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スレ2>>535-538 いのりんと!



「シロ先生のお父さんって、どんな方ですか?」
「…ふっ、どんな思い出があったかな…。わたしと似てるってよく言われるよ」
シロ先生と泊瀬谷先生のふたりは、昼休みのまったりとした時間、コーヒーを飲みながら静かに過ごしていた。
泊瀬谷先生は外を眺めながら、温かそうな湯気が立つコーヒーが入ったマグカップを両手で持っている。
一方、魚の絵の描かれたマグカップを軽く回しながらシロ先生は聞き返す。
「どうした…?突然」
「いや…ちょっとですね、この間弟からメールが来て、父さんが『姉ちゃんは元気か』ってばかり言っているって。
それで、わたしのお父さんのことをちょっと思い出しちゃったんですよ」
「ほう。泊瀬谷先生の」
「うちの父、メールとかそういうのに弱くって…いつも弟頼りなんですよ」
薄っすらコーヒーに映りこむ泊瀬谷先生の顔は、困ったようにも照れくさそうにも見える。
コトンとカップをデスクに置いたシロ先生、うんうんと静かに泊瀬谷先生の話に耳を傾け、うんうんと頷いていた。

そんな会話を離れたデスクで聞いているのは、いのりんこと猪田先生とサン先生。
デスクに置かれた紙の箱にはお茶請けの飴玉。食後のお茶を楽しみながらも、内心いのりいんは、
女教師二人の会話が非常に気になるご様子。パパさんであるいのりんにとっちゃあ、
娘さんのことが気になるのは誰だって分かること。それを隠したいのか、ぽーんとお茶請けの飴玉を口に投げ込む。
「猪田先生の娘さん、お幾つでしたっけ?」
「ああ、もうすぐ7つだね。誕生日も近いし…」
「かわいい盛りじゃないですか」
「はは」
ところが自慢の娘の話をしたばかりであるいのりんに、シロ・泊瀬谷先生の声が突き刺さる。

「そういえば、お父さんとは中学からあんまり話したってこと…無くて」
「どこの家もそんなもんなんだ。わたしの場合はこの白衣よりも白い目で見てたな」
「シロ先生らしいですね…。そういえば弟も中学生の頃、お母さんに反抗ばかりしてましたからね」
残っていた最後の飴玉を遠慮なくサン先生が奪い取り、もごもごさせながら笑っている。
「…そんなもんなんですか」
「……」
「へへへ」
いたずらっ子の目をしたサン先生は、尻尾を振っている。サン先生がこんな行動をするときは、大抵何かを思いついたとき。
いのりんの心のスキを見つけたかのごとく、とある提案をサン先生は差し出す。

「猪田先生、娘さんと一緒に笑ったこと…最近ありますか?」
「うっ、それがね…機会が無いんだよね。帰りはいつも遅いし、休みの日もウチの家内と出かけることも多いし」
「協力しますよ、不肖・サン・スーシ」
サン先生はボリッと口の中の飴玉を噛み砕いた。


――――にちようびの午後。
猪田家にはサン先生が遊びにお邪魔していた。なんでもない話をソファーでくつろぎながら、二人のオトナは語り合う。
「いやー、サン先生。今日はのんびりしてくださいね」
「猪田先生のお宅は羨ましいですね」
そんなオトナの社交辞令。サン先生には全く持って不釣合いか。
脱衣場の洗濯機前には奥さん、リビングのソファーの横では、父親そっくりの娘が朝のアニメ鑑賞。
そして、母親そっくりの息子は姉の側で塗り絵に夢中。うららなか休日、いのりんとサン先生はリビングで談笑している。
パンパンと洗ったばかりの洗濯物のしわを伸ばしながら、奥さんは鼻歌を歌う一方、娘はごろんとじゅうたんを転がっている。

「ちょっと、先生…携帯に生徒から…失礼しますねっ」
サン先生、いきなり立ち上がり玄関に向かう。サン先生の携帯が鳴ったらしい。いのりんは『うん』と頷くだけ…。
息子の悠がいのりんに尋ねる。
「ねえ、おにいちゃんどうしたの?」
「ちょっと…用事だよ…」
それにしてもいのりんの声は歯切れが悪い。その答えは、何を意味するのか。そんなことを気にせず、姉はテレビのアニメヒロインに声援。
「プニキュアがんばれ!」
その言葉を聞いたか聞かないかの刹那、海賊の格好をしたサン先生が、片手に水鉄砲を持って、
猪田家の廊下をドタドタ駆けて、リビングにやって来た。
「うおー!かわいい子をつかまえに来たぞ!!」
リビングにいきなり入り込んできたサン先生は、片手でひょいと小さな息子の脇を抱え
そのまま子ウサギのようにソファーにぴょんと跳び乗った。

「なに?なに?」
「ふはははは!吾輩は七つの海を制覇した海賊の中の海賊『キャプテン・サン』である!
今度の旅にはどうしても小さな男の子が必要でな、こうやってつかまえに来たのだ!」
「あら、サン先生もうすぐお茶が入りますよ」
ひょっこり奥から洗濯物を持って奥さんが覗いている。
キャプテン・サンに抱えられた息子の悠は、キョトンとして何が起こっているのか全く理解をしていないご様子。
「ゆう!かみつきなさい!!ちょ、ちょっとおとうさん!きて!」
「出たな!キャプテン・サン!!お前の狼藉は許さんぞ。さあ、その子供を放すんだ!」
娘が振り向くと大きなウォーターガンを両手で構えたいのりんの姿があった。一体何処で?
挑発されたキャプテン・サンは照準をいのりんの手元に合わせ、子供を盾に応戦。

「うう、吾輩に楯突くとは100年早いわ!」
「只今お茶をご用意しますね」
「子供が泣いてるぞ!さあ、早く放すんだ」
「きゃはは!おにいちゃん、たかいたかいして!」
「ゆう!!こら!」
「サン先生、玄米茶はお好みですか?」
奥さんは台所でかぽっと茶筒を開ける。いのりんはじりじりとキャプテン・サンに歩み寄る。
一瞬の隙は見せられない、それは作戦失敗を意味する。脇をしっかり締め、右手でトリガーに手を掛け、左手で銃床を支える。


いのりんとキャプテン・サンの目が合ったわずかな瞬間のこと。
いきなりキャプテン・サンは悠をソファーに置いて、いのりんの頭を跳び越すほどの華麗なジャンプを見せる。
キャプテン・サンはいのりんを跳び越し背後に回り、後方からいのりんを制圧するつもりなのだろうか。
いや、両手でしっかりキャプテン・サンは己の水鉄砲を握り、いのりんの額を照準器越しに睨んでいるではないか。
悠はキャプテン・サンを見つめていた。
娘は父を見つめていた。
テレビではアニメヒロインが敵を倒していた。
奥さんはあったかいお茶を入れていた。
そして、いのりんは腰を落として、ここぞとばかりにトリガーを引きながら、ブンと大きな銃身を下から上に振る。
同時に銃口からは、命を吹き込まれたかのごとく水しぶきが扇状に弾道を描く。大型のウォーターガンの水の勢いは激しくリビングを舞う。
蛍光灯の灯と重なりシルエット姿となったキャプテン・サンには、彼とクロスするように水の炎が被弾した。

もんどりうって、向かい側のソファーの上に受身を取って落っこちたかと思いきや、ソファーのバネで懲りずにもういっぺん宙を舞い、
今度はカーペットの上に不時着。しりもちついたキャプテン・サンからは断末魔。
キャプテン・サンから手放された彼の小銃は、くるくる回りながら自由落下に従う。そして彼の頭の上に、コンと落ちた。

「うわああ!いてててっ!無念、残念だぜ!残念だ!!」
「あなた、サン先生、お茶が入りましたよ」
「は、はい?キャ、キャプテン・サン!息子はもう逃げているぞ!あとはお前だけだ!」
「なんだって?ち、ちくしょう!!我が計画に抜かりがあるとは、なんたる不覚!さらばだ!」
そういう捨て台詞を吐いて、キャプテン・サンは廊下から逃げ帰ってしまった。
ソファーに乗っかる悠がぼそっと一言。
「なーんだ。もうおわりか」

「おとうさん、なに?いまの…」
「娘よ…。おとうさんはな、悪者を退治したんだぞ」
いのりんはウォーターガンを肩に掛け、ぽんと娘の肩を叩いた。
テーブルには玄米茶が注がれた湯飲みが三つと、ジュースが注がれたコップが二つ…。
しばらくすると、びしょ濡れになったサン先生がリビングに帰ってきた。
「いやー、教え子からいきなり進路相談ってケータイに掛かってきてね、ははは。あれ?今何者か来ましたか?」
二人のお子たちはポカーン。


―――げつようび。
ざわざわとしている朝早いケモノ学校。生徒たちがぞろぞろと玄関から校舎へ入ってゆく。
窓から朝一番の光を浴びながら、職員室では、いのりん、サン先生、泊瀬谷先生にシロ先生がストーブに当っていた。
そして、恥ずかしそうにいのりんは頭を掻きながら、後日譚を語った。
「いやー、参りましたよ。サン先生」
「どうしたんですか?昨日の作戦で?」
「実は娘があれからずっと水鉄砲で撃ってくるんですよ」
どっと沸く一同。
「息子は息子で『このあいだのおにいちゃん、またこないの?』って言う始末ですし…。
恥ずかしいお話…サン先生、またお願いできませんか?」
「ええ?ま、まあ。喜んでいただければ、いつでも駆けつける心ですよ」
「…わたしの父は真面目な人だったから、猪田先生のようなお父さんに憧れますね」
いちおう、フォローというフォローをしておいた泊瀬谷先生。困った顔はウソがつけない泊瀬谷先生のトレードマークか。

そして、今回の首謀者・サン先生も続いて…。
「まあ、娘さんも笑ってくれてこの作戦も大成功ですね。あの海賊のコスプレは保健委員の子から借りてきたものなんですよ。
背丈もぴったりで…それにしてもカッコよかったなあ、あの猪田先生の最後の掃射は…。
娘さん、猪田先生のことを尊敬する事でしょうね。『お父さんはカッコよかった』って」
いのりんとサン先生が笑っている側で、シロ先生が一言。
「んなわけないって」


おしまい。