※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

スレ3>>97-99 冬の穴蔵で


 ただの穴蔵と呼ぶには広く、洗練された洞穴には、火の灯った松明が等間隔で立ち並ぶ。
 静かに燃える火は、通路のように伸びる道を照らし上げている。
 広い幅を持つ道の両側には、木製の扉がいくつもあり、その洞穴が集落であると静かに語っていた。

 その通路を、肩幅が広く長身の男が、長い尻尾を引きずり、のそのそと二本の足で歩いている。
 彼の眼は紅玉のような赤い虹彩に漆黒の瞳孔が縦に走っている。
 衣服の隙間から覗く体表は硬質な緑の鱗に覆われていて、丈夫そうな印象を与えてくる。
 トカゲのようなその姿は、リザードマンと呼ばれる種族特有のものだ。

 男は黒いキルトシャツとコットン製ズボンの上に、分厚いマントを羽織っている。
 足音を立てないように通路を進んでいく。やたら静かで人通りがないのは、季節のせいだ。
「あー、寒ィな……」
 思わず、愚痴めいた呟きを漏らす。
 冬と呼ぶにはやや早いが、身を切り裂くような寒さは既に到来している。
 寒さは、トカゲにとって抗えぬ天敵だ。
 生粋のトカゲではないため、僅かながら体温調節が可能だが、そのためには多めの栄養が必要となる。
 寒い中食料を求めて活動するよりも、住処に篭って休眠に入った方が効率がいいし、長生きができる。
 故に、集落の仲間はほとんどが休眠に入っていた。
 こうやって活動しているのは仕事で他種族の集落に出向く必要がある者か、変わり者くらいだ。

「やあ、ジャクト。お前さん、まだ起きてるのかい?」
 そう声を掛けられたのは、広間に出た頃だった。洞穴の中では最も広いその場所は、休眠期でなければ、とても賑わう場所だ。
 夏季には祭りが行われてとても活気付くし、普段でも露店が並んだりして、リザードマンだけでなく、様々な種族でいっぱいになる。
 だが今、だだっ広い広間にあるものは、馬鹿でかい炎と、たった二人のリザードマンだけだ。
 休眠期に入ったリザードマンの集落にやって来る他種族など、まずいない。

「あぁ。今年は夜しか寝ないかもしれねェ」
 男――ジャクトがそう返すと、炎の前に腰を下ろしていたリザードマンが面白そうに笑う。
 ジャクトよりもずっと線の細いそいつは、男性にしては柔和な顔つきをしたリザードマンだ。
 その名を、レリ。
 仕事で休眠ができないというわけではないのに、一度も休眠したことのない猛者だ。
 ひ弱に見えるが、実は物凄いバイタリティの持ち主なのではないかと、ジャクトは思う。

「そうか。ジャクトも変わり者の仲間入りというわけかな。うん、嬉しい嬉しい」
「その口ぶりだと、お前は今年も休眠しないんだな?」
 隣に座って尋ねると、レリは大仰に頷いた。
「当然さ。寒いから辛いからと、洞穴で寝て過ごすには勿体無いからね。一度冬の世界を見てしまえば、二度と休眠しようなんて思わなくなるさ」
 レリが、フードを被って立ち上がる。細長い影が、ジャクトを覆った。
「というわけで、私は一足先に外へと出かけてくるよ。今度、色々教えてあげよう」
 悪戯っぽく目を細め、レリは告げる。
「例えば、冬のデートスポットとかね」
「な――っ!?」
 思わず絶句して硬直したジャクトに手を振ると、レリは硬い靴音を響かせて去っていく。
 小さくなっていく背中を眺め、ジャクトは呟きを落とした。
「レリの野郎、まさか気付いてやがるのか……?」
 今年、ジャクトが休眠しない理由を、レリは知っているのかもしれない。
 そう思わせるだけのセリフを置いていったが、ただの軽口だと思うことにする。
 長く息を吐くと、巨大な炎が少し揺れた気がした。
 退屈さを覚え、なんとなく手をかざす。掌にじんわりと伝わる熱が心地よい。
 薪が爆ぜる音だけが、洞穴にぱちぱちと反響している。


 ほの明るい広間に伸びる影は、一つだけ。見慣れた広間が、いつもよりもずっと広く大きく感じられる。
 炎の側にいるから暖かいが、少し離れれば冷たい空気が肌に触れる。
 レリのように外に出れば、想像を絶するような寒さが全身を包むに違いない。
 ぼんやりと炎を眺めていると、自然と溜息が零れた。暖かいはずなのに、寒いような気がした。
 薪が、爆ぜる。
 ぱちぱち、ぱちぱちと、音が鳴る。
 多くのリザードマンが住んでいるのに、集落には静けさが満ちている。
 不意に、一人取り残されたような寂寥感が、ジャクトの胸に込み上げてきた。
 馬鹿馬鹿しいと思い頭を振るが、その感覚は拭っても拭っても、じわじわと滲み出てくる。
 そんなことはないと、強く思おうとして聴覚を鋭くする。手を伸ばし、求めるように。

 ――外から近づいてくる、急ぎの足音を捉えられたのは、そのおかげだったかもしれない。

 リザードマンが愛用するブーツが地面を叩く音とは違い、非常に軽快な足音だった。
 立ち上がり、音の方へ目を向ける。
 息を切らせて駆け寄ってくるのは、ゆったりとした大き目のシャツと丈の長いスカートを着て、その上から白いローブを纏った小柄な少女だった。
 彼女の全身からは、そのローブよりもずっと真っ白で綺麗な毛が生えている。
 側頭部から伸びる小さな角が、とても可愛らしい。
 羊のような外観をした彼女と目が合った瞬間、少女のやや紅潮した顔に、満面の笑みが生まれた。
「ジャクトさーんっ!」
 大きく手を振り、少女は走る速度を上げる。
 あっという間に広間を横切って、驚くジャクトの元まで辿り着くと、彼女は、その勢いのままジャクトの胸へと飛び込んだ。
「リルフィ、お前、どうして? 昼過ぎにいつもの場所でって約束だったろ?」
 羊少女――リルフィを抱き留めて、ジャクトが焦り気味に問う。
「お昼まで待てなくて。早く会いたかったから、来ちゃいましたー」 
 太い腕と長い尻尾に抱かれて、満足そうな笑みを浮かべるリルフィ。その頭を、ジャクトは、そっと撫でた。
 柔らかい羊毛と、小さな温もりを、全身で感じる。
 胸の奥が、じわじわと温まっていく。
「ったく、寂しがりだなァ」
 揶揄するようなその言葉は、リルフィよりも自分に向けたものだった。
 何故なら今、ジャクトは、心の底から思っているのだ。

 来てくれて嬉しい、と。

 照れくさくて、声には出せない。
 それでも、抱きしめる腕と尻尾から、伝わっているはずだ。
「外、寒かったろ?」
「大丈夫ですよー。わたし、寒いの得意ですから」
 目を細めて、何ともないと言うような笑顔を見せてくれるリルフィ。その姿を見て、ジャクトはふと閃く。


 ――もしかして、俺が寒いの駄目だって知ってるから、わざわざ来てくれたのか?

 尋ねてもきっと「ちがいますよー、わたしのワガママです」と答えるだけだろう。
 その答えが嘘だとは思わない。だからといって、ジャクトの推測も、自惚れということはないと思う。
 リルフィは、とても優しい子だから。
 それを分かっているから、余計に、愛おしい。

「でも、寒かったろ? ほら、手とかよ」
 重ねて問い、小さな手を握り締める。羊毛に覆われていない手先はやはり、冷気に晒されていたようだった。
「ジャクトさんの手、あったかいです」 
「火に当たってたからな。つか、俺の手なんかよりも、だな……」
 思ったことを言おうとするが、照れが邪魔をして上手く言葉にならない。
「はい?」
 小首を傾げるリルフィの顔を見ながら告げるのは難易度が高すぎる。
 だから視線を逸らし、わざとらしい咳払いで照れを強引に追い払って、なんとか想いを搾り出す。
「……お前の身体の方が、温かい……」
 ぼそぼそと呟いた声は、蚊の鳴き声未満の大きさだった。
 だが、羊の鋭敏な聴力が、ジャクトの声を逃すはずがない。
 リルフィは顔を真っ赤にしながらも、蕩けたような笑顔を浮かべていた。

「だったら――温めあいましょう?」

 その甘美な言葉に、ゆっくりと頷きながら、ジャクトは思う。

 ――リルフィと過ごせるんだったら、休眠なんてする必要なんざ、絶対にねェよ。

 終