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あにといもうと


授業の後にそのまま駆け込んだアルバイトからやっと開放されて帰り着いたのは、
もうそろそろ小さな子なら母親にベッドへと追い立てられる時分か。
アパートのドアを開けるとあまり広くもない部屋のすべての電灯が煌々と灯っている。
いつものこと、妹が居るからだ。

二人分の食器の並べられたダイニングテープルの横をぬけて妹を探すと、
案の定これも点けっぱなしのテレビの前に置かれた古びた小さなソファーの上で、
小さく丸まって眠りこけていた。これもいつものことだ。

そして僕はソファーの横に立ち、いつものように妹の寝顔を見つめながらしばし思いに耽る。


父が死んだのは妹が幼稚園ぐらいの頃だったか。ずいぶん長い患いだった様に思えるけど、
こないだ数えてみたらそうでもないようだ。妹はもうほとんど忘れてしまっているらしい。

それから母は僕たちふたりを育てるために働きずくめだ。
もうずいぶんと母がゆっくりと休んでる姿を見たことが無い。
だから家事は僕たちふたりの役割だった。おかげで僕も妹も家事全般は大概こなせるようになった。

「たいへんだね」と他人に言われるけれどもあまり実感はない。
ずーっとこうだったか『こういうものなんだ』と慣れてしまったのだろうか。

ただ、母が夜遅くまで働きに出るようになって、
ふたりきりで母の帰りを待つ部屋が妹には怖かったらしく、
少しでも灯の点いてない場所が有ることを嫌がり、あちこちの電灯をつけまくって居た。

夕方になり日が陰ってくると、妹とふたりで部屋の電灯のスイッチをひとつひとつ点けて廻った。
妹が先にスイッチまで走り、僕が従い、届かないスイッチには抱えてあげ、ひとつひとつ。

おかげで電気代が大変なことになり、そのために僕たちはテレビを観るのを我慢することになった。
かわりにふたりで絵本を読んだり話をしたりして過ごすことが毎日の日課になっていった。
母が帰ってくる頃にはふたりしてソファーの上で丸くなって眠っていたらしい。すべての灯の点いた部屋の中で。

いつしか妹も灯がなくても我慢できるようになり、
馬鹿みたいにあちこちの電灯を点けっぱなしにすることも無くなったが、
それでも僕らはあまりテレビは観ずに、寄り添ってソファーの上で本を読み話をすることの方が多かった。

アイドルだのマンガだのでクラスでの話題についていくことよりも、
妹ととりとめもなく話をしてることの方が楽しかったのだ。
おかげで我が家のテレビは買い替える必要が無いのでずいぶんと旧式だ。

学校の帰り道に買い物をし、食事を作り後片づけをする。風呂を沸かし洗濯をする。
部屋を掃除する。毎日は繰り返され、いつまでも続いていた。


秋の日、妹が中学三年生、放課後の校舎の裏。僕は偶然、妹が告白されている場面に居合わせてしまった。
あまりらしくもない場所で妹の姿を見かけ、声をかけようと窓に手をかけようとしたその時に、
すぐ横に立つ男の姿に気づいて僕の身体は凍りついた。そのまま立ち尽くす僕の耳に男の声が響く。
好意を告げ、答えを尋ねる。妹は何か答えたのだろうか、僕の耳は僕の鼓動の音でいっぱいで何も聞こえない。

先生、変ですよ、僕の心臓は頭の中にあります。あまりのうるささに目を閉じると、瞼の裏は真っ赤だ。
僕はゆっくりと崩れるように窓を背にして廊下に座り込む。普段ひとの通らない廊下で良かった。
僕はその時に自分の気持ちに気づいてしまった。閉じた瞼が熱い。赤い視界はいつしか真っ暗になっていった。
この気持に気付いてはいけなかったんだ。

日の暮れた廊下で僕はずいぶん長いこと泣いていた様だ。妹が待っている。帰らなければ。

自分の気持が整理できず頭のなかでぐるぐると渦巻く、
熱にうかされたようなどうにもフワフワした感覚のまま部屋に帰りつく。このままで妹に顔を合わせられるだろうか?
でも、なぜだろう、玄関を開けた瞬間にまるでスイッチが切り替わったかのようにいつもの僕、
いつもの兄になっている。ちゃんとしてる。不思議だ、僕はこんなことが出来るのか。

妹の作った料理を食べ片付けをし風呂に入ってソファーでくつろぐ。
変わりないいつもの日常だ。このままやり過ごせれば、
きっと明日にはこの感情のスイッチはロックできるだろう。
僕の気付いた事はそのまま心の奥底に隠してしまえるだろう。

ふと見上げた先に、ソファーの端に腰かける妹の何か問いたそうな目が有った。
その目に、耐えられずにスイッチが、廊下で泣いていた僕に切り替わる。

あの男とは付き合うのかい? 問い掛けに妹は目を丸くする。
しばらく黙って僕を見ていた妹はゆっくりとかぶりを振る。
なぜだい?知ってるよ、あの男は評判のよい男だ。
スポーツも勉強も出来、誠実で真面目だそうだ。何が不満なんだい?

僕は妹にそう問いかけながらだんだん不安になる。答えを聞いてはいけないんじゃないだろうか?
妹は答える。ゆっくりと、話始める。そうだ、妹はとうの昔に気づいていたんだ。


次の春、妹が高等部に入った時から僕はアルバイトを始めた。
三年になってからのアルバイトに、担任も母も不安を漏らしたが、何とか説得して許しを得た。
始めるに当たって出された条件は、大学の推薦がが得られる成績を維持することだった。

時間が有ったためなのか、僕と妹は成績は良かった。これを維持できるのなら続けてよい、
下がったら即刻バイト中止と言う約束になった。そして結果はもちろん成績はちゃんと上位のままだ。
このまま頑張れば推薦は得られるだろう。

大学は県外の医科大学を選んだ。さしあたっての必要な金はバイトで稼いでおくつもり。
それに奨学金を得られれば何とかやれるだろう。医者になれば母を安心させてやれるかもしれないし、
何時か、きっと役に立つだろう。

バイトを始めて僕の帰りが遅くなったら、部屋中の電灯をつけておく妹の癖が再発したようだ。
そして僕の帰りを妹は食事をせずに待っている。ふたりで食事をして後片付けをして、ソファーで話す。
たとえ僅かでも妹はこの時間を手放そうとはしない。そして、僕も。

「お兄ちゃんが大学に行ったら寂しくなる」
「だから私もアルバイトして、旅費を稼いでお兄ちゃんのアパートの掃除に行くね」と妹は言う。
そうだ、僕は家を出る。そして、妹も、いつか。

この企てが知られればとても母は悲しむだろう。
そして、その先にもっともっと悲しませることになるかもしれない。きっと僕らを許してくれないかもしれない。
だから誰にも知られないように、僕らは計画する。母が悲しまないように、母を苦しめないように。

僕はマンクスだ。そして妹も母も父も。両親には短いながら尻尾が有ったが、
僕ら兄妹はランピーだ。そして、僕らの遺伝子は子供を生かさない。

もしも妹があの男と結ばれれば、きっとかわいい子供を得られただろう。
僕らの血からは母に孫を抱かせてやることを望めない。悪魔に祝福された血なのかもしれない。
でも僕と妹は気づき、悪魔と契約することを選んでしまった。


尻尾の無い尻をそっとたたき、妹を起こす。不機嫌そうな顔で目を覚ますが、
僕を見つけてニッと微笑む。


笑顔を見ながら僕は思う。引っ越したらすぐにバイトを始めよう。そして最初にちいさいソファーを買おう、と。

マンクスについてのwiki
(ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9)
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