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夜会


街中のケモノの誰もが眠りを貪る深夜2時。
街から外れた蕗の森の公園に、幾人かのネコ族がぞろぞろと静かに集まりだした。
老いも若きも、男も女も、みな長い尻尾を揺らしてぶるるっと毛を膨らましながら、各々落ち着く空間を選び
これからの一時をのんびりと過ごそうとしている。かつては蕗が一面あたりに群生していた蕗の森町、

現在はその面影はもう無く、静かな毎日を重ねる住宅と活気溢れる街を見渡す丘、そして土地の名だけが残っている。
その蕗の森の一角に彼らは集まる。

いち早く公園に着ていた中学生の刻城ナガレが学園の教師・帆崎を見つける。
同じく学園の教師・泊瀬谷スズナも一緒である。

「あ、ザッキーだ」
「帆崎先生!こんばんは」
「おや、泊瀬谷先生もお早いですね。ナガレ、今夜は特別だからな」
「そうですね帆崎先生、ナガレくん。せっかくの夜会だもん、楽しくやろうね」

そう、今宵は『夜会』が開かれるのだ。
半纏を羽織り、いつものトートバッグを肩にかけた泊瀬谷と、手になじんだ竹刀を一振り携えたナガレ、
そしてGパンにブルゾンというおきらく姿の帆崎。共にネコ族の彼らもこの夜のためにやって来た。

竹刀を持つと気が引き締まるとナガレは話すが、偉そうによく言うよと帆崎はケラケラ笑っている。
ナガレはまだまだ未成年のネコだが、帆崎の言うとおりに『特別』な夜ということで、夜更かしもOKと言う訳だ。
それは『夜会』だからって?いやいや、『夜会』は『夜会』でも、今宵は彼らにとって特別な『夜会』なのだから…。

「おれ、今夜のために昼寝してきたんですからね」
「自慢にならんぞ、ナガレ」

自慢気なナガレといつものように生徒指導の顔をした帆崎の話をニコニコと聞きながら、
泊瀬谷は保温式の水筒を除かせたトートバッグを肩から揺らしていた。


程なくして高等部のクロネコ男子:香取透が、
iPodで聴いていた音楽を漏らしながら、パタパタとスニーカーを鳴らして到着。
彼は去年の文化祭にバンドを組んでステージに立ってから、一躍学園の有名人になった…が、
マイペースを好む彼の性格のせいもあってのんびり、まったりと平穏な毎日を暮らしてきていた。

派手なことより真面目を好む香取らしいと言えばそうなのだ。
そんな彼も今夜は特別だからと蕗の森まで駆けつけて来た。
イヤホンを外し、帆崎たちに合流すると深々とお辞儀をした。

「香取くん、一人?」
「はい。父さんに車で送ってくれたんです。帰りには迎えに来てくれるんです」

実家は楽器店である香取、両親は「明日も商売があるから」と言って今夜は出てこなかったとのこと。
iPodの電源を切り忘れたのか、ちょっと昔の洋楽がイヤホンから漏れて蕗の森に響いていた。

「せっかくの夜なのにね」
「しょうがないよ。ネコだもん」
「ネコですからね」
「そうね」

と、泊瀬谷が耳を揺らす。ネコは気まぐれ、ネコは気分屋、ネコは風まかせ。

「ふう、遅れたかな」
「シロ先生!おや、となりの方は」
「初めまして、時計川ミミと申します」

ミミと名乗るネコの女性は軽く会釈をした。シロとは違う空気を漂わせる大人のネコ。

学園の保健のシロと、同級生のミミ。かつて同じ学園で席を共にした二人、卒業後シロは保健医へ、
ミミは北の方の都会へと自分の道を歩んでいったのだが、都会の波に飲み込まれて何時しか心折れ
そして今年ミミは生まれ育ったこの街に帰ってきたのだった。街はミミを好意的に迎えてくれた。
これからこれから、とミミは語る。一方シロはそんなミミを優しく見守っていた。

「街のバイク屋の事務で働くことになったんです。なんでも、
 シロと同じ学校のサン先生の同級生だった杉本さんっていうネコの…」

「ああ、名前は聞いたことあるな、杉本ミナ。彼女も連れて来れば良かったのに」
「なんでも旅に出ちゃったらしいの。変わってるね」
「ネコだからな」
「ネコだもんね」

ミミは伸ばし始めたと分る髪をふわりとなびかせ、花の香りを深夜の公園に振りまいた。


「帆崎先生、泊瀬谷先生。夜分恐れ入ります」
「おお、佐村井か。妹さんは?」
「公園の入り口まで一緒に来ました。もうすぐ、お友達と一緒にやってきますよ」

クロネコ女子の佐村井御琴がダウンジャケットを着込んで現れた。
この日、特別運行で遅くまで運転をしている市電に乗って、初等部の三人娘と一緒にここまでやって来たのだ。
背の高い佐村井御琴は『甘噛み同好会』の一員として、ちょっとした学園の有名人。

高等部の生徒ながら、オトナの雰囲気漂わせる彼女。
そのスレンダーな身体は既に集まっている男子諸君の目を釘付けにしている。

ところが、彼女はそんな男子にはまるで興味無し。
その理由は親友以上、恋人未満の同志の女の子・大場狗音が来ていないかららしい。
大場はイヌ族なので、今宵はこの会に出席できない。それは仕方が無いのだが、
それとは別に妹のクロこと玄子、その親友のミケこと三斑恵、

そして意地悪友達のコレッタのかわいいトリプル百合ップルを堪能できるとあって、
御琴はそれを糧にここまでやって来たのだ。
しかし、そのことについてはまわりのみんなは誰も知らない。それでも男子諸君は御琴に心奪われている。

「女の子は甘いお砂糖とちょっとのスパイスで出来てるんだって、マザーグースのお話にも出てきますからねっ。
 ふふふ、今夜は甘―いお菓子が楽しみですわ。クロにミケにコレッタちゃん…早くおいで」

御琴は大きな独り言で、自分を納得させていた。が、泊瀬谷はそれを聞き逃さない。
余計なお世話と言ってはそれまでなのだが、御琴は泊瀬谷のご好意を頂戴する。

「さ、佐村井さん…。とりあえず、これでもどうぞ!イヌハッカのハーブティですっ!」

イヌハッカ。別名「キャットニップ」。またたびと並んで、ネコ族の舌を唸らせる味を持つこのハーブ。
これを煎じたお茶を泊瀬谷は自宅から持ってきて、
準備してきた紙コップに注ぎ皆に振舞う。泊瀬谷の水筒からの湯気が白く天に昇る。

まだまだ身を切る風吹く如月の夜。星空の元、
イヌハッカの香りに包まれ一同、心地よい早すぎる春風気分を感じてしまうのだ。
香取は自分のメガネを曇らし、ナガレは竹刀を足元に寝かせ、帆崎はあまねく天に広がる星を眺めていた。
シロもいつものコーヒーと違う味に顔を緩める。

温度はネコが飲むものだけあって、ネコ肌程度。彼らは皆ネコ舌だから。

「なんだか、いい感じだね。泊瀬谷先生、ありがとう」
「狗音さんにも教えてあげたいな」
「名前は『イヌハッカ』でも、ネコ向けの香りなんですよ。コレ」

一同が冬の寒空を忘れかけた頃、小さな甲高い声が彼らに届いた。
誰も知らない真夜中に不釣合いな子どもの声も、今夜は特別。如月のこの日だけは…。


「あー!姉ちゃんずるい!クロにもちょうだい」
「ミケが先だよ!コレッタを待ってたんだからね」
「ま、待ってニャ…。ミケもクロも置いて行くなんてずるっこニャ。
 ミケもちょっとしか待ってなかったクセに、いばりいんぼう屋さんだニャ!」

クロ、ミケ、コレッタの三人娘が賑やかにやって来た。蕗の森は一気に華やぐ。
クロはコレッタのおトイレを待っていたから遅れたんだとコレッタを責める。
お月さまが許してくれたもん、とコレッタが反撃した。

しかし、「これこれ、女の子がみっともないよ」と姉の御琴の言葉が彼女らを優しく包む。
もっとも、御琴にとってはこの三人娘の掛け合いをいつまでも楽しんでいたいところだが、今宵は特別。

「せっかくのお祭りだよ。楽しくやろうね」
「はーい」

三人娘は泊瀬谷から注いでもらったイヌハッカのハーブティの香りと味を楽しんでいた。

「ところで、尻尾堂のおやじは?」

帆崎が思い出したように皆に尋ねる。しかし、答えが無い問いかけなので誰もがその答えを返すことは出来ない。
夜会には毎回顔を出すので、この場にいないということは何故だと帆崎は頭をひねる。
この付近に古くから住む尻尾堂のおやじ。
古本屋を営む彼を知らぬネコは居ない筈だが、変わり者で有名なおやじのこと。

「ネコだもんね」
「ネコですものね」
「ネコですから」
「ネコですからね」
「そう!ネコだからニャ!」

きっと、どこかに隠れているのだろうと、誰もが結論付けてしまった。
しかし、帆崎はそれでも不安げにハーブティを口にする。

「帆崎先生、おミカンどうぞ」
「ああ、ありがと」

泊瀬谷は帆崎に熟れたミカンをトートバッグから差し出す。
柑橘の香り漂わせながらミカンの皮を剥き、一房、二房と口にする。
どうやら帆崎はこの手の果物は苦手のようだが、折角のことだと三分の一ぐらいミカンを平らげる。

「もうすぐなのになあ…。おれ、尻尾堂のおやじ…探してくる」
「でも、時間ですよ…。えっと、あと10分ほどで」
「それまでには戻ります」

帆崎は目をしばしばさせながら、彼らから離れていった。


彼らから遠ざかった林の中、月明かりに照らされた尻尾堂のおやじが一人で切り株に座っているのを帆崎が見付けた。
カップ酒を横に、タバコを燻らせながら一人恍惚にふけている姿は正しく世捨て人。
同じように世から捨てられた椅子が転がっている。

ケモノの生き方が大河ならば、河原に取り残された水溜りのようなのがおやじなのだろうか。
マフラーにニット帽からはみ出した白髪だらけの髪。着古されたコートはくすんでいた。

「おやじ、もう集まってますよ」
「ああ、わかっとる」

おやじがぷわあっと口から吐く煙と、先程嗅いだばかりのイヌハッカの香りが重なって帆崎に届いた。
帆崎はおやじの脇に転がっていた朽ちた椅子を置き、それに腰掛けてもらったミカンをおやじに差し出す。

「わしはいい。最近の若いもんはおかしなものを食いやがるな」
「ははっ、おれも少し苦手ですから」
「わしはミカンだかカボスだか、酸味が目に突き刺さる食い物が好かん」

ちびちびとカップ酒を口に含みながら、タバコを吹かし続けるおやじはゆらゆらと酒の匂いをさせている。
なんでも、イヌハッカのタバコを吸いながらの酒は格別なものになるらしい。酔いがただの酒以上にまわるのだ。
おやじは帆崎にタバコを勧めたが、同居人がタバコのにおいを嫌うと言うので丁重に断りを入れた。

「おやじも身体に気をつけろよ。おれさあ、おやじの店の本で育ったもんだんからおやじのことさ、
 ホントのおやじみたいに思ってるんだぜ」

「尚武はいつからお世辞を言うようになったんだ。それにわしは来年、この街に居らんかも知れんぞ」
「寂しいこと言うなよ」
「好き勝手させてくれ。老いぼれの言うことだ」

先程よりも大きな煙をぼやきと共におやじは吐いた。

そのころ、泊瀬谷は帆崎の帰りをヤキモキしながら待っていた。
シロはミミと思い出話しに花咲かせていた。
ナガレは眠気覚ましに素振りをしていた。
香取はエアキーボードを演じながらちょっと昔の洋楽を奏でていた。
コレッタは眠い目を擦りその歌に合わせて揺れながらクロに突っ込まれていた。
ミケはコレッタの尻尾を引っ張りながら目を擦っていた。
御琴は彼女ら三人娘をニマニマしながら眺めていた。


ふと、時計を見た泊瀬谷は声を上げる。

「あっ!あと…10、9、8…」

一同、声を合わせる。

「なな!」
「ろく!」
「ご!」

「おやじ、タバコは何本目だ?」
「よん…」

「さん!」
「に!」
「いち!」

「2月22日午前2時22分22秒!!」
「わー!おめでとう!ネコの日!!」
「おめでとう!」
「おめでとうニャ!!」

蕗の森にネコたちの声が響く。そう、今宵はネコの日のお祝い。
ここ蕗の森だけでなく、各地でこの時間を共有しようとネコたちが集い、楽しみ、ネコの日を祝っている。
喝采の中、泊瀬谷の携帯にメールが届く。送り主は弟のハルキ。

『件名:無題   姉ちゃん、ネコおめ』

僅かな言葉が泊瀬谷を優しく包んだ。ハルキも起きてたのか、みんな元気かな、と泊瀬谷は家族を思い出す。

『件名:Re無題   ハルキもネコおめ』

かじかむ手を紙コップのハーブティで温めながら、泊瀬谷は遠い街の弟へ返信した。
ナガレにはタスク、アキラからの写メールで無口なナガレを笑わせようとしている。
ミミの携帯にも旅先の杉本ミナから『星空が眩い』とぶっきらぼうな文が届いていた。
香取の携帯にも学園祭でのバンド仲間・星野りんごから同じく…。
シロも、御琴も、クロも、ミケも、コレッタも皆この時を祝福していた。

その時から遅れて十数分後。帆崎とおやじはイヌハッカのタバコの煙に巻かれていた。
帆崎の携帯が鳴る。ルルからのメールだ。

『件名:ネコおめ   ネコの日おめでとう。みんなによろしくね』

帆崎の携帯はメールの規制に巻き込まれ、午前2時22分22秒に間に合わなかったらしい。
しかも、みんなと一緒に時間を共有することが出来ず、何の因果で老いぼれたおやじとこの瞬間を過ごしたのか、
と少々後悔をする帆崎であったが、おやじは何の気にはしてはいない。

「来年はみんなで祝いたいな…おやじよう」
「ふう、しょうがねえな。じゃあ、尚武の為に頑張って来年まで生きてやるか」
「来年もソレ言うんだろ。どうせ」

五本目のタバコに火をつけながら、おやじは頭を抱える帆崎を眺めていた。


おしまい。



関連:夜会の猫人達 ※おやじ猫は居ません