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スレ3>>929-930 我が敵は北方に在り

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lycaon

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我が敵は北方に在り


「う゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉっ! 寒いぞッ! こんちくしょぉぉぉっ!!」

冬の朝の静かな空気を吹き飛ばし、一人の男子生徒が何処かぶるぁぁな人を思わせる咆哮を上げる。
その身体は何枚も重ね着をした制服に隠れて殆ど見えないが黒光りする甲殻に覆われ、
頭には自然の造形美と言える複雑な形状をした雄雄しい角が朝日の光に輝いていた。
彼は佳望学園でも数える程しか居ないカブト虫の虫人、甲山 堅吾(かぶとやま けんご)であった。

「ちょっと、朝から叫ばないでよ……はっきり言って近所迷惑だって」

そんな冬でも元気なカブト虫の横で、
一人の生徒が口器から伸ばした舌で朝ご飯代わりの紙パックのジュースを啜りつつ、何処かはた迷惑そうに言う。
この生徒もまた、制服の下の身体は黄色と黒の警戒色の甲殻に覆われ、背中には橙色掛かった透明な二対の翅を有し。
後ろ腰から伸びる警戒色の腹部が防寒用のニット地の袋の中で、呼吸に合わせてゆっくりと伸縮していた。
そう、この生徒もまた学園で数える程しか居ないスズメバチの虫人、蜂須賀 優 (はちすか ゆう)である。

二人の関係はごくありきたりな幼馴染、
優の言葉を借りれば腐れ縁と言う奴であり、幼稚園の頃からの古い付き合いである。
ワンタッチヒーターの異名が付く程に怒りっぽく短絡的、その上、大が付く程の馬鹿である堅吾。

そして、気の弱いケモノなら思わず逃げ出したくなる恐ろしい顔な反面、冷静かつ理知的、そして常に成績優秀な優。
この校内では数少ない虫人同士のコンビは内外問わず有名で、
二人でつるんでいる姿は校内でも当たり前の光景である。

……実の所、短気な堅吾が引き起こすトラブルのフォローを何時でも出来る様に
幼馴染である優が付いて周っているだけなのだが、それを知っている者は校内でも数人しか存在しない。

「くっそぅ、なんだってこんなに苛立たしい程に寒いんだ! 体温維持用のドリンクが幾らあっても足りないぞ!」
「……仕方ないよ、この冬の時期は寒くて当然なんだから。
それに、今日は冬将軍の到来でここ一番の冷え込みだってTVで言ってたからね」

と、ジュースを飲みきった優が触角を揺らしながら答える。
飲みきったジュースの紙パックをきちんとカバンの中のごみ袋に入れる辺り、優の律儀さが窺い知れる。
優の性別は実は女性であるのだが、この恐ろしい見た目と喋り口調の所為で男だと勘違いされやすく、
その度に、周囲への説明に苦慮する事が優の最大の悩みだったりする。
(更に言えば、幼馴染である堅吾もまた、優の事を男だと思い込んでいる)

「……冬将軍? なんだか強そうな名前な奴だな?」
「あー、なんて言うか…別の言い方ではシベリア寒気団とも呼ばれているんだけどね。
これが来ると、場合によっては雪も降る事があってね。体温の維持が出来ない虫人にとっては本当に辛いんだよ」

「そうか! この寒さは冬将軍とやらの所為だったのだな!!」
「え、あ?……う、うん、そうだけど……?」

角を振り上げていきなり叫ぶ堅吾に、触角を一瞬びくつかせた優は戸惑いつつも返す。

「そうか……ならば冬将軍とやらを倒せば、この寒さは何とかなると言う訳だな!!」
「いや、冬将軍ってのは倒せる倒せないとか言う物じゃなくて……」
「良し! 今からこの俺が冬将軍を倒しに行ってくる! 優、後は任せたぞ!!」
「あ、ちょ―――……あ~あ、行っちゃった……」

堅吾は好き勝手に言った挙句、優に止める間すら与えずブ~ンと空の彼方へと飛び去ってゆく。
一瞬、優は飛んでいった堅吾を追って説得しようと思ったが、直ぐに諦める事にした。
そう、優は知っていたのだ、一旦ああなってしまうと誰にも彼は止められないと言う事を。

多分、今更自分が飛んで追って説得したとしても、彼は頑なに聞き入れない筈である。
そしてその分だけ、せっかく得た体温維持用の栄養が無駄になる事を考えると、
下手に追わず、素直に見過ごしておいた方が懸命だと判断したからである。


「さて、今度は何日位したら帰ってくるかな……?」

そして、優は堅吾が飛び去っていった方を眺めつつ、何処か達観した様に呟く。
堅吾は一月に一度、いや、二、三度はこうやって何かしらの勘違いをした挙句、何処かへと飛び去ってしまう。
そうやって一旦飛び去ると最低でも半日、長い時となると一月近くは帰ってこない。
無論、その度に優がそのフォローに周る事になるのだが、最早、優にとってこう言う事は慣れっこだった。
……この場合、慣れるしか他が無いとも言うのだが。

そうやって、今日も朝一番から堅吾が休む事を先生に言わなければならないのか、
と、優が一人、憂鬱な気分を感じていた矢先。如何言う訳かさっき飛び立ったばかりの堅吾がこちらへ戻ってきた。

「……あれ? 今回はずいぶんと早く帰って来たけど……どしたの?」
「いや、他でもない、少し重要な事を聞き忘れていたのだ」

重要な事? 堅吾の言葉に優の触角が訝しげに動く。

「……重要な事って何さ?」
「いや何、冬将軍は一体何処に住んでいるのだ?」
「…………」

堅吾の馬鹿さ加減に、優は呆れを通り越して頭が痛くなる感覚を感じた。
本来、人間やケモノで言う脳が存在しない(代わりに体の各部にある神経嚢が役割を果たしている)虫人なのだが、
二足歩行している所為か、どうも感覚的に頭痛という物を感じるんだなぁ、と優はぼんやりと考える。
そんな優の考えを余所に、堅吾は更に続けて言ってのける。

「せっかく殴り込みに行こうにも、肝心の住処が分からなければ如何しようも出来ないからな!
でだ、もう一度聞くが、冬将軍の住所は何処なのだ?」
「……シベリアでしょ?」
「おお、そうか、シベリアか! くだらない事聞いて済まないな、優! 
良ぉし、首を洗って待ってろよ冬将軍! この俺の角の餌食にしてくれるわ!」

と、高笑いしながらシベリアがあると思われる方向へぶ~んと飛び去って行く堅吾。
……この時にはすでに、優に堅吾を止める気は微塵も存在していなかった。
ただ、半日位したら凍えた状態で家に運び込まれるかな? と思考の隅で予想する位である。

「ふう、なんだか今日も先生に謝る事になりそうかな……」

暫くの間、優は堅吾が飛び去った空を眺めた後、
堅吾の所為でより重みを増した憂鬱な気分を感じつつ、市電の電停へと向う。
その背中は何処か哀愁を感じさせる物だったと言う。

―――――――――――――――――――――――了―――――――――――――――――――――――

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