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スレ>>197-205 ぼくと牛乳


「だから、リツはわたしの言う事を聞けばいいの!」
「でも…でも…」
「いい?リツのお仕事は何?」
「マリカさまのお世話をすること」
「でしょ?じゃあ、今すぐヒルック牧場でミルクを買ってくるのよ!とびっきり新鮮なの物を!」
「…はい。マリカさま…」

いつもこれだ。長い間ぼくのご主人さまの『マリカさま』に仕えているぼくだが、何度マリカさまの
わがままに泣かされそうになった事か。しかし、マリカさまの気の強そうな瞳で見つめられ、
ほっそりとした指でビシッと指差されると、弥が上にもマリカさまの為にぼくは走らなきゃいけない。
二つに分けた金色の髪は腰まで伸び、ふわりとした気品溢れるドレスは、白い肌に良く似合っている。
わがままさえなきゃ、マリカさまは…とびっきりの美少女なのになあ。

ぼくはふっさふさの尻尾をだらりと垂らしながら、尻を叩かれるように追い出され、お屋敷の門をくぐる。
そのお屋敷は、綺麗な花々に囲まれた庭を持ち、美しい石造りで街を眺めるように、小高い丘の頂きに建っている。
そう、『ハルクイン家』はこの街で名を知らぬものが居ない、名門中の名門…は言いすぎかな。
ぼくの住む街はちょっとした田舎町。山に囲まれて小さな建物が立ち並び、
人々は自然の恵みを糧に、のんびりゆっくり生活している。
そんな田舎まちで、いちばんの名家『ハルクイン家』で働く、一匹のお世話係だ。
といっても、ぼくの役目はマリカさまのお世話。ほとんどマリカさまのわがまま係と言っても過言じゃない。
でも、マリカさまは人間。ぼくはケモノ。


今日もマリカさまのわがままのために、街を走る。ぼくの足音を響かせるこの街は、今日も元気。
今にも空を飛べそうな青い空は美しく、ぼくのイヌミミも爽やかな風を感じ、少しくすぐったい。
気持ちよさそうに空を泳ぐ雲も、ぼくの毛並みと同じような白さで輝いている。
丘を下りきると、街いちばんの賑わいを見せるささやかな十字街が。そこにはヒトにケモノ、そして家畜・家禽たち。
市井の人は一日一日を平和に暮らす。この仕合せな日常がいつまでも続きますようにと願いながら。
楽しそうな人々を見ていると、ついつい寄り道したくなるのもご一興。

おっと、いけない。マリカさまの命を忘れちゃいけない。
ぼくが仕えるハルクイン家の一人娘、マリカさま、本名『マリカ・ハルクイン』は、いささかわがままが過ぎる。
ちょっとオトナになりかけの女の子は、みんなそうなのだろうか。
この間は、「リンゴが食べたい」と言い出すので、町中探し回ったのだが、生憎季節外れなので手に入らなかった。
仕方がないので、手ぶらでお屋敷に戻ると否や「リンゴはもういいの」と手のひら返し。
ここまでしてぼくがマリカさまに仕えるのは、小さい頃から一緒に育ったと言う事もあるし、
いちばんの理由は、なんといってもぼくが『イヌ族』のケモノであるからだろう。
イヌ族は、人間の長い友達。ぼくは、マリカさまの為に走る、走る。

賑やかな街を通り過ぎ、ぼくは郊外への道へと歩き出す。目的はヒルック牧場、搾り立てのミルクを手に入れるために、ぼくは歩く。
道のりはちょっと遠いぞ。でも、マリカさまの笑顔の為なら、これくらい。
周りはいつの間にか、林に包まれ人気もなくなっている。ヒルック牧場への一本道、空は街と同じように青く美しい。
しばらく歩くと、背後から聞き覚えのある声がする。

「よう、リツ。なにしてるの?」
「あっ。ミッケ…」
街の友達、ミッケに出会う。
彼女はネコ族。ショートカットの髪が活発さを、そしてメガネが知性を見せる女の子。
尻尾はぼくと違ってピンと長く、耳も尖がっている。
ミッケはぼくと同い年、小さな街の料理店に住み込みで働いている。
人間の元に付いてはや数年、まだまだ修行の身だが、将来の夢は、独立する事なのだとか。
なんといってもこの子は器用なので、すぐに自分のお店を出すに違いないかも。


さて今日は、ご主人のお使いでヒルック牧場まで行くんだとか。なんだ、ぼくと同じか。
ミッケはそのまま店から飛び出したのか、腰に巻いたエプロンに頸のバンダナと、料理人の格好のままだ。
「ふふーん。あのわがまま娘の操り人形ね」
「わがまま娘言うな!!」
「ワンワン吠えるなって」
この娘、熱い野望とは裏腹に、やけにドライである。

ぼくら『ケモノ』は、ぼくのように人間に仕えている場合が多い。
ミッケのように野心に燃えるケモノも少なからず居るが、ぼくのようなイヌ族は大抵の場合、
一生を人間と共にする。一人のご主人さまを決まるとぼくらは命を捨ててでも、守り通す心だ。
そう、マリカさまの為だったら…。
「ねえ、リツ」
「ん」
「さぼろ」
「………」

気が付くと、ミッケはいつの間にか後ろの方で立ち止まっているじゃないか。
ネコ族の子たちは気まま。よく言えば自由奔放、悪く言えば自分勝手。
イヌ族のぼくらには、なかなか理解に苦しむ行動を取るミッケのことだ。
知らん振りしておいて行こうか。そう思っていると、再び後ろから声が聞こえる。
「お屋敷に戻ったら、きっと気が変わってるって!」
「うるさいよ!」
「って、この間リツさあ、愚痴ってたじゃん」
どうして、こうもミッケは余計な事ばかり覚えているんだろう。ぼくが黙っていると、
空からヒヨドリが沈黙の邪魔をした。

「ま、にぼしでも食べる?」
「い、いらないよ」
「ふーん。そうかあ、せっかく厨房からくすねてきたのに。うまいうまい」
小魚の干からびたものを美味しそうに食べる彼女を見ていると、全力で走っているぼくは、
なんだかバカらしくなってきた。なんてテキトーな子なんだろうと。


「なんでさ、リツは人間なんかにお仕えしてんのさ?」
「だって、マリカさまはさ…何て言うんだろう。立派な人だから」
「ニンゲンが立派なんだあ」
「…ミッケ!」
メガネのネコはふふんと鼻を鳴らし、ピクピクとネコミミを動かすのが見える。
ミッケはメガネを指でつんと持ち上げながら、ぼくにこう話す。

「いい?人間なんか勝手なもんだよ。だってさあ、わたしたちケモノを下に見てるんだよ」
「見てないよ」
「見てる。わたしのご主人さまは、わたしの事きっとダメなヤツって思ってる。
きっと、わたしのことキライだと思うよ。『ネコなんかに料理をさせて堪るか』ってね。ふっふー」
「そうじゃないよ。きっと、ミッケのご主人さまもミッケのこと大好きだよ」
「まったく、この子はお人よしなんだからね」
「だって、ぼくはマリカさまのことは大好きだし、マリカさまもぼくのことは大好きなんだよ」
「ふーん。わたしなんかご主人さまから『全然なってない!』って怒鳴られてばっかり。
やっぱり、わたしのことキライなんだ、あの人。あーあ、早くわたしも一人立ちしたいなあ」
「それはさあ、ミッケに早く立派な…」
「うそ。ネコ族が人間を追い越すのが怖いんだ、ご主人さまは。
だから、わたしね、早くご主人さまの技を盗む心よ。今に見てなさいよ」

ポリポリとにぼしを食べるミッケは、一体なにを考えているんだろう。
確かに、ミッケは自分の店を出す夢がある。しかし、今彼女が仕えているのは人間だ。
ミッケは人間を踏み台にしようとしているのだろうか、イヌ族のぼくには彼女の気持ちが分からない。
なのに、ミッケはポリポリとにぼしを食べる。


「でもさ、リツのご主人さまの…」
「マリカさま?」
「うん。あの子、他人って思えない」
舌でペロペロと毛繕いでしながら、不思議な事を言い出すミッケ。他人って…なんだよ。
ぼくらケモノとマリカさまは種族が違うというのはご存知の通り。でも、ミッケは他人と思えないなんて言い出すなんて、よく分からない。
ぼくのイヌミミがくるりと内側に廻るのは、不機嫌な証拠だ。実に分かり易い、ぼく。
そんなぼくとは相反して、ミッケの尻尾はぴんと立っている。ご機嫌なのか。

「そういえば…あの子、マリカっていうのかな。ちょっとおかしいよね」
「ミッケ!」
「おかしいよ、あの子。ね」
マリカさまの悪口はぼくが許さない。いくら友達のミッケでさえも、ちょっと調子に乗りすぎだろ。
ミッケのメガネには、マリカさまがどのように映っているのだろう。ぼくにはミッケからの視界がわからないぞ。

「うちの店って、街中の人たちが来るからいろんな噂が聞けるんだよね。
で、あのハルクイン家のお嬢さま…マリカさまのことなんだけどね…って」
「これ以上はやめろ」
「ワンワン吠えるなって…」
ケラケラと笑うミッケは、気まぐれだ。それ故、その話題をこれ以上口にすることは無かった。
ぼくがうーんと背伸びをすると同時に、ミッケも同じく背伸びをしていた。
だんだん風がひんやりと冷気を帯びてくるが、ぼくらはケモノ。寒さにはちょっとばかし平気さ。


ミッケと話し込んでいるうちに、ヒヨドリの声が聞こえなくなり代わりにカラスの声がしてきた。
おまけに西の空は、紺色から茜色のグラデーションに染まりつつある。美しいと、現を抜かしてる場合じゃない!
「いけない!マリカさまのお使いが!!」
「ふっふー。もう、ヒルック牧場もそろそろお休みの時間だね。
今頃行っても牧場主のオッサンから怒鳴られるだけだしね。さ、おうちにかえりましょー」
「ミ、ミッケのせいだ!」
「誘いに乗ったリツのせいでもあるよ」
仕方ない。とぼとぼと長い影を引きずりながら、ぼくらは元の道を戻る。
マリカさま、怒ってるかなあ。手ぶらで遅くまでふらついていたぼくなんぞ、
そしりを受けても仕方ないヤツなんだから。
ところが、ミッケはミッケで憂う様子は一向にない。どうして?

「実はね、お使いなんてウソっぱち」
「え?なんて?」
「修行をサボる口実で『買出しにヒルック牧場にいってきまーす』なんて飛び出したけど、
そんなつもりは、これっぽちもないんだよ。ま、『わたしのメガネに適う食材が見つかりませんでしたっ!』って茶番をするつもり」
人間の事を尊敬してやまないぼくには、そんな発想は微塵もない。ミッケは白い牙を見せながらニシシと笑いながら、ぼくと一緒に帰途に着く。
街に着く頃、ぱらぱらっと空には星が瞬いていた。市井の人々はもう居ない。

「ねえ、ミッケ。ホントはご主人さま…」
「じゃあね、バーイ。明日は久しぶりの休日なんだから、今夜は羽根を伸ばすぞお!」
全くネコ族は気まぐれだ。ミッケは自分の住み込み先であり、働き先でもある食堂『三毛猫軒』に入っていった。
ぼくが、入り口に近づき外から中の声をこっそり聞くと、能天気なミッケの声がした。
「わたしのメガネに適う食材が見つかりませんでしたっ!」
よく言うよ。
そんなミッケはさておき、ぼくはハルクイン家のお屋敷へ。
手ぶらで帰るのはなんだか気が引ける。きっとマリカさま、お冠じゃないのかな。


帰り着いたぼくがお屋敷の扉を開くと、ばたばたと屋敷中を駆けるメイドたちが見える。
そのメイドたちもまたケモノ。ふっさふさの毛を揺らしながら、夕餉の支度をする。
そう、ぼくの他にも使用人はハルクイン家に居るのだが、ことマリカさまだけは
ぼく一人に託されていると言うのだから、信頼されたもんだ。
旦那さま、奥さまが言うには、「小さいうちから一人立ちの経験をさせるためだよ」
「ハルクイン家では、跡取りの子はみんなそうだった」との事だって。
そうかあ、旦那さまの言うことだからホントだろうな。しかし、マリカさまが旦那さま、奥さまの事を話すことは無く、逆もまた然り。
思うに、旦那さまからはマリカさまは見放されているのか…。そう思うと、マリカさまへの思いが募る。

マリカさまの部屋は屋敷中央から離れた、街が良く見える高い位置にあるとある離れの部屋。
広い間取りに、気品溢れる家具。そして、美しいバルコニー。のんびり過ごすには十分すぎるが、生活するには少し浮世離れしている。
基本的に、ぼくと二人っきりで生活しているマリカさま。同じお屋敷の中なのに、親元と離れて暮らしているなんて寂しすぎるのでは。
でも、当のマリカさまはまんざらでもなく、悠々とした暮らしっぷりをしている。マリカさまさえ良ければ、いいじゃない。

さて、マリカさまの部屋でも夕食の準備が進む。
ゆらゆらと小さな炎がきれいな燭台、選ばれた者だけが用いることが出来る銀の食器、
そして今宵もマリカさまの舌を喜ばせる食事が、メイドたちに運ばれてゆく。
ぼくがマリカさまの部屋に戻ってきたのはその真っ最中。食事の準備が始まるなか、マリカさまはぽつんと街の夜を眺めていた。
静かにマリカさまに近づき、ただいまのあいさつ。バルコニーに花の香りが漂う。

「只今戻りました」
「リツ!」
おや、マリカさま。その手に持っていられるのは?
側についている食事専門のメイドがミルクポットを持ち、マリカさまに新鮮なミルクを注いでいるじゃないか。
おまけにそのミルクポットには、ぼくが向かったヒルック牧場の印が記されている。
ぼくはミルクを手に入れるために、そのヒルック牧場に出かけて志し半ばで後戻りしたのに、ここにあるなんて、どうゆうこと?
「わたしの気まぐれってことかしら。街の料理屋から買ってきたわけ。そうゆうこと」
「でも、でも…」
「なんてね。実は昨日のうちから、頼んでおいたのよ。街の噂なんか、すぐわたしの耳に届くんだから。
えっと、『三毛猫軒』ってお店だったかな。新鮮なミルクがあるって評判のお店よ」
マリカさまのやることは分からない!

「でもリツね。わたし、リツのこともっと好きになっちゃったかも」
「さいですか…」
「はい、今日のお駄賃よ」
そう言いながら、ぼくにミルクを勧めるマリカさまの笑顔はいつのもように可愛らしい。
しかし、どうやって『三毛猫軒』の噂なんぞ聞き入れたのだろう。まったく、マリカさまってば!
こうして、ぼくの小さな一日は過ぎていった。


翌日、マリカさまのための紅茶を沸かしているときのこと。
マリカさまの部屋の隅に控えるこぢんまりとした、小さな厨房はぼくが料理を出来る唯一の場所。
しかし、メイドたちが作る手の込んだ豪華な料理は、さすがにぼくには無理。
お湯を沸かしたり、果物を切ったりするささやかな調理道具が、この場所を支配する。
こうやって、かんたんな紅茶を入れるぐらいしかぼくにはできませんよーだ。

廊下から聞き覚えのあるこの声。じっとぼくの耳を立ててみる。…なんだろう、ネコの声のよう。
「今日もいらっしゃい。ミッケ」
「はい!マリカさまには感謝してますっ!」
「ふふふ。メイドたちも教え甲斐があるって張り切ってるから、うんと勉強しなさいね。
それに、お店を持つときには、わたしがお金を出してあげるから」
「はいっ!マリカさまのご慈悲は忘れません」
「でも、偉いわ。こうやって休みの日にも料理の勉強に来るなんて」
「へへへ。うちのご主人の紹介あってこそですよ、マリカさま。
それに、一流の料理人がそろう中で勉強させてもらうなんて、わたし仕合せですう!」
マリカさまからミッケが喉を擦られたのか、ゴロゴロという声がする。

ミッケはこのお屋敷に休みの日を削ってまで、己の腕を磨きに来ていたのか。
ぼくは、ミッケの料理に対する貪欲さに感心する。それで、マリカさまは『三毛猫軒』の
評判のミルクのことを知っていたというわけか。そして、ミルクをマリカさまに売りつけるとは、
なかなかミッケも商人の才がある。将来、ミッケの店は繁盛するんだろう、きっと。

しばらく二人の会話を聞く。なんだろう、この好奇心と後ろめたさが共存するドキドキ感。
ぼくはマリカさまに内緒で秘密を聞いているのだ。マリカさまに仕える身で、なんて破廉恥な。
マリカさま。もし、ぼくの悪さがばれたらいつものように罵ってください。「リツったら、ホントにバカなんだから!」って。
いつの間にかぼくの尻尾はくるりと縮こまっていたが、それでも二人の会話を盗み聞く。
話題は、いつしかぼくのことに変わっていた。照れくさい上にくすぐったい。
その内容は、言えません。あしからず。


ミッケのふとした質問が盗み聞きするぼくに刺さる。
「マリカさんは、リツのことは好きなんですか?」
「わたしね…、リツのことは大好きなのね。だって、無茶って分かっていてもわたしの
言うことを何でも聞いてくれるし、必死に走り回ってくれるんだもん。それがね、かわいくって…」
「ふーん。必死にかあ。わたしにはできないな」
「でも、必死に料理の勉強をしているミッケも素敵よ」

そのころ、ことことと飲み頃の紅茶の為のお湯が沸き、ぼくは温めておいたティーカップを用意した。
バルコニーで紅茶を飲むのはマリカさまは大好き。さて、お茶の時間ですよ。

ぼくがバルコニーに紅茶を運んでいたときには、ミッケは既にこの付近には居なかった。
きっと母屋の厨房へと走っていったのだろう。
「マリカさまー。マリカさま」
「なに?」
「紅茶がご準備できました」
「またダージリンティ?わたしはミルクティがいいの」
「ええ?」
「だけど、お屋敷にはもうミルクは置いてないのよね。そう、わたしのお気に入りのミルクは。
あれじゃないと、わたし…飲めないわ!ねっ、リツ」
「でも、さっきは…」
「だから、リツはわたしの言う事を聞けばいいの!」
「は、はい!」

二つ返事でぼくは、『三毛猫軒』に駆けるのはいつもの事。だけど、戻ってきたときにはきっとマリカさま、こう言うんだろうな。
「やっぱり、ダージリンティもいいわね」って。
そんな手のひら返しをされても、ぼくは思いっきりぼくの尻尾を振ってやるんだ。


おしまい。



関連:リツ ミッケ