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しっぽの風紀委員長


「おや、モエさん。その尻尾はちょっとふさふさすぎやしません?」

放課後の教室、モエの不自然すぎる派手な尻尾に、わたしの目が止まった。
こうして生徒の風紀の乱れを許しておくと、わたしの桜の花咲く学校生活が枯れ果ててしまうこと必至。
そう。ここは風紀委員長として注意しなければ、と学園から託された使命を燃やす。

きっと、『若頭は12才(幼女)』のあの名シーン・第29話で、
森三一家が相手のシマに乗り込むときの気持ちと同じだろう。
己の信じる道を進むしかない。若頭の持つ刃のように、わたしもモエに正義の刃を振り下ろす。
しかし、モエはひょいと身体を翻し、わたしの風を切るだけの刃をニシシと嘲笑う。

「リオさあ、放課後ぐらいいいじゃんよ。エクステぐらい付けさてよね」

巷ではやりの尻尾のエクステ。彼女のように長い尾を持つ種族には、お誂えのファッションであるが、
わたしのような丸っこい尾を持つウサギにつけると、大変マヌケな姿になってしまう。しかし、規則は規則。
『若頭』の勇気を貰って、再度警告を促す。しかし、モエにはわたしの警鐘が妬みにしか聞こえないのだろう。
そのままふわりと華やか(すぎる)尻尾を揺らして、ハルカと一緒に街に繰り出してしまった。
同い年の女子高生のはずなのに、モエの気持ちを汲み取れないわたしってば。

ふん、わたしだっていっぱしの女の子だぞ。
控えめなボブショートと理知的な銀縁メガネのおかげで、
女の子にとって屈辱の言葉『地味』の烙印を押されてはや数年。

趣味もあまり大きな声で言えないもの(わたしが思うには、
大変文化的かつ先端的でわたしらの世代にとって、たいへん誇りのあるものだと思うが)、
と言うこともあって人目に付かぬよう、質素に高校生になるまで暮らしていた。

しかしこれじゃあ、折角の女の子が台無し。兎に角、ファッション雑誌に目を通そうと思う。
だが、新刊ラッシュを見据えて、わたしのサイフの紐を締める為に、
書店で買わずに我らが佳望学園自慢の図書館まで足を運ぶことを選ぶ。お金は生き物。


暇を持て余すカウンターには司書の織田さんが座っていた。
織田さんはわたしの顔を見ると、すぐににっこりと笑顔を返してくれた。
そうだ。織田さんに顔を覚えられることは、この空間では勲章を与えられたに等しい。

「あら、因幡さん。いらっしゃい」
「はい…。こんにちは」

織田さんのやさしい声で迎えられたわたしは、軽く会釈をして最新の雑誌が彩る一角へと足を運ぶ。
雑誌コーナーで手に取ったティーン向けのファッション雑誌を手にするだけで、
周りに花咲くファッションモデルになった気がする。

初めてアニメを見たとき感じた胸の高まりとはちと違う。
期待と大人の背伸びに胸弾ませるわたしを出迎えてきたのは、
わたしたちが生きるこの現代社会をすこぶる明確に表す、デカデカと並んだ文字羅列であった。

『犬っ子女子高生だいすき。即買!ノミ取りシャンプー』
『知らないなんて、超ありえない!なかよし同士で肉球マッサージ』
『つけとかないとヤバイ!ふわかわしっぽエクステ』

そうか…知らなかった。こんなことが流行っているなんて、
世の中の大海原は井戸で暮らす小さなうさぎに未知の世界だということを
教えてくれるじゃないか。そうなんだ。わたしは『ヤバイ』んだ。『ありえない』んだ。

このアクセサリー、欲しいなって思っていたけど、顔の見えない巨大なメディアから「ヤバイ」なんて言われると、
「今までひっそり生きてきて、ごめんなさい」と、
謝る相手もいないのに頭を下げてしまう。わたしのような地味で質素なケモノには、
おしゃれを楽しむ権利はないのかと自問自答を繰りかえす。

まさか、今までの短い人生をこの一冊でひっくり返されるとは思っていなかった。
ただ…わたし、因幡リオは…おしゃれがしたいのです。
うさぎ用の尻尾エクステ…それが欲しいのです。それだけです。

しかし、エクステって結構なお値段するんだな。初版限定のDVDとエクステを天秤にかけたら、
DVDが勝ってしまうでしょうね。
エクステはいつでも買えるけど、初版限定は…、はあ…。と、泣き言をいっても仕方がない。
はぁ、と溜め息と共に、パタムと華やかなモデルが表紙を飾る雑誌を音もなくたたみ、蔵書だけは豊富な
我らが図書館の雑誌コーナーからそそくさとわたしは立ち去る。きょうは木漏れ日が何となくまぶしい。

「おや…、因幡さん。きょうは?」

カウンターから司書の織田さんが雑誌を捲りながら、アンニュイな雰囲気漂わせて話しかけてきた。
わたしが本を借りもせずに立ち去ることはそうそうない、と思ったのだろう。わたしはすっとぼけて

「借りたい本がなかったんです」とウソ吹く。長い耳がウソツキとわたしを責めているのが分る。ごめんなさい。
「そうなんだ。わたしね、最近の子が読む雑誌をちょっと見てるんだけど…これ、気に入っちゃった」
すっと立ち上がると織田さんの腰の後ろに、尻尾のエクステが付いていた。


ウチに帰ると、弟のマオがリビングのソファーに腰掛け、雑誌を眺めながら一人悩んでいた。
テレビは相手にされてもいないのに、必至に天気予報を伝えている。きっと明日は今日より寒くなるだろうと。
後ろからマオをコツーンと頭を小突いてやると、わたしの思ったとおりの反応は無く、
やや薄いリアクション。ヘンな物でも食べたのか。

マオの顔を見ていると、何か思い悩んでいるようにも見える。
なんせ、わたしは彼の姉として十数年歩んでいますからね。
そのくらいのことはお見通しでございやす。ここは、姉として弟の話を聞いてやらなければ、
という使命感溢れるわたしの質問に対して、あどけない顔を見せるマオはいやいや口を開く。

「更紗のさあ、プレゼント…買ってきたいんだけど。いやいやいや!姉ちゃんには聞かないことにしよう!」
「なんでだよ。わたしはあんたのお姉ちゃんだよ」
「だって…姉ちゃん…分かんないだろうし、ファッションのこととか」

なんだと。うら若き乙女のわたしに対して何たる侮辱、お姉ちゃんだって、お姉ちゃんだって…。
立派な女の子ですよ。

弟の恋人のプレゼントのお見立て。冷静に考えれば、お節介な第三者の介入なのだが、
ここはひとつ、わたしも女の子代表としてこの生意気な少年にご意見進ぜよう。
長い耳をかっぽじいて、しかと聞きなさい。

「女の子はね、寒いのが大嫌いなのよ!だから、なにか暖まるものでも買っちゃいなさいよ」
「…例えば?どんなのがいいんだよ」
「う、えっと…『尻尾のエクステ』とかは?」

たった今、仕入れたばかりの付け焼刃をここで使うとは思っていなかった。しかし、付け焼刃でも一応『刃』。
わたしの一刀はマオへと確実に届いているようであった。
その証拠にいつもなら返してくる文句をきょうは一つも言わない。

弟は素直に「うん」と頷き、奥へ引っ込んでいく。
さて、わたしはそんなことより年度末の新刊ラッシュが気にかかる。
各出版社も決算月なので、待ちに待ったあのコミック、ラノベの新刊が出るんだよね。
楽しみだな、しっかり生きよう。
そのためにも、雀の涙の財産を必至に守り抜きますか。でも…わたしも欲しいな…。うさぎ用の尻尾エクステ…。

翌日は私たちの街にとって珍しく雪降る景色であった。
その雪は下校の時間が過ぎても地上に散らすことをやめなかった。
それでも空を飛びまわる宮元、背中を丸めるネコの三斑、固まったままの鎌田。

久しぶりの冬将軍にひれ伏す者、歯向かう者、人それぞれ。
そしてモエは尻尾にふっさふさの派手なエクステをつけて、街へと繰り出した。
今日も注意を促そうとした矢先、モエの方からの先制パンチを真っ向から受ける。

「ねえ!リオさあ。この尻尾のエクステさあ…タスクったら『ダッセえ…』って言うんだよ。ムカつくよね!」
そう言えば、モエには中等部の弟がいたっけな。タスクくんだ。
この間会ったときは、大人しそうだったんだけどなあ。
弟ってやつは何処も同じなのだろうか。ちょっとばかりモエさんの気持ちが分かった、街が白い日だった。


おしまい。