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スレ2>>752-756 学園祭ライブネタ


学園祭前日。いや、正確にはたったいま学園祭当日になったばかりである。
学校の近くの香取楽器店の貸しスタジオでのこと。「ルーズビート」の4人はライブのリハーサルも終え、一息ついていた。
「おい、ジョー。いつも言ってるんだが、サビの手前のところ、ふらふらしてるぞ」
弦を拭きながら文句を言うのは礼野翔子。人間の少女だ。男勝りな性格で、頭の上がるクラスの男子は殆どいない。
自分の容姿に興味がないのか、髪の毛は癖毛だらけ、化粧もしていない。その風貌はさながらスケバンといったところか。
「んなこと言ってもな、俺達の手じゃあなかなか弦が押さえにくいんだよな。」
言い返すのは狼人の張本丈(はりもとじょう)。何事に対してもゆったりと構えているおり、授業中はいつも寝てばかりいる。
190cmの巨体だが、人と目の高さを合わせるためか姿勢は猫背気味である。瑠璃色の瞳は長い灰色の前髪で隠れてしまっている。
気だるそうに髪を掻きながら後ろを振り向き、「トオルたちもそうだろ?」
「いや、僕は小さい頃から触ってたから慣れている。」
「わ、私も今まで弦楽器なんて触った事ないから…」
と香取透と星野りんごが返事をする。
透はこの香取楽器店を経営している香取修介・マリ夫妻の一人息子の黒猫だ。4人が深夜まで練習をできるのはそのためである。担当しているパートはキーボードだが、家が家なだけに、ほとんどの楽器の扱いには慣れている。
眼鏡の奥の金色の瞳は物事を現実的に捕らえることに長けている。身長は160代と小さめで、丈と並んで立つとその差が目立つ。尤も本人はそのことにコンプレックスを抱いている様子はないが。
友人から見放されて丈は耳をしゅんとしおれさせる。ギターやベースの弦は、人間の指より柔らかい肉球を持つ獣人族にとっては扱いにくい。丈もベースを始めて3年になるが、未だにその感覚に慣れていない。
「よし、そんじゃあもう一回通してやるか!」と翔子が言うと、りんごが慌てて
「あ、その、もう12時過ぎているんだし、そろそろ明日にしない?」
星野りんごはやや気の弱い兎の少女である。そのせいでよく男子からいじめられていたのだが、そのたび翔子がいじめっ子を蹴散らせていた。
初等部のころ、りんごをいじめていた虎の男子を翔子が2階の窓から投げ飛ばしたこともある。彼は生垣の上に落ちたから助かったものの、窓際恐怖症になってしまった。
りんごは吹奏楽部で打楽器を担当しており、このバンド内でも彼女のパートはドラムだ。
「おっ、もうそんな時間か。全然気付かんかった。」と丈。
「うわ、やべぇ!親父の晩飯作るの忘れてた!」翔子が慌てふためく。
「明日の朝にでもまたここに来て、もう一回リハーサルしようか。」透が提案すると、
「うす」「あいよー」「わ、わかった」と3人が同時に返事をした。
4人は全員高等部2年の幼馴染で、幼稚園の頃からの付き合いである。種族も性格もまったくばらばらだが、十年以上なにかと一緒に行動してきた。全員家が近所で、家族ぐるみの付き合いである。
このバンドが結成されたいきさつは、透の家が楽器店だったというのもあるが、翔子が中学の時にロックに影響されて唐突に結成してしまったからだ。
学園祭で行われる学生ライブに参加するため、午後6時から日付が変わるまでスタジオに篭りっきりだった。さすがにこれ以上の練習は明日へ明日に響くとみて、全員が帰宅の準備を始めた。


夜が明けて学校の体育館前。朝のリハーサルも無事に終え、いよいよ本番20分前というところ。あたりはライブの見物客でにぎわっている。
そんな中透はただ一人待ちぼうけを食らっていた。確かに朝、スタジオで30分前に体育館前に集合と約束したはずである。
翔子と丈が時間通りに来ないのは分かるが、りんごまでもが遅れるというのは珍しい。
携帯電話で連絡しようにも繋がらない。もう一度掛け直そうと携帯を出したところで、呼び出し音が鳴った。丈からだ。
「おい、丈。一体どこで何をやっている。もう20分前…」
「悪い悪い。ちょっとクラスでやってるオバケ屋敷が思いのほか繁盛しちまってな。今出るわけにはいかんのよ。まだちょっとかかるから待っててくれ」
「お、おい!ちょっとって…!」
呼びかけても答えない。画面は通話終了を示していた。
丈のちょっとは透にとってはとてつもなく長い。透の脳裏に最悪の事態が思い描かれた。

一方こちらは高等部の教室棟。女子トイレの壁に隠れながら、ウェイター姿の翔子は外の様子を伺っていた。
辺りはメイド姿のクラスメイトがちらほらうろついている。
「やっべぇな、今出たら間違いなく捕まるな…。りんごとも連絡取れないし…。」
翔子は性格ばかりでなく、外見も少々ボーイッシュだ。胸も控えめなので、すこし細工をして男装をすれば。
クラスメイトで友人で狐人の小野悠里(ゆうり)はそこに目を付けて、ウェイターの姿をさせた翔子を目玉にして学園祭で喫茶店を企画した。本人の抗議も虚しく、翔子はウェイターの制服を着せられた次第である。
学園祭当日、悠里の予想通り喫茶店には大量の女子が詰め掛けた。ところが翔子は肝心のライブのことを知らせるのを忘れていた。りんごとの待ち合わせの時間間近になってそのことを思い出しこっそりと抜け出してきたのだが、案の定悠里に見つかってしまった。
クラスからすれば目玉の翔子に逃げられると売り上げは激減、目玉目当てで来た客の店に対するイメージも悪化するに違いないため、なんとしても見つけなければならなかった。
きちんと説明すれば許可を得られるだろうが、翔子にはそれが面倒だった。このまま逃げてライブへ行き、終わってから謝罪した方が手っ取り早い。
そう考えていると、入ってきた悠里と目が合った。
「「あ」」
次の瞬間翔子は一目散に飛び出し、すぐそばの階段を5段飛ばしで駆け下りていった。その後を悠里が追いながら、
「翔子発見!3階東女子トイレから階段を使って下へ逃走中!至急応援お願いします!繰り返します!翔子は東女子トイレ…」
とトランシーバーに叫ぶ。集合場所へ到着するのはもう少しかかりそうだ。


ライブ開始10分前。未だに体育館前には透以外のメンバーの姿はない。
体育館をちらりとのぞくとアニメの上映会を終えたメイド姿のサン先生が飛び跳ねながらリンダリンダを熱唱していた。
楽器店のトラックの運転席から父の修平が顔を出す。修平は出演するバンドの楽器類を会場へ運ぶために学校に来ていた。
「まだ来てないのか」
「うん、もう始まるってのに、まったくもう…。どこで何やってるんだろ。」
「まあ、いつものことだな。」と修平は笑った。
「翔子と丈が来てないのはまだ分かるけど、りんごまでも遅刻なんておかしい。」
「それもそうだがな、まあなんとかなるだろ。」
「なんとかって、父さん…」
息子の言葉を遮って、
「それよりチューニングだけでも先にしたらどうだ。じっと待っているよりはいいだろ。」
「ん、分かった。」
父に促され、透は体育館の裏口へ向かった。
修平がふと教室棟を見上げると、2階廊下を突っ走る翔子の姿が見えた。

ライブ開始8分前。翔子と悠里の追いかけっこはまだ続いていた。
状況は翔子の方がやや有利だ。翔子がひょいひょいと避けていく人、机、看板を悠里が完全に避けきれず、結果二人の距離は50mほど離れてしまった。
「はぁ、翔子のやつ、なんで、はぁ、人間なのに、あんなに、ふぅ、足が、速いの、はぁ、かしら…。応援も、誰も、こないし、はぁ、待ちなさい、翔子…」
悠里が翔子のあとを追って角を曲がると、大柄な男とぶつかってしまった。
「あ、すみませ…!」
ぶつかった人に謝ろうとして、悠里は硬直してしまった。
というのも、その蜥蜴人が校内一おどろおどろしい顔面凶器男で知られる竜崎利里だったからである。
ただでさえ怖がりな悠里だが、心の準備もなく目の前に利里の顔が現れたらたまったものではない。
彼女はそのままの姿勢で廊下にぶっ倒れてしまった。


「おい、追っ手はいなくなったみたいだぞ」
利里と連れの人間の少年が悠里を保健室へと運ぶ様子を見ていた丈が、そばの段ボール箱に話しかける。
オバケ屋敷の衣装のまま出てきたのか、服はボロボロ、頭にはボルトが刺さり、顔は血糊まみれである。
丈が話しかけたダンボールから、「ほ、本当か?」
「保健室に運び込まれた。しばらく再起不能だな、ありゃ。」
言いながら丈は段ボール箱を持ち上げる。中から身を縮こませた翔子が現れた。
「なんで急に保健室に…?」
「さぁねぇ。ところで、ライブまであと何分?」
「あっ、ヤベェ!あと5分しか…ん?」
翔子の携帯が震える。透からだ。いままでごたごたしていて気付かなかったが、着信履歴が20件、全て透で埋まっていた。
走り出しながら通話ボタンを押す。
「もしも」
「今何時だと思ってるんだ!もう始まるまで5分しか残ってないぞ!早くこっち来い!」
翔子の声を遮って透の叫び声が聞こえる。丈にまで聞こえるほどの声量だ。
「スマン!いまからそっちに向かう!」
「まったく、りんごも来ていないし、何だというんだ!」
「え?りんごまだ来てないのか?」
予想外の事態に、思わず翔子は声を張り上げてしまった。
「ああ、いつもは僕よりも早く来るはずなのに、今日に限って遅刻だ。連絡もつかない。事件に巻き込まれていなければいいんだが…。」
スピーカーから透の苛立ちと心配の入り混じった声が聞こえる。
「ん?りんごだったらたしか俺のクラスのオバケ屋敷に来てたような…」
と丈が言ったとき、保健室の前に差し掛かった。何故か男子生徒の行列ができている。
嗅ぎ覚えのある匂いを感じ取って、丈は立ち止まる。行列越しに奥に目をやると、ちょうどベッドに寝かされている悠里と、その横で海賊姿の少女と言い合う包帯のカタマリが見えた。
「わ、私オバケ屋敷で気絶しただけですから…!こんな包帯でぐるぐる巻きにされても困ります!はやくしないとライブに間に合わないじゃないですか!」
「ダメっスよ!貧血・脳震盪・ムチウチ・椎間板ヘルニアの可能性があるっス!これから輸血をして点滴をして、それからCTスキャンをして…」
「少なくとも椎間板ヘルニアじゃありません!だ、誰か助けて…!」
その包帯のカタマリは、紛うことなくりんごだった。


ライブ1分前。
透は崖っ縁に立たされていた。20分前に予想した最悪の事態が、今まさに現実になろうとしている。
翔子との通話は突然切れてしまった。丈がいることは確認できたものの、りんごの居場所は依然として不明だ。
時間を延長してもらうことも出来なくはないが、それでもりんごの不在はどうしようもない。
サン先生がライブを終えて体育館裏口から出てくる。
「やぁ、香取くん!僕の歌聞いてくれた?あれ、他のみんなは?」
「それがですね、先生。もしかしたら今日のライブは出場中止になるかも…。」
「なんだって?もし良かったら僕が歌ってあげてもいいよ!」
サン先生がボーカルなどすればパンクロックになってしまう。
「先生、僕らの歌はそういうものじゃなくて、もうちょっと感傷的で…いや、そんな問題じゃないですよ!」
透が言ったところでサン先生が叫ぶ。
「おっ!後ろからやって来るのは、君の仲間じゃないのかい?」「え?」
透が後ろを振り向くと、ウェイターとフランケンシュタインと、それに担がれているミイラがこちらへ猛然と走ってくるのが見えた。翔子と丈とりんごであった。その後ろから海賊と大勢のメイドとが追いかけてくる。
「翔子!店ほっぽって逃げ出すなんて何考えてんのよ!損害賠償請求するわよ!」
「まだ安静にしたなきゃ駄目っス!これから内視鏡検査してバリウム飲んでもらってレントゲン撮影もするっス!」
と口々に叫んでいる。呆気にとられる透の前に3人は到着した。ライブ10秒前。
「お前達なんでそんな格好なんだ!りんごまでそんな包帯だらけで、どこのライトノベルだ!」
「透くん、ごめんなさい!私オバケ屋敷で気絶しちゃって、保健委員の人に…」
「すまんな、着替える時間なくってそのまま来ちまった。」
文句を言おうとする透を尻目に、翔子は
「とにかくもうライブ始まるから、ステージ乗り込むぞ!」
と体育館内へ乗り込んでしまった。
「あー、もう!どうにでもなれ!」
透もやけくそになりながら、突入した。後にりんごを背負った丈が続く。
全力で追いかけたものの翔子に逃げられたクラスメイト達は成す術もなく、その場に座り込んでしまった。
残った保健委員長とサン先生は、
「あっ、サン先生!偽計業務妨害罪で保健室にへ連行っス!」
「うわヤバイ、ばれた!逃げろ!」
「あんなもの誰が見たって一目瞭然っス!保健委員長の名にかけて必ずシロ先生の前に連れ出すっス!」
とまた追跡劇を始めた。

ライブはてんやわんやの大騒ぎだったものの、なんとか無事成功した。
翔子はライブが喫茶店のCMになり売上に貢献したため免罪となった。
サン先生は見事に保健委員からは逃げおおせたものの、職員室で待ち伏せしていたシロ先生に漂白されかけたようだ。
透はというと、自分だけコスプレをせずにライブに挑んだため、「空気が読めない男」と風評被害を受けてしまった。
もう2度とあの3人とは行動すまいと心に誓ったが、翔子の有無を言わせぬ行動力の前に1日で崩れてしまった。

おわり