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我が家の新年恒例行事・第1話


クリスマスが過ぎて冬休みに突入し、年末も近くなってくると、帰省の時期がやってくる。
猪田家もやはり年末は地方で過ごすらしく、駅のホームに停車している夜行列車へと、4人で歩いている。
いや、娘はピンク色の可愛らしいリュックサックを背負って、走り出していた。

「お母さん、早く早く!」
「発射まで時間があるし、急ぐ必要は無いわよ。それに駅のホームで走っちゃ危ないでしょう」
「志穂、急いだって電車の出る時間は変わらないよ。指定席も取ってるんだから大人しくしなさい」

その後ろを、息子の悠の手を引いて奥さんが歩き、一家の大黒柱であるいのりんは、
3人分の着替えと、お土産が入った、大きな旅行鞄を引いて歩いている。
はしゃぎながら駅のホームを走っていた志穂は、両親に注意されて、ようやく走るのをやめた。
それでも、列車の旅に心を躍らせているのか、今にも走り出してしまいたい様子で、うずうずしていた。
だが、少しするとゆっくり歩くのも耐えられなくなったようで、母親の手を掴んで、列車の方へと早歩きを始める。

母親は「志穂は本当にせっかちさんね」と微笑みながら付いて行き、
せっかちな姉に連れ回されるのに慣れている悠は、無言で足を速める。
3人が数珠繋ぎになって列車の入り口へと辿り着く。

地方へと向かうこの列車は、最近の新幹線などとは似ても似つかない、随分古臭いデザインをしていた。
まず子供たちが入り口から列車へ飛び乗り、次に奥さんが列車に乗り、最後にいのりんが旅行鞄を奥さんへと渡す。
正月に我が家で一人お留守番は、毎年恒例になっていた。

「いつも一人で年越しさせてごめんなさいね。行って来るわ」
「先生方にも渡すし、お土産はしっかり頼むよ。母さんと父さんにもよろしく伝えておいて」
「ええ。任せて頂戴」

笑顔で答える奥さんに頷くと、次にいのりんは懐に手を入れ、中から小さな封筒を2つ取り出した。
瞬間、子供たちの目が輝く。腰を落として子供たちと視線を合わせると、その封筒を渡した。

「はい、今年もいい子にしてたからね」
「お父さんありがとう……」
「やった! お父さん大好き!!」

嬉しそうに封筒を持って微笑む弟と、父親に抱きついてはしゃぐ姉。
抱擁を解いた後、すぐに中身を確かめようとする姉をたしなめながら、いのりんはすくりと立ち上がった。
腕時計をちらりと見ると、列車の発車までそう時間はなくなってきている。
夜行列車なので客はすっからかんだが、いつまでも入り口を塞いでいる訳にはいかないだろう。
子供たちの頭を撫でると、ホームの黄色い線の後ろまで下がり、家族へ向けて「いってらっしゃい」と手を振る。

「「行ってきまーす!」」
「ちゃんと揚げ物と味の濃い食べ物は控えててね」


「ああ、気をつけるよ」と返し、列車の奥へと消えていく家族の後姿を見送るが、
年末は好きなものを好きなだけ食べるつもりだ。

年末はどんなに堕落した生活を送るか、今から頭の中に計画を立てつつ、ぼんやりと車両を眺める。
窓ガラスの向こうには、妻が腕を震わせながら重いトランクを持ち上げ、座席の上の棚に上げているところだ。
志穂と悠は、二人で座席を回転させて、二つの座席を向き合わせにしている。
3人が座席に座ると、程なくしてホームの中に列車の発車を告げるアナウンスが鳴り響いた。
列車が、がたん、ごとん、と動き出す。
ゆっくりと遠ざかっていく家族に手を振り、列車が見えなくなってから、ようやく駅を後にした。

駅の外へ出ると、毛皮があっても肌寒い風に首をすぼめながら、駐車場へ停めた車へと向かう。
シートベルトを締めてエンジンをふかしながら、今日からしばらく一人だと思うと、やはり少し寂しかった。
家族向けの広い車に一人乗り、夜道を走るというのも薄ら寒い。
信号待ちの間にカーナビの電源を入れて、テレビのチャンネルを見ると、
大晦日に行われるボクシングのタイトルマッチで、防衛戦を行うチャレンジャーのスパーリングが映っていた。

スパーリング相手のカンガルーは、素人目にも分かるくらいボコボコにされている。
やはり大晦日の試合に出るのだから、チャレンジャーも強いのだろうか。
他にチャンネルを回してみるが、時期が時期なのか、大晦日に行われる番組の宣伝ばかりだ。
見たい番組もないので、カーナビを地図に切り替えて、いのりんは車を出発させた。

行き先は家ではない。街の真ん中にある焼肉店だ。今年も一年頑張ったのだから、これぐらいの贅沢はいいだろう。
どうせ彼は久しく料理などしていない。年末は外食か出前かインスタント食品で乗り切る予定なのだ。
そんな状況で血圧だとかカロリーだとか血糖値だとか考えたくは無い。
生徒の事になると全力を尽くす彼だったか、自分自身のことに関しては、果てしなくおざなりだった。

×××

「ん……」

背もたれに寄りかかって眠っていた彼女は、窓から差し込む朝日で目を覚ました。
背伸びをしながら欠伸をして前を見ると、志穂と悠が肩を寄せ合って眠っている。

悠は恐らく電池切れのDSを抱きかかえ、夜中みんなで食べていたお菓子の袋を手に持ったままだ。
携帯電話を取り出して時間を確認すると、朝の8時過ぎ。電車の到着は午前9時と聞いている。もうすぐ到着だ。
窓の外を眺めると、雪に包まれた景色が通り過ぎていく。
こんなに深い雪は、彼女の生まれ育った街では見ることの出来ない光景だ。

毎年夫の故郷へと帰るうち、この分厚い雪を見るたび年末年始の訪れを感じるようになっていた。
少しだけ寝癖のついたショートヘアーを撫でつけながら、しばらくの間、その景色に見とれてしまう。
彼女も女性の端くれなのだから、一面の雪景色にロマンティックな気分を感じもする。
家族全員で見れればとも思うのだが、まあ仕方の無い事だ。
高血圧や血糖値やメタボリック内臓脂肪その他諸々と戦いながら必死で家計を支えている夫に、文句を言うつもりは無い。

家内も子供も帰省をするのに、一人だけ健気にも留守番をして、
年末の仕事を一人消化していくのだから、本当に涙ぐましい話だ。
もはや慣例になってしまった今では、涙どころか同情心すら消えかかっているのだが。
今頃どうしているだろうかと考えながら、彼女は大きな欠伸を一つした。


「ふ……あぁ……。二人とも、そろそろ起きて」

そろそろ身支度をさせなければ。二人の子供の肩に手を置いて揺らし、呼びかける。
電車の振動に音に横になれない座席にで、昨日は夜遅くまで眠れないでいたからか、
眠りは深く、起こすには少々の苦労を要した。

目を覚ますと、まず志穂が列車の窓に映る雪景色に気付き、
母の手を掴んで「見て見て! 凄い凄い!」と大はしゃぎだ。
雪だるまに雪合戦に、既に頭の中では正月の計画が組み立てられ始めていた。

一方の悠は、セーブしないまま電池の切れたDSに気付き、静かに肩を落としながら、姉のはしゃぐ様子を見上げた。
ボスで詰まってしまい、昨日の晩に随分とレベルを上げたのだが、それも今やパーである。
楽しそうにはしゃ堪えぐ姉が羨ましい。
失意のままDSを鞄にしまい、視線を母へと移した。

「ねぇ、後どれくらいで着く?」
「あと1時間くらいよ。メールがあったけどトシ君たちはもう着いてるって」
「ホント? じゃあ皆で雪合戦できるね。お母さんも一緒にやろ!」
「志穂、電車の中で大きな声出しちゃだめよ。

私はお爺ちゃんとお婆ちゃんの手伝いが終わってから、雪合戦混ぜてもらうわ」

「えー、最初からやろうよー」
「無理言わないの。雪合戦なら叔父さんが一緒にやってくれるわ。
叔母さんも一緒に美味しいおせち作るから、今晩は楽しみにしてて」

「むーっ」と不満そうな表情を見せる志穂へ、「悠は聞き分けよくしてるでしょ」と言い聞かせ、
抱き上げて膝の上に乗せる。
悠が少し羨ましそうな顔をしたので、そっと頭を撫でて、隣へ招きよせた。

「悠はちゃんと我慢できて偉いわね」
「うぅん……。だってお母さんも大変そうだし……」

そう答えながらにこやかに見上げてくる。弟がこんなにも良い子ぶりを見せ付けるのだから、
志穂もわがままを中断して大人しくするしかなかった。
志穂は明るく活動的だが、何かと我を通そうとして、融通の利かないところが結構ある。

母からすれば、幼い頃の自分を見ているようで気恥ずかしいような可愛らしいような、複雑な心境だ。
だが、どうやら息子のメンタル面は父親に似たらしい。
弱気で臆病だが、不器用な姉に比べて要領も良く、真面目で優しい。
しかも年子なものだから、『どっちが年上だったかしら』とよく冗談を言っているものだ。

その都度志穂が行う、子供の頭で考えた“お姉さんらしい”行動が、これまた愛らしい。
彼女も幼少の頃は、よく母にからかわれたものだが、自分も親になってみて、ようやく母の気持ちも分かった。
志穂は母親と弟の顔を交互に見つめ、むっつりした表情を見せながら考え込む。
程なくして母の膝から飛び降りると、不意に悠へと抱きつきながら話し出す。

「悠も膝の上に座りたいでしょ? 私おねーさんだから、膝の上に座ってもいいわよ」
「おねーちゃん、お母さん見てるし、きっと重いよ……」
「お母さんに見ててもらうの! それに悠は細いし軽いから平気」


困惑した表情で、やんわり不安と恥ずかしさを語る悠だが、姉はそんな彼の意見には耳を貸さない。
母はというと、口元を押さえて面白そうにクスクス笑いながら、二人のやり取りを見つめるだけだ。

志穂は悠の手を引いて強引に立ち上がらせ、代わりに自分が座って膝の上へ手招きする。
悠はまだ困惑した表情を浮かべていたが、言うとおりにしなければ収まりがつかないことは分かっていた。
いっつもそうだ。活発な姉に振り回されるのだ。そして彼は、父親に似て気が優しく押しに弱い。
結局は姉の言いなりになるしかなかった。

「重かったらごめんね……?」
「悠ぐらい楽ちんよ。どーんと座って」

少しの間迷っていたが、「早くしなさいよー」と急かされ、
悠は申し訳無さそうな表情を浮かべ、姉の膝の上へとゆっくり腰を下ろす。
体つきは、獣人の志穂の方が大きかったし、いざ抱っこしてみると意外に無理も無かった。
志穂は「ふふん」と誇らしげに鼻を鳴らして、悠を後ろから抱きしめる。

「どーお? おねーさんの膝は居心地いいでしょ」
「おねーちゃん、恥ずかしいしもう下ろして……」

周りの座席に人がいなくとも、母親が見ている。
そうやってじゃれてる様子を眺められるのは、とても恥ずかしかった。
それに、姉には悪いが正直そんなに良いものではないというのが、悠の感想だった。

硬い鼻面が後頭部に当たるし、父の腹や母の胸にもたれかかる時のように、柔らかくもない。
だが、彼の反応に志穂は不満があるようで、むーっとしかめっ面を浮かべながら、悠の腹に回した腕を解いた。
悠は「ふぅ」と一息つくと、志穂の正面の座席に座り、「もー、恥ずかしいよぉ」と愚痴をこぼしてみせる。

無論、彼も頼りになる姉が大好きだったが、我の強さだけは困りものだ。
志穂は、最初こそ不満そうにしていたが、悠を抱っこした事で一応の目的は果たしたらしく、
すぐに笑顔を作って母親に寄りかかっていた。

猪田夫人は寄りかかる志穂の頭を撫でながら、悠を手招きする。
歩み寄ってきた悠を抱きかかえて膝の上に乗せると、一緒に窓の外を眺めた。
ちらほらと見える民家は、未だに茅葺屋根のものも混ざっている。

民家の周りには屋根から落ちた雪が高く積もっていた。
いつの間にか、志穂が靴を脱いで座席の上に上がり、悠と母親に寄りかかりながら、一緒に外を見始める。
夜は外の景色など見れなかったから、こうして見ると随分面白い。一時間程度はすぐだった。


続く



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