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人の振り見て…


「う~。さむいさむい、北風が身に凍みる」

季節は師走も後半。そろそろ各家庭では大掃除とおせちの準備に追われる頃。
俺は吹き付ける北風の冷たさに身を震わせながら家路を急いでいた。
その片手には大晦日の日の為に買った年越し蕎麦の入ったビニール袋。

全く、大晦日直前になって肝心の年越し蕎麦を買っていないのを思い出すなんて、義母さんはトンだうっかり者だ。
そのお陰でこの今にも雪がちらつきそうな寒空の下、息子の俺が買いに行かされるとはトンだとばっちりだ。
それにしても今日は一段と風が冷たい、朝のテレビニュースで寒波が来るとか言ってたな?
その所為か、道行く人々は皆寒そうだ。
毛皮のあるケモノでさえ寒がるこの寒さ、毛皮のない人間にとっては結構堪える。

「……ん? あれは……?」

雪でも振りやしないかと何気に空を見上げた時、俺は空を舞う何かに気付いた。
大きく広げた翼膜のある翼の形状、そして風にたなびく頭のポニーテール……あれは朱美か?
そう思った俺は、取りあえず空を行く影に向けて手を振ってみる。

すると、どうやらあちらの方も俺に気付いたらしく、
俺の上空で大きく旋回した後、翼を翻してゆっくりと降下してきた。

「やっぱり卓君だ。良かった」

落ち葉を舞い上げながら目の前に前に降り立ったのは俺の思った通り、私服姿の朱美
その頭には旧日本軍の飛行帽を連想させる外見のゴーグルの付いた、寒さ避けの皮製の帽子を被っていた。
この彼女の帽子と旧日本軍の飛行帽との違いを挙げるとすれば、先ず目に付くのが頭の両側が尖っている事だろう。
これは彼女の獣耳を入れる為のスペースで、その証拠に側面には音を聞き入れる為の小さな穴が無数に開いている。

他にも細かな違いがあるのだが、それを一々挙げていたら話が長くなるので、ここは端折っておく。
尚、この帽子は彼女の手作りの作である。あの翼の両手でよくもまあこんな物を作れるものだ。

にしても、朱美の言った「良かった」とはどう言う意味だろうか……?

「ねえ、卓君、いきなりで悪いけどちょっとあたしを助けてくれない?」
「は? 助けてってのはどう言う……」
「ようやく追いついたぞ! 飛澤」

いきなり助けを求められた俺が、何事かと朱美へ聞き返そうとする間も無く、
彼女を追ってきたであろうジャージ姿の鷲のケモノが、大きな翼を羽ばたかせながら俺と彼女の近くへ降り立った。
……ややハスキーな声と胸の豊かな二つの膨らみから、辛うじてこの鷲の人が女性であるのが分かった。
これだから鳥系のケモノは男女の区別が見分けづらい。


「さあ、飛澤、いい加減覚悟してくれないか?」
「……??」

鷲の人が朱美に向けて言った意味が掴めず、俺は思わず朱美の方を見やる。
だが、そんな俺の視線を余所にして、朱美は何処か苛立ちを感じさせる様に翼手を腰に当てながら言う。

「言っておくけど、宮元先輩。 あたしはもう既に立派なクラブを立ち上げて、その部長をやってるのよ?
だから、幾ら先輩に言われようとも、あたしはあなたのクラブに入部は出来ないの!」

「だが、だからと言って君はこのまま埋もれさせておくには勿体無さ過ぎる逸材だ!
そう、君の能力は世界すら取れると私は確信している。 だから頼む、どうか我が部に入部してくれ!」
「い・や・よ! あたしは世界とか何とかには興味ないの!」

「えーと……あの? もしもし?」

急に始まった話に付いて来れなくなった俺が二人に声を掛けるのだが、
二人はそんな俺に構う事無く、更に言い合いをヒートアップさせる。

「興味がなくとも、少しだけの間でも良いから入部して欲しいのだ!
ひょっとすれば我が部の活動を見ているうちに興味が湧いて来るかもしれないからな!」

「ちょっと、お二人とも? 少し話が見えないんだけど? 聞いてますか?」

「だから嫌と言ってるでしょ? あたしは興味の無い事は断固としてやりたくない主義なの!
これはこの前も言った筈よ。先輩は憶えていない訳?」
「だからその興味が湧くように少しの間でも良いからと言っているではないか!」

「もしもーし?」

「少しでも嫌と言ったら嫌なの! それを分かって頂戴!」
「分かって頂戴、と言うのはこっちの台詞だ。 何故そこまで意固地になって嫌がる!」
「只でさえ腕に無駄な筋肉がついて辟易してるのに、
これで下手に運動会系のクラブに入ったら余計にマッソーになりそうだからよ!」

…………。

「必殺、閃光玉フラーッシュッ!!」

ポム パシュ―――――ッ!

いい加減無視され続けるのに腹が立ってきたので、有無を言わず閃光玉を使ってやった。

『うおっ、まぶし!』

その閃光をどうやら二人ともまともに直視したらしく、
悲鳴に近い声を上げて両手、いや、両翼で目を塞いで身体を仰け反らせる。
これが某ゲームの画面なら、二人の頭の上にはくるくると旋回する星のエフェクトが浮かんでいる事だろう。

「ちょ、ちょっと、卓君……いきなり閃光玉はやめて」
「俺を無視して話を進めるのが悪い……と、その話していた事だが、あの鷲の人と何の事で言い合ってたんだ?」

まだ閃光の影響が抜けきっていないのか、
目をしばたかせながら抗議する朱美に俺は毅然と返した後、事情を聞き出す。
朱美は「無視したのはゴメン」と返した後、視覚が戻るのを待って話し始める。

「あの人は宮元 巴(みやもと ともえ)と言って、1年上の先輩なんだけどね、
大空部って言う、まあ、陸上部の空版みたいな運動会系のクラブの部長さんなのよ。
んで、あたしはその宮元先輩にしつこく勧誘を受けている訳」

朱美に「へぇ」と相槌を打ちながら、俺は何気に宮元さんの方を見やる。
当の宮元さんはと言うと、 『うぉぉぉ、目が見えない!』 と一人で喚きながらその場で翼をばたつかせていた。
うーむ、流石に感覚の殆どを視覚に頼っている猛禽系の人に閃光玉はちょっと拙かったかな?


「それで、何であたしがしつこく勧誘されているかって言うと、
どうもこの前、あたしが卓君をぶら下げて飛んでいるのを彼女が見ちゃった訳なのよ。
それで『君ならウェイトアップ(重量挙げ)で世界が取れる』とか言い出しちゃってね……
それに、有力候補だった伊織さんが陸上部にとられちゃってる物だから尚更な訳」
「あ~、なるほどな……」

言いながら、俺は数ヶ月前に朱美に付き合わされたデート?の事を思い返す。
確かに、あれを見れば朱美を勧誘したくなる気持ちも分からないでもない。
人をぶら下げて飛ぶ朱美の姿を見れば大概の人が驚く位だし。
と、ここでもう一つ疑問が浮かんできた訳だが……

「所で朱美。既にクラブを立ち上げてるって如何言う事だ?
「ああ、それはね……」

「フハハ、ようやく目が見える様になったぞ! しかし何だったんだ、さっきのあの強烈な光は?
まあ、それはさて置き、話の続きだ! 飛澤、我が部に入部してくれ!」

疑問を投げかける俺に朱美が答えようとした矢先、ようやく視覚が回復した宮元さんが朱美に対する勧誘を再開する。
と言うか、閃光玉を投げられた事気付いてなかったのか、この人。
無論のこと、話の最中に横槍を入れられた朱美はすっごく鬱陶しそうな眼差しを宮元さんに向け、

「だから先輩、さっきも言ったでしょ? 幾ら言われようともあたしは他のクラブの部長をやってるから無理だって」
「だが、君の言う鉄なんとかと言うクラブには部員が殆ど居ないではないか?}
と言う事は活動も殆どしないと言う事だから、私の大空部に入っても問題は無い事になるぞ」}

「如何言う理屈よ、それは! と言うか、鉄なんとかじゃなくて鉄道研究部よ、憶えてて!
それに、部員だってちゃんと学校の規定通りの人数が居るんだから。 ねえ、卓君?」

「……へ? 俺?」

いきなり話を振られ、思わず間の抜けた声を漏らす俺。
しかし、朱美はそんな俺の様子に構う事無く、翼手の先で俺を指しながら宮元さんへ言う。

「紹介するわ、彼は鉄道研究部の副部長兼書記の御堂 卓よ!」
「なに!? ううむ、既に部員まで獲得しているとは……やるな!」
「ちょっと待て、何時俺が鉄道研究部とやらの副部長になった?」

朱美の言い放ったかなり聞き捨てならないセリフに、俺は堪らず抗議の声を上げる。
それに対し、朱美はごく当然とばかりに言う。

「何時入ったって? 一週間ほど前に入部届を提出済みよ」
「更に待て、入部届は本人の署名と印鑑が無ければ無効だった筈だぞ!?」
「卓君のお母さんに頼んだら二つ返事で印鑑を貸してくれたわ。 にしても、かなりの美人ね、卓君のお母さん。
で、書名のほうに関してだけど、卓君の書き方を真似るのにちょっと苦労したわ」

「かなり待て! それって私文書偽造だろ!?」
「違うわよ、これは代理として提出してあげたって言うのよ。
それに、利里君は卓君と違って鉄道研究部に自ら進んで入部してくれたわ」
「なんだと? 利里の奴が進んで入部したって? 如何して?」

たしか、利里の奴は鉄道とかに関しては全然、いや、米粒の欠片ほども興味が無かった筈だが……?
そんな利里が喜んで入部するなんて、一体如何言う事情があったんだ?


「『ゲームも研究する』とか言ったら利里君は喜んで入部届を用意してくれたわ。
まあ、後に『ゲームを研究、と言っても鉄道系のゲームなんだけどね』と付け加えてたんだけど、
どうやらその時の利里君は舞い上がってて聞こえてなかったみたい」

……利里、お前って奴は……単純過ぎにも程があるだろ……?

と、俺が親友の単純さに物悲しさを感じた所で、
何やら一人考えこんでいた宮元さんが朱美の方へ向き直り、

「仕方が無い、部員の卓とやらに免じて今回の所は諦めてやろう。
だが、私は信じているぞ! 飛澤の心の中に大空への情熱が眠っている事を!」

「んなの信じなくて良いわよ!」
「それでは、飛澤、入部したくなったら何時でも私に言ってくれ! では、さらばだ!」

朱美の抗議の声をさらりと無視して捨て台詞を残し、宮元さんは翼を羽ばたかせて飛び去っていった。
その後に残されたのはなんだか息を荒くした朱美と、色々ありすぎて呆然としつつ空を見上げる俺。
そして、俺は空を見上げながら、ポツリと朱美に言う。

「なあ、朱美……人を見て我が身を振りかえるって言葉、知ってるか?」
「……? 知ってるけど、それが如何したの?」
「それは……いや、何でも無い。気にしないでくれ」
「ちょっと、気にしないでくれとか言われたら余計に気になるじゃないの、一体如何言う意味なのよ」

そして、意味を問いただそうとする朱美にがくがくと肩を揺さぶられつつ、俺は思った。
多分、自覚していないんだろうなぁ、朱美もあの宮元さんと同じような事をしている、と。
それを考えると、なんだか吹き付ける北風が余計に寒く感じるのであった。

追記

俺に言われて真実を知るまでの間、利里は最期まで騙されている事に気付く事は無かった。
その親友を見て、俺は余計に悲しくなった。