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スレ4>>185-188 ネコにかつお節

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lycaon

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ネコにかつお節


――私は何故、こんな所に居るのだろうか?
ふと、胸中で呟きを漏らし、あった事を振り返る。
だが、今更振り返った所で何も変わる事は無いだろう。
しかし、それでも私は考えてしまう。 そう……

「今日も本当に寒いな。こんな日はこたつにコーヒーが最高な取り合わせだ」
「白先生、コーヒーばかり飲んでると胃が悪くなりますよ? せめてミカンにすれば」
「……私はミカンが嫌いなんだ。
幼い頃に母親にたらふく食わされて腹を壊してな……以来、オレンジ色を見るのも嫌だ」
「へぇ、白先生ってミカン嫌いなんだ―、初めて知ったニャ」

何故、獅子族である筈の私が、猫の集会なんぞに参加しているのだろうか? と。


そう、その始まりは、ごく他愛のない事だった。
夜、寝る前に一服と行こうとした所で、いつも吸っている煙草がそろそろ切れそうだという事に気付いた私は、
寝間着の上に着なれた皮のコートを羽織って、近くのコンビニに買いに出掛けたのだ。

その時の私は、成人識別ICカード(通称タスポ)の事についていろいろと愚痴を漏らして居た事を憶えている。
何故。煙草を一つ買うだけで一々カードを用意しなければならないのか? とか。

あんな物がある所為で、わざわざ遠くにあるコンビニに買いに行かざるえなくなって面倒だ、とか、
それならば酒にも同じ様な物を作れば良い物を、などと愚にも付かぬ事を云々と漏らしつつ夜道を歩いていたのだ。
そして、私が何時ものコンビニまで後数百メートルの辺りに差し掛かった時だ。

――近くの通りをぞろぞろと連れ立って歩く彼らの姿を目にしたのは。

それを見た私が思わず眉をひそめた理由は、その顔ぶれだった。
その顔ぶれは何れも、私の勤める佳望学園の教師や生徒達、中には小等部の子らも混じっていた。
教師だけならばともかく、生徒達がこんな深夜に何を……?と私が疑問と好奇心を抱くのも当然の事だろう。

思えばこの時、それをあまり深く気にする事無く、素直にコンビニに入っていれば良かったのだ。
だが、その時の私はそうする事を善しとせず、好奇心の赴くままにこっそりと彼らの後を付けてしまった。

それからどれくらい歩き続けただろうか。
蕗の森町にある公園に着いた辺りで、ようやく彼らの足は止まった。
その公園は何て事のない、昼間は子供がかくれんぼ等の遊びをしているような、ごく普通の公園だ。
無論、祭りでも開かれている訳でもなく、かといって他に人が集まるような催しが開かれている訳でもない。
しいて言えば、管理人によって良く手入れされているらしく、綺麗に整備されているのが特徴と言うべきか?

公園には既に先客が居た。
その場に居たのは、大まかに見て十数人と言った所。
顔ぶれは多種多様、老人も居れば小学生位の子もいる、そして男もいれば女もいる。
ただ、その場の彼らに共通している点と言えば、全員ネコ族である事か。

……そう言えば、私が追っていた彼らもまた、全員ネコ族だ。
ひょっとすると、この公園にネコ族にだけ催される何かの集いがあるのだろうか?
そう思い、私は木陰に隠れて暫し動向を伺ってみたのだが、彼らは特に何かをする訳でもなく

その場の誰かと世間話をしていたり、携帯ゲームに熱中していたり、
或いはボーっと突っ立っていたり、寝ていたり、
何かを特別な行動を始めようとする様子は一向に見うけられなかった。

しかし、それでも私は辛抱強く、彼らの動向を観察し続けていたのだが
結局、私にとって面白いと言える出来事は何ら起こらないまま、三十分の時間が過ぎてしまった。


そうやって拍子抜けした事もあってか、
いい加減疲れを感じ始めた私が、とっととコンビニに行って煙草を買って帰ろうかと踵を返した矢先。

「あれ? 其処に居るのは獅子宮先生ですか?」

立ち去ろうとする私の背を、泊瀬谷の声が叩いた。
この時、私は泊瀬谷を無視してそのまま立ち去れば良かったのだ。そうすれば面倒な事にならずに済んだのだ。
しかし、私は迂闊な事に、この立ち去る最期のチャンスを、思わず足を止める、と言う形でフイにしてしまった。

「やっぱり獅子宮先生だ。如何したんですか? こんな時間に」

そんな自分の愚かさを胸中で悔いる間も無く、わざわざ私の前に回りこんだ泊瀬谷が問い掛ける。
しかし、私は興味本位で付いてきた、なんぞ恥かしくて当然言える筈もなく、無言で返すしかない。
だが、私の無言の答えを泊瀬谷は変な風に解釈したらしく、明るい笑顔で言う

「あ、ひょっとして獅子宮先生もネコの夜会に参加しに来たんですね?
そういえば獅子族の人もネコ族の遠縁ですからね、獅子宮先生が参加したくなるのも分かるかも」

何を言い出しているのだお前は? 私はそんなのに参加するつもりは毛頭無いぞ?
――と言い出す間すら与える事無く、泊瀬谷は私の手を取って

「ほら、恥かしがってないで先生も参加しましょう?」

とか勝手な事を言いながら、半ば強引に皆の居る方へ引っ張り始めた。
当然、私はただ煙草を買いに出掛けただけで、夜会に参加する気はないと言ったのだが、

「そんなに誤魔化さなくても大丈夫ですよ、獅子宮先生。 皆も先生の事を受け入れてくれますって」

と、私の否定に対して、彼女はなんら聞く耳すらもってくれなかった。

「あれ? 泊瀬谷先生に引かれて来たのは……獅子宮先生だ」
「うわ、ホントだ。 獅子宮先生が来るなんて珍しい…」
「あー、アイパッチの先生だニャ」

そして、泊瀬谷に手を引かれる私の姿に気付いた者達から次々と声が上がる。
……正直言って、これは恥かし過ぎる。 私が一体何をしたと言うのだ? と言うか、これは何の罰ゲームだ?
自然と、顔がかあっと熱くなる感覚を感じる。

もし、私が人間であれば熟れた林檎の様に頬を赤く染めている事だろう。
今直ぐ泊瀬谷の手を振り払って逃げ出したいのは山々だが、もう見つかってしまった以上、それも無理である。
ここで下手に逃げ出せば、変な噂が立つなど余計に恥ずかしいことになりかねない。

「おや、これはこれは獅子宮先生では……一体何の用で?」
「ええ、それが獅子宮先生も夜会に参加したいみたいで……」
「ほほう、そう言えば獅子族もネコ族の親戚みたいな物ですからな、来るのも当然と言えば当然ですな」

と、私の心情を無視して話を進める校長と泊瀬谷。
どうやら、彼女らの内では、夜会への私の参加は既に決定事項の様で。
……もうここまでくると、否定するのですら馬鹿らしくなる。

この時の私に出来る事はただ―――運命を受け入れる事くらいだった。


「獅子宮先生、如何したんですか? うかない顔をして……」
「いや、な……少し、運命の無常さについて考えていた」
「はあ…?」

私の言った事の意が汲み取れなかったのか、不思議そうに首を傾げる帆崎。
どうせこいつには、今の私の心情の一欠けらも理解出来やしないだろう。
このリア充め、後で酷い目に遭わせてやろうか?

「先生、聞いた噂によると、昔、この辺りにある剣道道場全てを一人で壊滅に追いやったとか。
……その話って本当ですか?」

何だその根も葉もない勝手な噂話は……?
確かに学生の頃、仲間に怪我をさせた連中が屯(たむろ)する道場を、
私がお礼参りとばかりに一人で壊滅させた事はあったが、
それが如何言う風に尾鰭がつけば、そんな大げさな話になってしまうんだ?

「ねえねえ、獅子宮先生。 夜な夜な悪を打ち倒す正義のヒーローをやってるって本当かニャ?」

……誰だそんな根も葉も無い噂を流した馬鹿は。
見ろ、コレッタの目の輝き具合から見て完全に信じきっているではないか。
恐らく、この噂を流したのは鎌田の仕業と見て良いだろう。 あの正義馬鹿…後で〆る。

「しかし珍しい物だな。こういう事は好きじゃなさそうな怜子がここに来るとは…」

私だって来るつもりは毛頭なかったよ。元はと言えば泊瀬谷が勝手に勘違いしたのが……
と、ここで白の奴に愚痴を漏らした所で何も解決はしないだろう。
無論、泊瀬谷本人に愚痴をぶつけるのもNGだ。 それで変に泣かれる事になったらそれこそ厄介だ。
というか、そろそろホットドリンクの効果が切れてきた。寒い、とっとと煙草買って帰りたい。

「所で獅子宮先生。この前に私が送ったカツオブシ、如何でした?」
「折角送ってもらって悪いが、泊瀬谷。獅子族の私にカツオブシを箱一杯もらっても……」

何気に泊瀬谷に言いかけて、私ははと気付く。
そう、私は今、迂闊な台詞を口にしてしまった事を、
恐る恐る周囲を見てみれば、その場に居るネコ族全員の耳がこちらへと向いていた。

「ほほう、と言う事は泊瀬谷先生が折角送ってくれたカツオブシを無駄にしていると言う訳ですな?」

校長の目が眼鏡越しにギラリ、と輝く。
何時もののほほんとした雰囲気からは想像できない鋭い眼差しが私を貫く。
この校長、前々から只者ではないとは思っていたが……まさか、ここまでとは。

「いけないな、それは……このままでは泊瀬谷先生の親切が無駄になると言う事じゃないか!
獅子宮先生、何故その事を早く言わなかったのですか!?」

何やらやたらと演技の入った調子で私へ詰め寄る帆崎。
奴のその目は明らかなまでに『カツオブシテラホシス』と物語っていた。

何故、彼らがここまで態度を変えるか……それには理由があった、
元来、ネコ族というのは四足で歩いていた遥か昔から、カツオブシと言うものには目が無く、
彼らにとってマタタビ、マグロに並ぶ嗜好品として珍重されている。

そう、私は迂闊にも、それが家に沢山余ってる事を口にしてしまったのだ。


「別にカツオブシが欲しいって訳じゃないんです、
ただ、泊瀬谷先生の折角のお礼を無駄にさせたくないと言う親切心で言っているまでで」
「取りあえず、わしとしては削り節をたっぷりと乗せた冷奴を食べたいのだがな」
「ねーね―、獅子宮先生、私もカツオブシが欲しいニャ―」
「コレッタ、こう言う時は直接言うんじゃなくて遠まわしに欲しいと伝えるんだニャ。
そう言う訳でアイパッチの先生、捨てるならあたしにくれニャ」
「コーヒーばかり飲んでると、偶に別の物を食べたくなる時があってな、特に乾物が恋しくなる時がある」

気が付けば、私は欲望剥き出しのネコ達に周囲をぐるりと取り囲まれていた。
その異常な状況に、私は思わず助けを求める様に泊瀬谷の方へ視線を向けるが、

「………?」

当の彼女は、何故こうなったのかを理解していないらしく。うろたえる私を物珍しそうに眺めていた。
最期の逃げ場すら失い、追い詰められた私は周りを振り払う様に叫ぶ。

「分かった、後でカツオブシを配ってやるから、いい加減私に恥をかかせないでくれ!」


――結局、私が煙草を買い忘れた事に気付くのは、
目をぎらぎらと輝かせたネコ族達を何とか説得し、ほうほうのていで公園から逃げ帰った後の事である。


もし、深夜のとある公園で、ネコ族へカツオブシを配って周る獅子族の女を見たのなら。
その事は誰にも伝えず、心の奥底へそっと仕舞って欲しい。……私からのお願いだ。

―――――――――――――――――おわれ―――――――――――――――――



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