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Blue sky ~この青い空に春を呼ぶ~ "前編"


ひゅん…ひゅん…ひゅんひゅんひゅんひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんん………

最初はゆっくりと廻り始めたプロペラは、モーターの唸りと共に次第に回転の早さを増し
モーターの音が風鳴りの様な音になる頃には、
プロペラの先端に塗った黄色い塗料が丸く輪郭を成す様に見える様になる。

ランティングギアのブレーキを解除、するとプロペラから生まれる推力によって徐々に機体が加速して行く。
その加速をより早める為、俺は自転車から流用したペダルを強くこぎ始める。
第1加速………第2加速………第3加速………離陸速度に到達!

翼のフラップを動かし、翼への揚力を最大にして、機首を引き起こす!
十分な加速と揚力を得て、機体は風に乗り、
重力のくびきから解き放たれ、今、地上から飛び立つ!

「良しっ!飛んだ――――」

ぼ き ん

直後、何かが折れる嫌な音。

「―――え゛!?」

音の方へ振り向き、右の翼が途中から折れているのをその目で確認する間も無く、

ずがっしゃっあぁぁっざりざりざりがしゃん

――俺、風間 惣一(かざま そういち)を乗せた自作飛行機『ブルースカイⅧ(エイト)』は土煙を上げて、
河川敷の地面を派手に滑走し、やがて地面に突き出た車止めのコンクリートブロックにぶつかってようやく止まった。

「痛つつ……くっそう……一体何処が悪かったんだ?
ひょっとして翼の強度計算を間違えてたのかな………?」

土煙が収まった後、俺はボロボロになった機体から擦り傷だらけの身体を引きずり出し。
首を傾げてぼやきながら、破損して最早空を飛ぶ事はおろか地上を行く事すら叶わなくなった元飛行機を見やる。
そして早速、工具片手に破損状況を確認しつつ、破損したパーツと無事なパーツを分けるべく分解し始める。

「と、機体の方は………あ~あ、右の翼のフレームとパネルは完全にオシャカか、これで今月の小遣いパーだな……。
お、ペラ(プロペラの意)とモーターは無事だったか。ああ、良かった良かっ―――」

「全っ全、良くないわよっ!!」

「―――んお?、白頭か? どした、何が良くないんだよ?」

機体の分解中に背に掛かった声に振り向くと、
其処には尾羽を不機嫌に広げたハクトウワシの鳥人の少女の姿。

こいつの名は白頭 空子(はくず くうこ)、俺の住んでいる家と隣同士と言う、ありきたりな幼馴染の関係の少女。
学校内ではクラス委員をしており、勉強もできる上に人当たりも良い為、教師生徒問わずして良い評判がある。
……のだが、如何言う訳かこいつ、俺に対してだけはやる事なす事に一々口うるさく突っかかってくるのだ。

某大国の国鳥の遺伝子を持つ所為か、やたらとプライドが高い上に口が達者で、
下手にこちらが言い返すと、即座に何倍にも言い返される。
見た目は結構可愛い顔しているんだけど、このキツイ性格の所為でいろいろと台無しだ。


「良くないの! ソウイチは自分の身体とそのガラクタのどっちが大事なのよ!?
もう、擦り傷だらけじゃない!」

―――ガラクタ言うな! と言い返したかったが、
余計に彼女の怒りへ油を注ぎそうなのでグッと喉元で堪えて言い返す。

「まあ、自分の身体も大事だけどさ。怪我をしても大人しくしていれば時間と共に治るじゃないか。
けど、機体はそうは行かないぜ? 動物や人と違って直さなきゃ直らないまんまなんだから」

「だからと言ってね! それにも限度ってのがあるでしょ!? 怪我で死んじゃ御終いなのよ!!
こんなガラクタに乗って何度も落っこちたら何時か死ぬわよ、ソウイチ!
良いからソウイチはアタシなんかの為にこんな事繰り返さないで頂戴! 良い迷惑なのよ!」

「別に俺は白頭だけの為にやって居る訳じゃねーよ。これは俺の夢でもあるんだからな! 夢で死ねたら本望だ!!」
「ああっ、もう!! あー言えばこう言う! もう良いわよ! 勝手に墜落して怪我すれば良いのよ!」

売り言葉に買い言葉、こうなるともう止まらない。

「あー言えばこう言うのは白頭も同じだろ!
それに何時も墜ちると決まって居る訳じゃねーだろ! 勝手に決めんなこの白髪頭!」

「ひ、人が気にしている事をよくも言ってくれたわねぇぇぇぇっ!! このチビ助っ!!!」
「だっ、だぁれが芥子粒どチビだぁぁぁぁっ!! こーなったら何度でも言ってやる!
白髪白髪白髪白髪白髪白髪白髪白髪白髪SIRAGA! 如何だっ!」

「い、1秒間に十回も言ったわねぇぇぇぇっ!! もう知らないっ! アタシは帰るわ!!」
「ああもう勝手に帰れっ!!その方が清々する!!」
「フンっ!じゃあねチビ助っ!」

激しい口論の末、白頭が俺に向けて吐き捨てる様に言うと、そのまま歩いてその場を後にする。
ったく、確かに俺は高校生なのに身長が155cmしかないけど、
チビ助はねーだろ! チビ助は! おまけに帰り際にも言いやがって!!

……って、またやっちまった……。
なんで何時も白頭と顔を合わせる度にこうも喧嘩しちまうんだろ……?
本当はもう少し優しい言葉を掛けてやりたいんだけど、
素直じゃない白頭と話している内に何時の間にか売り言葉に買い言葉、
結局、口喧嘩の末に俺か彼女のどちらかが怒って帰っちまうんだよな……。


あ、察しの良い奴ならもう分かっていると思うが、今の白頭は鳥人でありながら飛べない、
それは口喧嘩の後に態々”歩いてその場を後に”した事からも分かるだろう。

白頭の奴、昔はしっかりと飛べたんだ。それこそ、見ている俺が羨ましく感じるくらいな?
けど、数年前に起きたある事故が原因で、彼女は飛べなくなった………。

その事故というのが白頭が1人で飛んでいる時、
運悪く突風に煽られて地面に叩き付けられてしまい、腕、いや翼の骨を折る大怪我を負ったんだ。
鳥の獣人にとって、空を飛ぶ為の翼の骨折はそれこそ致命的とも言える怪我だ。
しかし幸いな事に、治療した医者の腕が良かったのか、
白頭の翼の骨折は1ヶ月もしない内に綺麗に治った。

……けど、怪我が治ったにも関わらず、白頭は飛ぶ事が出来なくなっていた。
飛ぼうとすると、立てなくなる程の震えが身体に走って、その場で座りこんでしまうのだ。

医者の話では、飛べない原因はPTSD(心的外傷後ストレス障害)とか、言ってたかな?
白頭は墜落した事による心の傷の所為で、空を飛ぶ事に恐怖心を抱くようになってしまったんだ。

……以降、幾らリハビリを試みようとも、白頭の奴は飛べないままだ。
それ以来、彼女は塞ぎ込みがちになり、時折、空を見上げては寂しげに俯く姿を目にする事が多くなった。
俺も、この身も心も傷ついた幼馴染の事を心配し、何度か励ましてみた物だ。
だが、そのたびに彼女の反発を買い、大喧嘩した末にどちらかが怒って帰ってしまう。それを何度か繰り返した。
その時、彼女は決まってこう言った、

『生まれつき飛べない人間のアンタに、私の苦しみなんて解らないのよ!』

確かに彼女の言っている事は正論だ、だが、だからと言って苦しみが解らない訳では無い。
今まで出来た事が、ある日を境に全く出来なくなる……その苦しみは相当な物だったのだろう。
俺は何とかして、彼女を再び飛べる様にしたいと思った。彼女の苦しみを晴らす為に……。

彼女が飛べない原因は心的な物だ、恐らく墜落した時に感じた恐怖が、彼女の心に深い傷を刻み、
飛ぶ事への恐怖心に繋がっているのだろう。
ならば、飛ぶ事に対しての恐怖を上回る勇気とやる気を与えれば良いのだ!
そして、彼女の家への8度目の訪問をした時
先に言った彼女のお決まりの言葉の後に、俺はこう返した。

『だったら、お前が生まれつき飛べないと言った人間の俺が、自作の飛行機で飛んだ時。
白頭、お前も空を飛べるように努力するんだ! 約束だ!』

ああ、これははっきり言って挑発だった。確実に彼女の頭に血を昇らせると見越した上での言葉だ。
そして、俺の思惑通り、彼女は言った。

『ふん、分かったわ。どうせソウイチには無理だと思うけど、
もし万が一、ソウイチがその自作の飛行機とやらで空を飛ぶ事が出来たんだったら、
アタシも努力して見るわ! 約束ね!』

この時、俺は頭の中でほくそえんだ物だ。
彼女が見事なまでに俺の挑発に乗り、約束を取り付ける事に成功した事に。


俺のおじいちゃんは昔、戦闘機のパイロットをしていた。
そしてその息子の父さんもまた、国際線の機長をしており、今も何処かの空の上で頑張っている事だろう。
そんな血を受け継いだ俺もまた、小さい頃から自作の飛行機で空を飛ぶのが夢だった。
そう、夢を叶えるついでに傷ついた幼馴染を救えて一挙両得だと俺は目論んでいたのだ。
そして、俺は早速、飛行機同好会を立ち上げ、おじいちゃんが所有する部室兼作業小屋で飛行機製作を開始した。

……だが、ここからが問題だった。
人が乗って飛ぶ飛行機を一から作ると言う事は、プラモデルやラジコンの飛行機を作る事とは全く大違いなのだ。
この時の俺は、何とかして彼女をその気にさせる事に夢中で、その事に全く気付いちゃいなかった。

最初の内の何度かは、飛行機の形をした良く分からない物を作っては、崖から飛び降りてそのまま転落した物だった。
……あの時はよく死ななかった物だと自分自身、感心する。

そうやって、日に日に怪我が増えていく俺の様子を見かねたおじいちゃんから、飛行機の基本原理などを教えてもらい。
それを元にグライダーの様な物を作っては崖から飛び降り(前と変わってない)数メートルほど滑空しては転落した物だ。
この時は良く、崖近くの立ち木に引っ掛かっては母さんにこっ酷く怒られたものだ。

そして更にその後、失敗を続ける俺の様子を見かねたおじいちゃんの要請を受けた父さんのアドバイスで、
飛行機の設計などを勉強し始め。如何言う風に設計すれば、飛行機が問題なく空を飛べるかのイロハを学んだ俺は、
ただ飛ぶだけでは面白くないと思い始めたのだった。
そして、俺が考え付いたのが、翼にソーラーパネルを敷き詰める事で、
空に太陽が輝く限り、半永久的に飛び続ける事の出来るエコロジーな飛行機を作る事だった。

……思えばこの時、やろうとしている事が本来の目的から少しズレ始めている事に、俺は全く気付いていなかった。
その結果、普通に飛行機を作っていたのならとっくの昔に完成していたのを、
より難航させる事になるのに気付いたのは製作を始めてから後の事だった。

……問題は翼に敷き詰めるソーラーパネルにあった。
このソーラーパネルという物、その薄い見た目と裏腹に結構重たく、
モーターに飛行機を推進させるだけの出力を発生させるのに必要な電力を得る為に、
翼に敷き詰めるソーラーパネルの面積がかなり必要となり、
バッテリーを含めるとその重量は相当な物となってしまう。

当然、機体の重量が増したら、それ相応の出力を持ったモーターが必要となる訳で、
そしてそのモーターを動かすのに必要な電力を得る為に、
もっと多くのソーラーパネルと大容量のバッテリーが必要となる。
……このジレンマを解消しなければ。何時までたっても飛行機は完成すらしないだろう。

だが、これで俺は投げ出す訳にはいかなかった。自作の飛行機で空を飛ぶ夢を叶える為、
そして、怪我して以来、飛べないままで居る白頭を勇気付ける為、俺は諦められなかった。


このジレンマを解消する為、俺は無い頭を酷使して飛行の為の計算をすると。
そのために必要な低電力で高出力のモーターと、軽量かつ高発電量のソーラーパネルを求めて東奔西走し
必要な資金などは今まで溜めた小遣いやお年玉で賄い。
足りない場合は学校に許可を取りアルバイトをした時もあった。
そして時には、おじいちゃんや父さん、または友人などにも頭を下げて資金援助をしてもらったりもした。

その苦労の甲斐もあって俺の理想に近い部品の全ては集まった。
機体を構成するフレームは、竹を圧縮形成した物を用いて、軽量化とローコスト化を図り
(竹製品の加工販売を行っている知り合いに頼みこんで作ってもらった)
ソーラーパネルはなるべく薄く、そして軽量な物を使用(これが一番、時間と金が掛かった)

必要な性能を満たすモーターやバッテリーはジャンク屋を駆けずり回って見つけ出し。
プロペラもモーターと同じくジャンク屋周りを繰り返し、やっと要望にあった物を見つけ出した。
(オイルまみれになりながら望みのモーターを見つけ出した時、感動の余り涙が出たのを思い出す)
しかし、本当の苦労はここからだった……

何せ翼をソーラーパネルにした飛行機を、一般の高校生が自作したと言う前例は殆ど無く
(NASAが何機かを開発、製造しているなどの例はあるが)
更にその特性ゆえ、設計自体も通常の人力飛行機の物とは殆ど違う物となり。
殆ど前例が無い以上、必然的にトライ&エラーの繰り返しとなる。

結果、俺は冒頭の様な失敗を何度も繰り返す羽目になった訳で。
何度墜落、そして破損させては修理、改修を繰り返したか、はっきり言って憶えていない。
(当然、その度に修理費やその他の経費が嵩み、財布の中身は常に極寒な状態に……。
更にその上、気が付けば我が飛行機同好会は墜落同好会などと言う不名誉極まるあだ名で呼ばれるように……)

しかし、その苦労のお陰か、着実にその成果は現れ始めている、
今まではジャンプに近い物で飛ぶなんて殆ど出来なかった。だが、今回は5メートルも飛んだのだ!
この差はかなり大きい。もし、翼さえ折れなければもっと遠く、高く飛べた筈だ。

「今回の失敗の原因はずばり翼の強度不足、
それと飛行時に発生するカルマン渦によるフラッター現象もあるな。
だったら強度を上げるついでにカルマン渦を分散させる構造を………」

粗方の考察をして改良点を見つけた俺は
『ブルースカイⅧ』を分解し、河川敷近くにある部室兼作業小屋へ苦労して持ち帰った後。
早速、『ブルースカイⅨ』へ改修する為の作業に入ったのだった。


「ふぅ、修理及び改造完了っと………これなら今度こそ、飛べるかもな………」

粗方の作業が終わった後、
俺は改修された『ブルースカイⅨ』を前にレンチ片手に一息付ける。
ふと、壁に掛けられた時計を見れば、時刻は何時の間にか夕飯時を過ぎようとしている所だった。
さっきから腹が減ったなと思ったら……集中していると時間が流れるのが早く感じるな。

「……こんな時間までご苦労な事ね、チビ助」
「――誰がミジンコどチビだ……って白頭か、お前こそこんな時間に何の用だ?」

不意に後ろから声を掛けられ、つい、ムッとしながら振り向くと、
作業小屋の入り口に立つ白頭の姿があった。

「用と言うほどの物じゃないわ。
お母さんにね、差し入れでも持っていきなさいと言われて持って来たまでよ。
そうじゃなかったら態々こんな小汚い場所に来ないわよ」

言いながら、白頭は不機嫌そうに作業台の空いたスペースに水筒と何かの入った風呂敷包みを置く。
包みを開けて見ると、中にはアルミホイルに包まれた焼きお握りが数個入っていた。

「焼き御握りか……丁度お腹空いてたんだ。悪いな、白頭」
中を確認するとお茶を片手に焼き御握りを口に入れる。
うん、出来合いの冷凍物じゃ無いなこれ、こんがりと焼いた醤油の風味が良い感じだ。


「結構美味いじゃねえか。………白頭、ありがとな」
「礼ならお母さんに言って頂戴、アタシに礼を言っても困るわ」

俺の感想に、そっぽを向いて応える白頭。
こいつ、相変わらず素直じゃないな………。

「……ねえ、少し聞きたいけど、何でソウイチは何度失敗しても諦めないの?
もういい加減諦めようと思わないの?」

焼御握りを半分程平らげた所で、俺の横で両の翼を後ろに組んだ姿勢の白頭が問い掛ける。
俺は茶の入ったコップを作業台に置き、白頭に向き直ると

「その答は簡単だ、諦めたら其処で終わりだからだよ。
決して出来の良く無い頭を捻って考えて設計して、彼方此方駆けずり回って下げたくない頭下げて
欲しい物を我慢して溜めた小遣いやお年玉をはたいてパーツを買い集めて、
寝不足になるのも構わずに徹夜で飛行機を組み上げては、何度も何度も失敗しては怪我をして、
それでも諦めずに努力してきた事が『もう駄目だ、諦めよう』で全てがお仕舞いになるんだ
俺は……そんな終わりは認めない。 これは俺の夢でもあるんだからな」

「……ソウイチ、アンタはバカよ。本っ当にバカよ! バカもバカの大バカよ!!」

毅然とした俺の答えに、白頭は身体を震わせて怒りを顕わにする。

「何で怪我してまで、辛い思いをしてまでやるのよ、本当に馬鹿じゃないの?
もう良いから止めて! ソウイチが飛行に失敗して怪我するたびにアタシは………」

馬鹿と言われた事に俺がムッと来た所で、白頭は何故か両目に涙を溜めて、言葉を詰まらせる。

「お、おい、なんで泣くんだよ? 俺、お前を泣かせるようなことはしてないぞ?」
「ソ、ソウイチには関係ないわよ! ほっといて!」

心配して声を掛ける俺を振り払うように、彼女が言い放った後、

「……とにかく、もうこんな馬鹿な事は止めて頂戴! アタシが言う事はそれだけ、じゃあね!」

俺が止める間も無く水筒を引っ手繰るように取ると、さっさと作業小屋から去っていった。

「……やっぱり、素直じゃない奴」

そして、俺は残された焼きお握りを眺めながら、一言漏らした。


「いやぁ、ええもん見せてもろおたわ。
『若い二人の空に賭ける青春』 これで新聞の一面ゲットどすぇ」

そのままやる事もなく、焼きお握りをかじっていた所で
唐突に横合いから掛かった声に、思わず振り向き見れば、
其処には笑顔を浮かべた黒い少女が立っていた。

黒い少女……これは決して揶揄ではない、彼女は本当に黒いのだ、
全身を覆う漆黒の羽毛も、身に着けている黒系の服も。
そして、彼女の常に浮かべている優しげな目の裏に潜む、その本性も。

烏丸 京子(からすま きょうこ)、漆黒の羽毛を持つ烏の鳥人であり、俺の通う学園の新聞部の部長である。
用意周到、暗中飛躍、神出鬼没、傲岸不遜、彼女の事を四字熟語で表せればこの四つが出てくる事だろう。
彼女の前に隠し事は通用せず、知られれば1日もしない内に校内中に知れ渡る。
今まで彼女によって不幸になった人間は数知れず。決して敵に回してはならない存在。
そして番格の不良ですらある意味恐れる存在、それが彼女――烏丸先輩だった。

「……烏丸先輩……何時からここに?」
「ん~、そうどすなぁ……くうちゃんが『こんな時間まで~』と言った辺りくらいからやなぁ?」

搾り出す様に言った俺の問い掛けに、烏丸先輩はのほほんと言った感じに応える。
因みに、烏丸先輩の言う「くうちゃん」とは白頭の事である、
しかも如何言う訳か、烏丸先輩は白頭と親友同士の関係だったりする。
……どんな事情で白頭と烏丸先輩が仲良くなったのかは、今だ不明なままである。

「最初からかよ……つか、何処から入ったんだよ?」
「それは聞かないのがお約束どすぇ」
「言えないって事かよ。まあ、良いけど。
――で、わざわざ顔出して何の用だ? 取材だったらノーコメントだぞ」
「あ~。ちゃうちゃう、取材やとかそ~言う事や無いどすから安心おし」
「は?」

パタパタと漆黒の羽の手を振る烏丸先輩に、俺は軽く眉をひそめる。

「いやな、惣一はんは、くうちゃんの事をどー思ってんのか気になってなぁ……」
「はぁ?」
「ほら、うち、くうちゃんとは親友やろ? その親友のくうちゃんが何時もあんたさんの事を話すやさかいに。
うちはあんたさん自身はくうちゃんを如何思ってはるんやろな、と気になった訳どす」

……なるほど。そりゃ気になるのも当然だな。
つーか、アイツ……俺の知らない間に何か悪口でも言ってないだろうな?

「どう思ってる、と言われてもな……
アイツは口が達者な上に素直じゃないし、俺のやる事なす事全てに反発して……」
「いやいや、そう言う意味とはちゃうんや」
「へ?」

言いかけた所で違うと言われ、思わず間の抜けた声を漏らす。
そんな俺に構う事無く、烏丸先輩は更に続けて言う。

「うちが言いたいんは、あんたさんはくうちゃんの事は好きか? って事どす」


 ぶ っ !


「んもぅ、いきなり噴出すなんてばっちい人やなぁ……」
「な、なななななな、何をいきなり聞いていらっしゃるのですか!? あんたは!」

迷惑そうに翼についたご飯粒を払い落とす烏丸先輩に、俺はどもりまくりながら何処か必死な感じで問い掛ける。

「何を、って聞きはりますけど、うちの言ったのはそのまんまな意味やで?」
「……あ、あのな……」

ご飯粒を粗方払い落とし、首を傾げて不思議そうに聞き返す烏丸先輩に
俺が頭の内から沸きあがった頭痛の様な物を感じながら言い返そうとした矢先。
烏丸先輩は先程ののほほんとした態度から一転、まなざしを真剣な物へ変えて言う。

「惣一はん、あんたさんはなんも知らん様やから言っておくけど、
くうちゃんはずっとあんたさんの事を心配してらっはるんやで?
しかもな、あんたさんが飛行機を飛ばす時にはな、くうちゃんは物陰からあんたさんを見てたんどす。
そう、あんたさんに何かあった時には、何時でも飛び出せる様にな。ほんま……くうちゃんは健気なもんやで。
それを知らんで、あんたは何が『俺の夢』や! 何が『諦めたら終わり』や!
怪我して死んでしもうたらな、夢も何もあったものやないで!」

「……え……?」

烏丸先輩からまくし立てる様に言われた事実に、俺は呆然と声を漏らす。

「良いか、くうちゃんは何時もきつい事言ってるように思っとる様やけどな、
惣一はんの事を想って言ってるんどすえ。
あんたがくうちゃんの事を想ってるのと同じ様に、くうちゃんもあんたの事を想ってはるんや! 分かるか!
何も飛行機を飛ばす事を諦めろ、とは言わん。けど、くうちゃんのことを想うんやったら自分の事も大事にしーや!
あんたはんはくうちゃんを悲しませたくないやろ? なあ!」

「…………」

何時しか目に涙を浮かべ始めた烏丸先輩に、俺は何も言い返せなかった。……いや、言い返せる筈もなかった。
俺は……自分のやろうとしている事に夢中になる余り、白頭に心配を掛けさせてしまっていたんだな……
しかも、それに全然気付かないなんて、俺は本当に馬鹿だ。
自分の馬鹿さ加減に一人、後悔の意を抱いている俺を余所に、
一通り言いきった烏丸先輩は一息付いた後、懐から取り出したハンカチで涙を拭いて言う。

「と……うちとした事が、ちょいと熱うなり過ぎたわ。堪忍してや?
惣一はん、多分あんたはんの事やから、また今度も飛ばすつもりやろうと思うけど、これだけは憶えとき。
あんたはんの身体は、あんたはんだけの物やないんやってな? やから、身体は大事にしーや」

「ああ、分かった……俺も、白頭を悲しませたくないしな」
「うん、分かれば良いんどす。……で、本題やけど、あんたはんはくうちゃんの事が好きなんやろ?」

……まだ聞きますか、この人は?


「白頭の事が好きじゃなかったら……何度も苦労してまでこんな事続けたりしねーよ」

何処か気恥ずかしい物を感じつつ、俺はそっぽを向いて烏丸先輩へ言う。
俺の答えに満足したのか、彼女は何処か安心した様に、

「それを聞いてうちも安心したわ。……実は言うとな、もし、ここで惣一はんが変な事答えておったら、
うち、惣一はんの事で有る事無い事書き立ててやろかと思っとったんやけど……その必要もなさそうどすな」

うん、変な事答えなくて本当によかった……ナイス俺!

「そいじゃ、用も済んだことやし、うちはここでお暇させてもらいますわ。
惣一はん、明後日の飛行、上手く行くとよろしおすな?」

言って、何時もののほほんとした調子に戻った烏丸先輩は作業小屋から去って行く。
そこである事に気付いた俺が、去り行く烏丸先輩へ声を掛けようと振り向いたその時には、
既に彼女の漆黒の羽毛が、ドアの向こうの夜の闇へ完全に溶け込んでしまった後であった。
そして、俺はドアの方を眺めつつ、呆然と漏らす。

「……確かに明後日飛ばす予定だったけど、俺、一言もそんな事言った憶えないのに……?」

……この時ばかりは、俺は平穏無事に卒業したいなら烏丸先輩に逆らわない方が良い、と心に誓うのだった。




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