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スレ2>>9-20 本をひらけば


午前中の授業は全て終わり、これからは生徒たちやわたしたちのお昼休み。
わたしは家から持ってきた、ささやかなお弁当を机で頂くとする。
「やあ、泊瀬谷先生は手作りのお弁当ですか」
「や、やめてくださいよ。じろじろあんまり見ないで下さいよ、へたくそなんですから」
帆崎先生はおしぼりで手を拭きながら、わたしの小さなお弁当箱を笑う。
だめですよ、そんなこと言ってもわたしだけのとっておき、たこさんウィンナーはあげませんからね。
緑茶の香り漂う職員室、あいかわらず猪田先生の机は空席。きっと進路指導室にいるのだろう。ご飯返上で生徒と相談に応じる猪田先生、
今日も明日も未熟者のわたしには真似できないな。いや、わたしになんぞ相談に来る子はいなかろう。

「ラーメンにチャーハン大盛り!すぐに!すぐに!ええ?学校までですよ!!」
わたしのネコミミをも揺らす大声はサン・スーシ先生だな。受話器を片手に叫んでいる姿はユーモラスでカートゥン的だ。
おなじみの食堂に出前をとるサン先生、きっと電話相手の受話器からは先生の大声の風が吹き、耳が揺れている事だろう。
注文を終え電話を切ろうとした瞬間、サン先生は電話機に受話器を置くのを止め、こう付け加えた。
「ギョウザもお願い!!」

わたしの手作りのお弁当。一人暮らしをするわたしにとって、朝早いお弁当作りはひと労働。
ウィンナーを焼き、煎り卵にから揚げ。今日は果物も持って行こうかな、頭の中でそう考えながら、あつあつのご飯を冷やして、
一人前のお弁当の出来上がり。これでも、ちょっとは料理に自信が付いてきた方なんですよ。はじめの頃はホント酷かったんですから。
猪田先生の大きなお弁当箱は机の上で主の帰りを待っている。時計がお昼休みの約三分の一を過ごしているのに、先生は戻って来ない。
「遅い!遅すぎるよ!!」
注文をしたはずのラーメン、ギョウザ、チャーハン大盛りがなかなか来ない事に痺れを切らして、サン先生はうろちょろと
職員室を歩き回っている。シロ先生が「これを飲んで落ち着け」とコーヒーを勧めているが、それでも出前はやってこない。
コーヒーカップ片手にサン先生が再び受話器を持ち上げる。
「催促の電話をしてやろうか!!」
「今はお店も忙しいだろうからやめとけ。きっとすぐに来るから大人しくな」
「むー」
母親に諭される子供のようなサン先生は口を真一文字につぐんだ。外からバトミントンで、はしゃぐクラスの女子の声が届いてきた。


「ごちそうさま…」
大地の恵みに感謝。
流し台で軽く空のお弁当箱を洗いながら中庭を窓越しに見ていると、白いイヌの男子生徒が一人で本を読んでいた。
ヒカルだ。
群れる事が嫌いなヒカルのお昼休みは大抵、小さな池のほとりの石に腰掛けて文庫本を捲っている。
しかしヒカルの姿を見るたびに、この間自転車で送ってくれた時の事を思い出すのは何故だ。
時間にしてホンの十数分。一日にしたら240分の1だろうか。そんなわたしの生きてきた中、
瞬きひとつ分の体験、若いケモノの匂いが脳裏に蘇るのはどうしてだろう。誰にも尋ねられない悩み事ほど厄介な物はない。
ふきんでわたしのお弁当箱を拭きながら、故意にヒカルから視線を逸らすと、そこにはサン先生とタスク、ナガレ、アキラの男子三人組。
あいかわらずの暴走っぷりを見せているサン先生。備品の台車にサン先生が乗り、アキラが後ろから押して『カーレースごっこ』か。

「おりゃああ!走れー!せんせーい、ぶっぱなすぜ!!」
「くおー!ぶつかる!!ここでハンドルを右に!」
「ナマステ!」
先生は授業用の大きな分度器をハンドルに見たててドライバー役、一方アキラはエンジン役。
お昼ごはんが来ないから、待ちきれずに男子と中庭でふざける先生はどう見ても少年。しかも、実際の少年よりも少年っぽいので、
知らない人が見れば何の変哲のない光景なのだが、わたしたちが見ると…でも、やっぱり何の変哲のない光景なのだ。
尻尾と耳を風に受け、中庭を走り回る先生と生徒を見てシロ先生は髪を掻き揚げるばかり。尻尾がぴくぴく動いているのがわかる。

一方、同じ中庭にいたヒカルはいきなりすっくと立ち上がり、本を手にしたまま校舎に戻ってきた。
それと同時にわたしは何故か職員室を飛び出し、中庭への出入り口に足が動く。どうしてかは…わからない。
「ヒカルくん!」
「……」
出入り口でヒカルと鉢合わせするのは重々承知。なのに、この後の言葉が浮かばない。
「…えっと…読んでくれてるんだね」
「……」
もともと口数の少ないヒカルは頷いてわたしの答えに答えてくれた。そんなヒカルを見てわたしは手を握り締め思わず胸に手を当てる。


――――ヒカルに自転車で送ってもらって数日後のこと。
その日は学校もお休み、久しぶりに街で買い物しようと、わたしは街の中心部・十字街へ向かう路面電車に乗っていた。
平日よりかは乗客の多い車中、子供連れのヒツジや杖を付いたシカ、みんな同じ時間を共有する。
速度を上げる電車はゆっくりと左右に揺れる。子供のヒツジがキツネの運転手の肩越しに車窓を見て笑っている。
つり革はゆらゆらと、子供のヒツジはきゃっきゃと、各々の時間。窓に映し出される街の色は次第に都会の色に変わってゆく。

「次は図書館前ー、図書館前です」
大きな音を立てながら古い電車はゆっくり止まる。ガタガタと扉が開くと電車の中に乗ってきたのはヒカルだった。
薄いパーカー姿という私服姿のヒカル、本を片手に車内に立つ。落ち着いた物腰は私服姿でも変わらない。
「あっ!」
わかってる、わかってるんだから。
驚いて声を上げちゃ、ヒカルにも悪いことなんて。それでも思わず声を上げてしまったのはいけないと思う。
そんな『わるい子』のわたしの目の前に、ヒカルはつり革を掴んで立っている。
「泊瀬谷先生…、こんにちは」
「う、うん」
「買い物ですか?」
「うん」
トートバッグを締め付けながら、マヌケな答えをしているわたしはなんなんだ。しっかり、答えろ。

なかなか目を合わせられない臆病者のわたしは、ヒカルの持っている本ばかり見ていた。だがヒカルの持っている本の著者は、
わたしが知らない人物であった。わたしは国語教師、まかりなりにも、言の葉を教える生業の者が「知らない」なんて、生徒に知られたら笑われるかな。
ヒツジの子供は無邪気に車内を走り回り、母親からうるさいと注意されている。その子が風を切ると、ヒカルの尻尾が揺れる。


「…本、好きなんだよね」
「うん」
「好きなの?この作家」
「…うん。この作家の作品…なかなか手に入らないんです」
「ふーん」
時代を感じさせる装丁の文庫本。おそらく、ヒカルの親御さんたちがヒカルと同じ年の頃に
出版されたであろうと、素人目ながらにもそれは推測することはできる。ネットオークションで探してみたら?と聞くと、
インクの香り漂う実際の本屋や図書館じゃなきゃイヤだと言う。本は手に触ってこそが命だとか。

ヒカルの父親は名こそ無いが児童作家であり、元から本に囲まれた生活を送っていたと聞く。
活字に関して、もともと触れる機会の多い家庭に育っていたのだから、本に夢中になるのは当然か。
猪田先生から本の魅力を教わって以来、ヒカルはずっと本を手放さない。そんなヒカルは本を守るように抱えて、こう話す。
「この作家の本は一冊読んだだけで夢中になりました。もっと、読みたい…」

老体に鞭打って走り続けた電車が十字街に付く頃、いきなり大きな音を立てて急停車する。ヒツジの子供がよろめいて、
まだ丸い角でヒカルのわき腹を突付きながら、彼のふともも目掛けて吹っ飛んできた。
ふとももを手で擦りながらも本を手放さないヒカル、一方わたしは何も出来ないまま茨の椅子に座っていた。
ヒツジの子供の怯える顔。少し痛そうなヒカル、そして茨のとげが食い込み居た堪れないわたし。
「ユウタ!ごめんなさいは?」
「ごめんなさい。もうしません」
ヒカルは跪き、ヒツジの子供をけっして見下ろすことなく「だいじょうぶ」と頭を撫でて安心させていた。
不謹慎ながら、わたしがあのヒツジの子供だったらなあと、ふと思う。
ヒカルに無条件で抱きついてきたヒツジのことを羨ましく思うなんて、オトナ失格と思いませんか。
わたしがオトナとしてヒカルにしてあげることは…、なんだろう。
先程の顛末を詫びるアナウンスの中、時間を置くことなく電車は十字街に到着。「またね」とヒカルと別れる。
ヒカルを乗せた電車は大きな音を立てながら、わたしの側を不器用に走り去った。
街の喧騒に包み込まれるわたしは電停にたたずむ。わたしの前にヒカルはもういない。


買い物を終えたわたしは電車に乗って帰ると、アパートに付いた頃にはまわりは真っ暗だった。
夜ってヤツは随分と勝手なヤツだ。けっしてわたしを待ってくれず、自由気ままにまわりを闇で掻き消すから。
アパートは虫の声で包み込まれている。

その宵、普段深夜に出歩くことのないわたしは『夜会』へと向かう。
『夜会』、またの名を『ネコ会議』とは…。わたしたちネコ族はもともと「ネコ」からの急激な進化で「ネコ族」として生まれてきた。
当然、ネコ本来の習性、好みなどそのまま受け継いできたものもあるが、進化の途中や世代間でわたしたちが捨ててきたものもある。
例を挙げれば柑橘系の香りの話。ネコはもともと柑橘系の香りが苦手なのだ、しかしわたしたちの世代となると平気でそれらを食す。
ミカンにポンカン、グレープフルーツ…みんな食べる。それは「ネコ」の名残がわたしたちの世代になると薄まってくるからだ。
その証拠にかつて、祖父母やそれ以前の年代の者は苦手だったというお話を聞くではないか。
きっと誰かが食べてみて美味しかったのだろう。結局は食わず嫌いだったのかもしれない。

それとは逆に、「ネコ」だった名残を取り戻そうとする者たちもいる。その一つが『夜会』。深夜、だらだらと何かをすることもなく
集まっているネコたちをみなさんは見かけたことがあるでしょう。その『夜会』を復活させて、
情報交換に役立てようとする者たちが、わたしの住む蕗の森町にいる。風が冷たい中、パジャマにちゃんちゃんこを着て蕗の森公園へ。
処は周りに人家のない林の中の公園。各々好きな位置に座り、自由に語り合っている姿が申し訳程度の水銀灯に浮かび上がる。
ざわわと風で揺れる木の葉が彼らの会話に入りたそうだ。きっと瞬く星も嫉妬してることだろう。
メンバーはわたしと同い年位の子から年配者まで、多種多様。みな、寝巻き姿でどうでもいい話をしている。
この『夜会』、来たければいつでも参加していいし、飽きれば来なくてもよい、気まぐれなネコ族ならではの実に民主的なルール。
以前ネットで初めて知って以来、わたしは何度か参加したことがあるのだが、最近は忙しくてとんと出ていない。

さて、わたしがここに来た理由は一つ。この『夜会』最年長の老ネコに会うこと。蕗の森町で古本屋『尻尾堂』を古くから開き、
この町を知り尽くし、『夜会』の最古参でもある彼とはわたしと少しばかり顔見知り。多忙なわたしは、
この『夜会』でなければ彼の顔を見ることはなくなっている。老ネコはベンチに座って若いネコたちをのんびりと眺めていた。
帽子を深々と被り、髭を伸ばし、うんうんとゆっくり頷く姿を見ていると、彼の周りの時間はゆっくり動いているように見える。


「あの…すいません。お話いいですか」
老ネコの横に膝を抱えて座る。話はヒカルの読んでいた本の作者について。
そして、その著作は今、手に入るのか…。きっと『尻尾堂』なら、ヒカルの読んだ事のない本が見つかるはず。
期待に胸膨らませながら、うんうんと頷く老ネコに話すと、先の明るい答えが帰ってきた。
なんと、その作者の著作がまもなく『尻尾堂』に入ってくるというのだ。
「あれは…南の街の店にあったけな。二、三日したらその店の者が来るから、持ってきてくれるように電話しとくよ」
「わあ!ありがとうございます」
古本屋は横のつながりは強く、古本屋同士で競を開いての本の取引はしょっちゅう。本の目録なんかもお互い交換しているそうだ。
故に、お互いどんな本があるのかという情報が古本屋同士で回っており、その中から思わぬ掘り出し物が見つかったりするというのだ。
こうして、本の融通を利かせ品揃えを豊かにしていると言う。なるほど。

あさって位に『尻尾堂』においでと言う言葉を頂き、明日は仕事のあるわたしは早々と『夜会』を後にした。
公園を振り返ると、『夜会』はこれからという雰囲気。ごめんなさいね、もう寝坊はできません。
若いオスネコが「尻尾堂のジイさん、若い子をたぶらかすなよ」と、からかう声が聞こえた。空に浮かぶ月が眩しい。

二日後、『尻尾堂』でヒカルが探している本が入ったと連絡が来る。
なんでも尻尾堂のおじいさんも一度しか見たことが無く、やっと巡りに巡ってきたらしい。わたしは運がいい。
「わあ!ありがとうございますう!」
「礼には及ばん。お安くしとくよ」
ヒカルの喜ぶ顔を思い浮かべながら、本を手にする。昔の本の匂いがわたしの鼻腔をくすぐる。
この文庫本、なかなか手に入らないんだってね…ヒカルくん。嬉しいね。そして、わたしは早速ヒカルにこの本を渡す時がやってきた。
本を片手にその時を待つわたしはまるで、初めてのデートの待ち合わせのような気持ちだった。
今日の授業が終わったら、今日の授業が終わったら!この本を渡すんだ。その時までの時間がわたしを心地よく苦しめる。
授業終了の鐘と共にヒカルの元へ駆け寄り、手に入れた本を差し出す。ヒカルは顔色を変えないが、嬉しいってことはわたしはわかってる。


――――帆崎先生が中庭に向かって叫んでいる。
「サン先生、サンせんせーい!出前が届いてますよ」
「なに?やった!!」
台車に乗せられたままサン先生は職員室に戻って来た。男子三人組は何か言いながら台車を押す。
職寝室から中庭に繋がる扉を開くと、サン先生は義経八艘跳びよろしく、ぴょんと台車から飛び跳ねて叫ぶ。
「ひぁっほお!ラーメンだ!チャーハンだ!ギョウザも付いてるぞ!」

しかし、入り口に立っているのはいつもの食堂の人ではなく、そこにいたのは猪田先生の奥さん。
お盆にラップを被せたラーメン丼にチャーハン、ギョウザを持って息子さんと一緒に立っている。
「あの…突然電話が架かって、『学校までラーメンとチャーハン大盛り!』って言われて。
そんなに今日のお弁当が足りなかったんでしょうか…?あっ!ギョウザも持って来ていますよ!」

どうやら、サン先生は電話を架ける際、短縮ナンバーを押し間違えて猪田先生の家に架けてしまったようだ。
ろくに相手を確かめず大声で注文した為、全くそのことに気付かず、奥さんも猪田先生が忙しいのが分かっているから
きっと代わりの先生に頼んだんだろうと思い込んで、注文そのまま作って持って来たと言う。
「いやー、やっとお昼ご飯ですよ」
反対側の職員室入り口から、ハンカチで汗を拭きながら猪田先生がやってきた。が、ここで夫婦ご対面とは思っていなかっただろう。
猪田先生、どうして奥さんがここに居るのか、理解に苦しみながら大汗を掻いている。
「わ、わたしでもこんなに食べられませんよ…」
しかし、いちばん気まずいのはサン先生。猪田先生以上にむず痒い汗を掻く。
ナガレとタスク、そしてアキラの三人組はそろって困った顔を並べてやって来た。
「あのー、台車…何処に片付けたらいいですか」
「え…えっとお・・・えっとね!あ、はは」
笑うしかないサン先生は呆れ顔のシロ先生からひょいと脇を抱えられ、台車に乗せられてそのまま進路指導室に運ばれてしまった。


一方、わたしとヒカルは校舎の入り口で向かい合い、わたしが勧めた本の話に花咲かせる。
「あの本…気に入ってくれたかな」
「…うん。この本…すぐに気に入りました」
ヒカルくん、わたしが出来る精一杯のことはこれだ。こんなことしか出来ないわたしだよ、バカでしょ?

「ぼく…急ぎますから」
ヒカルがそそくさと校舎に入ると、外からクラスの女子・犬飼さんたちがやって来た。
手にはバトミントンのラケット。昼休みにバトミントンに興じていたのだが、どうやら羽根が木に引っかかったらしい。
「ヒカルくん!お願い!乙女の祈りは何者にも代えられなくってよ!」
「……。先生、これをお願いします」
わたしに本を預け、犬飼さんたちに連れられ再び中庭に戻るヒカル。読みかけだった本に挟まれたしおり、
はみ出た部分から覗く、可愛らしいクローバーの押し花。悪いなと思いながら、ちょっと拝見。
ぱらぱらとしおりのページまで本を捲ってみると、ある事実に気付く。なんだかおかいしのだ。
カバーのタイトルと本文左右端に付いている『柱』のタイトルが一致しない。カバーを外してみると、
中表紙と全く違うという決定的な証拠が見つかった。カバーはわたしが渡した本のもの、中身は別物だったのだ。

…もしかして。わたしの渡した本を読んでいるように、わざとカバーを架け替えて
『わたしの渡した本を読んでいる』かのように、気を使っていたのではないか。そんな憶測が脳裏をよぎる。
そういえば電車でヒカルと会ったとき、彼はヒカルの父親について話していた。
「ぼくの父さん、古い本ばかり集めている。しかも偏った趣味でして…無名作家ばかり集めているんです」って。
それなら、わたしが渡した本をとっくに読んでいてもおかしくない。ヒカルが言っていた「一冊読んで夢中になった」本こそ、
わたしが渡した本だったのか。事の真相はヒカルのみぞ知る。誰にも尋ねられない疑問ほど厄介な物はない。ごめんね、ヒカルくん。

おかしいぞ。胸が熱い。何故だ。
まかりなりにもわたしとヒカルは教師と教え子の関係。なのに胸のこみ上げてくる物は何なのか。だけど現実がわたしを引き戻す。
授業開始の鐘の音だ。アイツはわたしを現の世に戻す悪人だ。でも、必要悪ってものも存在する。必要悪ってヤツはオトナなヤツ。
それに比べてわたしはお子さま。授業開始の鐘は子供を叱る母親のようだ。

その鐘の音と同時に進路指導室から、シロ先生が押す台車に正座して乗ったサン先生が戻ってきた。
「サン先生、ごめんなさいは?」
「ごめんなさい。もうしません」
サン先生は母親から叱られた子ヒツジのようだった。


おしまい。