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ラブスクエアⅢ


「ふぅ……」
両脇に抱えた紙袋をベンチに下ろして、俺は小さく息を吐いた。
日曜日の昼下がり、真上から差す日光は、春先の暖かさで降り注いでくる。

荷物を持ってうろちょろしたせいで、少し暑いぐらいだった。
デパートの屋上には子供向けの遊具が並んでいて、家族連れで賑わっていた。
小さな子供とその両親ぐらいで、若い人はほとんど居ない。
買い物帰りに屋上まで足を伸ばす人は、案外少ないのかもしれない。

3月にもなれば、流石に少し汗をかいてしまう。顎から汗の一滴が、ぽたりと床に落ち、すぐに蒸発した。
ああ、なるほど。コンクリートの屋上の照り返しが暑かったのか。夏に来たらどんな惨状になっているのだろう。
お子様たちは熱中症にならないのだろうか。

100円入れると音楽を流しながら動く、あの動物の乗り物(正式名称は知らない。と言うか知ってる人はいるのだろうか)に
乗ってはしゃいでいる子供たちを見ながら、ぼんやり考える。

夏場の練習でも、伊織さんが口うるさく『水分摂取は大事だぞ』とか
『喉が渇いたと思ったら、すぐに飲み物を飲め』とか注意してくれる。

こういう場所にぽつんと座っていると、どうもくだらない考え事に耽ってしまう。
別に悪い事じゃないのだろうが、今回は裏目に出てしまう。
俺の背後から、足音を忍ばせて近寄る白い影に気付く事が出来なかった。
首筋に冷たい物体をぴとりとくっ付けられて、ようやく俺は反応をしめした。

「ひゃっ!?」
「フフ、おまたせ康太」

俺が奇声を上げて飛び跳ねると、後ろからはイタズラっぽい笑い声が聞こえる。
慌てて振り向くと、ジュースの缶を手に持った白い狼、つまりは俺の姉さんが、笑顔を浮かべていた。

「あー、ビックリした。姉さんもイタズラ好きだよね」
「生まれつきなのよ。割り切って付き合いなさい」

そう話しながらジュースを俺に手渡し、姉さんは俺の横に座る。
姉さんは大人っぽくて要領の良い狼だけど、どうにも茶目っ気が強い。
受け取ったジュースを飲みながら、非難がましい視線を向けるが、姉さんはおかしそうに笑うだけだ。

「まあいいか。ジュースありがとう」
「気にしなくていいのよ。今日は随分引きずり回しちゃったもの」
「あはは、本当に随分引きずり回されたよ」

心の底からそう呟く。この近くのデパートやブティックを梯子して、
散々洋服を見て試着して、結局買わない、別の店に行こう、と言う寸止めを何度もやらかされて。
今日買ったものと言えば、姉さんが一目見て購入を決めたハイヒールと、
春物の薄手の服に、舞へのお土産にデパ地下で買ったお菓子ぐらいだ。

買いもしない服を眺めて過ごすと言うのは、俺のようなファッションに興味も無い男には、丸っきり分かりそうに無い。

「今日は私の買い物だけで、康太は少し詰まらなかったかしら?
 康太と二人で出かけるの久しぶりだったから、少しはしゃいじゃったわ」

「気にしなくていいよ。それなりに楽しんだし。姉さんと出かけるの楽しいからさ。
 さ、そろそろ昼飯喰いに行こうよ。俺は外食って言ったらラーメンばっかりだし、姉さんの教えてくれる店って楽しみだよ」

ジュースの残りをぐびっと飲み干すと、紙袋を抱えなおして立ち上がり、片手を差し出す。
姉さんは飲みかけのジュースを持ったまま、もう片方の手で俺の手を掴んで立ち上がった。

「ありがとう。康太のそういう優しいところ好きだわ」
「煽ててどうするつもり?」
「このジュース飲んで。新発売だったから買ったけど、あまり好きじゃなかったの」

階段へ向かって歩きながら、俺へと飲みかけのジュースを差し出してくる。
うーん、飲みかけ。嫌じゃないけど、と少し困りながら俺は頭を掻いた。
何となく、姉さんは舞と違って、家族と言う感覚と一緒に、異性を感じさせるから困る。
間接キスとか、そういうくだらない事をどうしても気にしてしまう。
舞が相手ならこういう悩みもないんだけど。俺は逃げるように答える。

「俺もこれはあんまり好きじゃないからいいよ。
 階段降りて近くの自販機の所にゴミ箱あるし、そこに捨てちゃおう」

「やっぱり私の飲みかけじゃ嫌?」
「違うって」
「フフフ、やっぱり可愛い。お父さんがお母さんと結婚して良かったわ。
 じゃなきゃこんな弟とも会えなかったんだから」

「ね、姉さんっ!」

姉さんは俺の腕に、白い毛皮に覆われた綺麗な腕を絡ませる。
毛皮の色と同じ、白い服は清潔感が溢れていて似合っている。こうやって密着すると、やっぱり姉さんは綺麗だ。
こんな風に腕を組んで歩いて、すれ違う人にどう見えるかとても不安にもなるが、うーん……、やっぱり姉さんには勝てない。

腕を組んだまま階段を降りて、デパートの窓際に良くある、自販機と横長の椅子が並んだ場所へと出た。
姉さんから受け取ったジュースの缶をゴミ箱に投げ捨て、近くのエレベーターへ向かおうとする。
だが、姉さんが立ち止まって俺を引きとめた。どうしたのかと視線を向けると、
窓際の椅子に座り込み、俺に手を差し出していた。厳密には、俺が小脇に抱える紙袋に向けている。

「デパートから出る前にハイヒール履いてみようと思うの。
 気に入っちゃったし、折角康太と二人でランチなんだから、お洒落しないとね?」

「家族で食事なんて、そんなお洒落して行くものなの?」
「だから、康太と二人での食事だからよ。未来の滑り止めになるかも知れない人なんだから」
「そういう冗談はよしてって……」

俺は肩を落として見せながら、ハイヒールの箱の入った紙袋を姉さんに渡した。
姉さんはどうにも要領が良くて、俺はいつもあしらわれると言うか、手玉に取られてばかりだ。
やはり俺より4つも上の姉なのだ。俺より2枚も3枚も上手なのは仕方ない事かも知れない。

姉さんは俺から紙袋を受け取ると、箱を取り出して蓋を開ける。
姉さんが取り出したのは、桜を連想させる淡いピンクのハイヒールだ。

元から履いていたハイヒールを脱いで地面に置き、新しいハイヒールを片方ずつ履く。
椅子に座ったまま脚を前方に突き出し、白い毛皮と桃色のハイヒールの映える様を見ている様子は、
珍しく子供っぽくて、少し可愛かった。

「やっぱ似合ってるなー。今度は俺の服を選んでよ」
「任せなさいよ。康太のお小遣いで買える範囲で、似合いそうなの選んであげる」

上機嫌に微笑んで立ち上がると、姉さんが俺の手を握って、エレベーターの方へ引っ張っていく。
何でも、昼飯は姉さんがよく行く、ケーキの美味しい喫茶店へ連れて行ってくれるそうだ。
エレベーターに乗り込むと、珍しく途中で止まる事無く、最上階から1階まで、ノンストップだった。
徐々に近くなってくる街の景色を、エレベーターの窓から二人して眺め、小さく笑いあう。
今日は結構疲れたが、姉さんも楽しそうで何よりだ。デパートを出ると、春の心地良い日の光が眩しかった。






関連:康太 美希奈