※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

月と牙。


 「いけないことばかりしているのかな……。わたしたち」

 学園の誰も使っていない古ぼけた小部屋。
 片隅のには一日を終えた学生カバンが二つ折り重なる。傍らには秋の匂いのサブバックが学生の本分を詰め込んでいる。
飛び切り新しいというわけでもないが、使い古されているというわけでもない。きれいに使用されている合皮のカバンの持ち主は、
学園でも「お姉さん」の香り漂う、女子生徒らのもの。彼女らもカバンと同じように二人折り重なって、秋の匂いを確かめ合う。

 クロネコの佐村井美琴(みこと)、イヌの大場狗音(くおん)。人知れず、彼女らは集い確かめあう。何を?
 言葉は少なく、お互いのことは口で分かり合う。どうやって?
 ケモノのハートを揺さぶって、ケモノの瞳で見つめあう。何故に?

 『甘噛み同好会』の過ちに、疑問を持ってはいけない。
 背徳の香りすら鼻腔をくすぐらせる『甘噛み同好会』は、答えなど期待していないのだから。

 「ホント、わたしたち。いけない子ね」
 「くーちゃんが咎められても、わたしがいるから大丈夫」
 「ミコったら。そういえば、今日は9日だから『くーちゃんの日』よ。ご褒美とかは?」
 「ふふふ」

 二人して机に腰掛けて寄り添って、美琴は左手で狗音の太ももを指でなぞり、右手で狗音のポニーテールを掻き揚げる。
晒された狗音のうなじに爪を立て、気がひるんだ隙に首筋にそっと牙を立てる。「あん」と小さな声をあげると美琴は
得も知れぬ興奮を感じ、さらにもうひと噛み。もじもじと太ももを擦り合わせ、紺ハイソックスに包まれた脚を上下に動かしていると、
狗音の上靴が右片方がころりと床に転がり落ちる。構わずに狗音は美琴の牙を求め続け、頬を差し出すと願った通りに美琴は口をつける。

 「くーちゃんばっかり、ずるい」

 獲物を狙い済ましたケモノの瞳、吸い込まれてしまったほうが狩る側のほしいままにされることは道理。
照れを隠せずにはにかむ狗音に美琴は容赦もせずに砂糖菓子のような瞳と、氷のような牙で彼女を虜にした。
 テーブルには飲みかけのオレンジジュース。からりと氷が溶けて崩れる音がした。
 放課後の学園は甘ったるくて、アンニュイな時間が流れる。

 「ミコ。いいこと考えたの」
 「何かしら」

 狗音はグラスから氷を一欠けらつまみ上げ、口の中に含んだ。口元を押さえて氷を口にしたまま美琴の二の腕に口を沿わせ、
白い牙を滑らかに押し付ける。美琴の腕に狗音の前髪が触れてくすぐったい。それと同時にひんやりとした狗音の口元が美琴を責める。
 あごを上げて恍惚とした表情を浮かべながら、狗音の牙使いに美琴は深く堕ちていった。

 「冷たくて、気持ちいいよ。くーちゃん」
 「いけない言葉ね。ミコ」

 9月9日、金曜日の放課後。
 下校を促す校内放送が二人に聞こえてきた。

 「きょうはおしまいだね。見回りの風紀委員に怒られちゃうし」
 「そうね。じゃあ、また来週ね。ミコ」

     #

 土日をはさみ、翌月曜日・9月12日の昼休み。
 美琴は秘密の小部屋に花を飾ろうと一人でやって来た。いつも一緒の狗音は坂の下のコンビニへとお買物。
 「どうしても欲しいものがあるの」と言い残して教室と美琴をチャイムと共に後にした。美琴はニコリと狗音の後姿を見守ると、
教室片隅に置いてあった秋の花の束をバケツから取り出した。あたり一面に花の香りが漂うお昼休みのひと時。
 花を胸に、秋風を尻尾に、遠くから聞こえてくる声を耳に美琴は人気の無い廊下を歩く。ぎしぎしと上履きで鳴らす木目の感触。
きょうも放課後は狗音と一緒に時間を共有しようと、美琴自身はもう既に放課後タイムの真っ最中だった。

 「あれ」

 おかしい。秘密の小部屋に誰かいる。僅かに開いた扉。不審に思いながら美琴は小部屋に近づくと、見覚えのある後姿があった。
長い耳、ショートの髪、ひくひくと震える丸い尻尾。ウサギの子だ。美琴はネコ、静かに覗き見するのは得意中の得意。
美琴が確認したのは風紀委員長である因幡リオであった。美琴と狗音が愛用する机に窓に向かって腰掛けて、背中を丸めているリオは、
南の空に浮かぶ正午の太陽に照らされて、シルエットとなって美琴の瞳に浮かんでいた。

 (あら……。風紀委員に見つかっちゃったのかな、この部屋)

 静かにため息をこぼし目をつぶり、「仕方ないよね。勝手に使ってたのはわたしたちだもの」と、美琴は教室に戻った。
 しかし、長い耳のウサギはその音を聞き逃さない。ため息の声さえも。
 くるりと短い髪を揺らして振り向いたリオはメガネ越しに目を震わせて、手元のPSPをしっかりと握っていた。PSPからは
白いコードが延びて、リオの耳に繋がっていた。リオのPSPを持つシルエット姿は、幸い美琴にははっきりと見えていなかった。

 「音量を下げててよかった……」

 ゲーム……ではなく、アニメの動画をこっそりと堪能していたリオは背中に涼しい風を受けて、背筋を凍らせた。
 誰も来ないと思ってたのに、だから話題のアニメのDVDをPSPに落として秘密の小部屋で見てたのに。今見といておかないと、
ネットの話題に遅れるんだもん!こうした僅かな時間を利用する熱心なファン活動こそ、もっと評価されるべきだとメガネを光らせて
小さな画面に浮かぶ二次元キャラに思いを寄せていた。雑誌のおまけで付いていた秋の新番組プロモーションのDVD。
宣伝のわりには豪華なクオリティで、もしかして第0話?といっても申し分ない内容だった。

 「#01『ているず・LOVEつづきっ』は無印よりもまして際どいなあ。プロモ用だからやりたい放題だよ」

 雑誌についていた解説のブックレットを背中を丸めながら覗き見る。それぞれ15分ほどのミニムービーに秋の期待を込める。

 「でも、なんで#03『書痴探偵』、ウチの地域は放送しないの?ち、ちくしょおおおお!」

     #

 「そう……。残念だったね」

 狗音が買物を済ませて教室に帰ってきた。腰にカーディガンを巻いて歩く姿はコンビニの袋を持っていても絵になるスタイルだ。
 小部屋に飾るはずだった花を教室の棚へと花瓶に生けた美琴は、狗音にことの一部始終を話した。
 狗音は残念がるどころか、くすっと手を添えて笑みを浮かべコンビニの袋を机に置いた。がさっと音を鳴らしたビニル袋から
小さな大福がころりと顔を覗かせた。ふと……美琴は白く丸い誘惑のかたまりを見て合点がゆく。

 「そっか。きょうは」
 「ね。因幡さんたちには特別な日だし、あの部屋って街の明かりに影響されないしね」
 「そうね。いい夜になりそうだし、きょうは因幡さんに譲っちゃお」
 「うん。しっかりものの因幡さんのことだから、お昼休みを使ってまで入念に準備していたのよね」

 転がる大福を毛糸の玉に見紛った美琴は片手でくいっと追いかける。狗音はその姿が子ネコのように愛らしく見えた。

 「大場さん!佐村井さん!昼休み明けは移動教室だよっ!1分遅れるとはづきちの屁理屈が長くなっちゃう!」

 次は化学の授業。教科書、ノートを抱えたウサギの風紀委員長がうるさいので、美琴と狗音は大福は後まわしにして
学生カバンから教科書とノートを取り出して、教室を後にした。

     #

 12日月曜日。すなわちその日の放課後、人気の無い下駄箱の陰でリオはひっそりと携帯をいじっていた。
 デートの約束?そんな訳無い。かちかちと片手で文字を打っては直し、打っては直しを繰り返す。

 「むはあ!じゃあ、今夜9時からだよ!……と」

 この時間なら学生も社会人も大丈夫だろう。折角の夜だからみんなで揃って見たいもんだ。
涼しくなってきた頃だから、秋の夜長をのんびり過ごすのもよかろう。秋という季節は涼しくなる分、
人々を優しく温かい気持ちにさせてくれる季節なのかもしれない。リオは夜が待ち遠しくなった。

 「じゃあ。9時きっかりにDVDをスタート。ここでまた会おうね!……よしっ。リプ返しおしまい!」

 リオは携帯の画面の中を飛ぶ鯨を見て「いやー!混雑しないで!」と焦っていた。

 「ふう……。9時から『書痴探偵』のプロモDVDを見ながらみんなと一緒についーとして、10時からは
  『ているず・LOVEつづきっ』のアニラジ配信をチェックして……。むはあああ!だから、改編時期の秋は大好きだよっ」

 しまった?声が大きすぎた?と自重しながらリオはリプを受け取った。

 「じゃあ、今夜は楽しくね!……と」

 その側を美琴と狗音が通りがかる。いつもの小部屋に立ち寄ることを中止して、他の場所で『甘噛む』つもりだったのだ。
放課後スタイルの二人は足並みをそろえて下駄箱に歩み寄る。片手にブランドものの紙バッグをぶら下げている姿から、
誰もが『甘噛み同好会』などで活動しているとは想像できないであろう。下駄箱から狗音がローファーを取り出そうとすると、
誤って片方床に落としてしまった。コン!とすのこに靴のかかとが当たる音が響き渡ると、驚いた長い耳が下駄箱の陰から見え隠れした。

 「因幡さん?」
 「ひんっ?」

 狗音はリオにびっくりさせてごめんなさいと頭を下げたが、リオはリオで独り言を聞かれたのではないのかとひやひやしていた。
 一方、美琴は「もしかして、デートの約束?」と冷やかすが、リオは黙って首を横に振るだけだった。

 「ああ。そう言えば、因幡さんたちは今夜は特別な夜だもんね」
 「う、うん……」
 「みんなで見るのって楽しそうね」

 今夜はみんなで見るんだ。
 そして、みんなであーだこーだと呟きながら、秋の夜長の片隅でひんやりとした時間を楽しむんだ。
 リオは背中にむずがゆいものが走る気がしてきた。床に落ちた靴を揃えて、狗音はリオに声をかけた。

 「じゃあ、楽しんでね。お月見」

 狗音の言葉でリオは救われたような……。
 とんだ、勘違い。
 携帯片手でリオは足並み揃えて校舎から去ってゆく大人びた二人を見送っていた。

 「大丈夫だよね?大丈夫だったよね……?」

     #

 「うん。大丈夫」
 「じゃあ、今晩ミコの家でね」

 一見、美味しいお菓子でも頂く約束をしているのかもしれない。
 一見、いっしょに勉強でもする約束をしているのかもしれない。
 学園の側を走る市電の中、狗音と美琴はつり革に捕まってカーブに揺られながら、今夜の『甘噛み同好会』の約束をしていた。
ごくごく普通の会話をしているのに、内容はちょっといけないこと。そんな背徳感が二人を金曜日までの期待で胸を膨らませる。
 足元から響く電車のモーターが靴越しに二人の脚に伝わって、魔性の夜への誘いなんだと体に言い聞かせた。

 折角の月見の夜だから、月の力を借りていっしょに時間を共有したいし。
 折角の十五夜だから、月光の元牙を確かめ合いたいし。

 ゆらゆらと左右に揺れながら市電は走り、二人の娘の尻尾を揺らし続けていた。

 「いけないことばかりしているのかな……。わたしたち」
 「いけない子だよね、わたしたち。因幡さんみたいな良い子にごめんなさいしなきゃ」
 「ミコが謝るなら、わたしも謝るよ」
 「うん、いいの。そんなことより、いつもより強く……」

 狗音はブランド物の紙袋から包装されたままの大福を取り出して、ぎゅっと美琴の口に当てて塞いだ。


   おしまい。