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スレ2>>576-582 あしたは、学園祭



「わあ!泊瀬谷先生、似合う!」
ええ?わたし…そんなに似合いますか?わたしの生徒たちのらんらんとした眼差しが、わたしに降り注ぐ。
黒色のワンピースに、白いエプロン。足元はニーソックスに、頭にはフリフリのカチューシャ…。
わたし、こういう格好は今までしたことが無いんです。でも…みんなが『似合う、似合う』って言ってくれるから、そうなのかな。
「先生!ほら、これ持ってよ!!」
「ええ?」
わたしに手渡されたのは、トレーの上にミルクの入ったグラス。犬飼さん、これを持って…?
恥ずかしさで縮こまるわたしの姿が、クラスのみんなには堪らないらしい。
でも…わたしって、そんなにメイド服が似合うんですか?

そう。秋も深まり、この学校ももうすぐ文化祭の季節がやって来る。
クラス総出で模擬店を出したり、バンドを組んだりと生徒のみんなは、準備に時間を追われる日々を過ごしている。
そして、わたしのクラスのみんなが選んだ出し物は喫茶店。
実行委員の犬飼さんを中心に、飾りを作ったりアイデアを出し合ったりして、クラスのみんなで約一ヶ月間準備をしてきた。
しかし、生徒たちが用意してきたウェイトレスの服は一着しかなかった。どうして?って、犬飼さんに聞いてみたら、
「先生が着た方が、ぜったいかわいいって!」
と、良くぞ聞いてくれました!と言わんとばかりに張り切って答えてくれた。
そうなのかな…?今まで人生の中で目立ったことも無く、遠慮がちに生きてきたわたしだけど、
服装ひとつでこんなにドキドキできるなんて、まったく持ってしらなんだ。

でも、この衣装…あといくつか用意してるんだよね?きっと。
「ええ?このクラスの看板は先生ですよー!他に服装があるわけがないじゃないですか」
まさか、わたし一人で?犬飼さんは人を乗せるのが上手だ。いや…わたしの方が人がよすぎるのかもしれない。
周りの女子も一緒になって、やんややんやとわたしを盛り立てる。
「『いらっしゃいませー!ご主人さま』って、ほら!せんせ!!」
「い、いらっひゃいませ?」
「かわいい!!」
わたしがもじもじすればする程、犬飼さんをはじめ一同は黄色い声でわたしを持て囃す。
教室の隅っこでは、ヒカルたち男子生徒が着々と喫茶店の飾り付けを進めている。
明日は文化祭。お祭りは、楽しくね。


―――1ヶ月前。学校は文化祭の準備に取り掛かる。
職員室の窓から放課後の中庭で、ヒカルが初等部の子ネコと大声を出していた。
ヒカルが叫べば、子ネコも続く。緑の中でいつまでも叫んでいる。
「あ!え!い!う!え!お!あ!お!」
「あ!え!い!う!え!お!ニャ!お!」
「あかんぼ赤いな、あいうえお!」
「あかんぼ赤いニャ、あいうえお!」

しばらく見ていると子ネコはもじもじしながら、ヒカルに縋り付くように話しかけ始めた。
うんうんと頷くヒカルは、優しく子ネコの頭を撫でている。まるで子ネコを苦しめる何かを払いのけるよう。
みかんを食べながらその光景を見ていると、ゆず湯を飲みながらシロ先生がわたしに解説してくれた。
「コレッタの学年では、学芸会があるんだ。それで、コレッタが不安になってさ」
「そうなんだ…。それで」
「そう。じゃあ、中庭で声出す練習しなさいって言ったら、毎日ああしてるんだ」
「へえ…。でも、ヒカルくんは…」
初等部の文化祭について、ヒカルは無関係なはず。と、シロ先生に尋ねるが。
「そこまでは知らん」と、一言。
幾ばくかの静けさの後、再び声が聞こえてくる。ヒカルとコレッタは、ベンチに仰向けで寝てさっきの続き。
シロ先生曰く、こうすると腹式発声の練習になり、喉を痛めないという。
「あ!え!い!う!え!お!あ!お!」
「あ!え!い!う!え!お!ニャ!お!」

こっそりヒカルとコレッタの側にわたしが近づくと気付いたのか二人は、ひょっこり起き上がった。
ヒカルは話す。お昼休みにいつも練習しているのを見るから、付き合ってあげているということを。
そして、毎日コレッタと残ってお芝居の練習についてあげていることを。
だけど、クラスの模擬店の準備もあるんだよ。と、ここは犬飼さんを見習ってビシッと言わなければ。

「うん…。でもね…ヒカルくん…」
「先生はヒカルくんの先生かニャ?」
「……」
ヒカルは貝のように口をつぐむ。
「聞いて、ヒカルくん」
「ごめんなさい、先生」
ヒカルとコレッタを見ていると、これ以上問いただすことを咎められる気がした。
わたしは犬飼さんには、なれない。


その日の放課後。わたしは学校の校門前で落ち葉拾い。急にサン先生が焼き芋をしたいと言い出したのだ。
生徒たちは家路を急ぐもの、のんびり帰るものと様々、そんな中に混じって下校途中のヒカルとコレッタが通りかかる。
ヒカルは自転車を押して、一方コレッタはヒカルの横に並んで歩いていた。
思わずわたしは自分の気配を消してしまったのは、何かを感じたからだろうか。
木の陰からそっとわたしは見守る。二人は何を話しているのだろう。部外者って分かっているけど、悪い子になったつもりで盗み聞き。

「大分、声が出るようになったね」
「うん。ヒカルくんと一緒に残って練習したおかげニャ。ヒカルくん、約束だからニャ?」
「うん」
「ぜったいニャ?」
「ぜったい」
なんだろう、約束って…。
ヒカルは自転車にすっと跨り、コレッタに申し訳ない顔をする。
「ごめんね、今日は早く帰らなきゃ…」
「明日も来るニャね!」
「うん」
指切りげんまんをしてヒカルはすっと自転車を走らせた。

その後ろからやって来たのは、実行委員の犬飼さんとクラスの女の子。
いつものような黄色い声で二人しておしゃべりに夢中、お年頃の女の子としてごくありふれたワンシーン。
二人の周りには花が咲き乱れているかのように華やかだが、その花に小さなとげが生えているのにわたしは気付いた。
「ヒカルくんったら、いっつも早く帰っちゃうんだもんね」
「そうそう、少しぐらいわたしたちのお手伝いしてもいいじゃん」
不機嫌そうな犬飼さんをかばいながら、女の子は自分の尻尾を回していた。

わたしの周りには落ち葉の山。ここまで成果が見えると達成感もひとしお。そこにサツマイモを持ったサン先生とシロ先生がやって来る。
アルミホイルに包まれたサツマイモを落ち葉の山に埋めて、古新聞を種にマッチで火をつける。
パチパチと秋の音を立てながら、煙を立てる落ち葉の山。煙の向こうからシロ先生がヒカルのことを話している。


「猪田先生に聞いたんだが、ヒカルの家って共働きなんだよな」
「ええ?ええ。お父さんが児童小説の作家で…」
「うん、で、母親は商社勤めでキャリアウーマンって聞く。海外出張に出たりして
なかなか母親は家にいることが少ないらしい。だから、ヒカルは家事を少しばかり手伝っているらしんだ」
ヒカルの担任なのにどうしてそこまで知らなかったのか、わたしはなんだか恥ずかしくなってきた。
一度、ヒカルの家に行ってみなきゃ…と思っていると、急にサン先生がぱあぁっと明るくなる。

「文化祭、張り切ってますよ。ぼくも頑張らないと…」
「ええ?先生が?」
「実はですね。高等部の美術部の子たちがね、アニメを作るって言ってぼくもアフレコに参加させてもらうことになったんです。
今や個人ユーザーレベルのPCで、CGアニメなんかすぐできちゃいますからね。
ウチの学校の美術部、レベル高いんですよねえ。カット割りの天才が居るんです。能ある鷹はなんとやら…」
全然知らなかった。わたし、生徒どころか学校のこともよく知らない。頑張らなきゃ…。
さっきから煙はサン先生の方ばかり流れてゆく。シロ先生は「煙に好かれたな」とすまし顔。
サン先生は落ち葉の山の周りをくるくるまわるが、じゃれ付くネコのように煙に付き回されていた。
焼き芋が焦げてますよ…。と、落ち葉の中を枝で穿り返すと、中から紙くずが出てきた。
紙くずは拾っていないはず、どこから紛れたんだろうと思いながらよく見ると、サン先生が少し青くなっているではないか。
すかさず、シロ先生が横目でサン先生を睨む。口数は少ないが、シロ先生の尻尾は雄弁だ。

「サン先生、もしや…また、先生がわたしのマンガでも描いたのか?この間といい…」
「ええ?保健室のマンガなんか知りませんよ。オキシドールなんか知りませんよ。ね、泊瀬谷先生」
「なんですか、それ」
サン先生は、煙から逃げながらケラケラと笑う。そして二言目には…
「煙に巻いてみせましたよ。ニシシ」
サン先生、シロ先生に『お願い、突っ込んで!』って顔をしてニコニコしているが、無論シロ先生は無視。
サン先生がちょっとかわいそうになり、わたしはサン先生に向かって突っ込んだ。
「な、なんでやねん?」。


―――明日は文化祭初日。時間も夕刻近く、犬飼さんが男子生徒たちに檄を飛ばす。
時間は待ってくれないぞ、ここの飾りはこうだ、テキパキと仕切る犬飼さん。
彼女はわたしには持ってないものを持っている。と感心していると、廊下が騒がしいことに気付いた。この校舎では聞きなれぬ声も聞こえる。
「ヒカルくんのクラスはここかニャ?」
高等部の生徒たちに囲まれていたのは、コレッタであった。
コレッタはお姫さまのドレスに身を包み、頭には可愛らしいティアラをつけている。
普段、初等部の生徒は高等部の校舎に来ることはない。なのに、わざわざコレッタがここまで来たのは、
何かしらの故あってなのだろうか。しかも、お姫さまの格好をしているし…。
恐る恐るわたしはコレッタに尋ねると、彼女は張り切って答える。

「ヒカルくんの先生ニャ!あしたの本番をヒカルくんに見てもらいたくて、宣伝にここまでやって来たニャ」
「その格好…もしかして?」
「あした、わたしは『お姫さま』の役をするニャよ。似合ってるでしょ?あ!ヒカルくんニャ!!」
教室からヒカルが出てきた。コレッタの声が聞こえたからだろうか。コレッタはスカートを摘み、ヒカルに衣装の自慢。
コレッタの肩をポンと叩くと、ウンと小さく頷くヒカルは優しくコレッタに言葉を送る。
「明日はきっと、大丈夫」
「うん!がんばるニャ!」
「うん」
「それはそうと約束はまだかニャ?」
そういえば、そんなことも言っていたっけ。
ヒカルとコレッタの約束…。恥ずかしげに「いいよ」と答えたヒカルはくるっと踵を返す。
ふわりとヒカルの尻尾が弧を描いて一緒に回る。

「うわーい!もふもふニャ!!」
コレッタはヒカルのふっさふさな尻尾に抱きつき、顔を埋めていた。無邪気なコレッタの笑顔に思わずクラスのみんなも笑っていた。
一方、ヒカルはヒカルで少し恥ずかしそうな顔をしている。約束とは言え、こんな所で果されるとは、ヒカルも思ってなかろう。
太陽をいっぱい浴びた枕を抱えるように、ヒカルの尻尾を両腕で抱えながら、コレッタはわたしに話しかけてきた。
「そうはそうと、ミルクを一杯頂けニャいかしら?」
「ええ?」
「メイドさん、とびっきりの新鮮なミルクをお願いニャ!」
しまった。メイド服を着たままだったことをすっかり忘れていた。
これじゃ、どう見ても『お姫さまとお付の侍女』。振り向くと、気配り上手の犬飼さんがコップにミルクを注いでいた。


「コレッタ!だめじゃないか。こんな所に…」
廊下をバタバタと駆けてくるのは、サン先生とコレッタのクラスメイトだ。
クラスメイトは同じようにお芝居の服装をしている。サン先生、初等部の算数も担当していることもあって、
初等部のお子たちにも人気。だけど、コレッタはヒカルの尻尾が気に入ったのか、先生の言うことをちっとも聞かない。
「…もうちょっと、もふもふさせてニャ…」
「コレッタ!ずるい!!わたしももふもふしたいよ!」
「クロ!わたしもしたいんだから!もふもふ!!」
「ミケはあと!!」
「コレッタ!ミケ!クロ!さあ、もう夕方だから下校の時間だよ」
しぶしぶヒカルの尻尾を手放し、サン先生から背中を押され帰ろうとしているコレッタ。
帰り際にこちらを振り向き、ヒカルにポツリと投げかけた。

「ぜったい、あしたは見に来てちょうだいニャ!」
「……」
きっとヒカルは準備をろくに手伝う事ができず負い目があり、それ故に途中でクラスの模擬店を抜けることに躊躇しているのだろうか。
わざわざここまでコレッタが来てくれたのだ。見に行けるものなら行ってみたい。
が、いつも一人っきりであることが多いヒカルとて、クラスのことには参加したいだろうし。
メイド服のエプロンを翻して、わたしはヒカルにビシッと一言。
「ヒカルくん、わたしが許可します。学芸会の時間は抜けていいですよ」
「…先生」
「ぜったい来てニャ!」
ヒカルはわたしにお辞儀をしていた。コレッタがいよいよ帰る間際に、サン先生はわたしの姿に今更ながら物申した。
出来ることなら気付かずにそのまま戻って欲しかったのだが、サン先生のことだから仕方がないか。
ニコニコしながら、サン先生はメイド姿のわたしを見て何かを閃いていた。

「泊瀬谷先生、お似合いじゃないですか」
「あ、ありがとうございます。生徒たちが…」
「うーん、ここの模擬店だけで披露するには勿体無いですね。先生」
いけない。サン先生の目がいたずらっ子のようになってきた。
メガネの奥で光るサン先生の目はこの中でいちばん幼く見える。そして、次に出たセリフは…。
「これは…、いや…実は、この間話していた美術部の作っていたアニメが完成しましてね。
文化祭初日に美術室で上映会をするんですが…。泊瀬谷先生、ね!ぜひこの衣装で上映会に…。生徒たちも喜びますし」
「ええ…?でも…クラスの喫茶店もありますし…。へへ」
ところが、気配り上手の犬飼さんがグラスにいっぱいのミルクを持ってビシッと一言。
「泊瀬谷先生。わたしが許可します。上映会の時間は抜けていいですよ、」
いちばん嬉しそうなのは、生徒たちより無論サン先生であった。


おしまい。