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初心者の罠


少しずつ利用者が増えてくると、常連とそうではない者がハッキリと分かってしまう。
それがどうしたと問われたら、織田は今日に限ってこう言うだろう。
それが災いの元になる、と……

「す、すみませーん。」
「はーい、ちょっと待って……あら?」

カウンターから呼ぶ声が聞こえたので、織田は、
作業中の資料整理を止めて慌ててカウンターの方へと向かおうとしたが、動きを止めてしまった。
そこには誰もいなかった。………いや、よく見れば小さな手の様なものが、
カウンターにしがみついているのが何とか見えた。

少し離れた所からカウンター越しに覗いて見ると、そこにはナマケモノ人の男子生徒が、
プレーリードッグ人の女子生徒を肩車してバランスを取っていた。
しかし、彼にとって彼女は少々重すぎる様で、彼の足取りは、少し危ない状態であった。

「ちょっと樹、しっかり支えなさいよ!危ないじゃないの!」
「紅葉……重い……。」
「何ですって!?アンタ、女の子に向かってなんて事言うのよ!」

彼、樹の言葉に憤慨した彼女、紅葉は、肩車されているにも関わらず樹の頭を何度も叩き始めた。
突然の襲撃のお陰で更にバランスを崩した樹は、今にでも倒れそうに右へ左へとふらついた。

「あ、危ない!」

このままでは怪我をしてしまう。そう思った織田は、
慌てて走り出し、二人の体を後ろからを支える様に掴まえた。
しかし、織田の力では、二人を完全に支える事は僅かながら足りなかった様で、
二人の体重を受けながら後ろへと倒れ込み、図書館に小さな地震を起こしてしまった。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「気にしないで。もし、間に合わなかったたら、あなた達の方が怪我するかもしれなかったしね。」

元々怒ろうなどと露ほど思ってなかったので、何度も頭を下げて一所懸命謝る紅葉に、
少々困惑しながらも、愛想笑いする。
しかし、お尻辺りを強く打ったので、二人の見えない様にこっそりと痛みが酷い部分を擦った。

「済みません……」
「そうよ!アンタがバランス崩したからこの人が怪我したのよ!もっと誠意を込めて謝りなさいよ!」
「でも……それ、もみ………」
「人の所為にしなーい!悪いのはアンタなの!」

指を突きつけて有無を言わさない紅葉に対し、
樹は言いかけた言葉を止めて暫く硬直していたが、やがてゆっくりと頷いた。
それに満足した紅葉は、何も言わず腕を組んで鼻高々になって頷いた。
少し居心地が悪くなった織田は、空気を換えようと紅葉に話しかけた。

「ね、ねえ。さっき呼んだのは、何だったのかしら?」
「あ、そうだった。本がどこにあるのか教えて欲しかったんです。」
「何の本かしら?」
「お菓子作りの本です。」

話の流れを変えれた事に安心し、まだ少し痛むのを我慢しながら立ち上がって、
近くにある少し前に作った検索用の簿冊を手に取った。一応、パソコンで検索出来るようにもなってはいるが、
まだ最近入れた本しか入力は終わってないので、いざという時はこちらの方が役に立つ。
本の配置図も載っているので、説明もしやすい。

「料理関係は、Mの棚に置いてあるから……ここね。」
「ありがとうございます!ほら、樹。行くわよ。」

樹の手を掴み、引きずる様に連れて行くその姿は、まるで嵐の様だった。


十分後。司書室に戻って作業を続けていると、戸を叩く音が響いた。
何事だろうかと思いながら戸を開けるが、目の前には誰も居らず、今度は視線を下へ向けると、樹が立っていた。

「あら?どうしたの?」
「本……高い……。」
「本?高い?」

何が言いたいのかサッパリな織田は、オウム返しに聞いてしまった。
樹も何を言えばいいのか考えているようではあるだが、
ゆっくりとした動作と線目で表情が読めない所為で、織田にはそれが伝わらない。

織田がどうしたらいいものかと考えていると、
樹が唐突に、しかしゆっくりと両手を挙げ、バンザイのポーズを取った。
突然の出来事に少し驚きはするものの、何か始まるのだろうかと思うが、それ以上は何も起きない。

「え?え?」

何か意味があるのだろうと理解は出来るが、それが何を意味しているのかは分からなかった。
次第に、もしかして試されている?とすら思えてきた。

「やっぱり。遅いと思って来て見たら案の定だったわ。」

溜め息を吐きながら現れた紅葉に、天の助けだとつい安心してしまい、心の中で樹に謝った。

「本は見つかった?」
「見つかったんですけど、ちょっと高い所にあって、アタシ達じゃ届かないんです。」

それを聞いて、漸く樹の行動が理解出来た。
でも、それでは彼は、彼女がいなければまともな会話は成立しないじゃないか、
と樹の将来について不安を感じてしまった。
それはともかく、今は織田一人だけなので、カウンターから離れるのは余り好ましくない。
しかし、先程の様に肩車で本を取ろうとして、その結果、大惨事を起こされてしまってはこちらとしても困る。
ここは代わりに取った方が良さそうと判断し、その事を告げると、紅葉は素直に喜んだ。

「あの本です。」

紅葉が指を差した本は、確かに高い所にあり、織田でも背伸びをしないと届かない位置にあった。

「ちょっと待っててね。」

近くにある50cm程の台座を持って来て置き、簡単に本を取り出した。
それは、3ヶ月ほど前に出た一流パティシエが監修した、様々な洋菓子の本であった。

「じゃあ、受付を済ませましょう。」

その時、近くで何かを叩いた様な音が聞こえた。
音がした方へ振り向いてみると、樹が振り向き様に本棚に手をぶつけた様で、その状態で固まっていた。
そして、今度は反対側から音が聞こえたので振り向いてみると、本が一冊落ちていた。
それを見て嫌な予感しかしなかった。しかし、向かざる得ない衝動に駆られ、上を向いてみる。
目の前には、大量の本が落ちてくる光景しかなかった。

「はい、一週間以内に返却するようにね。」
「だ、大丈夫ですか?」

額に貼られた小さな絆創膏姿の織田を見て、紅葉は思わず聞いてしまった。
織田は、何も言わずに苦笑にしか見えない笑顔を返した。
二人が帰った後、三日分の仕事を一気にやったような気がして、疲れが襲った。
悪いと思いながらも、後片付けは羽場君に頼もう、そう思いながらカウンターに突っ伏してしまった。



関連:織田 理恵