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メモリーオブアントラーズ


「はっくしょ!」
「んだよ鹿! せっかく気持ちよく寝てたのにうるせぇ」
「すまん、花粉症で目が」
「ったく、山手のケータイといいザマス吸血鬼といい転校生といい、今日は本っ当うぜぇ日だな」
「クシャミが、ふ、とまらない」
「今はやりの鳥インフルエンザじゃね?」
「花粉だっての。 学級閉鎖して欲しい、目が、めがぁああ」

来栖はズルズルと鼻水に苦戦していた。
花粉症、鳥インフルエンザ、冬眠覚め、季節の変わり目は多くの生徒が不調を訴える。
風邪をまったくひかない塚本が、窓の桟に腰掛けて夕日で馬面を赤く染めていた。
まだ寒さの残るグラウンドから爽やかな声が聞こえてくる。野球でもしているんだろうか?
なんにせよ体育会系は頑張るなあと人事のように思った。

「……はっくしょ!」
「大丈夫かよ」
「いいえ」
「いいえじゃねぇよ」
「あ、」

クシャミと共に、教室にカランと乾いた音が響いた。
足元に一対の角が転がる。
とうとう来栖の角が一年の役目を終え、地に落ちた。

「おつかれ、角!」
「俺の角に馴れ馴れしく話しかけんな!」
「ふひひ、角の無い来栖、何年ぶりだ?」
「一年ぶりだから、毎年だから」

来栖は頭を抱えた。
角が落ちると大体数日は話題にされる。
人畜無害な泊瀬谷先生や猪田先生にまで授業中の雑談の種にされてしまうことすらある。
花粉症のくるしみと相まって不登校になりたい気持ちになる。
ゆえに来栖は春が嫌いだった

「おい、どこにいく? 来栖?」
「職員室で紙袋貰ってくる」
「頭から被るのか?」
「あほ、角を入れて持って帰るんだよ」
「待てよ、ついてく」


正直なところ塚本について来てもらって心強かった。
角の無い自分の頭を見られてクスクス笑われようものなら精神が持たない。
たとえ指を指されて笑われようとも、かたわらに知り合いがいるだけで楽な気持ちになる。
たとえアホでも、親友。

職員室前で獅子宮先生と擦れ違った。
開け放たれた戸から同じクラスの奴等が数人見えた。

「塚本、紙袋、とってきてくれ」
「ぁあ? 自分で行けや」
「この頭を見られたくない鹿心を察してくれ」
「ったくよ」

塚本はしぶしぶ職員室に入っていった。
塚本、ごめん、そしてありがとう。
ほっとしながら壁に背をつく。
なぜか涙が出そうだった。

しかし、来栖は失敗したと思った。
職員室前にいたら、より多くの人の目に触れてしまう。
角の無い鹿が、手に角を持って立っている。
こんな滑稽な場面があるだろうか。
だからといって職員室に入るほど度胸もない。
せっかく行ってくれた塚本に申し訳ないし、中にはあの転校生がいるし、
芹沢に爆笑されるだろうし、保健海賊に「あたま治療するっス」とか絡まれるだろうし。

ふと、目の前にペンギンの獣人がいるのが見えた。
普段ガメラと一緒に図書館にいる初等部の子だ。
一冊の本を小さな体に抱えながら、職員室を覗いたり離れたりしている。
そして、こちらをつぶらな瞳で見上げて、無言で訴えてくる。

「な、なんだよ」
「……あの、」
「なんだ?」
「……美術の先生、呼んでもらえますか」
「ぁあ? 自分で行けや」
「……ごめんなさい」

ペンギンは本を抱えながら職員室に入っていった。
我ながら、情けない。
うっかり職員室に身を隠す格好のチャンスを逃してしまった。
おまけに初等部の子に意地悪な態度を取ってしまった。
来栖の角の無い頭は、自己嫌悪でいっぱいになった。
別の意味で涙ぐんできた(花粉症のせいでもある)


「あの」
「うお!」
「ごめんなさい」

ボーっとしていたらペンギンが戻ってきていた。
抱えている本にグラフィックやら構図やらの単語が見える。
まだ小さいのに真面目だなと思った。

「美術の先生って、どこにいると思いますか?」
「プールだろ、多分」
「……え?」
「寒中水泳部だから、美術の先生なのに」
「ど、どんな先生、なんですか」
「海パン、としか言いようが無い」
「え、え? 海パンをデッサンしたりするんですか?」
「海パン で デッサンしてるような先生」
「こわい……」
「怖いな」

水島先生といえば、自分がクリスマスツリーにされた時、看板を達筆で書きやがったアザラシ。
普段は美術室で(やはり海パンで)絵を描いてるか、年中プールで泳いでいる。
露出度の高さは教員一だが、なぜセクハラで訴えられないのか分からない。

「ありがとうございました」
「い、行くのか」

ペンギンは行ってしまった。


「来栖がノーパンの子を口説いている」
「ちげぇよ!」
そういえば、下半身に何も身に着けていないペンギンだったが、
美術を心目指す者は露出度が高いんだろうか?

「ほれ、紙袋。 花柄だけどいいかしらって英が」
「さんきゅ!」

上品な百貨店の紙袋に角を入れた。
なぜか恥ずかしさから開放された気分だ。
何も、恥じることは無いんだ。
思い出が詰まった角が取れただけ。
先ほどまでウンザリしていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。

「おつかれ、角!」
「く、来栖?」

春の柔らかな夕日が廊下に差込馬鹿二人の影を長く伸ばした。



関連:塚本&来栖 比取