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スレ2>>38-40 反比例な二人


「今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹をとりつつ……」
 麗らかな昼下がり、教科書を音読する男子生徒の声を聞きながら、彼は瞼を微かに開き、無機質な瞳で周囲を見回し、再度瞼を閉じる。
 古文の授業など、将来何の役にも立たないだろう事を勉強する気なんて、今の彼には毛頭無かった。もっとも、蛇の彼には毛の一本も無いのだが。
 爬虫類特有の大きな口を限界まで開き、先の割れた細長い舌をチロチロと宙で波打たせながら、「しゃぁあ……」と大きな欠伸をする。
 この前の授業で当てられたばかりだから、そんなにすぐ当てられる事は無いだろう。
 元から授業に参加する気などないとでも言いたげに、突っ伏して目をつぶると、窓から入る日の光で、凹凸の少ない滑らかな鱗が光沢を放つ。
 黒と赤の鱗で彩られた体は、いかにも“私には毒がありますよ”と言いたげなカラーリングだが、毒もないし気性が荒いわけでもない。
 寧ろ、興味の対象外にはとことん無気力な性格もあって、どっちかというと無害な部類だ。
 突っ伏したまま数分もすると、彼が静かな寝息を立て始める。周囲の生徒の瞳も、教師の忌々しげな視線も、意に介すことなくいびきさえ立てていた。
 月曜日は嫌いだ。休みが終わってしまうというのもあるが、一時間目から興味のない古文で、二時間目は苦手な体育だというのが大きい。
 彼は根っからのインドア派なのだ。竹刀を持った体育教師に追い掛け回されるようなスパルタは、望むところではない。
 授業終了のチャイムで、うっすらと意識を覚醒させながら、寝込む前と同じように「しゃぁあ……」と大きな欠伸をする。
 少しむず痒い感触の残る、鼻面へ細長い舌を伸ばし、剥がれかかった鱗を撫で付けた。
 鱗を持ち脱皮をする種族なら、入浴の際に全身をたわしで洗うなどして脱皮を促し、こういった剥がれかけのむず痒さを防ぐものなのだが、風呂嫌いの彼は3日に一度ぐらいしか体を洗わない。
 爬虫類というのは、発汗も少なく皮脂や垢がほとんど溜まらないので体臭も薄く、それで通じてしまう事も多いのだ。
 鼻の痒みもとれたところで、彼は目を開けると、大きく背伸びをしながら、3度目の欠伸 をする。
 例の「しゃぁ……」という声を出しながら、舌をチロチロと動かす。眠たいし、いっそ昼までこのまま寝てたい気分だ。
 しかし、そういう訳にも行かない。背後から自分の席へと近寄ってくる、足音を感じる
。長い首を持ち上げて、気だるそうに振り向くと、勝気な人間の女生徒が仁王立ちしていた。
 その後ろでは、猫に犬に鳥に蜥蜴に、その他諸々教室に残っている女子たちが、彼の方を見ながらヒソヒソ話している。
 別の場所で着替えればいいだけなのに。彼があからさまに溜め息をついて見せると、女生徒は不機嫌そうに話しかけてくる。


「ほら、男子で残ってるのあんただけよ。さっさと行きなさいって!」
「分かった分かった。眠いんだから怒鳴るなよ。こっちは……」
「いい加減になさいよ。また朝方までネトゲしてたからとか?
サボりまくって留年するのは勝手だけど、早く出てってくれないと、女子全員次の授業に遅刻するの」
 強気な女はどうにも苦手だなと思いながら、剥がれかかった鼻面の鱗を再度舐めつける。
 ズケズケものを言う相手には、どう反応すれば良いか困るのだ。とりあえず気の抜けた返事を返して、緩慢な動きで席を立つ。
 女生徒は貧乏ゆすりをしながら、一連の動作を眺め、終いには痺れを切らし、彼の尻を足蹴にして教室から追い出す。
 蹴られた尻を擦りながら「いてて……」と呻く後ろでは、扉が勢い良く閉まる音と、女子たちが「さっすが、いいんちょ!」とハモる声が聞こえた。
 男を足蹴にすると賞賛される原理が、彼にはとても理解できない。彼が少しでも反撃すれば、その瞬間学校中の晒し者になるだろうに。
 さて、昼まで何をしていようか。保健室で寝るのもいいが、利用しすぎてしまったらしく、先日とうとう「我が校始まって以来の虚弱体質ね」と皮肉たっぷりに言われてしまった。
 いくら彼が他人の心の機微に疎く、普通よりも図太い神経をしていようと、そうまで言われて、堂々と保健室へ向かうのは無理だ。
 体育の授業を休むのはもはや決定事項らしく、彼は何処か人に邪魔されずに、昼まで授業をサボれる場所を求め移動を始める。
 屋上は彼と同じように授業をボイコットした奴らが、たむろしていたりするので、あまり好きではない。
 その手の奴らは総じて柄が悪く、彼には居心地の悪い雰囲気を出しているのだ。
 そう思いながらも、口内をうろちょろしているうちに、彼が辿り着いたのは、結局屋上だった。
 誰もいない中庭のベンチなど、随分心を惹かれもしたが、職員室から丸見えのあの場所で、授業時間中に寝るというような愚行は犯せない。
 月曜の午前中という事で、彼の苦手とする連中は、屋上どころか学校に来てすらいないようだった。彼はこれ幸いとばかりに、屋上で横になり、寝息を立て始める。
 蛇というのは執念深い生き物だから、集中した物事に対しては、類稀な集中力を発揮するが、興味の無い事は本当におざなりになる。
 彼の場合は、興味の対象がネットゲームであり、一度レベル上げや低確率ドロップアイテム収集を始めると、ついつい朝方までノンストップで励んでしまう。
 その代わりにおざなりになるのが、学校での授業なのだから、委員長が呆れるのも当然だろう。
 だが、そう簡単に愛想を尽かしたりしないのが、委員長の長所でもあった。寝息を立てる蛇の方へと、カツカツと足音が近寄ってくる。
 蛇の隣に腰掛け、時折口から飛び出してチロチロと揺れる舌を、マジマジと見つめる。
 ある程度その規則性を掴むと、タイミングを合わせてその舌を人差し指と親指で摘む。
「ふぁっ、なんふぁが」
 そのまま上へと引っ張られれば、流石に彼も起きざる得ない。少し慌てた調子で、奇声を上げながら、目の前の女生徒へ視線を合わせる。
 まさかと思って腕時計へ視線を向けるが、勘違いではない。何でこいつが、授業時間中に、こんなところに居るのか。
 珍しく驚いた様子で、目をまん丸に開き、縦に割れた瞳孔がカメラのピントを絞るように開く。
「授業なら、体調不良って事になってるわ。私はあんたと違って、ここまで無遅刻無欠席だから、怪しまれたりしないの」
「お、おう」
 彼の顔には“何なんだこいつは”と、露骨に浮かんでいる。本来なら、爬虫類はポーカーフェイスと相場は決まっているのだが、今は例外のようだ。
「留年するのは勝手って言ったけど、私には委員長としての責任があるの。
うちのクラスから落伍者を出すつもりはないわ」
「別にテストなら問題ねーぞ。一夜漬けは得意分野だしな」
 委員長は、さも呆れたように返す。
「そういう問題じゃないわよ。出席日数も微妙だし、あんたのやる気が尽きて学校に来なくなってもダメなの。
とにかく、私には責任があるの。あんた一人サボり三昧しようたって、そうは行かないわ」
「おい!」


 委員長が彼の手を引いて立ち上がらせ、そのまま屋上から連れ出そうと歩き始める。
「後ね、あんたは人付き合いを軽視しすぎ。私以外に話しかけてくれる女子なんていないでしょ」
「だから、そんな事はどうだっていいんだよ。もう少し寝かせてくれ」
「良くないのよ。うちのクラスであんたが一番パッとしない。
今までは休み時間だけだったけど、これからは自分の授業を潰すつもりであんたを更正させてやるわ」
 なすがまま腕を引かれ、屋上から引きずり出されながら、彼は“厄介なのに捕まった”と、溜め息を吐いた。
 たかがクラスの委員長なんて役割に、ここまで真面目にならないで欲しい。
 彼は、もう一つ大きな溜め息を吐く。この調子では、大好きなネトゲの時間を減らす事になるかもしれない。
 瞳孔を細めながら、マジマジと委員長を見つめる。同属の女性ほどじゃないが、毛皮や羽毛付きより、こっちの方が好きだ。
 こちらはこんな虐めにも近い仕打ちを受けているのだからと、彼は自分を納得させるように考える。
 この委員長をギャフンと言わせる方法を、他には思いつかない。
「仕方ないな。じゃあ、俺が更正したら、一緒に映画でも見に行くか」
「代金があんた持ちならね。楽しみにしてるわよ」
 せめて付き合えぐらい言えば良いのだろうが、彼は人付き合いが薄い蛇なのだ。
 言い換えれば、デートが本格的な付き合いを同列に見えるほど、初心な蛇だ。
 さっきまでの険しい顔を、いくらか緩めながら、委員長は彼の手を引いて歩き続ける。
 いったい何処が甘かったのか分からない様子で、彼はまた鼻面を舐めつけている。
 困った時の癖になっているようだった。委員長はその舌に手を伸ばして、不意打ちした時と同じように掴む。
「まずはその癖直しなさいよ。行儀悪いわ」
「むおっ、ふぁひふんはっ!」
 彼の更正する日は、恐らく当分先なのだろう