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スレ3>>233-238 写真屋さん


職員室で猪田先生が慣れない手つきで、デジカメの画面と勝負の付かないにらめっこをしていた。
大きな身体で、小さな機械を扱う猪田先生は、難解な推理小説を読んでいるような顔をしている。
しかし、その本には結末は書いていない。本はニシシと意地悪く笑う。答えはお前が導き出せ…か。
そんな猪田先生の姿を見ながら、ぼくは泊瀬谷先生との用事を済ませると、先生はにっこりと笑う。
「ありがとう。ヒカルくんのおかげで早く終わったよ」
「うん…」
泊瀬谷先生は少女そのままだ。ちょっとでもいいから、泊瀬谷先生から誉められるのは、やっぱり嬉しい。
誉められるとあまり表情が出ないといわれるぼくでも、尻尾を振ってしまう。でも、人にあまり見せたことはない。

ついてない日の最後には、いいことで終わりたいのは道理。何故なら、今日は同じ学年の女子・永遠花(ハルカ)から…
「ヒカルくんは、いつもお昼はパンばかりなんだね。全く、栄養が偏るよ!10年後のヒカルくんの身体を考えて御覧なさい!
たまには肉!肉をきっちり食べなさい!なんなら、星野さんを呼んで来ようか?りんごちゃん!でも、あの子怒らせると…怖いぞお
と母親のようにお説教されてしまったからだ。実際、文化祭の時にハルカは割烹着だったので、それと相成って余計母親に見える。
ぼくは中等部のころ同じクラスだった時から、ハルカのことは少し苦手。彼女がぼくの母に似ているからだろうか。
あと、星野りんごは勘弁。

一方、泊瀬谷先生は上機嫌なのだが、ぼくにはどうしても気にかかることがあった。
猪田先生のデジカメと行動に興味が湧いて、職員室を去る前にそっと先生に近寄る。


「先生、どうしたんですか?」
「おお、犬上くんか。実はね、娘の写真を撮ったんだが…どうも画面が暗くてね。
折角だろ?きれいに残したいんだけど、撮ってしまったものはしょうがないよね…。うーむ」
小さな画面に映える猪田先生の娘さんは、愛くるしい晴れ着姿であったが残念ながら、
空気の読めない薄暗い冬の光りの罠に嵌っている。カチカチっと画面を切り替える猪田先生は、
どこかに一枚でもきれいに取れている画像がないかどうか、ぼくらがテストの問題を解くときのような顔をして探していた。
親心としては、娘さんの姿をきれいに残してあげたいのは無理もないお話し。娘さんは猪田先生にそっくりなのでなおさら。
モニタの中では、心なしか隣で微笑む奥さんの顔が映っているのに寂しく見える。出来ることなら、美しい笑顔にしてあげたい。

……そういえば、ぼくの幼い頃の写真は母と映っているものは、殆どないような気がする。
仕事で海を渡り、空を飛び、そして己の足で駆け回るキャリアウーマンの母は、家にいる時間はごく僅か。
人見知りの激しいぼくにとっての遊び相手は、家でもの書きをしている父親だけだった。
ぼくは、猪田先生のお子さんに対する気持ちは苦しいほど分かる。なんとかしてあげたい気持ちでつい、一言。

「…確か、サン先生の…」
「ん?呼んだ?」
耳をピクッと動かして、サン先生が椅子に座ったままくるりとこちらへ回転する。
以前にサン先生のPCで、フォトショップを立ち上げられている所をちらっと見たのだ。それを使わせてもらえば…。
サン先生にことを話してお伺いを立てると、尻尾を振りながら二つ返事で先生は快諾してくれた。


無数のボタンの配列や、蛍のように輝くLED、モニタの上の文字羅列、男子なら一度は機械なるものに興味は持つはず。
ぼくとて例外ではない。幼い頃から、PCに向かいカタカタと何かを紡ぎ出していた父の背中を見ていたぼくは、
ちょくちょく父のPCをいたずらしていた。それを見ていた母がぼくを叱る一方、父はやんわりとなだめていたことを覚えている。
そして、必ずぼくは母の尻尾にしがみ付き、「ごめんなさい」と謝るという思い出が甦る。
PCは幼かったぼくにとってオモチャ箱。小難しい細かい文字よりも、画面映えのよい絵の方がぼくにとっては、格好の遊び相手。
その為、特に気に入っていたのは、画像編集のソフト…そう、今、ぼくが目の前にしている相手だった。彼との付き合いは長い。

ぼくはサン先生のPCを今までにないぐらい食い入るように見つめていた。すごい…。
こんな最高のマシン…見たことない。どうして、サン先生はこんなマシンを手に入れているんだろう。
もっとも、サン先生なら不思議ではないことなのだが。プロのイラストレーターでも持っていないスペックだ。
猪田先生の願いと別に、ぼくもこんなマシンを扱ってみたいという願望が芽生えてくる。
伝説の宝箱を見つけたように夢中になっていたせいか、サン先生が呼びかけていることに気が付かなかった。

「ぼくも、まだまだ使いこなせない所もあってね。ヒカルくん、やってみる?」
「うん」とぼくは頷き、サン先生の許可を得てフォトショップを立ち上げる。モニタに大きな向日葵が咲き、しばらくすると準備完了。
しかし、友達は今日に限って『戦う相手』。きっと容赦はしてくれない。
ぼくは離陸前の戦闘機に乗る、家族を捨てたパイロットのような気持ちになる。
覚悟はよいか、背中にみんなの期待、両手に敵への不安。相手は笑わぬ機械たち。ぼくは一人で立ち向かう。
もっともパイロットのことは、本の中でしか知らないのだが。でも、そんな気持ちなんだ…ということは、お分かりだろうか。


猪田先生のデジカメから画像を取り込む。ファイルを開くと、グレーの画面に一輪の別の花が開く。
改めて、大きな画面で見てもウィンドの中の娘さん、光の量が足りなかったのか、全体的に薄暗くなっている。

とりあえず画面上部にあるコマンド、画質調節からレベル補正を選び、慎重にマウスを動かしてレベルを正し、
画像が白くなりすぎないように、画面全体を明るくしてみる。どうだろうか…。
「おお。結構明るく見えるね」
「……はい」
猪田先生、モニタを覗き込んで少し顔がほころぶ。やった、やったぞ。これだけでも明るく見えるのだが、
さらにその画像をコピーし二枚重ね、重なったレイヤー(画像)のモードを変換し、フィルタで少しぼやかす。
父もPCの前に座っている時は、きっと今のぼくのような気持ちなんだろう。とにかく、夢中だ。
ふと、我に返ると、画面の中の小さな子と目が合う。画面の上とは言え、ぼくはどきりとする。
……うん。出来た。思ったとおりの出来だ。柔らかく、女の子らしい写真の出来上がり。
「猪田先生…少し、ソフトフォーカスにしてみました」
振り返ると猪田先生ではなく、クラスの犬飼さんと目が合った。
いつの間にかに何人かの教師や生徒が、ぼくが写真屋さんをしているのを見物していたのだ。

「へえ!ヒカルくん…すごい!すごいね!!見直した…」
「…こういうの、好きだから」
お昼にお説教を食らわせたハルカが、いつの間にかぼくの後ろに居た。ハルカとぼくの母の尻尾が重なって見える。
ハルカもこのときばかりはいつもの『きっちりハルカ』を忘れて純粋な少女に戻り、ぼくの肩をポンと親しげに叩いてくれた。
PCなんてものがなかったら、ぼくはただの『本だけの少年』になっていたかもしれない。
機械いじりへの憧れはきっと、女の子に自慢する為に付いている男の子の本能なんだろうな。きっと。

PCを使って思い出すのは、父の笑顔と母の尻尾の温もり…。


「いやー、犬上くんありがとう!!家でもパソコンを買ったんだがどうも使いこなせなくてね、
妻や子どもたちは使い方をマスターしていくんだけど…、こんな使い方があったなんて知らなかったよ!」
「フォトショップは、なかなか入れませんからね…」
「なかなかやるね、ヒカルくん。ぼくは、絵を描くのにコイツを使ってるんだよ。
これがあれば、配布するプリントのクオリティが飛躍的にアップするもんね」
と、語るサン先生は流石だ。タブレットにスキャナ、MOドライブにこっそり増設されたハードメモリ。もちろんプリンタも最新式。
さながら先生の机の周りはまるでゲーム開発の現場のよう。ぼくもこのくらいの環境が欲しい。いや…ぼくの年じゃ、こんな環境…。

じっとサン先生のPC装備に食い入るように見ていると、それに気が付いたのかサン先生がぼくの肩を叩いて呼ぶ。
「ヒカルくん…、PCに興味あるなら、家にあるスキャナあげようか?前、使ってたものだけどさ。今、使ってるヤツはね、
電器屋で衝動的に買っちゃったんだ。安かったし、解析度もアップしてるしね。で、前のヤツが宙ぶらりんになっちゃったんだ」
「…そんな。高い物は…」
「いいよいいよ。使ってくれる人がいると、スキャナも喜ぶよ」
「折角だから、頂いときなさい」
猪田先生も勧めるので、今度スキャナを頂きにサン先生の家に伺うことにした。


ぼくが補正調節した猪田先生の娘さんの写真をプリントアウトし、猪田先生に渡すと大喜びしてくれた。
ぼくは一仕事を終えて、椅子から立つと泊瀬谷先生がふとやって来る。帰る途中なのか、トートバッグを肩に掛けて
ぎゅっと脇で挟んでいる先生。写真を見ると向日葵のように、ぱあっと明るくなりニコニコしていた。
「へえ!娘さんですね!お父さんそっくりでかわいい!!」
「そ、そうですか?性格は妻に似て、なかなかちゃっかりしているんですよ。生意気にもね、はは」
「息子さんはこの子ですね。猪田先生の奥様の遺伝子そのまま受け継いで、きっとイケメンになりますな。そもそもXX遺伝子は…」
ぶつぶつと生物の白倉先生が、ふむふむと興味深そうに覗き込む。
「泊瀬谷先生の小さい頃の写真は、さぞかし…ね!あはは」
と、尻尾を振ってサン先生。照れ笑いをする泊瀬谷先生は、トートバッグをさらにぎゅっとする。

「子供の頃の写真って、今見るとちょっと恥ずかしいけど懐かしいもんですよね。サン先生の小さい頃って…」
「見てみますか?確か、引き出しのCD-Rに…。あった!これだ、これだ」
無数のCD-Rが詰まった中から、一枚を引き抜きPCに読み込ませ、ピクチャを開くと幼い頃のサン先生の姿が映し出された。
しかしその画像を見ると、普段あまりものを言うことが苦手なぼくでも、どうしても言いたいことが出来てしまった。

「サン先生…、小さい頃から全然変わっていませんね…」


おしまい。