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スレ2>>891-896 料理の鉄人


「りんごちゃん、卵ってどのタイミングで入れればいいの?」
「フライパン暖めたら一回濡れ布巾で冷やしてみて。それから入れるといいよ。」
「おいりんご!スパゲッティの鍋が吹きこぼれそうだ!」
「それは火を弱火にしてから…」

昼前の暖かさと寒さが入り混じる時間帯。
家庭科室では調理実習が行われ、大勢の生徒があわただしく動いていた。
人と炎と刃とが入り混じるその様は、フランス7月革命を思わせる。
その中でも迷える民衆を栄光の自由へと導くりんごのその姿は、マリアンヌさながらである。

ちなみに料理はミートソーススパゲティとオムレツである。
悠里と翔子がそれぞれ卵とひき肉を炒めながら話す。

「すごい人気ねぇ、りんごちゃん。やっぱり料理上手いのかしら。」
「ああ、りんごの家レストランやってるからな。小学生の頃料理コンテストで優勝したこともある。」
「マジで?じゃあこんどりんごの家行ってみよう。それより翔子、あんた卵が…」
「ああ、やっちまった!どうしてアタシが焼く卵はこうも黒く変貌するんだ!」
「それもある種一つの才能だわね」

翔子のフライパンから敗戦の狼煙のごとき黒煙がたちこめた。


それを横目で見ている塚本と来栖。
鎌田はというと鍋のそばでなんとか温まろうとしている。

「調理実習とか超だりぃよなー。料理なんて女がやるもんだろ。」
「最近はフェミニズム社会のおかげで男も料理、なんて時代になっているがな。」
「そんな女々しい男になってたまるか。とにかく俺はサボるぞ。おら、キャッチボールだ。」

と良いながら塚本は来栖にトマトを投げる。
放物線を描いて跳んだトマトを、蹄の手で器用に受け止める。

「お前はやることなすこと、いちいち子供染みてるよな。」
「ちょっと塚本、来栖!なに遊んでるのよ!」
「うるせぇ!男はカップ麺の作り方さえ知っていれば生きていけるんだ!」

塚本と来栖は女子生徒の注意を意に介す様子もない。

「まったく、いつの時代も男子はうるせぇモンだな」
「ねー」

と悠里とやり取りをする翔子だが、何かを忘れているような気がした。
何か思い出そうとした刹那、体を液体窒素に突っ込まれたかのような寒気を感じた。

「しまった!りんご…」

とりんごの方を振り向く。手遅れであった。


「オラ来栖、パス!」

と塚本がトマトを投げる。
回転しながら宙に舞うトマト。そのそばを何かが通過し、次の瞬間真っ二つに割れた。
血肉を思わせる果肉が中からこぼれ出し、果汁と共に塚本と来栖の獣毛を赤く染め上げる。
一刻後に部屋の壁に軽快な音色と共に何かがさくりと突き刺さる。包丁である。
二つに割れたトマトが両方とも来栖の手の中へ着地する。

「「…え?」」

不穏な空気を感じ取った二人が横を見ると、何事かを呟きながら近づくりんごの姿があった。
右手には刃渡り一尺はあろうかと思われる出刃包丁、左手には架空のファンタジーで見たことがないような巨大な肉叉。
ただならぬオーラを纏っているのが一目見て分かる。

「り、りんご…一体…」
「…馬肉は低カロリー・低脂肪でありながら高たんぱくでアレルギーも少ないので女性や高齢者の方にもお勧め…。

生で刺身やユッケとして食べても美味…。
鹿肉は馬肉と同じく栄養価が高く、さらにDHAも多く含まれている…。
臭みが少なく、ラムの変わりにジンギスカンに用いられることもある…。」
ぶつぶつと口遊びながら近付くその様子は迷宮内を彷徨うミノタウロスもかくや、という恐ろしさであった。

「まずい!料理の鉄人モードになってる!」と翔子が叫ぶ。


説明しよう。
星野りんごは洋食屋を営む両親の熱心な教育の賜物なのか、食への執念が尋常ではない。
そのため食物を粗末にしているものがいると理性の糸が切れ、通称料理の鉄人モードへと切り替わる。
料理の鉄人モードになったりんごの目に映るものは全て食材に変換される。

こうなった彼女の前にはいかなる獰猛な肉食獣も、一瞬で精肉と化す。
そうして作られた料理の数々は、食材の生前の面影をも残さぬ、美食家垂涎の出来であるという話である。
ちなみに鉄人の「鉄」は鉄のように強い、という意味ではない。
体中から鉄、つまり血の匂いを漂わせている、という意味である。


腰を抜かした塚本と来栖にりんごが詰め寄る。
慈眉善目のアプロディデは張眉怒目のタルタロスへと変貌した。

「塚本君はタルタルステーキにしましょう…。来栖君はブレゼで…!」
「やややややめろ、りんご。おお俺達不規則な生活してるから肉がカチカチでおいしくな」
「馬も鹿も暴れるから血抜きは手早くやらなくちゃ…!」
「ひぃぃぃぃ!」

兎人ならではの跳躍をし、空中で両手の武器を構える。
振り下ろした刃は倒れこんだ二人の首の一寸横に突き刺さる。

塚本と来栖はりんごの目を見てしまった。
いつもの穏やかな草食獣の瞳ではなく、己の衝動のみに食指を動かすジェイソンのそれである。
二人はこの世を儚む余裕もなく意識を投げ出した。

「あれ…なんでこのお肉ひとりでに動き出したんだろう…。ちゃんと屠畜しなきゃ駄目だわ…。」

もはやりんごには塚本も来栖も人ではなく、材料にしか見えていない。
凶器を引き抜いたりんごは再び両目を獲物に見据え、得物を振り上げる。
この段階でようやく翔子がりんごの両腕を押さえ込み落ち着かせようとする。

「おいりんご、よせ!そいつらは食いモンじゃない!食うなら老衰で死んでからにしろ!」
「だめよ翔子ちゃん、そうなったら肉質が固くなって口当たりが悪くなってしまうわ。」
「あんたたちそういう問題じゃないんじゃないの…」

りんごたちのやり取りに呆然としながら、悠里は呟いた。

おわり




ジビエとは(ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%93%E3%82%A8)