠けた角をさする。
毎年思う。自分はいつもどおりの食事しかしていないのに、春に抜け落ちたはずの角がこうやってちゃんと生えてくる。
飯がどうやって胃で消化されて、体内でどんな化学変化が起こって角を生成するのか、まさに神秘だ。
その神秘のたまものが欠けてしまって、ちょっと悲しい。

「かなめ」
「……」
「おい」
「なに?」
「名前で呼んでも返事しねぇじゃん」
「すまん、気づかなかった」

 夏が暑すぎてボーっとしていることが最近多い。
涼しそうな塚本(シャツが破けてはだけている)や、この気温ですら寒がっている鎌田がうらやましいときがある。
ただ、先ほどの調理実習のような惨事で肝を冷やすのは嫌だ。
恐怖で本当に嫌な汗をかき背筋が凍った。
実は、この夏の暑さのほうが幻覚で、あのとき感じた温度が本物かもしれない。
だとしたら、鎌田が寒がりなのは、いつもあの「本物の寒さ」を味わっているからで……

「大丈夫か、おい、来栖?」
「ん? 呼んだ?」
「目が死んでたぞ。 具合悪いのか? 吐くのか?」
「なんでもないよ」
「まさか、恋!」
「いや、それはない」
「わかった!」

 塚本がいやらしい馬面になった。何を考えている。
嫌な予感がする。
調理実習も悲惨だったし、宿題もやってないし。
弁当の卵焼きもすこし納豆みたいな臭いがしたし、きっと今日は厄日なんだ。
厄日のときは、むやみにあらがわず、運命に身を任せよう、そうしよう。

「来栖、その『かなめ』って子が気になってんだろ」
「え? 気になってないよ別に。顔もしらない。性別もわからない」
「おうおう、わからねぇから気になってんだろう~?」
「いや……」

語弊があるが、気になっているのは図星である。
「かなめ」という名前は珍しい。
自分と同じ名前をつけられた奴がどんな奴なのか、どんな種族なのか。

「よし、その『かなめ』って子を探してやる!」
「ちょっやめてくれ、仮に見つかったとして、どうすんだよ、失礼だろ」
「はずかしがんなよ、行動しようぜ」

 まずい。この馬はなにをするつもりなのやら。
でも、ほんの少しだけ「かなめ」という奴について調べてみたい気もする。
本来なら、引っ込み思案の自分は、思い立っても悩んでいるうちに機会を失うか飽きるかして、結局やらずじまいになる。
実を言えば、塚本がいなければ自分は何も行動できない性格かもしれない。
失敗が怖いのか、それとも能が無いのか。考えすぎなのか。

なんの話してるの?」

 鎌田が戻ってきた。
助かった。三人いてこそカマロだ。
自分には、この暴れ馬を抑制する技量が無い。
こういう面で常識人の鎌田に頼りっぱなしかも知れない。

「ライダー! 無事だったか!」
「鎌田、シロップくさいぞ」
「御堂がベトベトだったんだよ、それで保健室とか掃除手伝わされた」
「大変だな」

 鎌田も幸が薄いな。でも、直面するどんな問題にもひたむきに立ち向かう姿は健気だ。
見習わなければ……

「角大丈夫?」
「こんなの平気だよ」

うそです、へこんでいるんです、内心。

「ライダーよぉ、こいつ、好きな子ができてモジモジしてんだよ」
「なんだってー? 花子先生じゃなくて? だれ?」

 曲解してる、話が飛躍してる。
何でも面白いように話を持っていく馬、止められない自分鹿、あわせて馬鹿。
カマキリよ、どうか助けてくれ。

「来栖! だれに恋したの!」
「それはね『かなめ』っていう子なんだよ」
「誰、だっけ? なんかどっかで聞いたことあるような名前な気がする」
「来栖の下の名前とおんなじなんだ、これが!」
「あ、そっか」

 声がでけえ。教室中にこの誤解が知れ渡ったら厄介なことこの上ない。
恥ずかしい、やめて。

「来栖、赤くなってる! 本当なの?」
「ひゃっははは、ウブな鹿のためにも協力しようぜライダー」
「よし、正義のために! 協力するよ来栖!」
「まずはだな、校内掲示板に『かなめへ』って感じで、ぐへっへへへへwww」
「名前が同じってロマンチックだね。結婚したら同姓同名になっちゃうよ!」
「おっ、ガキが生まれたら大変だな、ママもパパもおんなじ名前って傑作ぅひゃっひゃっひゃwww」
「でも字が違うかも。女の子だったらひらがなかも」

「何を楽しそうにしているのかは知らないが」

 大柄なリザードマンが鹿と馬の背中に手をかけた。
ゴツゴツと鍛え上げられた腕の重みがのしかかる。
握力がハンパなく痛い。猛は怒っている。

「友達を裏切って、自分たちだけ助かろうとしたよな」
「……っはい」
「俺は怒ってないよ、昔のことをネチネチ言うほどつまらない男じゃないけれども」
「……う」
「友達として言いたい事があるから、いまからトイレ行こうぜ」

 胃が凍るようだ。
寒い。全身が助けを求めている。
夏なのに体温がどんどん下がっていく。
小便に行きたい。でも、このままトイレにつれていかれたくない……

猛はきっと、友達として大切なことを教えてくれるのであろう……、拳で。