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スレ4>>453-467 冬の風物詩 第2話

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lycaon

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冬の風物詩 第2話


この幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。そう思っていた。
しかし、その平穏はすぐに終焉を迎えることになる。

不意に周囲の様子が慌しくなる。何かが起こったのか?

「何かあったのかな?」
「ええ、行ってみましょう」
「行くってどっち」
「こっちよ!」

言うなり駆け出す朱美の後を慌てて追う。
どの方向でことが起こったのか、朱美の耳には聞こえているらしい。
その中心に近づくにつれて、だんだんとこの騒ぎの意味が掴めてきた。

想像していたとはいえ、実際にそれを目にしたときはショックだった。
建物が、燃えている。6階建ての中型マンションが。そう、まさしく火事だ。

燃えているのは3階から上。向かって裏側の、非常階段周辺は完全に炎に包まれていた。
上階に行くにつれて炎は大きくなっている。ベランダのある表側にもじきに火がまわるだろう。

そして何よりショックだったのが、そのベランダに子供が取り残されている、という事実だ。
それも二人。6階に園児であろう子が一人。5階に小学校低学年程度と思われる子が一人。

近くにいた中年男性に様子を聞いたところ、既に通報は済んでいる。
しかし空を飛んで直接子供を助けられるレスキュー隊員はすぐには来れないということらしい。
軽く見ていた鳥インフルエンザの影響がこんなところに出ているのだ。

朱美なら…と一瞬頭をよぎったが、すぐにその考えは消えた。この状況では無理だ。
悔しいが、自分には息をのんで見上げることしかできない。
消防車来い早く来い!そう強く念じていた矢先。

バサッ

背後で聞きなれた音を聞く。
振り向くと、翼を広げた朱美が今にも飛び立たんばかりの体勢をとっていた。

「おいっ待て朱美っ!」

慌ててその両肩を下に向けて押さえた。突然かかる抵抗に朱美は驚いた顔を見せる。

「何するのよ!」
「何ってお前どうするつもりだ!」
「あの子たちを助けるのよ!当然じゃない!!」
「やめろ無理だっ!」
「できるわよっ!」

いや、できない。幾度となく朱美と飛んでいる俺だからこそわかる。

「いいか朱美!? 落ち着いて聞け!」


まず、持てない。朱美の足と人の体に合った肩パットで固定しなければしっかり運べる保障はない。
無理に運ぼうとして落とすようなことがあれば、よりひどい事態になる。
さらに、飛び立てない。朱美と飛ぶ場合、朱美は一旦下りて肩に乗り、
そこから飛び立つ必要がある。小さい子供相手にそんなことできるか?
もしそれができたとしても、ベランダが低くそのスペースがない。
朱美が上に頭をぶつけるか、子供をおもいきりベランダにぶつけることになる。

すごい技術であることは間違いないのだが、実用技術というよりむしろ曲芸に近い技なのだ。
不安要素が多すぎる。

「わかったか!? 人命救助なんてそうそうできるもんじゃないんだ」
「…でもっ!」
「落ち着いて待ってろ!すぐに消防車が来るから」
「…うー…」
「頼む。今は我慢してくれ…朱美」

悔しそうに呻く朱美。納得はしていないが、すぐに飛び立つようなことはなさそうだ。
どりあえず無理だということをわかるように伝えることはできた。

悔しい気持ちは痛いほどわかる。朱美には実際に空を飛べて人を運べる技術がある。
何よりもその技術を身につけたのは、空を飛び人を救助するレスキュー隊員に憧れてのことなのだ。
特訓していた当時ほどではないにせよ、可能ならば絶対に助けたいところだろう。

下を向いて黙る朱美。諦めてくれた…か?
肩に置いた手を離して下がろうとしたとき、突如その両手を掴まれた。

「お願い!協力して卓君!!」
「ぅええっ!?」

予想外の事態に妙な声を上げてしまった。


「きょっ、協力ってなんだ!」
「アレ持ってるでしょ!?」
「 ! いやまあ持ってるけど子供サイズなんかないぞ!?」

朱美飛行用肩パット。小さい頃からの習慣で閃光弾と同様、常に持っている。

「それ付けて一緒に飛んで!」
「ええっ俺が!?」
「一緒に行けば助けられるわ!」

ああなるほど、わかってきた。

「つまりあれか、俺が子供を抱いてそれを朱美が運ぶと」
「う、うん、そういうこと」
「俺がベランダの縁で足がかりになれば飛び立てる、と」
「う…うん…そういうこと…」
「それって…」
「ごめん!! 卓君が危ないのはわかってる! でも…でも…!」

朱美が言い切る前に手を出して制止した。
まったく、いつもながらすごいことを考える。危険なんかお構いなしだ。でも…

「いいアイディアじゃないか」

不安げだった朱美の顔がパッと明るくなる。あ、かわいい。
しかしすぐに不安な顔に戻ってしまう。

「でも…今回は卓君ホントに危なくて…」
「危ないのは朱美だって同じだろ。昔から利里も一緒に危ないことしてきたじゃないか。
 それに、俺だって助けられるなら助けたいしな」
「う、うん。そうだね」
「ただ気になるのが重さなんだよな。朱美、疲れてるのに大丈夫なのか? 俺プラス子供だぞ?」
「だーいじょうぶ! あたしは利里君だって運べるのよ!」

あたしにまかせなさい!と力強くガッツポーズをしてみせた。

そんな朱美を見ながら、ふと不安がよきる。さっきまで、腕を全く動かさないくらいに疲れてなかったか…?
利里を運ぶのを見たのは数年前のこと。さらに利里がでかくなった今は実際どうなんだ…?

「早く準備して! 行くわよ!」

…大丈夫…だよな。

頭を振って不安を振り払い、少しでも軽くなるよう上着を脱いだ。


人だかりの外れへ移動して、俺と朱美は手際良く空へと舞い上がった。
気付いた人たちの驚きの声が聞こえるが気にしている場合ではない。
飛行はいつも通り安定している。朱美の疲れはそれほど問題なさそうだ。
マンションがせまってくる。子供は6階と5階に一人ずつ。

「上から行くわよ!」
「わかった!」

6階の方が火の範囲が大きく、子供も小さい。異論はなかった。
5階の子の前を通り過ぎる時に大きく声をかける。

「ごめんなー! すぐ助けるからもうちょっと待っててなー!」

まだ小さな少年が、涙ながらもコクンと頷くのが見えた。うん、いい子だ。

6階、子供のいるベランダの下。朱美は上昇速度を緩める。

「ごめん!これ以上近づけない!」
「行ける!ゆっくり上昇して合図したら離せ!」

上を見上げると、目前にせまる6階ベランダ。羽ばたく朱美。翼がぶつからない本当にぎりぎりのところだ。
可能な限りゆっくり、とはいえ結構な速度で上昇し、十分届く距離でベランダに手足を伸ばす。
ベランダが頑丈なつくりで、外側から足をかけられるデザインだったのは運が良かった。

「掴んだ!離せ!」
「はいっ!」

浮遊感がふっと消え、足場をとらえていた手足にグッと自分の体重がかかった。

「よしっ成功!」


初めての試みだったがうまくいった。今、自分の手足だけで6階ベランダの縁に掴まっているわけだ。
うーん、まるで映画のワンシーンのようだ。まさか自分がなぁ…

おっと、そんな悠長なこと考えてる場合じゃなかった。

急いでベランダを乗り越える。小さな兎の女の子がワッと泣きついてきた。
ああ涙が…鼻水が…ってそんなこと考えてる場合でもなかった。

「大丈夫、兄ちゃんと姉ちゃんが助けにきたからな、もう大丈夫」

その小さな体を抱き上げた。
うわ、やわらかい。ふわふわな耳がこそばゆい。そして軽い。これなら朱美も大丈夫だろう。

「しっかり掴まってくれよ」

この子が下を見ないように、体にその頭をグッと押しつけた。
片手で抱え、ベランダをもう片手で乗り越え……恐い!これは恐い!片手はさすがに恐い!!

「す、卓君大丈夫…? あたし何か手伝える?」
「だ…大丈夫…だ」

朱美の心遣いはありがたいが、他人が手伝える状態じゃない。何よりもここで泣き言を言っては男がすたる。
少し涙目になりながらも、俺はなんとか一人でこの困難なミッションをクリアした。
自分で自分を褒めたくなった。高さに相当慣れている人じゃなければこれは無理だと思う。

「いいぞ朱美、来い!」
「行くよ!」

両肩に朱美の体重がかかる。問題ない。朱美が羽ばたき始め、肩にかかった体重が次第に軽くなっていく。
その体重が無くなったあたりで手を離し足場を蹴った。

一瞬、落下する感覚はあったが朱美はすぐに持ち直した。俺と子供をぶら下げてゆっくり下降していく。
地上数mほどまで降りたところで朱美が掴んでいた肩を離す。
足をクッションに、抱きかかえた子供に大きな衝撃を与えることもなく、うまく着地することができた。

「ふぅ…着地成功」

子供を解放してホッと息をついた瞬間、さらに増えていたギャラリーからワッと歓声が上がった。
間近で響く拍手、褒め称える声。

すごいな!お嬢ちゃん! お姉ちゃんかっこいい!! 大丈夫か姉ちゃん!?

…ああ、朱美ね。そりゃそうだ、すごいのは朱美で、傍から見たら俺はただの重りみたいなもんだからな。
でも俺だって頑張ったんだけどなぁ…


「卓君!卓君!!」

朱美が呼ぶ声に顔を向ける。

「次! もう一人!!」

っ!! そうだった!!

少しぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。5階にもう一人子供がいるのだ。
炎は着実に広まってきている。のんびりしている時間はない。

俺と朱美は再び空へ舞い上がった。
ギャラリーの応援の声に後押しされるように朱美は力強く上昇していく。
グングンと、2階、3階と…

――ィ――

………?
今…何か…?

おっと、今は目の前のことだ。

さっきと同じ手順で、俺は手際よく4階ベランダに降り立った。

「よく頑張ったな、もう大丈夫だぞ」
「うっ、うんっ、ぼくがんばった」

…本当にいい子だ。絶対に助けないとな。
さっきの子よりふたまわりほど大きい、熊の少年をぎゅっと抱きしめた。

「よしよし、もう大丈夫だからな。よっ……」

…グッ!!!?

重い!? なんだこれすごい重い!?

とりあえず抱き上げはしたが、思わぬ体重に驚いた。さすがは熊といったところか。


…朱美は大丈夫なんだろうか。
とは言え、下ろさないわけにもいかないし…

「な、なあ朱美」
「何っ? 早くしないと!」
「この子大きいからさ、肩パットをなんとか固定して…一人で下ろせないかな?」
「ダメよ!絶対ダメ!!」
「でもさっきよりずっと大きくて」
「卓君残して行くなんて絶対ダメ!!」

…かなりジーンときた。

「…朱美…」
「あたしは大丈夫! 早く行くわよ!」

朱美の決意は固い。もういくら言っても変わらないだろう。ここは朱美の力を信じるしかない。

抱えた子供は重いが、さっきの経験のおかげでそれほど労せずベランダを乗り越えることはできた。
朱美が肩に乗る。羽ばたき始め、次第に体重が消えていく。さて、問題はここからだ。

「い、いくぞ!朱美!」
「早くしてっ!」

肩にかかる体重が完全に無くなったところで、俺は手を離し足場を蹴った。

…!!? 落ちっ…!!

いや、落ちない。落下感覚はすぐに消えた。

頭上でいつもより激しく羽ばたく音が響く。見上げれば、非常に苦しそうな表情の朱美。

「あっ、朱美大丈夫かっ!?」
「いっ 今っ 話しかけないでっ」
「ごっごめん!」

必死に羽ばたきながら、なんとか下降していく。飛んでいるというよりは、ゆっくり落ちているに近い。
頑張れ、頑張れ朱美。俺は必死に念じていた。それしかできない自分が歯がゆかった。


――ミィ―――

…!

――ミィ!―――
――ミャオ!――ミャオゥ!―――

…!!!!

3階。3階の部屋の奥。
はっきりと聞こえた。子猫の赤ん坊の鳴き声だった。

嘘だろっ!? 3階に赤ちゃんがいる!!?

信じたくなかったが、炎の音にまぎれて聞こえるそれはまぎれもなく生の声だった。


気がつけば地面は目前だった。

「離すよっ卓君っ」
「あっ、ああっ!」

肩が解放される。今回はかなり重いことに気をつけた。
足が痺れたが、なんとか無事に着地することができた。

「よしっ着地成功!!」

ギャラリーからドワッと、さっきよりも大きい歓声が上がる。
拍手喝采。朱美と、俺を褒め称える声。
だが、喜ぶのはまだ早い。

「朱…朱美!!?」

朱美は着地するいなや、力なくその場にへたりこんでしまった。

「朱美っ!! 大丈夫か!?」
「う…うん…平気よ…」

3階の赤ちゃんのことを言い出すか迷った。朱美にこれ以上の無理は…

「3階に…赤ちゃんがいるわ…」

言葉は朱美から出た。やはり朱美にも聞こえてたか…

「でもこれ以上は…」
「いっ、行けるわよ!」

そう言って、朱美は力強く翼を広げてバサバサと羽ばたいてみせる。

これは…行ける…か…?

「さっきはちょっと疲れただけよ。もう行けるわ!」
「…わかった。でも無理はするなよ」

俺も覚悟を決めた。なんとか、後一回だ。


周りに少し離れてもらってその場にしゃがみ込み、朱美が肩に飛び乗る。
なんだろう、さっきまでより重い気がする。
バッサバッサと羽ばたく音も、明らかに精彩を欠いている。これ飛べるのかホントに…。
一応それでも朱美の体重は感じなくなってきた。いつもより慎重にタイミングを計る。

あと少し…もう少し…今!

少しでも朱美の力になれるよう、おもいきりジャンプした。
両足は重力に逆らいふわりと空に浮く。よし!飛べた。

バサバサと羽ばたく音がいつもより激しい。振動も激しい。無理矢理飛んでいる感じだ。
朱美の様子は言わずもがな。それでも、少しずつ上昇していく。俺は必死で祈る。

頑張れ!頑張れ朱美!もう少しだ!!

次第に目標のベランダがせまってきて、俺は精一杯手を伸ばす。

もう、ちょっと…あと50センチ…あと20センチ……!

「よし掴んだっ!!」

そう叫んだ瞬間。


朱美が、消えた。


「…えっ!!?」

羽ばたく音が消えた。肩にかかる感覚も消えた。存在が、消えた。


振り向くと、そこには…

スローモーションのように、頭からゆっくりと落ちていく朱美。





…あれ…?

俺、どうしたんだ?

抱きかかえてるのは、朱美か。

落ちてる…?


ああ、そうか、俺は。

飛び出しちゃったんだ。

馬鹿だなぁ。

せっかく届いたのに。

飛べもしないのに。


俺、死ぬのかな。


死にたくないなぁ。


…死んでほしく…ないなぁ。


………。


 ドンッ!!!!!


世界が、フラッシュした。
背中に、腰に、脚に。全身に、かつてない衝撃。
肺の空気が一気に飛び出す。息が吸えない。
ダメだ。ヤバい。目の前が白くなってく。

意識を…保…

……っ…





…冷たい…

…水…?


…っかり…て!!

……る…んっ!!

…ぐる君っ!!!!


ぼんやりと、視界が戻ってくる。

「しっかりして!!卓君!!!!」


…ああ、朱美か…

…無事だったんだ…

…よかっ…

………。


再び、視界は白く染まっていき。

やがて、何もわからなくなった。


<つづく>




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