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敗者は只去るのみ


二月十三日。バレンタインデーの前日となるこの日、
しかし、バレンタインデー当日は週休二日の為、
佳望学園の生徒達は前倒しでバレンタインデーのイベントを送っていた。

モテる男子は大量のチョコレートを前に、1ヶ月後のホワイトデーの事を考えて深い溜息を漏らし。
その逆にモテない男子はチョコレートが貰えない事を悔やみ、モテる男子へ怨嗟の眼差しを送った。

無論、卓も利里も一介の男子としてそのイベントに乗るのも当然で。
その日の放課後、二人は屋上の一角のベンチに座り、お互いのこの日の成果を確認しあっていた。

「なあ、利里……今日の成果は如何だった?」
「あー、俺は朱美からの義理が一個だったなー」
「そうか、俺も朱美のお義理だけだったな……」

言って、ほぼ同時に日本海溝よりも深い溜息を漏らす二人。
二人の手にあるのはどう見ても既製品の、しかも特売で買ってきた物としか思えないチョコレートがひとつ。
恐らく、この後でチョコレートを貰えるとしても家族からの物が精々であろう。
そう思うと、卓も利里もなんだか悲しい気分を感じて仕方がなかった。

「今年もこんな調子か……利里、お互いにモテない男子ってのは辛いよな」
「そうだなー。俺、この顔だから朱美以外の女子に話しかけられた事、殆どないんだー」
「そうかそうか、俺もどっちかといえば地味な方だからな、普通の人間なだけあって殆ど目立ちやしねぇ」

と、お互いに愚痴を並べあう二人。
卓は目に涙を滲ませながらぐっと手を握り締め、利里は尻尾を苛立たしげに床へ叩きつけている。
その様子には、モテない男達の悲哀を感じさせた。

「卓、俺達の友情は永遠だよな―!」
「ああ、そうだな、利里! 俺達の友情は何よりも堅い!」

そして、友情を確かめ合う様に握手する卓と利里。
チョコレートが貰えない事に対して粗方愚痴を言った後、お互いに友情を確認しあう。
それは二人にとって、毎年のバレンタインデー恒例の行事みたいな物であった。

だが、今年に限っては……ほんの少しだけ様子が違っていた。

「あの……すみません」

うっかりしていると聞き逃してしまいそうな小さな声に気付き、卓が振り向いて見れば、
其処にいたのは頭のレースのついたリボンが目立つ、同じ高等部と思しき兎の少女の姿。
何時の間に直ぐ後まで来ていたのだろうか、卓は全く気付けなかった。
というか、ドアを開ける音すらしなかったのは気の所為か?それ以前に、クラスにこんな子居たっけ?
と、色々な疑問を考えながらも、卓は彼女へ問いかける、

「えっと……なにか?」
「その……あの……えっと……」
「……?」

だがしかし、兎の少女は鼻をヒクヒクと動かして恥かしそうにもじもじとするばかりで、
卓は首を傾げるしか他がない。
この時、卓が彼女の長い耳に注目していれば、少しは彼女がもじもじしている理由が分かった筈である。
何せ、この時の彼女の耳は恥かしさの余り、人間が頬を赤く染める様に真っ赤に染まっていたのだから。
……と、其処でようやく利里も兎の少女の存在に気付き、声を掛ける。

「んー? 俺達に何か用なのかー?」
「あの、利里さん、これっ!」
「へ? ……ちょっと?」

其処へ間髪入れず、兎の少女が利里へ銀色の包み紙に包まれた小箱を渡す。
そして、受け取った利里が何かを言おうとする間すら与えず、
彼女は文字通り脱兎の如く、屋上から走り去っていった。


「…………」
「…………」

後に残されたのは小箱を片手に呆然とする利里と、少女の去っていった方を呆然と眺める卓の二人。
そして、利里は何も言う事なく、貰った小箱の包み紙を開けてみる。
中に入っていたのは、手作りの物と思われるトリュフチョコが数個。
その思わぬ贈り物に、ビクンと利里の尻尾が震えたのは当然というべきか?

「なあ、卓! 俺、チョコレートを貰えたぞー!」
「ああ、そうだな、良かったな……」

チョコがもらえた事に凄く嬉しそうな利里に対して、卓は何処か冷めた様子で答える。
もうその冷めっぷりは冷蔵庫に一晩寝かせたブリの煮付くらいに冷めきっていた。
そして、卓は冷めた目のままやおら立ちあがると、すたすたとその場から立ち去ろうとする。

「あれ? 卓、何処に行くんだ―?」
「俺……世の中の無情さと言うものに気付いたんだ」
「は? な、何の事を言ってるのか良く分からないぞ―?」

慌てて立ちあがりつつ問いかける利里へ、卓は意味不明な台詞を言いつつ昇降口に向かう。
利里には判らなかったのだが、この時、卓の目には涙が滲んでいた。
そして、卓は追おうとする利里へ一度だけ振り向いて、涙ながらに叫ぶ

「利里、今日だけは俺に話しかけるな! つか、その浮かれた顔を見せるんじゃねぇ!」
「ちょ、卓!? 何で泣いてるんだ!? ちょっと待ってくれよ―!?」
「うるせぇっ! そんなの自分の胸に聞いてみろ、どちくしょう!」

涙を流しながら走り出す卓を追って、利里も訳が分からぬまま走り出す。
その様子を見守っていたのは、山々の間に沈み行く夕日だけであった。

……結局、その日の間、卓は決して利里へ話す事はなかったという。

固く結ばれた筈の二人の友情に、ホンの少しだけ亀裂が入ったほろ苦い1日だった。

――――――――――――――――――――終われ!(涙)――――――――――――――――――――