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師走の夜の鹿男


師走に入った、ある風の冷たい日。
浮かない顔をして、シカの来栖が職員室から出てきた。この世の終わりを迎えるような、
そんな顔つきの来栖。悪友であるウマの塚本がからかい半分に来栖の角をポンと叩く。

「へへへ。やっぱり絞られたか?英に」
「いや…、そんなには…怒られなかったけど」
「なーんだ。つまんね」

この間行われた英語の小テストで来栖は、これまでに見たこともないような点数をはじき出した。
小テストとは言え、来栖のことを知らないものが見ても吹き出してしまうような、そんな点数だった。
英語科担当・英美王先生の怒髪は、職員室の天井を突き刺す勢い。それを見かねた泊瀬谷先生は、つい一言。

「あの…、英先生。来栖くんも頑張ったんだから…」
「泊瀬谷さん。ここで許してあげようってことじゃ、教師として怠慢不出来ですよ」
「そ、そうですね…」

「ならば罰ゲームってのはどうですか?」

キャスター椅子に座ったまま、スーっとサン先生が飛び込んだ。もちろんその目はいつもの…。

「今度の24日、クリスマス会が初等部でありますよね。それで来栖くんはトナカイをやるんですよ。
で…罰ゲームって言うのは、それのことじゃない。その晩に猪田先生の家でやるんです」

一応話だけは聞いておこうと、美王先生は口を真一文字。
来栖はホッとするやら、何をさせられるか不安で心拍数が急上昇。
そしていつの間にか猪田先生もその輪に加わり、恥ずかしげに頭を掻きながら、事の全貌を話し出す。

「実は、うちの子供にですね…サンタの格好でプレゼントを渡そうかって計画をサン先生と立てていたんですよ。
で、始めはサン先生がトナカイをしてわたしがサンタって言うお話だったんですが…。
ここは一つ来栖くんがトナカイをするってことで、英先生…大目に見てやってくれませんか?」

「そ、そうですね。来栖くんや猪田先生にはお誂えですもんね。トナカイとサンタさんって」
ポンと泊瀬谷先生は手を打つ。一方、相変わらず怪訝な顔をする美王先生は、くるりっと尻尾を回す。

「英先生、こういうエンタテインメントも…教育の一つですよね?」
「……じゃあ、猪田さんのお子さんの為なら…許可しましょう。
来栖くん!サン先生に免じて今回はここまでですよ!」

トントンと分厚い英語の教科書を揃えながら美王先生は椅子を立ち、そのまま給湯室へと向かった。
かくして、聖夜の猪田家にトナカイ来栖とサンタ猪田がやって来ることになったのだ。

「へへへ。じゃあ、がんばれよ」
「お、おい!それだけかよ!塚本!」
塚本は鼻息混じりに、来栖を嘲笑う。

そんな中、鎌田は今年最後の大レース・有馬記念まで体力を温存したいという理由で、教室でマントに包まったままだ。鎌田はクリスマスを過ぎた、次の日曜日まで起き出すことはない…おやすみ、ライダー。


師走二十四日の亥の刻、つまり夜の九時頃のこと。
猪田家前には茶色の全身タイツの来栖、今回の企みの首謀者・サン先生がスタンバイ。
サン先生は、厚手のダウンジャケットにマフラーと完全装備。
それでも、厳しい寒さは毛並みを通してもひしひしと伝わる。

主役の来栖は、タイツの中には使い捨てのカイロをこれでもかと入れて師走の寒さをしのぐが、
時間が立つたびにずり落ちてしまい、来栖も「カイロにまで裏切られた」と角を揺らしている。
もちろん、コートも上から羽織っているのだが、その下は全身タイツのみ、という出で立ち。

これなら英先生のお説教を食らったほうがまだましだ、と思ったが後の祭り。もっとも、祭りはこれからなのだが…。
しかも日中は散々自慢の角で玩ばれたので、来栖の腹の内が納まらない。

「うー!さむさむさむさむ!さむーい!!先生来ねえじゃないか!」
「まあまあ、来栖くん。猪田先生は多忙だから」
「サン先生はヒマなんですね」
「……手が空いていると言いなさい!」

そう。肝心のサンタ役の猪田先生の姿を確認することはできない。
寒空の中、震える二人は猪田サンタからの連絡を待つ。

「せっかく、ここまで用意したのに!ちぇー!ラビットのエンジンが冷えちゃうじゃないか」
「まあまあ、サン先生。もうすぐ来ますって、猪田センセは」

サン先生が乗りやすいように改良された、古いタイプのスクーター『ラビット』を玄関の脇に止め、
サン先生が買ってきたホットの缶コーヒーで体を温めていたときのこと。

『わん!わん!わん!』

サン先生の携帯電話が叫び出した。メールだ。ふみの送り主は…サンタ。
文字だらけの一見地味なメールの文章は、猪田先生らしく誠実な文章で打たれていた。
が、その優しい文は、二人を真っ暗闇へと突き落とす。

『急啓 この度、生徒からの急な進路相談を受けまして、残念ながら今回は現場に
臨むことができません。ご理解とご承知をお願いいたします。 敬具』

「おいおい!オレ一人で行くのかよ!!」
「しょうがないじゃん。ほら…猪田先生から預かったお子さんへのプレゼント、ほい」

間もなくすると、二人のお子たちは床に入ってしまう。時間が止まればいい、
来栖の晴れ舞台を見届けるのは、空に輝く星たちだけか。いや、星たちも腹を抱えて笑っているに違いない。
と初めてロマンチックなことを来栖は考える。そう考えると、来栖もやけっぱちになってきた。

「ちきしょう!行ってきます!!」


ピンポーン。
夜更けの猪田家に突然の来客。主人の帰りを待つ猪田夫人、
来栖・サン先生と同じく帰宅が遅くなることは承知の上なのだが、思ったよりも早い帰宅に幾ばくか不安を感じている。

キッチンには、玄関の様子が映し出されるモニター。そのモニターには、ドアップのサン先生の顔が映っている。

「これは、先生?どうなさいました?」
「奥さーん。サンタです!」
「サンタです」

つい、つられて後ろから来栖も同じセリフをこぼした。しかし、画面には映っていない。

「は?サンタ?サン先生ですね?おあがりください、お寒いでしょう」

寝巻きに着替えたばかりの二人のお子たちは、サンタと聞いてテンションが上がる。
夫人は(どうみても、サン先生なのにな…)と、小首を傾げながら玄関に向かい、扉を開ける。

「メリークリスマス!!良い子にしてたかな?プレゼントを持ってきたぞお!!」
「…トナカイ?サン先生?」
失うものを無くしたヤツ程、最強のものは無い。
舞台俳優顔負けな大味の演技でごあいさつをした来栖は、
背負ったいた白い袋から二人のお子たちのプレゼントを取り出した。

元来、人前に出ることは来栖にとって苦手なことなのだが、そのスイッチが切り替わった時はとんでもない力を出す。
と言うのは、サン先生の計算であった。と言うのは、ウソである。
しかし、来栖の圧倒するような演技は、サン先生の想定の範囲外だった。
家の中からは、幼い笑い声が聞こえてくる。

「あ!DSiだ!やったあ!!」
「イノシシのぬいぐるみだ!ほら、悠。サンタさんに『ありがとう』は?」
「はっはっは。礼には及ばん」

やけくその演技で、来栖は踵を返して玄関から去った。ガンと自分の角が扉に当るが、気にしない。
サン先生も来栖の後に続く。

(サン先生と…トナカイ?生徒さんかしら…それにしても)と、
猪田夫人が目をぱちくりしてプレゼントを見ていると、
包みの中にそれぞれ一通の手紙が、添えられていることに気付いた。
猪田夫人にとっては見覚えのある、小さなそして優しい文字。

『きみのおとうさんにたのまれて、サンタのおじさんがはこんできました』

「バカねえ…あの人ったら」

その頃、トナカイ来栖は、サン先生の運転するラビットの後ろに乗って静かな住宅街の風を切っていた。

亥から子の刻に変わる頃…つまり、深夜11時。
「ふうう。ただいま帰りましたよ。急に生徒から呼び出されちゃってね…」
猪田先生が家に帰りついたのは、お子たちが夢の国にいた頃だった…。


翌日、猪田先生は、サン先生と来栖に詫びた。
「いやあ。楽しかったですよ」
と尻尾を振ってサン先生は、昨晩のことを振り返る。来栖は来栖でのほほんと塚本とたむろする。

「来栖くん、風邪などひかなかったかい?」
「へへへ、コイツが風邪ひくわけないじゃないですか。なんせ、ナントカは風邪ひきませんから」

ちなみに塚本は、ここ数年風邪をひていない。

佳望学園もいよいよ冬休みの時期。
生徒たちに『冬休みだからってだらけないように』と一言掛けて、猪田先生は家路についた。

猪田先生はその日、珍しく星が空に瞬くまでに家に帰りつく。自転車のブレーキを軋ませながらガレージに入ると、
カーテン越しに二人のお子たちがぴょんと立ち上がる影が見えた。
猪田先生が玄関の扉を開けると、夕空の代わりにふたりのお子たちの瞳に星を輝かせている。

「おとうさん!きのうね、サンタさんがきたんだよ!」

イノシシのぬいぐるみを小脇に長女、そしてDSiに夢中になっている長男。
昨晩、二人が起きているうちに帰れなかったことを詫び、
リビングに向かうとソファーには、サンタの絵本が置いてあった。

キッチンから母親の声が野菜を刻む音と共に聞こえてくる。
「図書館で借りた絵本、ソファーに置いたままよ。散らかさないのよー」
「はーい。おかあさん」

娘は、ぬいぐるみを抱いたままテレビにかぶりついていた。

「そういえば、お母さんに聞いたんだけど…サンタさんが家に来たんだって?」
「そうだよ!」
息子の悠が絵本を拾い上げ、サンタの絵が描かれた表紙を父親に見せた。
本の表紙には『いぬのサンタさん』の題、そしてトナカイのそりに乗った老犬のサンタクロースが
雪の街の天を舞う場面が淡い色遣いで描かれて、疲れた大人には、ホッとさせられる優しい絵。

「サンタさんだよ!サンタさんがそり引いてるよ!でも…うしろの赤い服のおじさん…だれ?」
悠は、表紙のトナカイの絵を指差して叫んでいた。


おしまい。