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スレ3>>837-845 "正義"とは

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lycaon

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"正義"とは


私が仕事納めをようやく出来たのは新年になって元日が過ぎようとする頃。
溜まりに溜まった自分の仕事を片付けている内に紅白も終わり、その上、カウントダウンも見逃してしまい
楽しみにしていた年越し蕎麦を食いそびれた事を激しく後悔しつつ、沈み行く新年の夕日を眺めたのだった。

こうなったのも、自分自身のずぼらな性格な所為で溜まっていた仕事を、咥え煙草しつつ片付けていた時の事だ。
隣の席の方から上がる、妙な物音と「あっ」と言う悲鳴に近い声、私が何事かと思いつつ隣を見ると、
画面がブラックアウトしたノートPCの前で、新米教師の泊瀬谷が尻尾も頭も項垂れさせている所であった。

たまたまその様子を見ていたナルシストのヨハンに事情を聞いてみると、
彼女がコーヒーでも飲もうと席を立とうとした時に、
どうやら自分のノートPCの電源線に足を引っ掛けてしまったそうで、
その所為で何時間も掛けて仕上げた新学期に使う授業の資料が全ておじゃんになったそうな。
おまけに復旧しようにも内容の保存もしていなかったそうで、状況は絶望的であった。

……彼女の何と言うドジっぷりだろうか、
それを聞いた私は呆れの余り、思わずぽかんと口を開けてしまったらしく、
あっ、と気付いた時には、
零れ落ちた煙草はろくに掃除のされて無い所為で埃が多く溜まった机の隙間へと消えていた。

恐らく、今更慌てて拾った所で煙草は埃塗れで酷い有様だろう。こうなってしまってはもう吸う気にはなれない。
クソ、この煙草はまだ火を付けてもいないのだぞ? 後でゆっくりと吸おうとしていたのに……最悪だ。
最近は煙草税の所為で一本一本が貴重だと言うのに、それを無駄にしてしまうとは私は何と言うドジなのだろうか?
いや、ひょっとすると、私は泊瀬谷のドジが感染ってしまったのだろうか。

まあ、それは兎も角、私が煙草の辿った末路に悔恨の意を感じていた時には
泊瀬谷は”とっつあんぼうや”のサンとヨハンの励まし?を受けて、
電子の藻屑となった資料の打ち直しを始める所だった。

聞いた話によると、彼女はこれから実家に帰る予定らしく、何としても仕事を早く片付けたかったそうだ。
カタカタとキーボードに打ち込む彼女の手の動きが先程よりもヒートアップしている様子から、
今の彼女の必死ぶりが何となく窺い知る事が出来た。

だが、必死になるのは良いのだが、急いでいる所為で打ち間違いも多発しているのは余り宜しくは無い。
彼女もそれは分かっているのだろうか、
「ああ、もうっ」と声を上げながら打ち間違えた分を消しては打ち直すを繰り返す。

だが、余程慌てていたのだろう、うっかり間違っていない部分まで消してしまったらしく、
遂に彼女は頭を抱えてしまった。
この調子だと、来学期の資料はグダグダの有様になりそうだ。

昔からの性分なのだろうか、私はこう言うのは黙って見ていられなくなる。
泊瀬谷がが十三度目の間違いを起こした辺りで、新たな煙草を咥え直した私が「どけ」の一言で彼女をどかし、
代わって席に座ると、彼女からこれから何を打ち込むつもりだったかを聞きつつ入力を始める。

私の十本の指が別の意思を持ったかの様にキーボードの上で踊り、入力音がある種の音楽を奏で始める。
一切の間違いも無く、凄まじい速度で文章が書き上げられて行く様に感嘆の声を上げたの、果たして誰だろうか。
そして、時計の短針が一回転する頃には、消えてしまった内容の約半分を書き上げていた。

「私がやれるのはここまでだ、後は自分でやれ」
「す、すみません、獅子宮先生。わざわざ手伝って頂いて有り難うございます」

席を立ちつつ つっけんどんに言う私に対し、彼女はわざわざ頭を深深と下げて礼を言う。
これだから彼女は生徒に舐められるのだ。まあ、その性格が悪いとは言わないが、
だが、ホンの少しくらいは図々しさを持ってもらいたい物だ。


まあ、しかし、偶にこう言う事をするのも悪くは無い。
人に感謝されるのは誰でも心地良く感じる物だ。……だが、過剰な感謝だけは御免被りたい所であるが。

「いやぁ、獅子宮先生の見事な手際には僕も感心しきりですねぇ」

と、ヨハンが一息付いている私に向けて言う。
こいつはここぞとばかりに私を口説くつもりか? だが、簡単に口説かれるほど私は甘くない。
さり気に私の肩に置こうとした奴の手を思いっきり抓ってやると、ナルシストな犬はギャンと悲鳴を上げた。
抓られた手を擦るヨハンの様子を見て、サンがケタケタと笑いつつ私に向けて言う。

「ねえ、ところでさ、獅子宮先生もやる事あったんじゃないの?」
「ん……確かにそうだったな、仕事に戻らねば」

言われてようやく、今、やるべき仕事があった事を思い出した私は外見冷静、内心焦りながら自分の席へ戻り、
止まっていた仕事を再開すべく、MyノートPCへ手を伸ばそうとして、

がた、ばしゃ

―――袖が当たったのか、傍においてあったコップが倒れ、中のコーヒーをノートPCへとブチまけた。
それと同時にMyPCはピーともプーとも付かぬ異音を立ててフリーズ、少しの間を置いて画面がブラックアウトする。
……完全にご臨終だった。

「…………」
「…………」
「…………」

――場の空気が凍りつくと言うのは、この時の状況を指すのだろうか?
私の身に降りかかった不幸を目撃したヨハンとサンは表情を凍りつかせている。
その最中、泊瀬谷はと言うと自分の仕事に必死らしく、私の状況に何ら気付いていなかった。
流石に、自分のミスでこうなった以上、誰かに責任転化をする事も出来ず、私はただ、呆然とするしか出来ない。

「……ご、ご愁傷様」

そして、ようやくサンの奴が言葉を搾り出した頃、
私はこの仕事が徹夜じゃ終わらない事をはっきりと自覚したのだった。


普段は多くの車が行き交う大通り、だが正月の三が日の今、通りから車は消え、
其処を時折思い出した様に走ってくる市電のモーター音も心なしか、何時もよりもけたましく感じる。
それを耳で感じながら、私は何時もの臍だしファッションにコートを羽織った姿に
ケモノ用のヘルメットをかぶって愛車であるZⅡ(高校の頃から乗っている物だ)に跨り、通りを流していた。

周りから見れば冬の時期に私のこの格好はさぞ寒かろうと感じるだろうが、これは私のファッションと言う奴だ。
誰に言われようとも止める気は毛頭無い。そう、誰にだって譲れない物は存在するのだ。

無論、私自身も寒さ対策はしっかりとしている。
とはいえ、獅子族である私は、ネコ族がやるような毛を逆立てて空気を入れるような情け無い真似はしない。
ある生徒から寒さ対策のドリンクを1リットルほど譲り受け、出かける前にそれを飲んで寒さを凌いでいるのだ。
お陰で、一見、寒そうに見える臍だしファッションでも、寒さを何ら感じる事は無い。

それにしても、ホットドリンクといったか……一口飲んだだけで眩暈がするこのマズさはどうにかできないだろうか?
利里少年へ一度、味の改良する様に頼んでみようか?

……それにしても、暇過ぎる。
今頃は何処の家庭も実家に帰るなり、
海外へ旅行に出かけるなり、或いは新年を寝て過ごすなりの正月気分を味わっている事だろう。
だが、私は生憎、そんな正月気分を素直に味わえるケモノではなかった。

実家は18の頃、壮絶な死闘の末に親父を半殺しにして以来、一度も敷居をくぐってはいない。
そして、この安月給な上に多忙な教師の仕事をやっている以上、海外旅行なんぞ行ける筈も無い。
当然、寝て過ごすなんて論外だ。そんな事すれば太るではないか。

まあ、そんな訳でやる事も無い私は、行く充ても無く愛車に跨って走り回っている訳だ。
こうなる事だったら紅白でも見ながらゆっくりと仕事を片付けるべきだったかと思ったのだが
今更、後悔した所で過ぎ去ってしまった時間は帰ってくる筈も無く、
出来る事とすれば来年こそゆっくりと仕事をして年末を楽しもうと決意する事くらいである。

しかし……何処の店も正月三が日の所為で軒並み閉まっており、暇を潰せる場所が見つからない。
一時、コンビニの雑誌でも立ち読みでもしようかとも考えたが、それは家でも出来ると即座に却下した。

その音が聞こえたのは、バイクを止めた私が煙草を燻らせつつどうした物かとぼんやりと考えている時の事だった。
誰かが人を殴ったような――いや、その物の特有の鈍い音。それが間を置いて、2、3度続く。
それに気付いた私の顔がニィッ、とほころぶのが自分でも分かった。
無論、私は迷う事無くヘルメットを脱ぎ、耳をピクピクと動かして音の出元を探り始める。
そう、私はこう言うのを望んでいたのだ、気分良く暇潰しが出来るシュチュエーションを。

声の大きさと方向からして―――あのビルとビルの間の横道か。
出元を割り出した私は沸き立つ狩猟本能の赴くままにその場所に向けて駆け出す。
(無論、ZⅡはしっかりと鍵を掛けてチェーンも付けて置いた)


――居た。
それぞれ折り畳み警棒と鉄パイプを手にした明らかにガラの悪そうな同族の男二人。
その向こうでは、片膝を付いた状態で獅子族の男達とにらみ合う、ボロボロな姿の蟷螂族の男が一人。
と……この私と同族の男達は確か、山手の方でツインライオンズとかのたまってる身の程知らずの不良兄弟。
そして連中に追い込まれている蟷螂族は確か、私の学校に居る鎌田とか言うヒーローかぶれの少年だった筈だ。

「へっ、流石のヒーロー様もここで終わりの様だな?」
「この前のカリ、きっちりと返させてもらうぜ」
「くっ、ヒーローであるこの僕が、こんな所で…!」

見るからにありきたりな状況に、私は内心呆れ果ててしまう。
恐らく、これは鎌田少年に一度、酷い目に遭わされた不良兄弟がお礼参りをしている所だろうか?

しかし、鎌田少年はヒーローかぶれだけあってそれなりに強かった筈、
それがまかり間違ってもこんな奴に追い込まれる事は無いと思うのだが……?
と、そう言えば、今日の気温は氷点下を下回ってたな。これでは寒さに弱い彼が追いこまれるのも無理は無いか。
ま、それは兎も角、とっとと”暇潰し”をやるとするか。

やる事を決めた私は、咥えていた煙草をプっ、と吐き捨てると不良二人の背に向けて言う。

「情け無いな……誇り高き獅子族が二人掛かりで弱っている者を攻撃すると言うのは」
『なにっ!?』

私の言葉に、兄弟が不機嫌な声を上げてこちらへ振り向く。……分かりやすい奴等だ。
そして、兄弟の内の少し小柄な方(多分、弟と思われる)が私の方へ詰めより、言う。

「おい、ねーちゃん。今なんつった? 答えによっちゃ同族の女でも容赦しないぜ!」
「ん? 聞こえてなかったのか? ……どうやら、性根だけではなく耳も腐っている様だな」
「なっ……! こ、このアマァッ!!」

私の安い挑発に乗って、鬣(たてがみ)を逆立てた弟が怒りに任せて私に殴りかかってくる。
しかし、警棒を振り下ろそうとしたその腕をぱしっ、と当然の様に私は片手で軽く受け止め、

「……で?」

驚く弟に向け、嘲笑混じりな眼差しを向けてやる。
無論のこと、攻撃をあっさりと止められた弟は慌てて自分の腕を掴んでいる私の手を振り払おうとするが
そう簡単に私が離す筈が無く、代わりに腕を掴む力を強めてやる。


「あだっ、あだだっ、いだだだだだだだっ!?」

強まる力にみしりみしりと骨が軋み、更に爪が毛皮に食いこむ激痛に弟は警棒を取り落として悲鳴を上げ始める。
当然、その隙を逃す私ではない。掴んでいる弟の腕へもう片方の手を掴ませ、
僅かに体勢を沈めると、弟の身体を引き込む様に半回転、片膝背負い投げを決めてやる。

だんっ!!

「がっ……ぁ……!」

一瞬だけ、フワリと巨漢の身体が舞い、気持ちの良い音が周囲に響き渡る。
背中をコンクリートに叩き付けられた弟は地面で2、3度身体を痙攣させた後、そのまま気を失った。
この間、僅か十数秒ほどの出来事。

「なっ! 純二!? ……こっ、このアマっ! よくも弟を――――」

弟に降りかかった災難を理解できなかったのか、数秒ほど呆然とした後
ようやく我に返った兄が弟の仇とばかりに鉄パイプを振り上げる!

がっ―――からんからん

「―――って、あれ?」

が、私がカウンター気味に放った足刀の一撃に、鉄パイプは振り下ろされる事無く在らぬ方向へ飛び、地面に転がる。
数秒ほどの間を置いて、得物を失った事に今更気付いた兄は間抜けな声を漏らした。 

「……さて、折角の武器が無くなった訳だが……まだやるか? 
まあ、私としては、君にはもう少し頑張ってもらいたい所なのだがな。……私の暇潰しの為に」
「ぐっ……憶えてろっ! 畜生!」

詰め寄る私を前に、不利と悟った兄は気を失った弟を背負って捨て台詞を残しながら脱兎の如く逃げ出す。
……ちっ、これでは暇潰しにもなりやしない。 全く、武器を失ったくらいで逃げ出すとは獅子族の血が泣くぞ?


「し、獅子宮先生……ヒーローのピンチに掛けつけてくれるなんて、貴方はなんて」
「ん? まだ居たのか、鎌田少年」
「…………」

私の言った一言が気に入らなかったのか、ピンチから救われた筈の鎌田少年は触角をしょげさせていた。
だが、直ぐに気を取り直したらしく、彼は煙草を咥え直す私に羨望の眼差し(?)を向けながら言う。

「僕は貴方の正義に感動しました! 獅子宮先生! やはり、正義の味方というのはここぞという時に」
「正義の味方? 何を言っているのか良く分からんが、さっきのはただの暇潰しだ」
「…………」

言葉を遮って私がつっけんどんに言い放った一言に再度、沈黙する鎌田少年。
なんだか彼の無表情な顔が泣きそうに見えるのは私の気の所為か?
しかし、鎌田少年は余程我慢強いのか、それともMなのかは分からないが、再び私に話し掛ける。

「そ、それより、僕、獅子宮先生に惚れました!」

…………。

「は?」

余りにも唐突な台詞に、私は思わず聞き返してしまった。

「いや、別に疚しい(やましい)意味で言った訳じゃないですよ?
バイクに乗って颯爽と現れた所とか、悪に決して屈せぬ圧倒的な強さとか、
この寒さでもへそ出しファッションで平気で居られる我慢強さとか、
それにも関わらず決して自慢気にならない慎ましい所とかに憧れると言う意味で言ったんです」

なんだ、そう言う意味で言ったのか。……ったく、この虫男め、人を驚かしてくれる。
しかし、これは少し言ってやらないといけない様だな。

「言っておくが……私に憧れを抱くのは止せ」
「え? ……何故?」

不思議そうに聞き返す鎌田少年に、私はポケットから取り出したライターで咥え煙草に火を付けながら言う。

「私はただの不良教師さ……決して他人から憧れを抱かれるようなケモノではない」
「で、でも……」
「それに、少年は正義のヒーローだとか何とか言っている様だが、そんな馬鹿なことは今のうちに止めておけ。
今回は私のお陰で酷い事にならなかったから良かったのだろうが、
何時までも同じ事を続けていれば何れは取り返しの付かない事になる。
そう、柄にも無く一度だけヒーローごっこをやった結果、片目を失ったかつての私の様にな」
「え……?」

私の言った言葉が理解できなかったのか、呆然と漏らす鎌田少年。
それに構う事無く、私は煙草を燻らせ、遠い何処かを見やりながら話を続ける。

「それに、正義、なんてものはな、人それぞれに存在する物さ。
善人に善人なりの正義があるように、悪党にも悪党なりの正義がある。
所詮は主義主張の押し付け合い、何が正しいか何が悪かなんて、周囲が勝手に決める物なんだ。
それを分からないまま、軽軽しく正義と言うのは……私は好きじゃない」
「…………」

今度こそ沈黙する鎌田少年。むう……少し言いすぎたか?
いや、だが、これくらい言ってやらないとこいつも分かりはしないだろう。
これでヒーローごっこを止めてくれば……


「けど……それでも僕は先生に憧れます!
だってカッコイイじゃないですか。誰かを助ける為に自分の身を省みず戦うその覚悟!
そしてその片目はその時の名誉の負傷! ああ、痺れるッ、憧れるぅッ!」

駄目だ……こいつは正真正銘のヒーロー馬鹿だ。こんな馬鹿は医者でも治しようが無い。
――と、言おうと思ったが、言った所でこいつの事だ、『それは僕にとって最高の誉め言葉だ』とか返すのだろうな……。

「それに、僕は知っているんですよ? 先生は一見、
とんでもない食わせ者で他人を冷たく突き放している様に見えて、実は困っている人を放って置けない性分だって。
聞く所によると、去年末に困っている泊瀬谷先生を助けてあげたとか」
「おい……誰から聞いた、そんな話」
「え? 初詣の時に会ったサン先生から聞いた話だけど……?」

ちっ、誰からかと思えばあのとっつあんぼうやか……余計な事を……。
これ以上余計な事を振れ回られる前に一度、奴をキチンと〆ておかねばならん様だな。
と、その前に先ずは鎌田少年には余計な誤解を招かぬ様に一言言っておくべきか……

「……言っておくが、鎌田少年……」
「ああ、先生、何も言わなくても分かってますよ。
ヒーローたるもの、自分の正体や素性を他人に明かさないのがセオリーですからね、
この事は他の人には黙っておきます、だから先生は安心してください」
「……なら、良いのだが……」

実際は良くないのだが、ここで迂闊に事を荒立てる必要は無いと考え、私は素直に頷いておく事にした。
……とはいえ、このまま放っておく訳にはいかないのだが……。

「……おーい、ライダー、何処に居るんだ―?」
「おっと、あの声は塚本か。そう言えば僕は塚本と来栖と一緒に福袋を買いに来ている所だったんだ。
急に抜け出したもんだから二人とも心配しているかもな……それじゃ先生、このお礼は何時か必ず!」

と、ぺこりと頭を下げ、鎌田少年は友人の居る方へと走り去ってゆく。

「……私も帰るか」

それを見送った後、なんだか急にやる気の失せた私は、素直に家路に就くのであった。

※   ※   ※

……それから数日後、私の住むマンションに宅急便の小包が二つ届いた。
一つは泊瀬谷から、そしてもう一つは鎌田少年から。

「泊瀬谷からは……カツオブシか」

彼女から送られた箱を開けてみると、
恐らく何処かの名物であろうカツオブシが箱いっぱいにみっしりと詰まっていた。……道理で重い筈だ。
多分、これは昨年末のお礼のつもりだろうと思うが……獅子族の私はカツオブシなんて食わんぞ?
どうせなら煙草の1カートンくらいであれば喜んでいたのだがな。

「でだ、鎌田少年からだが……なんだこれは?」

次に鎌田少年から送られた箱を開けてみると、
黒系を基調とした何処かのダークヒーローっぽい衣装が丁寧に折り畳まれた状態で入っていた。
その付属品に妙なデザインのバックルの付いたベルトと赤いマフラーが入っている辺り、
念の込み入り具合を感じさせる。
多分、彼は私にこれを着ろと言っているのだろうか?

ふと、衣装に付いていたタグを見てみると、其処には『MADE IN AKEMI』の文字が……。
それを見なかった事にした私が、衣装をクローゼットの奥に仕舞う事にしたのは言うまでも無い。

私の名は獅子宮 怜子。
……最近、自分のやる事が全て裏目に出ている様な気がする25歳の女だ。

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