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幸せ創め


私が足元に落ちているそれに気付いたのは、
夜も七時を回り、今日の報告書を英のおばさんへ提出した後、さて帰ろうかと席を立った時の事だ。

「携帯電話か……」

それは床に転がっている携帯電話、
恐らくゲームのキャラの物であろうストラップが付いているのがいやに特徴的だ。
無論、私にとってその携帯は見覚えのある物だった。

「これ、帆崎の携帯だな」
「あ、そうですね……帆崎先生、忘れて帰っちゃったのかしら?」

一応、念の為に隣の席の泊瀬谷に確認を取っておく。
何事も思い込みで行動するのは危うい物だと知っているからだ。
で、改めてこの携帯が帆崎の物だと分かった以上。私がやるべき事は唯一つだ。

「良し、私が奴の家までこれを届けてやるとしよう」
「え? 獅子宮先生、わざわざ届けてあげるんですか?」

酷く意外そうな声で問い掛ける泊瀬谷。

「ああ、奴の住むマンションは私の帰り道にあるからな。帰るついでに届けてやるまでだ」
「へぇ、獅子宮先生、優しいんですね」

優しい? ふん、私がただ親切心だけで携帯を届ける訳が無いだろう?
そう、良い理由なんだよ。奴の家に押しかけて思う存分からかって事が出来ると言う良い理由がな?

「優しくは無いさ、これは単に、同僚としての義務、という奴さ」
「義務、ですか……はぁ……」

とはいえ、私が言った『義務』は違う意味での義務なのだがな、と心の中で付け加えておく。
そうとは知らず感嘆の声を漏らす泊瀬谷を背に、私は尻尾を揺らしながら職員室を後にする。
……帆崎の奴の慌てる顔を心に思い浮かべながら。


ピンポーン

「はい、どなたですか?」

私がインターフォンを押すこと暫し、ゆっくりとドアを開けて応対に出てくる帆崎。
多分、何かのTVを見ている最中だったのだろうか、奴は気だるそうに耳を弛ませていた。

「私だ」
「……っ!!」

が、突然の来客が私と知るや、奴は全身の体毛を毛羽立て慌ててドアを閉めようとする。
無論、私はお見通しとばかりに即座に閉まりかけたドアの隙間につま先を差しこむ事で、締め出されるのを阻止する。
そして、締め出せない事を悟リ絶望感を顕わにした帆崎に向けて、私は満面の笑顔を浮かべて言う。

「こんばんは、帆崎先生」
「こ、こんな時間に何の用ですか。獅子宮先生」
「いや何、忘れ物を届けてやろうと来てやったまでなんだがな、これ」
「あ、それはっ!」

これ、と私が懐から出した携帯を慌てて取り返しに掛かる帆崎、
無論のこと、直ぐに返す気はない私は、ひょいと奴の手がぎりぎり届かない位置へと離してやる。
それでも帆崎の奴は携帯を取り返そうと、2度3度手を伸ばすが、どうやっても届かないと察したらしく、
何処か諦めた様にジト目を浮かべて言う。

「で、なんで獅子宮先生が”わざわざ”届けに来るんですか……?」
「なぁに、ただの”親切心”で来てやったんだ。安心しろ」
「親切心、って、明らかにからかう気がみえみえじゃないですか!! ちっとも安心できませんよ!」
「馬鹿を言っちゃ行けないな……私は別にからかいに来た訳じゃない」
「じゃあ、何ですか……?」

怪訝な眼差しを向ける帆崎に、私は胸を張って自慢気に、

「お前の彼女とやらを見に来ただけだ」
「帰れっ! 今直ぐ携帯置いて帰れぇぇぇぇぇっ!!」

私の言った事の何が気に入らなかったのか、
帆崎は尻尾を不機嫌に振り回してあらん限りの声で叫ぶ。……全く、短気な男は嫌われるぞ?
と考えた矢先、叫ぶ帆崎の後から走り来る誰かの足音が聞こえ―――

「うるさいっ!」

ご っ す !

怒声と共に後ろの誰か(分かりきっていると思うが)が放った踵落としが、帆崎の脳天へ見事に決まった。

「ぐ、お゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」
「玄関先で怒鳴らないで頂戴! 近所迷惑よ!……って、お客さん?」

頭を抱えてその場に蹲る帆崎に後ろの誰か――人間の少女は一通り怒鳴った後、
ようやく私の存在に気付き、声を掛ける。私は一瞬だけ呆気に取られたものの、直ぐに気を取り直し、

「ああ、私の名は獅子宮 怜子。こいつの勤務している学校の同僚と言った所だ。
で、私はこいつが忘れた携帯を親切心で届けにきてやったと言うのに、
こいつは礼を言うどころかいきなり怒り出してな、どうした物かと少し難儀していた所なんだ」

「あらあら、それは大変ね。 なら玲子さん、折角だから家に上がらない?」
「ちょ、そいつは止め――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

私の嘘半分真実半分の言葉を信じてか、彼女が早速、私へ家に上がる様に言う。
その際、後で何やら帆崎の奴が抗議の声を上げかけるが、即座に彼女に尻尾を踏まれ悲鳴を上げていた。
……うーむ、この時点で奴と彼女の力関係が見えて来たな……。


「はい、粗茶だけど、どうぞ」
「ああ、すまないな」

彼女――ルルがテーブルに出したお茶をすすり、フゥ、と一息つかせる。
結局、帆崎に文句すら言わせぬままに、ルルが私を家の居間へ上げた後の事である。

「早速だが、お前が忘れていた携帯だ。 内容は見ていないから安心しろ」

そして、お茶を飲み終わった後、私は文句有りげな表情の帆崎へ携帯を差し出す。
しかし、私の言った事が信用できなかったのか、奴は携帯を操作して内容をしつこいくらいに確認した後、
見られていないと判断したらしく、安堵の息を漏らして携帯をポケットへ仕舞いこむ。
そして、帆崎は私の向かいに座ると、不機嫌さを顕わにした眼差しを向けながら言う。

「……で、用が済んだならとっとと帰って欲しいんだが?」

どうやら、この態度からすると前に一杯食わせた事をそうとう根に持ってるようだな?

「ふむ、折角、忘れ物を寒い中、家まで届けに来てやったケモノにとっとと帰れとは、酷い奴だな、お前は」
「そーよ? 玲子さんは親切な人じゃない。なのに何で帰れって言うのよ?」

私とルルの反論に、帆崎は言葉にやや焦りを混じらせながら言う。

「いや、それはだな……実は言うと、こいつはとんでもない食わせ者で……」

「だからなんだって言うのよ! 玲子さんが例え食わせ者だとしても、
貴方が学校に忘れた携帯電話をわざわざ届けに来ててくれたのは事実でしょ?
それをうだうだと言って、何も礼をせずにに帰れだなんて貴方って最低よ!」
「い、いや、だ、だが……」

すいっ、とルルに詰め寄られ、尻尾を股の間に隠して思いっきり焦る帆崎。
流石にこれ以上やったら奴が可哀想な事になるなと判断した私は、「まぁまぁ」と片手でルルを制して言う。

「私は別に金銭的な礼を要求するつもりは無いよ。
ただ、私は何処かの誰かさんの忘れた携帯を届けた所為で夕飯を食いそびれてしまってな。
だから御礼の代わりと言っては何だが、ここで何かご馳走してくれればそれで充分だ」
「あら、それくらいなら幾らでも用意してあげるわ」

私の提案に、ルルが声を上げて賛成の意を表明する。
その際、後の方で帆崎が何やら文句を言い掛けたが、直後にルルが放った裏拳によって沈黙させられていた。
どうやら、あの様子では帆崎の奴、完全に尻に敷かれている様だな。

「それじゃ、有り合わせの物で良い?」
「ああ、それで構わん」

私はこれでも勝手に押しかけた身だ。
これであれが良い、これが嫌だなんて指図する程、私は図々しくはない。

「なら、今直ぐ用意するから十分ほど待ってて」

言って、台所の方へと足早に向かうルル。
その背を見送った後、私は床に突っ伏して呻く帆崎へ言う、

「幸せ者だな、お前は」
「……こ、これの何処を見れば、そう思うんですか……?」

まあ、普通ならばそうは思わないだろうな? 完全に尻に敷かれている様だし。
だが、私にとっては、何処までも幸せに見えるんだよ。お前は。


「私には羨ましいんだよ。お前の様に誰かと何かを分かち合って、肩を寄せ合って生きて行ける生活がな。
……私にとって、それはもう、幾ら望もうとも2度と手に入らない物なんだ」
「え……?」

言葉の端が掴めず、気の抜けた声を漏らす帆崎に構う事無く、
私は咥え煙草を揺らし、遠い、遠い何処かを見ながら話を続ける。

「私にもな、昔、誰かと肩を寄せ合って生きていた時代があったんだ」

何故、私がこんな事を話そうと思ったのかは、私自身、良く分からない。
わかる事といえば、多分、二人の様子が、一瞬だけかつての私とアイツにダブって見えたのだろう。
絶縁に近い形で親元を離れ、行く充ても無く独りでさ迷っていた私を、暖かく受け入れてくれたアイツ。
慣れない事の連続で、失敗ばかり繰り返している私に、心配無いよと微笑みかけながら手伝ってくれたアイツ。
その時の私は幸せだったと思う。アイツと居られるだけでも、アイツと笑い合えるだけでも。

「だけどな、それは私自身がやらかした馬鹿の所為で、壊れて…消えてしまったんだ」

後に残ったのは、深い傷により光を失った右目と、心に深く刻まれた2度と消えぬ喪失感。
もし、お節介にも心配する友人の織田が居なければ、私は自分の命を自ら絶っていたかもしれない。
そんな状態からここまで立ち直るまで、私はどれくらいの時間を費やしたのだろうか?
しかし、それでも私の心の傷は癒えぬまま。そう……

「それ以来、私は恐くなってしまった。そう、誰かと肩を寄せ合って生きる事が。
……そう、私の所為で、また大切な誰かも傷付けてしまうのでは、と考えてしまうんだ。
だから……私にはもう2度と手に入らないんだよ。 自分自身で壊してしまうのが恐くてな」

自嘲気に笑う私の顔を、帆崎は黙って見ていた。
そして、暫しの逡巡の後、ゆっくりとその口を開いた。

「……それは、違うと思う。この世の中、何事も心がけ一つで変わる物だと俺は思ってる。
だから、獅子宮先生も恐がらずに勇気を出していけば、ひょっとすれば……。
あ、いや、これは別に変な意味で言った訳じゃ……」
「ふふ、お前も偶には言うものだな。……ありがとう」
「……え? 今、何て……?」

言葉の全てを聞き取れなかったらしく、
思わず聞き返す帆崎に私は心の中で苦笑した後、そっぽ向いて言ってやる。

「悪いが、もう2度と言わんぞ? 聞き逃す方が悪いんだ」
「えっ!? ちょ、そう言われると余計に気になってしまうって! 獅子宮先生!?」

私の狙ったとおりに、何処か慌てた調子で聞き質す帆崎。
と、そうやっている間に料理を終えたのか、ミートスパゲティを乗せたトレイ片手のルルが戻ってきた。
そして、ルルは私と帆崎の様子に首を傾げ、テーブルへスパゲティを置きつつ問い掛ける。

「さっきから何やってるのよ?」
「ああ、それがな、こいつ、私の格好が不謹慎過ぎるとか文句を言ってきたんだ。
それで、これは私のスタイルだと何度も言っているのにな、こいつは全然聞き入れてもくれん」
「うわ、最っ低! 思いっきりセクハラ発言じゃないのよ、それ!」

冗談のつもりで言った私の発言を真に受けるルル。
無論のこと、帆崎は慌てて弁明しようとするのだが

「ち、違うっ! それはこいつが勝手に――――」
「問答無用っ!!」

 め ご っ !

その間すらも与えず、ルルは帆崎の頭へトレイ式脳天唐竹割りを炸裂させたのだった。
流石にこうなるとは私自身、考えてもなかった……少し反省。


「忙しい所ご馳走になったな。スパゲティ、美味しかったぞ」
「お褒め頂き感謝の極みってね。 玲子さん、また何かあったら遊びに来て頂戴ね」
「ああ、また帆崎の奴が忘れ物した時に来るとするよ」
「もう2度と忘れ物をするもんか……グスン」

ややあって。帆崎への誤解を一応解いてやった後。スパゲッティをご馳走になり。
ついでになんだかんだでルルと仲良くなった私は、色々な意味での満足感を胸に、帆崎らの住む部屋を後にする。

そして、駐車場に出た私が来客者用スペースに止めていた愛車に跨り。
胸元から取り出したライターで咥え煙草に火を付けつつ、帆崎の部屋の窓の明かりを眺めつつ、物思いにふける。

恐らく――これから彼らが辿る道は決して平坦な物ではないだろう。
だが、それもまた生きる道。所詮は他人である私が口出しするべき問題ではない。
それに、例え茨の道が広がっていたとしても、あの二人なら多分大丈夫な筈だ。
そう、二人のやり取りを見ていれば、自然とそう思えてしまうのだ。

「ふっ、私とした事が……何を考えているのやら」

柄にもない事を考えていた私は自分自身へ苦笑し、
煙草を携帯灰皿に圧しつけた後、ヘルメットをかぶると愛車のZⅡのエンジンを掛ける。
そして、去り際にもう一度だけ、帆崎らの住む部屋の方を見やり、呟く。

「頑張れよ……お二人さん」

その時の私の目に写る窓の光は、どうやっても手の届かない所で儚げに光る、星々の煌きの様に見えた。

――――――――――――――――――了――――――――――――――――――