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スレ3>>407-412 織田さんのゆううつ


織田さんが、いつもはぼくら生徒には見せない曇った顔をして、カウンターに控えていた。
図書館にいつも来ている嘱託の司書・織田さんは、ぼくらの学園では数少ない『人間』の職員。
肘を付いて、はあ…と、ため息を吐く姿を見ると、いち利用者ででしかないぼくでも、
老婆心ながら心配になってしまうのは、論を俟つまでもないこと。

そんな織田さんを横目に、ぼくは暇を持て余したカウンターに並ぶ。
窓から光り一杯溢れるカウンターは、静かな図書館にお誂え。

「犬上ヒカルくんですね…、はい。確かに3冊返却承りました」

先週から借りていた文庫本をあたふたしながら、返却担当・ペンギンの比取が預かる。

最近こそ利用者数が増えてきたと感じるももの、市立図書館よりも半端ない蔵書に埋もれてか、
まだまだ閑古鳥が鳴いているのが現実だ。
しかし、織田さんのゆううつは、利用者が少ないからってことではなさそうである。
織田さんのあんな顔は、ぼくが図書館に通い始めてから初めて見る。

一方ぼくは、ぼくで本棚を巡る。蔵書の杜は知り尽くしているつもり、借りたい場所は大体分かる。
それだけ、休み時間は図書館のお世話になっているってことか。
ぼくの人嫌いも自分でもほとほとあきれてしまう。

辿り着いたのは、空想科学の書物が犇くD-25の棚。偶然見かけた一冊が、一生の友になることは多い。
今日も、そんな一冊がないのかと本との出会いを楽しみ、ぼくの白い尻尾をゆらしながら歩いていると
偶然、と言うか、いつも同じ場所に座り込んでいるモグラの土門が分厚そうなハードカバーの哲学書を捲っていた。
彼も同じように図書館に休み時間は引きこもる『本の虫』。

何度か会ううちに顔見知りになる。が、ぼくも土門も付かず離れずの関係。
お互いに『犬上ヒカル』、『土門』という名前だということ位しか知らない。
そんな土門は本を捲りながら、いきなり織田さんのことで話しかけてきた。

「おい、ヒカルさあ。織田さん…どうしたのかね。おれ、あんな顔の織田さん、初めて見たぞ」
「……ぼくも、知らないよ」
「へへっ、そうかい。じゃあさ、ヒカル。聞いてみろよ、おれ…明るい所、苦手だし」
「土門が聞けよ、まったく」

光りを嫌う土門の人見知りにも程がある。しかし、土門の人見知りより織田さんのため息の方が気になる。
織田さんは、誰も並んでいない貸し出しカウンターに一人で佇んでいた。


「これ、お願いします」

カウンターに借りたい本を持って、織田さんに手渡す。
慣れた手つきで、ピッピとバーコードで処理を行い、
レシートとして印字された貸出票を本に挟み、白い手でぼくに本を渡してくれる。

「はい…。二週間後の17日までの貸し出しです」

いつも聞きなれた声も、少し物悲しく聞こえる。
一度だけ気にしない振り。そして、思い出したかのようにくるりと回れ右。
織田さんに『本を借りる時の会話』以外の話を初めて試みる。

ぼくにとっては冒険だ。まだ誰も駆け抜けたことのない草原を走る期待感、そしてもしかして、
不意に現れる泥沼にはまり、二度と生きて戻って来られなくなるんではないか、と言う不安感。
そんな気持ちでぼくは、カウンター越しに織田さんの前に立って居る。

「あの…」
「何かしら」

座っている織田さんに向かって、ぼくが持てる出来る限りの勇気を振り絞り、声をかける。
ゆっくりと織田さんはぼくの方に振り向くと、水色のリボンで結んだふわりとした長い髪が、
ぼくの尻尾のようにくるりと回る。

「…あの、織田さん、いつもと…」
「わたしのことかな…。ちょっとね、なんでもないの」
「……」

ぼくも、けっして会話上手ではない。織田さんもそうなのだろうか。
ぼくに出来るのは、これが精一杯。目を合わせることも出来ないので、
ぼくは俯いた織田さんのリボンばかりじっと見ている。

音楽科のヨハンなら「織田さん、バラは美しく咲こうとするために咲いているのではない。
咲いてあるから美しいのですよ。そう、その存在が美しい。織田さん…あなたは、バラのようだ」と、
往年の映画かと思わせるセリフで、軽くやり取りをするかもしれない。

「きみ、わたしのこと気にしてるでしょ」

織田さんの方から話しかけられたぼくは、尻尾をいきなり丸めてしまった。
もしかして、織田さんはぼくの心のうちを見透かしているのかもしれない。

「ここにきてくれる子があんまり居ないから、みんな顔を覚えちゃったのね。
それで、あの子はどんなこと考えながら本を探してるんだろう、って思ったりしてね」

「…ぼくは、どう映りましたか」
「そうね。自分の尻尾に聞いてごらんなさい」

木漏れ日に照らされる織田さんの栗色の髪の毛は、ぼくらの毛並みとは全然違う。


返却席にいた比取がバタバタと一冊の文庫本を持って、織田さんの方へ駆けて来た。

「織田さん!織田さん!この前よりもひどくなってますよ!」
「最近ね…。多いのよね、こういうこと」

織田さんは、比取から受け取り、文庫本を捲りそして呟く。
その本の表紙には、ラミネート加工された小さなシールが貼られ、
ワープロ打ちのコメントが静かに、そして悲痛に叫んでいる。

『残念ながら、この本は傷んでいます』

横に添えられたウサギの絵が今にも泣き出しそうだ。
冒険ファンタジー物の表紙には、竜人勇者のイラスト。
シールとのギャップが心なしか悲しい。

織田さんから渡された文庫本を手にし、幾らか捲るとケモノ独特の爪の跡が、
丁度ぼくの本を持つ位置に合わさる。まるで、この本の主人公であろう竜人の歴戦の傷のよう。

「確かに」
「爪の鋭い種族の子が借りた時にね、本を傷付けちゃうみたいなの。
きっと、内容にのめり込んで握り締めちゃったのね。悪気はないはずなんだけど…。
ごめんなさい、愚痴っぽくなって」

その傷は深く、おそらくぼくよりも大柄な種族のヤツの者のようだった。
ぼくは少しケモノの一人として恥ずかしくなるが、織田さんはすかさずにフォロー。

「きみじゃないってことは分かってる。爪の跡が違うしね…。ごめんなさい、心配かけちゃったかな」
「い、いいえ。気をつけます」
「ふふふ。ケモノさんって大変ね」

織田さんのメガネの奥の瞳は、窓の外の青空の如く澄んでいた。
傷ついた本を返す瞬間、ふっと織田さんの手が触れる。
織田さんの手は冷たかった。ケモノのぼくらには想像は出来ない冷たさ。
いや、織田さんのせいではない。織田さんが『人間』だからだ。

ぼくらのように毛並みも尻尾を持たない織田さん。
優しそうな肌は、傷ついたりしないのだろうか。白い肌は、冬の厳しい風を許してくれるのだろうか。
不思議だ。人間ってヤツは。

「どうして、ぼくが織田さんのことを気にしているって分かったんですか?」
「ふふふ。自分の尻尾に聞いてごらんなさい」

織田さんの顔は、少し晴れやかだった。

帰りはわざと土門のそばを通る。無論、土門はぼくに織田さんのことを聞いてきた。
だけど、答えなんか教えてやるもんか。そんなことは、自分で考えろ。
土門にそっけなく「別に」と返事だけ残して、ぼくは静かな杜を後にする。


おしまい。












~おまけ~
図書委員の子も家路に着いた、その日の夕方のこと。

「おや、猪田先生。どうされましたか?」
「織田さんお帰りですか。実は…いや、なんでもないですよ。はは」

長い一日が過ぎ、今日の勤めを終えてわたしは、髪のリボンを解きエプロンを脱ぐ。
図書館から退室しようとしていると、猪田先生がDVDのコーナーを大きな身体で、
こっそりうろうろしているところを見つけた。

閉館時間はとっくに過ぎているのに、探し物をしている猪田先生の力になろうと、
そっと近寄る。しかし、余計慌てふためく猪田先生。

「大丈夫です!大丈夫です!」
「見つからないものがあったら、聞いてくださいね」

出来る限り利用者の力になりたいわたしは、猪田先生に探し物を聞こうとしたが、余りにも先生は断り続ける。
ふと、猪田先生の手に持ったメモ紙が床に落ち、拾い上げると先生が書いたと思われる殴り書きの文字が目に飛び込む。

「ド○えもん・の○太の結婚前夜」

猪田先生には、七つになる娘さんが居ると聞く。きっと既に娘さんが嫁ぐ日のことを考えているのだろう。
しかし、そのDVDは既に貸し出し中であった。借りたのはシロ先生だった。

無論、職務上の守秘義務があるためそんなことは言わないが、
「ないですねー」と一緒に探してあげる振りをするわたしだった。


おしまい。