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さざんこんふぉーと



 モノレールみたいな形をした星間ロープウェイが到着し、気圧室から通じるロビーの扉が開いた。
 その瞬間、扉の向こうで待ち構えていた11人の月兎(ルナ・エルフ)が仰々しく一礼した。

「Welcome home!サザンコンフォートにようこそ!」

 11人の月兎を代表して、一人が一歩あゆみ出る。彼が片手を胸に添え、もう一方をぴ
しりと制服の折り目に合わせて紡ぐ礼の姿勢は、如何にも芝居掛かった調子だった。
 だが、それでも星間ロープウェイの乗客達は、月兎の仕草ひとつひとつに歓声をあげた。
 月兎はルナツアーの目玉なのだ。月兎とはコンピューター上で原子レベルまで再現した
月で、“無理の無い進化”を模索した結果生まれた宇宙種族であり、ゲノムデザイン担当
が日本人だったためか、おおいに兎似である。
 そうして完成した月兎の可愛らしさったら、普通の兎と同じか、むしろそれ以上だった。
全身を覆う真っ白な毛並み、ピンと伸びた耳、赤いみつくち、ルビー色のつぶらな瞳。
 まるで兎をちょっと大きくして服を着せ、2足歩行させたみたいな感じである。

「当月面ホテル“サザンコンフォート”は、お客様の第二の故郷を目指しております」

 月兎は眼のルビー色を、茂った純白の柔らかい毛で細めながら、如何にもこなれた笑顔
でホテルの説明を始めた。

「ここは第二の故郷。溢れ出す郷愁!薫り立つあの日々!存分に浸ってください!」

 11人の月兎は一斉に散らばり、客の一人ひとりに握手したり、ハグしたりしながら
「お帰りなさい!」と声をかけてゆく。
 一通り挨拶が済むと、やはりさきほどの一匹が代表して話を進めた。

「御覧ください。どうです?核戦争で焼け爛れた糜爛まみれのあの星……地球も、ルナか
ら見れば綺麗なものでしょう?」

 月兎は、もこもこした手指で天井を指差す。
 ロビーの天井は全面が透明度の高い樹脂で誂えられており、満点の星と、やや靄掛かっ
た青い星が浮かんでいた。

「離れてこそ、郷愁は呼び起こされます。その情動は遠く離れるほど強く、深く、狂おし
いほど愛おしい!土地を離れ、時が流れたらば、かの地は郷愁の対象となるでしょう」

 大仰に天を仰ぎ、大きく腕を延ばしてくるりとターンしてから、自分を抱いて胸いっぱ
いに空気を吸い込む。如何にもなオーバーアクションだが、その仕草は、戦前のディズニ
ーショーにすら匹敵するような、堂に入ったものだった。

「思い馳せる郷愁の地。それこそが我々の目指すホテルでございます」

 月兎はそこまで言うと、一旦鼻の頭の湿りをフカフカした柔毛の手で確かめ、にっこり
と微笑んで続けた。

「お客様方。どうか当ホテルをご利用の間だけでも、地球の鬱屈を忘れてください」

 月兎は、ピョン、と跳んで見せる。数十人もの客達の頭上を軽々と飛び越えた。

「いえ、きっと忘れられるでしょう。何せ星が押し退けるヒッグス粒子は1/6ですから
ね。重力だって1/6です。皆さんどうか“ばいばい、アース”と言う気持ちでいてくだ
さい」

 月兎はそこまで言うと、さっきどおりの芝居掛かった調子で一礼した。