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りんごVSかなめ


その日は梅雨の晴れ間広がる、とても静かな、そして平和な一日だった。
しかし、それは昼前の家庭科の調理実習において、唐突に崩れ去る事になる。

それは塚本、来栖、そして猛の三人が面白みの無い調理実習をサボろうと、
先生を含む生徒達が調理に夢中になっている隙にこっそりと家庭科室を抜け出そうとした事から始まった。

何時もならば、常日頃から素行が余り宜しくない彼らが抜け出した所で、
『あれ?誰か居なくね?』『またあいつらでしょ? 放っときなさい』のやり取り程度で見過ごされる筈であった。
だが、その時は猛が何を思ったか、調理に使うバナナを一本くすねてしまっていたのだ。

もし、これが別のクラスの事であれば、バナナが一本無くなった所で別に如何って事も無い事で済まされていたのだが。
生憎、彼らの居るクラスには、自他共に認める料理の鉄人、星野りんごの姿があった。

誰かが背筋に走る寒気に気付いた時、全ては遅すぎた。

ヒュ、と空気を裂く音を立てて、猛らが隠れていた机の脚に深深と刺さる包丁。
背中へ氷水をぶっ掛けたような寒気を感じた彼らが振り向いた先には、精神異常者の如くぶつぶつと呟くりんごの姿。
彼女のその右手には、牛肉のブロック塊を骨ごと両断できそうな幅広の肉切り包丁、
そして左手には、長さ一尺を超える鍛え抜かれた日本刀を彷彿とさせるマグロ切り包丁、
それは猛が食材であるバナナをくすねたと言う行為に対し、彼女が料理の鉄人モードへと移行している証拠であった。

「やばい! ズラかれっ!!」

塚本の悲鳴に近い叫びを切っ掛けに、猛らは脱兎の如く家庭科室の入り口へと走る。
だが、その目の前を何かが横切り、すこんっ、と壁へ突き刺さった事で彼らは足を止めざるえなかった。
コンクリートの壁に刺さっていた物、それは何処にでもある竹串だった。

「ま…マジかよ…コレ、コンクリだぞ…?」

余りにも有り得ない光景を前に、思わず呻きに近い声を漏らす猛。
無論、塚本も来栖も只、絶句するしか他が無い。

「トカゲの肉は鶏肉に似たクセの無い食感で、
高タンパク、高カロリーでありながら脂肪分が少なく、余計な油を取りたくないダイエット中の女性などにおすすめ……
料理法としては、鶏肉と同じ様に串焼き、唐揚げ、炒め料理などの他に、鍋料理やマリネなども美味しく頂ける……」

はと三人が振りかえると、其処にはぶつぶつとトカゲ肉の特徴(多分、猛の事)を呟きながら迫るりんご。
どす黒い気を身に纏い、両手に持った包丁をゆらゆらとぶらつかせながらゆっくりと近づく彼女のその姿は、
某大作RPGに出てきたカンテラと包丁を手にした恐るべき半魚人を彷彿とさせた。

「ま、待てっ! 俺は関係無いぞ!? バナナくすねたのはこいつだけだからな!」
「そ、そうだ! 俺もこいつと違って”今回は”食材を無駄にしたりとかしてないぞ!」
「あっ、てめぇっ! 二人して俺を売るつもりか!?」

追い詰められた塚本と来栖は、ここぞとばかりに猛を前面に押し出して盾にしようとする。
無論、後で猛の恨みを買うのは塚本、来栖にも分かりきっている事ではあるが、
今は猛よりも、目の前に迫るウサギの少女の方が万倍恐ろしかった。

「うん、そうね…?」

そんな塚本と来栖の説得?が通じたのか、はたと足を止めて考えるりんご。
身の安全を確信し、心の内でほっと胸を撫で下ろす塚本と来栖。
―――しかし、世の中はバナナの様に甘くは無かった。

「ここはトカゲと馬肉、鹿肉のフルコースと行きましょう…」
「「「い…いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」」」

りんごから死刑判決にも等しい事を笑顔で言われ、三人は恐怖の余り思わず抱き合って悲鳴を上げる。
―――そして、家庭科室を舞台にした恐怖の騒乱劇は始まった。

どがらがしゃーん! ばりーん!

「きゃー! りんごちゃんが――――!!」
「刃物しまえ! 刃物―――!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!? 調理されるぅぅぅぅぅっ!」
「待ちなさい…食材が逃げちゃダメでしょ? 素直に料理されないと…!」

空気を切り裂いて飛来する包丁。横倒しになるテーブル。床へぶちまけられる皿と食材。割れる窓ガラス
猛獣の如く目をぎらつかせ、両手の獲物を振り上げ跳躍するりんご。悲鳴を上げて教室を逃げまわる猛ら三人。
悲鳴を上げるハルカ。何故かりんごを応援するモエ。止め様にも巻き添えが恐くて動けない委員長。
パニックに陥る空子。それを宥めようとする惣一。こっそりと教室の隅に退避するルイカ。
ボウルに入ったシロップを頭から引っ被る卓。それを見て笑う朱美。テーブルの下で恐怖で尻尾を丸めるヒカル。
吹き飛ぶ丸椅子。その直撃を食らって気を失う堅吾。慌てて堅吾を介抱しようとする保険委員。それを前に呆れる優。
必死にりんごを止めようとする翔子。それを心配気に見守る悠里。さり気に巻き添えを食って吹き飛ぶ鎌田。

……教室は最早、カオスと化していた。

もう調理実習どころではない状況の中。
他の生徒達は自身に巻き添えが及ばぬ様に物陰に身を潜め、一刻も早い事態の収拾を待つしかない。
しかし生憎、収拾の頼みの綱である家庭科の教師は早々に騒乱に巻きこまれ、目を回して気を失っていたりする。
そしてりんごを止められそうな友人の翔子もまた、教室を縦横無尽に跳躍するりんごを追いかけるので精一杯。
それを前に、この場の誰もがこの騒乱がまだ続きそうだと絶望した。

「…………」

だがしかし、そんな状況を別世界の事の様に、全く気にする事も無く一人黙々と料理をし続ける少女の姿があった。
後ろ髪のレースのリボンと共に兎族特有の長い耳を揺らし、静かに食材を調理する彼女の名は兎宮 かなめ。
竜崎 利里へ密かに思いを寄せる、余り目立たない物静かな兎族の少女である。

「利里さん、喜んでくれると良いな」

着々と出来あがりつつある料理を前に、自分の料理の味で想い人が喜ぶ姿に想いを馳せるかなめ。
その直ぐ横のテーブルの天板にスコンッ、と飛んで来た果物ナイフが突き刺さるが、彼女は全く気にも止めない。
いや、それどころか直ぐ後を吹っ飛んできた椅子が通り過ぎようとも、耳元をフォークが掠めようとも一切気にしない。
そして周囲の生徒ですらも、危険な状況の中で平然と料理を続ける彼女に気付きもしなかった。

――そう、彼女は本当に、そして文字通り目立たなかった。
それも単に存在感が無い、影が薄い、と言う程度の話ではなく。
直ぐ側に彼女が居ても、彼女から声を掛けられるその時まで誰もその存在に気付かない位に目立たないのだ。

無論、佳望学園において彼女の名を知る者は、教師を含めて五、六人ほどしか存在しない。
恐らく、学園の教師に彼女の顔写真を見せて「この子は誰?」と聞いても、教師の大半が首を傾げる事だろう。
しかし、朝の出席の時だけはしっかりと存在を誇示している辺り、彼女は几帳面と言うべきだろうか?
まあ、それはさて置き。つまりは彼女――兎宮 かなめはそれだけ存在感をステルスしている少女と言えた。

「うわぁぁぁぁぁっ!! 俺は美味くねぇぞぉぉっ!?」
「そ、そうだっ! 前も言ったけど俺達は不摂生な生活をしているから美味しくないって!」
「あ、ああ、塚本たちの言う通りだ! 俺も身体がガチガチに筋張ってるから不味いだけだって!」

黙々と調理する彼女の直ぐ後ろを、猛らが悲鳴と怒号と共に通り過ぎる。
其処でかなめは何かに気付いたのか、長い耳をぴくりと動かし、両手に調理中の食材と器具を持ってさっと飛び退く。

「猛君は大きいからいろいろと調理のし甲斐があるわね…塚本君と来栖君はその添え物で行こうかしら…」
「「「うひぃぃぃぃぃぃっ! 全然聞いてねぇぇぇぇぇっ!!」」」

――その直後、先ほどまで食材があったテーブルに跳躍してきたりんごが降り立ち、再び猛らへ向けて跳躍する。
それを確認したかなめは鼻をヒクリとだけ動かすと、両手の食材をテーブルへ戻し、何事もなかったかの様に調理を続ける。
そんな見事な回避行動があったにも関わらず、それに誰一人として気付いていないのは流石と言うべきか?
彼女はこんな調子で、周囲の状況を気にする事無く、直撃する物だけを回避して黙々と料理を続けていくかに思われた。

「……!」

――しかし、かなめはある物を目にし、
果物ナイフ(先程テーブルに刺さった物)でバナナを切っていた手を止める事となる。

「な、何で無関係な俺まで追いかけられてるんだぁぁぁぁっ!?」
「んなの知るかよっ、竜崎! お前も俺と同じトカゲ族だからだろっ!」
「そうだ、こうなったら利里! ここは何かの縁と言う事で俺達と一蓮托生だ!」
「そんな一蓮托生ヤだぞぉぉぉぉぉっ!!」

それは何時の間にか、猛らと共に追い掛け回されている利里の姿であった。
どうやら、騒ぎが起こる前、彼は急にもよおしてきて先程までトイレへ行った後、、
何も知らずに家庭科室に戻ると同時に、騒乱に巻きこまれたと見て良いだろう。

「何時の間にか食材が増えてる…? まあ良いわ、気にしない…」
「き、気にしてくれぇぇぇぇぇっ!?」

しかも、どうやらりんごは無関係な利里も食材と判断したらしく、逃げる彼の背へ容赦なく包丁を振う。
その際、包丁がシャツを掠めたのか、ハラリとシャツが裂けて利里の背中の赤褐色の鱗が露わとなる。

「あ…利里さんの背中、逞しいな…――じゃなくて、助けないと」

一瞬だけ利里の背中に見蕩れた後、直ぐに気を取り直したかなめは、利里を助けるべく行動に入る。

「ターゲットは動きが早い…よって、チャンスは一瞬のみ」

ぶつぶつと呟きながら胸元から取り出したのは、一本の木から削り出した直径数cm長さ15㎝程の筒。
それを手に、彼女はパンツが見えるのも構う事無くテーブルの上へと跳び乗ると、
立て膝を付いた姿勢を取り、小さなケースから取り出した何かを木筒の中へ装填する。

「りんごさんの行動パターン計測開始。
…数歩走って右前方へ1メートル跳躍、サイドターン、攻撃動作、左斜め前方へ3メートル跳躍、レフトターン、攻撃動作…
――計測完了、行動パターン把握。直ちに射撃体勢へ移行」

かなめは一見、アットランダムな動きを見せるりんごの動きを、猛らの動きから先読みして把握して見せた後、
計測結果を元にりんごの動きを確実に目で追いながら、両手に保持した木筒を口に咥え、木筒の先をりんごへと向ける。

「…………」

周囲の雑音や景色を意識から切り離し、必要な情報のみを脳へと取り入れる。
そして、灰色の静かな世界の中、跳躍するターゲットのある一点のみを意識に捕らえつづける。
彼女の双眸は何時しか、大人しい草食獣の物から、狙った獲物を逃さぬ冷酷な狩猟者の物へと移り変わって行く。
しかし、その様子に気付く物は誰一人として存在しない。そう、狙われているりんご自身ですらも。

「…………」

逃げる四人へ向けてりんごが跳躍、降り立った先で四人へ振り向き、包丁を振う。
シャツを切り裂かれ驚愕の声を上げる塚本。角の先端を斬り飛ばされ悲鳴を上げる来栖。それでも逃げる四人。
彼らが逃げる方向へ再度跳躍するりんご、四人の直ぐ側へ降り立ち、その方へ振り向き、包丁を振り上げ――今!

ぷっ  さすっ

耳の良い種族ならばそう聞えていたであろう、ごく小さな音が家庭科室に響く。
それと同時にりんごの身体がビクンと震え、ぐらぐらと身体を揺らした後、唐突に体勢を崩す。

「うわっ、ちょ! りんご!?……って、寝てる?」

それに気付いた翔子が倒れかけたりんごの身体を支えた時には、りんごはすぴょすぴょと寝息を立てている所だった。
何事かと思いつつ翔子がりんごの身体を探ってみると、彼女の首筋に何かが刺さっているのに気付いた。

「……これは……」

それをりんごから引き抜いて確認してみると、それは羽飾りのついた吹き矢だった。
多分、りんごを眠らせたのは、この吹き矢に塗られた即効性の眠り薬による物なのだろうか?

「よ、良く分からんが…俺達は助かった、様だな…?」
「ま、マジで馬刺しにされるかと思った…もう調理実習でサボったりしねぇ!」
「全くだ…あんな恐ろしい想いは、もう二度とゴメンだ! これからは調理実習だけは真面目にやるぞ!」
「おーい、さっきから鎌田が痙攣起こしてるけど、放っておいていいのか?」
「鎌田…ライダーだったら保健室で暖めておけ。そのうち目が覚める」
「くっそ、頭がべとべとする…誰かタオル――って、朱美、さり気に雑巾渡すな」
「先生、目を覚ましてください……ってダメだこりゃ、完全に気を失ってるわね」
「ぬぉぉぉぉっ! 堅吾君滅茶苦茶重いっス! でも、保険委員の名にかけて救護するッス!」
「皆さん! まだ授業は終わってないから勝手に教室から出ないで!」

騒乱の大本であったりんごが眠りに落ちた事で、
事態の収束を見て取ったか、それぞれ思い思いに動き始める生徒達。

「たしか、あの方向から吹き矢が飛んできてたけど……あれ?」

その最中、翔子は眠りこけたりんごを悠里に任せた後。
吹き矢を放った人物を探し始めたのだが、幾ら探してもそれらしい人物は全く持って見つからなかった。

「なんだか知らないけど、本当に助かったぞ……」

翔子が見つからぬ狙撃手探しに明け暮れているその頃、
訳の分からない内に騒乱に巻き込まれ、そして訳の分からない内に助かった利里がほっと胸を撫で下ろす。
彼はあわや尻尾を切断されてしまう寸前であった事だけに、その安堵の度合いは相応な物であろう。
それにしても、極限状況から介抱された所為かお腹が空いてたまらない。

「あ~。昼休みまで後20分かぁ……」

ぐうぐうと騒ぐお腹の虫を宥める利里が見た掛け時計は、まだ授業が終わっていない事を無言で知らせていた。
昼休みまでまだ時間がかかる事を知ってか、腹の虫が腹減ったとばかりにギュルギュルと余計に騒ぎたてる。
こうなる事なら調理実習があるからと朝御飯を抜いて行かなければ良かったと、利里は後悔の溜息を漏らす。

「あの……」
「んお? 誰だ―?」

と、空腹を抱える背を叩く誰かの手に利里は気付いた。
振り向いてみてみれば、其処に居たのはフルーツポンチを盛った皿を手にしたかなめの姿。
彼女は何処か恥かしそうに鼻をヒクヒクとさせながら、両手に持ったフルーツポンチの皿を利里へと差しだして言う。

「…良かったら、これ、食べてください」
「おおっ、良いのかー!?」
「…は、はい!」

フルーツポンチを渡された利里は渡りに船とばかりに、喜び勇んで掻き込む様に食べ始める。
大皿一杯に盛られたフルーツポンチではあったが、空腹の利里の前では数分を持たずに綺麗に食べ尽くされた。
そして、かなめは利里がフルーツポンチを食べ終えるのを待って、何処か不安混じりに問いかける。

「あの…お味は、如何ですか……?」
「うん、すっごく美味しいぞ―!」

さっきまで空腹だった利里にとって、このフルーツポンチはどんな高級料理よりも格段に美味しく感じられた。
もう余りの美味しさに、思わず皿まで舐めてしまいそうだ、というか、既にべろべろと舐めてしまっている。
無論、舐めおわった利里は直ぐ様、空腹を解消してくれた恩人へ礼を言おうとその方へ振り向いたが…

「……あれ? 居ない?」

しかし、其処にはもう彼女の姿はなく、落ち着きを取り戻しつつある家庭科室の風景だけが広がっていた。
そう、この時には既に、かなめは恥かしさの余り、答えを聞く事も無くその場から逃げ出してしまった後だったのだ。
そして、ふとある事に気付いた利里は、独り、その疑問を口にする。

「……あの子、誰だったっけ?」

……かなめの思いが届く日は、まだ遠い。

―――――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――――