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チスイコウモリのおねーさん


ある日の帰り道。高等部のお馴染みの三人組が並んで歩いていた。
他愛のない会話の中、ふっと思い出したように人間の少年が隣を歩く蝙蝠人の少女に質問する。

「…あ。なあ朱美、チスイコウモリっているじゃん?」
「な、なによ藪から棒に。あたしオオコウモリよ?」

蜥蜴人の少年もはっと思い出したような顔を見せて、卓の頭越しに質問に加わる。

「わかってるってー。そうじゃなくてチスイコウモリっているよなー?」
「いるわね。あたしの親戚にもいるわよ」

「…ってええっ!?」
「いるのかよ!?」

二人の意外な驚きように朱美も少し驚きながら、二人に説明する。

「今は結婚して名字変わってるんだけどね。
 昔から親戚で集まるときはよく遊んでもらったわ。とっても綺麗な人なのよ」
「…へぇー」

卓はどこか困ったような顔をしていた。利里はそんな卓の様子になんて気付かない。

「その人って実際噛みついて血を吸ったりす」
「ばっおまっ!?」

利里の純粋すぎる質問を卓は大声で止める。が、遅すぎた。内容はほとんど朱美に伝わってしまっただろう。

「お前もうちょっと歯に衣着せるとか!!」
「へ?は?歯に服着せてどうすんだー?」

いつもの調子で純粋すぎる利里。彼の欠点であり、そして魅力でもある部分だ。
気の置けない仲間である三人にとっては彼のこんな発言は日常茶飯事。朱美もそう気にすることはなかった。

「お前な……もういい。ごめんな朱美」
「全然気にしてないわよ」
「…で、実際のとこどうなん? 俺も気になってたとこなんだが」

朱美はあははと軽く笑ってみせる。

「やだぁ、しないわよそんなことー。ドラキュラ先生じゃあるまいしー」
「いや伯爵もしないと思うが……あ、でもトマトジュースは好きだったりして」
「あ、実はそれ正解。なんか特製トマトジュースってやついつも飲んでるの」
「…そっかートマトジュースかー」

黙っていた利里が不意に口を開く。

「それ本当はトマトジュースじゃなくt」
「あーあーあーちょっと止まろーなー利里君!!ちょっとあっち行ってみよーな!」

卓が利里の両肩をズンズンと押して朱美から離れた。
朱美は頭にクエスチョンマークを浮かべながらそれを見送った。

三人は確かに、何を言っても大抵問題ないような仲ではあるが、
純粋にまかせて無神経な発言を言いたい放題な環境は利里自身のためによろしくない。卓はそう考えた。
朱美に聞こえないように顔を近づけて小声だ。

「お前な!朱美の親戚のお姉さんだってんだからちょっとは気ぃ使え!」
「でも朱美に聞こうって言いだしたのは卓だったぞー」
「う…それは悪かったよ。俺だってまさか親戚にいるとは思わなかったんだ」
「あぁ、びっくりだよなー」
「もうこの話は切り上げよう。利里も余計なことは言うなよ」
「う…おぉ、わかったぞー」
二人で元の位置に戻ると、朱美は少しニヤニヤしている。

「男と男のお付き合いはおしまい?」
「おまっ!! …うん、まあ…うん」

朱美の言葉は表情と相まって妙な意味合いにとれるが、言葉は間違ってないのだから仕方ない。

「どこまで話してたんだっけ」

話を切り上げようとしていた矢先、朱美から続きの言葉が出て、卓は慌てて止めようとする。

「いやっ!? もう十分だありがとう!」

疑わしげな眼差しで二人を見る朱美。

「お二人さんねぇ…チスイコウモリにおっかない印象もってるでしょ」
「えっいやっそんなことないって!」

そんなことない。最初に聞いたのは純粋に好奇心から。
話を打ち切ろうとしたのは予想外に朱美に近い人物の話になってしまい、その人に悪い気がするからだ。

「実際は全然そんなことないのよ。あたしたち獣人が普通の動物だったずぅっと昔からも
 噛みついてチューチュー血を吸うなんてことはなかったの」
「え?そうなのかー?じゃあどうやって?」
「ちょおまっ!?」

構わず続ける朱美と、空気を読まない利里の質問に、卓は内心やれやれとため息をついた。
朱美は得意顔で講義を続ける。

「いい?チスイコウモリっていうのはね。寝ている動物に静かに近づいて、皮膚近くの血管を探して、
 剃刀みたいに鋭い歯でちょこっと噛んで傷をつけるの。寝てると気付かないくらい、全然痛くないのよ」
「…ふーん」

卓も本格的に朱美の講義に耳を傾けた。元々聞きたかったことではあるのだ。

「で、傷口から出た血をなめさせてもらうってわけ。ね、恐くないでしょ?」
「はー…ちょっと傷かー……」

利里は少々ポカンとした様子でそれを聞いていた。その光景がいまひとつ想像できないのだ。
なぜか。それは彼が蜥蜴人だからである。彼ら蜥蜴人は生まれつき身体の大部分が硬い鱗で覆われており、
それ以外の部分も人間などよりはるかに丈夫だ。故に、彼らが小さな傷を受けて出血すること等はほとんどない。
転んでもへっちゃらだし、包丁で指先を切るなんてこともない。まあ、さすがに大剣で斬りかかられればただではすまないが。
ともかく、小さく噛まれて血が出るという状況は、蜥蜴人の彼にとっては完全に他人事だった。

「でもそれだとすぐ血が止まっちゃわないか?」

一方で、鱗も体毛もない人間、卓は極自然に浮かんだ質問を投げかける。

「大丈夫♪ なめるときの唾液には血を固まらなくする成分が含まれてて、傷口をなめてる限り血は止まらないの。
 それに皮膚感覚を麻痺させる成分もあるから相手は気付かないで眠ったまんま♪」
「……へぇ…」

なぜか上機嫌な朱美と、対照的にトーンが下がる卓。

「朝に残るのは小さい傷だけ。少し血が減ったなんて誰も気付かないでしょ?
 誰にも気付かれず迷惑もかけず、ちょこっと血を貰ってはいさよなら。明日もまた来るよー、ってね♪」
「………」

その様子を、卓はありありと想像していた。

静寂の夜。深い眠りについている自分に忍び寄る影。そいつは腕の一部に狙いをつけ、シュッと小さな傷を付ける。
傷口に生まれる真っ赤な血の球。球は少しずつ大きくなり、やがて一筋の跡を残して腕を流れる。
その傷口を舐める。舐め続ける影。いつまでも止まらない血。少しずつ、確実に失われていく、血。

「……………」

恐えええぇぇ!!
むしろ怖ええええぇぇぇぇ!!

彼の素直な感想だった。

何だよ血が止まらなくなるってええぇ!
気付かないってすげータチ悪いだろーがああぁぁ!

「でも毎日来られたら血が足りなくなるんじゃないかー?」

利里の純粋な質問に、朱美は笑って答える。

「だーいじょーぶよー。利里君の手の平に乗るくらい小さかったんだから。貰うのはホントにちょこっとよ」
「そっかー。じゃー恐くないなー」

今は人間サイズじゃねーかあああぁぁ!!

楽しげに笑う二人に、卓は内心激しく突っ込みを入れるのだった。

そんな卓を尻目に、話はコウモリの生態からその人本人について移っていった。

「あたしもちっちゃい頃、会う前は誤解しててちょっと恐かったんだけどね。
 本人に会ったら全然気にならなくなったわ。とってもいい人よ」
「へぇーそうかー。結婚してるんだっけ。旦那さんもコウモリなのかー?」
「ううん。旦那さんは人間なの」
「おぉ!そっかそっかー! よかったな卓ー!」

利里は心底嬉しそうな様子で、反対側で何か考え込んでいた卓の背中をバシンと叩く。

「ぶっ!? へ!? なに?なんだ利里?」

一人考え込んでいて話を全く聞いていなかった卓は、突然の衝撃に目を白黒させた。

「だからーそのコウモリお姉さんの旦那さんは人間なんだってさ! よかったな卓!」
「えっちょっ何言ってるのよ利里君!」

朱美があたふたと利里の言葉を否定しようとする。
パタパタと揺れる翼膜が赤みを帯びる。人間が顔を赤くするのと同じ原理だ。
そんな朱美の様子を見て、遅れて卓も利里の言う意味を理解した。途端に顔がかっと赤くなる。

「ばっ、ちょっ何言ってんだ利里!」
「やっやめてよ利里君!」
「はははー二人とも息ぴったりだなー」

稀ではあるが、利里もときには人をからかったりする。
同じように真っ赤になりながら全力で否定するお似合いの二人を、利里は笑いながら満足げに眺めていた。

やがて、朱美が別れる駅が近付く。
卓の懸念はいつの間にやらすっかり忘れ去られていた。

「あっ! そういえば!」

朱美が思い出した様に声を上げる。

「来月なんだけど、ちょうど近くに来る用事があるみたい。折角だから二人に紹介するわよ。きっと仲良くなれるわ」
「おー!そりゃ楽しみだー」
「なんというベストタイミング」
「旦那さんも一緒にね」
「旦那さんはどんな人なんだー?」
「んー?ちょっと貧血気味」

目前ある駅に電車が滑り込むのが見える。

「あっあたし乗る電車だ!じゃ行くわ!ばいばい、二人とも!」
「おっ、じゃまた明日ー」
「じゃーなー」

改札へ走っていく朱美を軽く手を上げて二人は見送った。


「………あれ?」


何かひっかかるものは気のせいだろう。きっと。たぶん。おそらく…。


おわり